婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません

ミチル

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苦手が敵にバレてしまいました

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 1日の仕事を終えて、最後にテーブルの上のペンを引き出しの中に戻す。

(第一王子って思っていたよりもやることが多いのね)

 貴族たちからのパーティーの招待状の返信を抜きにしても、年に数回の地方視察や外国からきた大使の応接、報告や打診の返事、国王や大臣たちとの会議にも出席する。
 まさか部屋で優雅に1日お茶して過ごすわけはないだろうと思ったけれど、ロイドが手際よくルイスの補佐し、報告書の作成に夜までかかったりもする。

 今日も報告書を持って父である国王へ謁見しまだ戻ってきていない。

「リリー様」
「何?」
「リリー様は、ルイス様が苦手なのですか?」

 今日使った分の紙を補充していたロイドに声をかけられリリーは振り返った。
ロイドは騎士でありルイスの忠実な侍従である。

(女の私を見習い騎士にするって突拍子もないことをルイスが言い出したときも、ロイドは平然として命令に従ったものね。王宮で暮らす私の部屋や、男装する服だってすぐに手配してくれたわ)

 かといって命令されたことだけしかしないというわけでもなくて、王宮の案内やしきたりといった細々としたことも教えてくれたし、ルイスの自室を含めた皇太子宮で働いている使用人たちやメイドたちへも紹介してくれた。
 普段から私のミスも何も言わずにフォローしてくれるのは感謝しているわ。だから少しだけなら話してもいいかしら。それにルイスは国王陛下に呼ばれてから戻ってないし。

 うーんと、斜め方向を見ながら思案して、リリーは頬を膨らませ正直に答えた。

「それはそうよ。だってルイスはちっとも婚約破棄してくれないんですもの」

 そう言うと、ロイドは何も返さず肩を竦めるだけだった。見習い騎士になって、ルイスのお手伝いを続けているけれど正式な騎士になれる様子は全くない。当初に比べてミスやドジは減ったけれど、何も言われなくてもルイスが求めているものを察して手際よく補佐するロイドとは比べものにならならない。

「それに苦手というか……」

 言いかけてリリーは口を閉ざす。
 そんなリリーにロイドは首をかしげた。

「何でしょう?」
「いえ、言わないわ。だってロイドはルイスの味方でしょう?教えたら絶対ルイスに告げ口するに決まってるもの」

ルイスが一番なロイドのことだから、話したらきっとロイスに教えてしまう。

「ルイス様に害あること以外でしたら、私の心内に留めるとお約束いたします。それに僭越ながらリリー様の苦手を克服するアドバイスができるかもしれません」
「苦手を克服……」

克服できるものなら、もちろん克服したい。それにリリーが苦手としていることが、ロイドは全く平気らしい。
1つ前置きして、ロイドと約束する。

「絶対ルイスに話してはダメよ?」
「かしこまりました」
「コツがあれば教えてほしいのだけれど、ロイドはどうしてルイスのあのキラキラを向けられても平然としていられるの?」
「……キラキラとは何でしょうか?」

 ロイドはルイスからキラキラを向けられても平然としているのだから、キラキラと言っても分からないのかもしれない。

「例えばルイスが外面の笑顔を振りまくとするでしょう?」
「はぁ」
「するとルイスからキラキラした眩しいものが出てきて、私はそれを向けられると眩し過ぎてルイスを直視できないのよ。それと顔を近づけてきたり抱きしめられるたら……身体が固まって動けなくなるわ」
「だからルイス様が近づこうとされると逃げられるのですか?」
「そうよ?だって逃げられなくなる前に逃げるのは当たり前でしょう?ねぇ、ロイドはどうしてルイスからあのキラキラを向けられても平気なの?」

 ルイスにキラキラを向けられても平気になれば、これからルイスが近づいてきても身体は固まらなくなるかもしれない。

(そうすればこれ以上、ルイスの好きに苛められなくなるわ。油断していると、すぐに抱きしめたり、この前はお茶を出そうとして膝の上に乗せられて、ずっと指を絡ませながら耳を食まれたわ)

 あんなことはきっと見習い騎士の仕事じゃない。それなのにルイスのエメラルドの瞳に見つめられると抵抗できなくなって、ルイスのされるがままになってしまう。
 
なのにロイドは腕を組んで考えたあと、首を横に振って謝ってきた。

「申し訳ございません。それは私では適切なアドバイスができないかもしれません」
「なぜ?」
「私は男です。恐らくリリー様が苦手としていらっしゃるそのキラキラというものは、元から効かないのだと考えられます。しかしながら人には<慣れ>というものがございます。ルイス様の近くにあえていることで次第に慣れるというのはダメでしょうか?」

 困惑した表情からすると、本当にルイスのキラキラはロイドには効かないのかもしれない。しかし、あえて苦手なものの近くにいることで慣れるというのは、一理ある。
初めは苦手だった虫や獣も、身近にあると自然に慣れてくる現象だ。

「あえてルイスの傍にいるの?」

 これまで近づかないようにしていたのに、反対にあえて傍にいるというのは、どうにもリリーには抵抗感がある。

「そうです。私でも全く知らない方が相手では、どう接すればよいか分からず苦手意識を持ってしまうことも少なくありません。しかし、相手を知ればその苦手意識も薄まってまいります」
「わかったわ。考えてみる」

 ロイドの一般論的なアドバイスを本気で受け止めてくれたらしいリリーに、ロイドは「それでは」と一礼し、ルイスの自室を出る。
 そしてロイドは扉の影で、口元を抑えて懸命に声を押し殺している主に報告した。

「だそうです。リリー様は本気でそう思っていらっしゃるようですし、あまり笑われるのは……」

 リリーに約束した通りルイスに告げ口はしていない。ルイスは初めから扉の裏で話を聞いていただけである。リリーが知れば詭弁だと言うだろうが、すでにリリーの苦手はルイスに聞かれてしまっていた。

「いや、笑ってなど……くくっ、リリーは俺に微笑まれると身体が固まって逃げれなくなるのか。だからそうなる前に逃げて、はははっ」
 
 愉快そうにルイスは笑いを押し殺す。
 思い返せば、その通りかもしれない。正面から近寄ろうとするとリリーは逃げる。だから逃げられないようにそっと近づいて腕の中に捕らえると、途端に大人しくなって、ふるふる震えている。

 何をしてもされるがままで、涙目で必死に耐えて。

「実に良い事を聞いた」
「さしでがましいとは思いますが、あまりリリー様をからかい過ぎますと本当に泣かれてしまわれるかもしれません」
「他の男が泣かせるなら決して許さないさ。ロイド、あと少ししてから部屋に戻ることにする」
「……かしこまりました」

戻ってきたというのに、部屋には入らず廊下を戻っていくルイスに、ロイドは一礼して見送った。


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