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初めての仮面舞踏会
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社交パーティーとは似て異なる鮮やかで奇抜な衣装を着込んだ貴族たち。会場となる貴族の館の使用人たちもみな仮面をつけて目元を隠す。
今夜は仮面で顔を隠すことによって身分は伏せ、夜通しダンスとお喋りを楽しむのだ。
しかし、どんなに顔を仮面で隠そうとも、その者の美しさ全てを隠すことはできない。
階段をゆっくりと上がってくる一組の男女に、自然と会場の視線が集まっていく。
見事な金の髪に、サファイアの瞳が覗く長身の美丈夫。気品溢れる立ち居振る舞いや優雅な仕草は絵画から出てきたようだ。
そしてその手は恭しく白く華奢な手をエスコートする。艶やかで豊かな黒髪は波打ち、小さな顔に青の仮面をつけ、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。瞳の色と同じエメラルドグリーンのドレスを着ているが、背中の衿裏から半透明に透けた白いヴェールが伸びて、閉じた翼のように見えるデザインになっていた。
まだ幼さを僅かに残した少女は、あどけなさと共にこういった場に慣れていないのか、緊張で僅かに身体が強張っているのか階段のところで躓いてしまったところ、エスコートしていたパートナーがさりげなく支える。
あまりにも自然なフォローだったので、傍にいた使用人たちに気遣わせることすらない。
しかし、2人が会場に入ると、どこからともなく広間のところどころに仮面をつけているものの、この場に似つかわしくない剣を腰に下げた者がそっと立つ。
一目で舞踏会参加者ではないのだとわかるが、かと言って舞踏会を主催している貴族が仮面舞踏会の雰囲気をぶち壊すような無粋な真似はしないだろう。
だが広間の壁際であっても護衛が入るのを許さざるを得ない者が仮面に素性を隠して参加しているのだと、わざわざ声に出して訊ねる者はいなかった。かと言って気にならないわけではない。どんな場所であっても常に護衛たちが守るほどの身分の高い者。
長身にマスクをしていても分かる秀麗な容姿。王都に住む貴族であれば薄々察せられるその高貴な素性。けれどもその名前を決して声には出さない。しかし、その高貴な手にエスコートされ一曲踊れたらと淡い期待を抱く淑女令嬢たちが声をかけても、同伴してきた少女の手から離れることはなく、誰一人ダンスの誘いを受けることはなかった。
「パーティーって仮面舞踏会だったのですね」
「これならリリーの素性を聞かれる心配はないだろう?」
風に少し当たろうとテラスの方へと出てきたリリーは、興奮気味にルイスに言う。仮面舞踏会は公式な社交パーティーではない。なので社交デビューということにはならないが、お互いの素性を隠すだけで他はほとんど変らない。
仮面舞踏会を社交界デビューのリハーサルとして出席する貴族も珍しくはない。
(仮面舞踏会は相手の名前や身分を聞くのはマナー違反だから、ちょっと失敗するくらい平気なのかもしれないけれど……。身分を隠していてもルイスに護衛がつくのは仕方ないのことなのよね)
パーティー主催者の貴族もルイスが参加するとなれば、場にそぐわなかろうと衛兵が王子を護ることに異論は唱えないだろう。それに出席している貴族たちも、どんな場であっても護衛がつくような相手の素性など、簡単に察するくらいの勘はある。参加していた男性の貴族たちがルイスに何度か話しかけて来たが、あくまで談笑止まりだ。身分を明かしていない以上、踏み込んで挨拶などできない。
それに、ルイスに一曲だけでもダンスをと誘う女性たちは、夢見がちな瞳をルイスに向けて、断られても次から次へとやってきて途絶えることがほとんどなかった。
(でもずっと私の手を取っていて、結局私以外の誰ともダンスを踊らなかったけど)
恐らくこれが身分を明かした公式な社交パーティーであれば、王子として何人かの女性とルイスは踊ったのだろう。けれども、今は身分や素性を伏せた仮面舞踏会であるため、ルイスの気が乗らなければ踊る必要はない。
そしてリリーも、女性たちから嫉妬の眼差しを向けられるだけで、当然名前は勿論素性を尋ねられることもなかった。
「楽しかったかい?」
「とても!私、一回もルイスの足を踏まなかったわ!」
つい相手がルイスであることも忘れて、リリーは口調が素に戻ってしまっていて、ハット口元を恥ずかしそうに両手で隠した。
最初こそ、非公式な仮面舞踏会ではあるが王都にきて初めての貴族たちの集まりに出て緊張していたけれど、ルイスにフォローされながら次第に強張りが解け、ダンスを一曲踊り終わったころにはすっかり緊張は解けていた。
昨日、一昨日とルイスが付きっ切りでダンスの練習に付き合ってくれたお陰だ。
「ルイス様にも仮面舞踏会の招待状が送られてくるものなのですね。身分を隠すのがマナーなのに、王子だとどんなに仮面で顔を隠しても、護衛が付いてくるでしょう?それだと仮面を付ける意味はないのじゃないかしら?」
「俺にきた招待状じゃない。俺はオマケで付いて来させてもらったのさ」
さすがに王族に対して、身分を隠すのが前提の仮面舞踏会の招待状は、送って来ないと付け足して。
「オマケって……」
「リリーはクリスが今夜来ていたのが分からなかったかい?あっちも変に気を利かせてこちらに近づかなかったのもあるけれど」
「クリスがこの舞踏会を教えてくれたの?」
「事前に一言でも主催者に言っておいたほうがいいからね。仮面をつけていても、いきなり衛兵を引き連れた俺が来たのでは驚くだろう?クリスの方から前もって話を通してもらっておいた」
その言葉に、一昨日ルイスがクリスに頼みごとがあると言っていたのをリリーは思い出した。あの時は、クリスに自分がリリー・イングバートンであるとバレそうになっていた直後で、他に気を回す余裕は全くなかった。
けれど自分のために、わざわざルイスが仮面舞踏会にリリーが出席できるよう無理を言って話を通してもらっていたのだと思うと、申し訳ないような、でも嬉しい気持ちでリリーは胸が一杯になる。
今夜は仮面で顔を隠すことによって身分は伏せ、夜通しダンスとお喋りを楽しむのだ。
しかし、どんなに顔を仮面で隠そうとも、その者の美しさ全てを隠すことはできない。
階段をゆっくりと上がってくる一組の男女に、自然と会場の視線が集まっていく。
見事な金の髪に、サファイアの瞳が覗く長身の美丈夫。気品溢れる立ち居振る舞いや優雅な仕草は絵画から出てきたようだ。
そしてその手は恭しく白く華奢な手をエスコートする。艶やかで豊かな黒髪は波打ち、小さな顔に青の仮面をつけ、宝石のようなエメラルドグリーンの瞳。瞳の色と同じエメラルドグリーンのドレスを着ているが、背中の衿裏から半透明に透けた白いヴェールが伸びて、閉じた翼のように見えるデザインになっていた。
まだ幼さを僅かに残した少女は、あどけなさと共にこういった場に慣れていないのか、緊張で僅かに身体が強張っているのか階段のところで躓いてしまったところ、エスコートしていたパートナーがさりげなく支える。
あまりにも自然なフォローだったので、傍にいた使用人たちに気遣わせることすらない。
しかし、2人が会場に入ると、どこからともなく広間のところどころに仮面をつけているものの、この場に似つかわしくない剣を腰に下げた者がそっと立つ。
一目で舞踏会参加者ではないのだとわかるが、かと言って舞踏会を主催している貴族が仮面舞踏会の雰囲気をぶち壊すような無粋な真似はしないだろう。
だが広間の壁際であっても護衛が入るのを許さざるを得ない者が仮面に素性を隠して参加しているのだと、わざわざ声に出して訊ねる者はいなかった。かと言って気にならないわけではない。どんな場所であっても常に護衛たちが守るほどの身分の高い者。
長身にマスクをしていても分かる秀麗な容姿。王都に住む貴族であれば薄々察せられるその高貴な素性。けれどもその名前を決して声には出さない。しかし、その高貴な手にエスコートされ一曲踊れたらと淡い期待を抱く淑女令嬢たちが声をかけても、同伴してきた少女の手から離れることはなく、誰一人ダンスの誘いを受けることはなかった。
「パーティーって仮面舞踏会だったのですね」
「これならリリーの素性を聞かれる心配はないだろう?」
風に少し当たろうとテラスの方へと出てきたリリーは、興奮気味にルイスに言う。仮面舞踏会は公式な社交パーティーではない。なので社交デビューということにはならないが、お互いの素性を隠すだけで他はほとんど変らない。
仮面舞踏会を社交界デビューのリハーサルとして出席する貴族も珍しくはない。
(仮面舞踏会は相手の名前や身分を聞くのはマナー違反だから、ちょっと失敗するくらい平気なのかもしれないけれど……。身分を隠していてもルイスに護衛がつくのは仕方ないのことなのよね)
パーティー主催者の貴族もルイスが参加するとなれば、場にそぐわなかろうと衛兵が王子を護ることに異論は唱えないだろう。それに出席している貴族たちも、どんな場であっても護衛がつくような相手の素性など、簡単に察するくらいの勘はある。参加していた男性の貴族たちがルイスに何度か話しかけて来たが、あくまで談笑止まりだ。身分を明かしていない以上、踏み込んで挨拶などできない。
それに、ルイスに一曲だけでもダンスをと誘う女性たちは、夢見がちな瞳をルイスに向けて、断られても次から次へとやってきて途絶えることがほとんどなかった。
(でもずっと私の手を取っていて、結局私以外の誰ともダンスを踊らなかったけど)
恐らくこれが身分を明かした公式な社交パーティーであれば、王子として何人かの女性とルイスは踊ったのだろう。けれども、今は身分や素性を伏せた仮面舞踏会であるため、ルイスの気が乗らなければ踊る必要はない。
そしてリリーも、女性たちから嫉妬の眼差しを向けられるだけで、当然名前は勿論素性を尋ねられることもなかった。
「楽しかったかい?」
「とても!私、一回もルイスの足を踏まなかったわ!」
つい相手がルイスであることも忘れて、リリーは口調が素に戻ってしまっていて、ハット口元を恥ずかしそうに両手で隠した。
最初こそ、非公式な仮面舞踏会ではあるが王都にきて初めての貴族たちの集まりに出て緊張していたけれど、ルイスにフォローされながら次第に強張りが解け、ダンスを一曲踊り終わったころにはすっかり緊張は解けていた。
昨日、一昨日とルイスが付きっ切りでダンスの練習に付き合ってくれたお陰だ。
「ルイス様にも仮面舞踏会の招待状が送られてくるものなのですね。身分を隠すのがマナーなのに、王子だとどんなに仮面で顔を隠しても、護衛が付いてくるでしょう?それだと仮面を付ける意味はないのじゃないかしら?」
「俺にきた招待状じゃない。俺はオマケで付いて来させてもらったのさ」
さすがに王族に対して、身分を隠すのが前提の仮面舞踏会の招待状は、送って来ないと付け足して。
「オマケって……」
「リリーはクリスが今夜来ていたのが分からなかったかい?あっちも変に気を利かせてこちらに近づかなかったのもあるけれど」
「クリスがこの舞踏会を教えてくれたの?」
「事前に一言でも主催者に言っておいたほうがいいからね。仮面をつけていても、いきなり衛兵を引き連れた俺が来たのでは驚くだろう?クリスの方から前もって話を通してもらっておいた」
その言葉に、一昨日ルイスがクリスに頼みごとがあると言っていたのをリリーは思い出した。あの時は、クリスに自分がリリー・イングバートンであるとバレそうになっていた直後で、他に気を回す余裕は全くなかった。
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