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女神と宝石

第十二章 花祭りの夜 ※

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 殺気を漲らせた大勢に囲まれ、ギルバートとグレンが剣を手に警戒する中、アイカの頭の中に聞こえてきた子供たちの楽しそうな声。前にギルバートに池で襲われ、ココの声が頭に響いた時に似ている。

『こっちへおいで ぼくたちがにがしてあげるよ』

だれ?
こっちってどこ?

『ここだよ アイカがたってるはしのした かわへとびこんむんだ』

川へ?

『そう ぼくたちがアイカをあんぜんなところにはこんであげる』



▼▼▼


「完全にギルバート様だとバレましたね。アイカの顔はバレていないと思いますが、明日からギルバート様が抱きかかえていた女性は誰かとアルバ中、噂でもちきりでしょう」

「好きに噂すればいい」

「またそんな無責任なことを……」

 先ほどまでいた広場から離れ、裏道の先にある川の橋の上にまでくれば、一先ず大丈夫だろう。橋の下からは山から流れてきた雪解け水がちゃぷちゃぷと水音を立てて緩やかに流れる。

 噂とひと括りに言ってもギルバートの噂であれば、伯父であり王でもあるセルゲイの耳にも遠からず届く。そしてセルゲイからギルバートの相手は誰なのか聞かれるのが、直属の部下であり補佐でもあるグレンなのだ。それを考えると頭痛しかしない。

「んー、降りる……」

 ギルバートが腕に抱えていたアイカが身を捩り、言われるままギルバートはそっと下ろしてやった。まだボーっとしているようだが、先ほど思いっきり歌ったことで少しは酔いが冷めてきたらしい。

「大丈夫か?だいぶ酔っていたようだが」

「もう、平気…」

 平気と言いながら、アイカの口調は間延びしている。
 その様子にクスリと笑み、

「今日はもう遅いからウチに」

 泊まればいいとギルバート言いかけて、屋根から飛び降りてきたココが、渡ってきた橋の暗闇に毛を逆立てた。

「シャーッ!!」

 瞬時にギルバート、グレン双方に緊張が走り、腰に下げている剣に手をかける。

「ギルバート様、後ろに」

「ただの物取りというわけでは無さそうだな」

 建物の影から1人、また1人と手に剣を持った人影が出てくる。20人はいる。花祭りで酔っ払った者から物を奪うのが目的にしては組んだ人数が多すぎるし、殺気だけを漂わせ全員が無言なのだ。

 明らかに『将軍ギルバート』を狙った刺客だ。普段、アイカにつけている護衛の者たちが助けに現れないところを見ると、自分たちを取り囲む前に、賊に始末されたのだろうと内心舌打ちする。

 しかし何故花祭りに紛れこんだギルバートを、賊に気づかれてしまったのかが引っかかる。
毎年 こっそり隠れて花祭りを楽しんでいるわけではない。今日はたまたまアイカと花祭りを楽しむためにギルバートは街に繰り出した。

「先日妨害してくれた見習いを見つけて後を付けていたら、まさか女性だったとは驚きました。それに予想外の大物が釣れるなんて、今日は本当に素晴らしい」

 刺客たちの首領らしいフードを被った男が前に出てくる。

(声だけで判断するならまだまだ年若い。だが話し方は変に落ち着いる。20歳過ぎくらいか)

 それにしても取り囲まれた人数が多すぎる。寄せ集めの徒党であれば、何人いようともギルバートは蹴散らせるが、手練ればかりとなるとそうはいかない。
 しかも橋の反対側からも10人前後。完全に囲まれてた。

「ギルバート?どうしたの?」 

(まずいな)

 腕の中には突然囲まれて不安げなアイカがいる。 
 剣を抜き、ただならない気配に、すっかりアイカの酒も冷めたようだ。

 だがどう考えても丸腰のアイカを連れてこの人数をグレンと2人だけで、正面切って戦うのは勝ち目が薄い。

「自分が後ろに活路を開きます。そのスキにアイカを連れてお逃げください」

「死ぬなよ」

「自分もまだ死にたくはないですよ。まだ昼間話したアレも教えていただいておりませんし」

「ならいい」

 多勢に無勢であってもグレンは余裕を見せる。
しかし状況はかなり厳しい。じりじりと前後から距離を詰められていく。

「……川へ、川へ飛び込んで」

「ダメだ。まだ春になったばかりの夜の川に飛び込むなど自殺行為だ」

 不意に腕の中のアイカが川へ逃げようと言いだし、ギルバートは首を横に振る。
 夏ならばまだ川へ飛び込んでも平気かも知れないが今は季節が悪い。雪解け水は冷たく、冷たさで驚いた心臓が止まる危険もある。
しかし、アイカは首を横に振り、ニコリと笑う。
 
「私を信じて、ギルバート」

(何か考えがあるのか?)

 それを後押しするかのように、毛を逆立てて賊を威嚇していたココがヒュッと橋の手すりに飛び乗る。
 猫は水に濡れるのを嫌うものなのに。

(そういえばアイカは池の上を走れたな。同じように川の上も走れるのか?)

 出会った池での出来事をギルバートは思い出す。人間であるギルバートとグレンも川の上を走れるかは期待できないが、少なくともアイカを逃がすことは出来るだろう。

「川へ飛び込むぞ、グレン」

「正気ですか!?凍え死にますよ!?」

「俺を信じろ」

 正確にはアイカだが、説明する時間はない。

「いくぞ!!」

 アイカを肩に担ぎあげたギルバートがココが乗っている手すりの方へ走りだす。そうなってはグレンが1人で戦っても意味はない。

「チッ!!どうなっても知りませんからね!!」

 破れかぶれだと剣を鞘に収めギルバート達の後に続く。ギルバートに続き、ココも川へ飛び込む。自分たちを取り囲む賊も逃すまいと、後ろから一気に襲いくる足音を背に、とんでもないものをギルバートとグレンは見ることになった。

 穏やかに雪解け水が流れ、波1つ立っていなかった川が突如大きく隆起する。
そしてギルバート達を飲み込まんと大きな口を開き、隆起した波が三人と一匹を飲み込んだのだ。

 残された賊が突然の出来事に誰とも知れず呟く。

「なんだ、今のは」

 完全にに追い詰めた筈の獲物だったのに、獲物が飛び込んだ川はまた何事も無かったかのように静かに流れていた。


▼▼▼



「ぷはっ!!ご無事ですか!?ギルバート様!」

 飛び込んだ水の中から顔を出したグレンが、あたりを見回してギルバートの安否を確かめようとする。
いきなり大口を開けた川に飲み込まれたかと思ったら、物凄い勢いの水流に流されてしまった。とても静かに流れていた川とは思えない激流。

 しかし今はそんなことを考えるよりギルバートの安否を確かめようとして、ふと気づく。

 (おかしい。座り込んでいるのに手が水底につくぞ?)

 自分達を飲み込んだ川はそこまで浅くは無かった筈だ。だいぶ水流に流されてしまったのだろうか。
 そうして隣に見つけたギルバートは、咳き込むアイカを腕に、顔を上げ呆然として固まっていた。

「お、お帰りなさいませ、ギルバート様…」

 声の主はグランディ邸の執事であるアルフレッドのものだ。

「う、うむ…今帰った…。風呂の用意を頼めるか……」

「かしこまりました。すぐに用意させます。タオルもすぐにお持ちいたしますので、とりあえずそちらからお出になりませんか?まだ水浴びには早い季節でございます……」

 大きな屋敷を背後に執事のアルフレッドが主の突然の帰宅に礼を取る。遠くの街の中心街からは、まだ花祭りを楽しんでいるのだろう声が聞こえて来る。
しかし、川へ飛び込んで息継ぎもなく移動するにはあまりにも離れた距離。

グレンが何度か来たことのあるグランディ邸。
川へ飛び込んだ筈なのに、三人と1匹がいるのはグランディ邸玄関前の大きな噴水の中だった。

 すぐさま用意される温かな湯が張った風呂。
 パタパタと足早にメイドたちが行き交い、突然びしょ濡れで帰ってきた主とその客の対応に追われる。

 しっかり温まらなければ風邪を引くと、温かな湯に肩まで浸かり、メイドたちが用意してくれた着替えにギルバートは袖を通す。グレンとアイカも同じように風呂に入っているだろう。

 自分達を襲った賊。明らかに只の物取りではなく、相手がこの国の将軍であるギルバートであると分かって殺そうとしてきた。
それに建物の影から現れた賊の一人が持っていた武器。数年前の戦争で戦った時に、敵が使っていた覚えがある。

「ネズミが王都に入り込んでいるようですね。それもかなり大きそうです」

 風呂から出て、用意された服に着替えたグレンがギルバートの自室に入ってくる。部屋に来るよう伝えたギルバートは部屋の中央に置かれた応接テーブル横のソファに腰掛け、ワインに口をつけていた。

「賊の頭らしいあの男、声に聞き覚えは?」

 フードを目深に被っていたため顔は見えなかったが、声はかなり若く、そして使っている賊たちの鍛えられた体躯とは反対にかなり細身だった。フードの男が賊を纏めているのは間違いない。

 軽く一礼しグレンが向かいに座る。
 2人の他には誰もおらず部屋には決して近づかないよう人払いがされていた。

「ありません。しかし賊が持っていた武器に見覚えがあります。あの特徴的な半円錐の剣。隣国リアナの民族武器です」

「あの国が俺を狙う理由は十分過ぎるな」

「カジスの谷での戦いで、あちらの本軍に強襲をかけ、敗走させたギルバート様を恨むのは当然でしょう。若輩と侮っていたギルバート様にまんまとやられたのであれば恨みも増します。それにしても直接暗殺を狙うとは大胆な方法に出ました」

 当時を思い出したのかギルバートは目を細める。
あの時の強襲が成功していなかったら、今もまだ戦争が続いていたかもしれない。あの強襲を機に勝利の風は自分達に吹き、半年後、休戦条約を結ぶことができた。

 だが、あくまで停戦条約だ。何が切欠で条約が破棄され、再び戦争が始まるか分からない。
 それだけでなく、

「見習い騎士のアイカが女であることも、俺と繋がっていることも知られてしまったようだ」

「騎士団にはアインは急用が出来て田舎に戻ったことにします。ハロルド騎士団長にもそのように伝え、アイカの周りの警護も人数を増やしておきます」

「そうしてくれ。あと、アイカが配達の時に遭遇したスリ、狙われた夫人の身辺も洗え。狙われたのなら内通している可能性は低いが、狙われるだけの理由が必ずある」

「騎士団長クラスまでに今日のことを話してもよろしいでしょうか?いつでも隊を出せるように」

「騎士団長たちには下の者達に決して気取られないように伝えてくれ。伯父上、陛下には俺が明日報告する」

「かしこまりました。ところで、アイカは?」

 さりげなく出された名前に、ギルバートは苦笑を零す。
 グレンの表情は普段と全く変わらないが、内心は気になって仕方ないはずだ。

「今日は色々ありすぎた。部屋で休んでいるように伝えてある。話は明日するつもりだ」

「さようですか。時間も遅いですし、アイカも疲れたことでしょうね」

「俺も気になってはいる。凍える川に飛び込んだ筈なのに、水から出たら家の噴水だ。見られたのがアルフレッドだけで助かった」

 毎日の日課である屋敷まわりの見回りをしていたアルフレッドも、突然噴水の中から自分が使える屋敷の主たちが現れ、心臓が飛び跳ねただろう。それで後ろに飛びのかずに、動揺をすぐに隠して落ち着いて招きいれたのは流石だ。

「猫が自ら橋の上から夜の川へ飛び込むところを初めて見ましたよ」

「その猫はエサをやれば食べるが俺の膝に一度も乗ってくれたことがない。撫でようとしてもすぐ逃げる」

「そうなんですか?俺にはあっちから勝手に膝に乗ってきましたが、(アイカに手をだすから)嫌われたんでしょうね」

 サラリと笑顔でグレンは言ってのける。
 ギルバートも薄々感じていただけに、すぐさま否定できない。

「今晩はお前も泊まって行くなら泊まっていっていいぞ」

「いえ、自分の屋敷に戻ります。明日、騎士団長たちを集めるなら打ち合わせの準備をしておきたいのです」

「そうか」

 最低限の打ち合わせと今後のすり合わせを終えたグレンが部屋から出て行く。
 警戒を怠っていた自分も悪いが、敵もよっぽど自分を仕留められるという確信があって姿を現したのだろう。あれほどの人数を王都アルバの街に潜ませるなら、時間をかけ少しずつ増やしていかなければ勘付かれやすくなる。

 その敵の確信通り、敵に囲まれたあの状況はギルバートが今思い出してもかなり危なかった。大勢の手だれにこちらは3人と1匹。橋の真ん中で前後を取られ逃げ道も塞がれた。

(アイカがいなければ、今頃俺は殺されていても不思議じゃなかった)

 強張らせていた表情を、ふ、と緩め、持っていたワインを飲み干すと、ギルバートは立ち上がり、休んでいるだろうアイカの部屋に向う。

「アイカ、入るぞ」

「どうぞ」

 部屋に入ればすでにアイカはベッドの中に入っていて、部屋は最低限のランプ1つしか点いていない。疲れてちょうど眠ろうとしていたのだろう。
 ベッドへと歩みより腰を下ろすと、横になっているアイカの銀糸を指で梳く。

「すまない。寝ようとしているところに」

「平気。横になってみたけどまだ興奮してるみたいで全然寝れないわ」

「今日は助かった。ありがとう。アイカが俺たちを助けてくれたのだろう?それに怖い思いをさせてすまなかった」

「あれくらい全然平気よ。それに助けたのは私じゃないわ。川の精霊たちが私たちを助けてくれたのよ」

 ギルバートの節ばった大きな手が髪を梳くのを、アイカは気持ち良さそうにしている。

「川の精霊?」

「橋の上で囲まれていたとき、声が聞こえたの。こっちへおいでって。あんぜんなところににがしてあげるって」

「川がそんなことを」

 ギルバートだけでなくグレンも、そして襲ってきた賊もそんな声は全く聞こえなかった。やはりアイカが女神だから精霊の声が聞こえたのだろうと思う。
 それにしても随分と精霊たちも安全な場所に逃がしてくれたものだ。噴水で水浴びなど子供の頃以来になる。

(本当にアイカは自分の女神そのものだ)

 そっと被っている布団をめくり、ベッドの中にギルバートは身体を忍びこませる。

「久しぶりにアイカに触れたい。いいだろう?」

 それを聞くとアイカは一瞬身を強張らせたものの、顔を赤らめ顔を俯かせる。小さく頷いた顎に、手を添えギルバートは顔を埋め小さな唇に口付けた。

 もう何度したか分からないほど肌を重ねた。まだ全てを埋めて繋がったことはないけれど、ギルバートの与える快楽を、生まれたばかりのアイカの身体は従順に受け止める。

 はじめは服を脱ぐのも恥ずかしがっていたが、一糸まとわぬ姿でギルバートに白く美しい肢体をさらけ出す。なめらかな肌をギルバートは、指先から、敏感な足の付け根まで触れてくる。

「あっ、んっ…、ソコ……」

 胸の先を口に含み吸われると反射的に身体がビクリと震える。
 チクリとした疼痛が気持ちいい。反対の胸も大きな手のひらが包んで揉みしだきながら、指と指の腹で摘んでは捏ねられる。人差し指の爪で引っ掻かれると痒いような、くすぐったいような感触にアイカの体がぶるりと震え、胸の先端が固さを増した。

 全身が性感帯になったように、気持ちよさで頭の中がいっぱいになる。そこが気持ちいいと言えば、ギルバートはずっと触ってくれる。

(ギルバートに触られるのが気持ちいい……温かくて、気持ちよくて、ふわふわして、もっと触ってほしい……)

そして下半身はこれから与えられるであろう夢のような快楽を期待して、下腹の奥が疼きはじめていた。

「今日はキミが上にならないか?」

「え?」

 上から覆いかぶさっていたギルバートが言うと、体を抱きかかえられ、くるりと体位を変えられてしまう。
 体格のよいギルバートの腰に跨る自分。すでに着ているシャツの前ボタンはすべて外されズボンの前を寛げていたギルバートの大きな熱が股の間に挟まる。クッションが敷かれたベッドヘッドに上半身を預けた形で、ギルバートはアイカの腰を引き寄せる。

「ギルバート、これっ!?」

 咄嗟に厚い筋肉で覆われた胸板にアイカは手をつく。  

「腹に手を付いて自分の好きなように腰を動かしてごらん。気持ちよくなる」

「で、でもっ……こんな格好……」

 恥ずかしくてたまらない。でもアイカが固まって動かないでいると、ギルバートの方が軽く腰を揺すり濡れた股の間を刺激される。とくに、相手から熱を押し付けられるのではなく、自分の体重がかかってギルバートの起立に股の入り口を擦るのでは、普段と違う気持ち良さが体中に走る。

(体重がかかって、私がギルバートのモノに押し付けてるみたい……)

 おそるおそる腰を動かして、ギルバートがいつも触れてくれる気持ちいい場所に起立を擦りつければ、股の奥の入り口がきゅっと締め付けたのが分かった。

「そう、上手だ。気持ちいだろう?」

「う、んッ……気持ちい、い……」

 次第に意識して動かさなくても、腰が自然と動くようになる。
 くちゅくちゅと自分があふれ出したのだろう愛液の滑りに、時折ぴくっと跳ねるギルバートの硬い起立に敏感になった花弁を擦られ続けて、快楽の大波が近づいてくる。

「ァッ…イキそ…う……」

 そんなアイカをギルバートは一瞬でも見逃すまいと下からじっと見つめている。

「あっ!イッ、アァッ―!」

 下腹に集まっていた熱が弾けた瞬間、股の間でギルバートの熱もまた弾けるのを、その熱い飛沫を感じた。
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