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女神と宝石
第二十二章 ハムとチーズ
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ギルバートへ王よりの労いの言葉と勲章授与が終われば、次は部屋を変えて宴会となる。
その宴会の準備が整うまで、別室で談笑休憩したり、王宮の庭を散策したりして時間まで過ごすことになる。また女性は、髪をセットしなおしたり化粧直しをしたりするものだ。
だが、セルゲイが退出した際、我先にギルバートやアイカと一言だけでも会話をと取り囲もうと狙うなか、セルゲイを追って部屋を下がろうとした王女マリアの別室への誘いで2人には逃げられることになった。
「マリア、助かった」
「ギルバートお兄様からお礼を言われるなんて、前に社交パーティーから抜け出すのをお手伝いした時以来ですわね」
見事な金色の髪に青い瞳。上品な振る舞い。お姫様の見本のような美しい容姿。ギルバートをクスクス無邪気に笑う様は子供のようだ。
そんなマリアが、くるりとアイカに振り向き、ドレスの裾を両手の指先で摘み、腰を軽く下げお辞儀する。
「はじめまして、マリアと申します」
「あ、あのっ……はじめまして、アイカです………」
お姫様に声かけられちゃったどうしよう!
付け焼刃で簡単な挨拶の仕方などはギルバートが教えてくれたけれど、実戦がいきなりお姫様相手では教えてもらった挨拶など頭真っ白で思い出せない。
頭を下げるだけで精一杯だった。
「お2人のお部屋も用意してありますが、奥の庭を散策されるのもおすすめしますわ。今なら春の花々がとても綺麗ですの」
「では庭へ行こう。あそこは王族関係者しか入れないし、休憩室に間違えて乱入もない」
ギルバートの選択にマリアも頷く。アイカは王族ではないが、今日の祝賀パーティーでギルバートの正式なパートナーだ。庭に少し招きいれるくらいなら問題ないだろう。
奥へ行く廊下には警護兵たちが近づく3人に気づくも、アイカに見蕩れて敬礼が中腰で止まってしまったのを、ギルバートがひと睨みで背中を正させた。
奥の庭の入り口でマリアは礼をして戻って行ったが、
「やっぱり緊張したわ……足とか手とかずっと震えが止まらなかったし、ご挨拶もかえせなかった……」
「気にしなくても大丈夫だ。マリアはそれくらいで気分を害するような性格じゃない」
ギルバートに座るよう流されたベンチに腰を下ろした途端、ほっと溜息をつく。
グランディ邸でもドレスは着ていたけれど、普段着として着るドレスだったのでコルセットでウエストを締め上げられることも、履きなれない高いヒールの靴を履くこともなかった。
一歩歩いただけでぐらついて転びそうだし、お腹締め付けられて息は苦しいし、髪だってきつくアップされて頭痛までしてきたわ。食事まで時間があるって言ってたから、この髪下ろせないかな……。
もし誰かに声をかけられたら返事はせずに微笑んでおけばいいとギルバートは教えてくれた。しかし、せっかく時間をかけてセットしてくれたメイドたちには悪いけれど、慣れない衣装でとても笑顔なんて作れない。
何気に首にかけた大きなネックレスも重くて肩が凝ってしかたないなんて言ったら、ギルバートは苦笑するだろうか。
「でも、来てよかった」
先ほどの広間であった一幕を思い返すと、自然と頬が綻ぶ。
「どうして?」
「ギルバートのカッコイイところが見れたもの。勲章授与おめでとう」
王の前に膝まづき、賊討伐の功労を称えられ、その胸に真新しい勲章をつけたギルバートは本当にかっこよかった。広間に集まっている全員から拍手され、祝福を受ける姿は、それまでの緊張や息苦しさも忘れて目が離せなかった。
ふふふと思い出している自分に、隣に腰掛けるのではなく、ギルバートは目の前に片膝をつき見上げてきた。その目は真摯な眼差しそのもので、
「アイカ、俺はいずれこの国の王になる。そのとき俺の隣にいてくれないか?俺と結婚してほしい。この指輪を受け取ってくれ」
ギルバートがポケットから取り出したのはグランディ家に昔から伝わるサファイアの指輪だ。代々、当主夫人が身に付け、ギルバートの母親が亡くなったときから、それはギルバートがずっと宝石箱の中に保管していた。
いつ出会うとも知れない未来の伴侶のために。
これってプロポーズ?
アイカは指輪とギルバートを交互に見比べた。指輪を差し出すギルバートの手は僅かに震えている。ギルバートも緊張しているのだ。信じられない気持ちでいっぱいで、けれど胸の中は喜びと嬉しさで満たされていく。
「私でよければ」
プロポーズを受けてもらえたギルバートは顔をくしゃりとさせて微笑む。
そして指輪をアイカの指にはめようとしてきて、アイカはそっとその手を制した。
「でも、まだ結婚はしばらくしないわ。その指輪は受け取れない」
「……なぜ?」
ピタリとギルバートの手が止まり、微笑んでいた顔も固まってしまった。
「だってまだ私、この国のことも、世界のことも知らないもの。もっといろんなことを知りたいし遊びたいわ。結婚したら自由に出歩けなくなるでしょう?」
「別に結婚しても外に少し遊びに行くくらいなら……」
「じゃあ気軽に他の国へ旅行にだっていけるわよね?」
「他国へ旅行は……護衛とか事前準備に時間がかかるかもしれないね……」
他国へ外遊に出るとなれば、大勢の警護をつけなければいけないし、相手国との事前調整も必要になってくる。カーラ・トラヴィス国内だけでなく、国交がある他国もギルバートの結婚相手がどういう立場になる女性なのか知っており、相応のもてなしで受け入れようとする。アイカの言うように<気軽>に旅行というのは難しいかもしれない。
「それにギルバート、私を騙していたでしょう?」
これ以上ないほど満面の笑みのアイカにギルバートは背中に冷や汗が流れるのを感じる。
アイカの笑顔がこんなに怖いと思ったのは出会ってから初めてだった。
「俺がキミを騙すなんて……」
「………中に少しいれて出すだけなら、子供は生まれないって……奥までいれなければ大丈夫だって……全部嘘なの聞いたんだから!」
笑顔が一転して頬を膨らませて睨んできたアイカに、アレかと心当たりに思い当たって、ギルバートの目は所在無さげに宙を泳ぐ。
まだ性行為について覚え始めたばかりのアイカに、自分にとって都合の良いいい訳を教えた気がする。
「だ、だれにそれを?」
「お屋敷のメイドさんたちよ!最近やっと仲良くなってお話するようになって教えてくれたのよ……。私がどれだけ恥ずかしかったか……。私が何も知らないと思って嘘ついていたのね!」
祝賀パーティーへの出席を決めてからドレスの調整等をしてくれているメイドたちから、ギルバートのパートナーとして出席することはとても羨ましいことなのだという話から始まり、ギルバートの自分を大事にする様からゆくゆくは結婚するつもりなのかとか、ちょっと込み入った話まで進んだとき、それは……と言葉を濁し、顔を赤らめてメイドたちは教えてくれた。
最終的に2人が結婚するのであれば問題ないとメイドたちは話を終わらせたけれど、ギルバートとの行為を思い出し羞恥心で、勢い池に帰ってしまおうかとさえ思ったのだ。
「そ、それはだな、なんというか……」
「バツよ!しばらく結婚はしません!」
「そんなっ!」
「ギルバート。最初、池で私に言ったわよね?私の言うことなんでも聞いてくれるって。覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
「言うこと聞いてくれないなら池に帰るわ。別に場所をギルバートが教えてくれなくたって精霊さんたちに頼めば連れて行ってくれるもの」
冷たく言えば、途端にギルバートは顔色を変えて指輪をひっこめた。その手をアイカに使われたら、いくらギルバートでもどうしようもない。どんなに大勢の警護をアイカにつけようと、ギルバートでは手の届かない遠くへ行ってしまうだろう。
「それはダメだ。わかった結婚はまだ先ということで」
ギルバートの返事を聞いて満足そうにアイカは笑って立ち上がった。どこへ行くのかと追いすがれば「化粧室」と一言。さすがにそこへに男のギルバートは入れない。
アイカの姿を見送り、先ほどまでアイカが座っていたベンチにはぁと深い溜息を零し腰掛ける。
そこへ、自分達以外はいない筈の庭で見知った声がかけられた。
「自業自得ですね」
「どこから聞いていたグレン。というか何でお前がここにいる?」
ここは王族関係者でなけば入ることを許されない庭だ。
貴族であり副将軍であろうと、通常ならグレンは警備兵に立ち入りを止められる筈なのに、平然とした顔で歩み寄ってくる。
「最初からですよ。マリア様が何かあったらいけないからと自分だけ入れてくださいました。妹のクレアは別室で休んでます」
「……………」
「しかし結局は人間と女神なので、いくら中に出そうと子供は生まれないそうですよ。アイカの機嫌を損ねるだけの骨折り損でしたね」
聞き捨てならない言葉にギルバートの眉間がピクリと反応した。
「どういう意味だ?」
「女神が身篭るのは、女神自身が相手の子供がほしいと願った時だけなんだそうです」
「それを誰に聞いた?」
「ココです」
「ココ!?お前、ココと話をしているのか!?」
予想外の名前が出てきて視線だけでなく身体ごとギルバートはグレンに向けた。
情報源がアイカなら、騙して中出ししていたことをああも怒りはしないだろう。子供ができてしまわないかどうかをアイカは心配していたのだから。
それがまさかの猫の名前。けれど、その猫は人の言葉を話すことが出来る特別な猫だ。
「ええ、たまに自分の部屋にハムをせがみにやってくるので」
「俺とはアレ以来全然話してくれないのに……離れでハムじゃなくてチーズをやったからか……?」
真面目にギルバートはチーズとハムで悩みはじめる。
もちろんグレンも初めてココが喋ったときは驚いたものだが、逆になぜ賊の情報を何も掴めなかった時、怪我をしたココが戻ってきた途端、ギルバートがアイカの居場所がわかったのか納得した。
またあのときココが負っていた痛々しい傷も、助け出したアイカが手をかざし祈ると傷が跡形もなくきれいに癒えるのをグレンは見ていた。
「ココが言ってましたよ、ギルバート様がアイカに変なことばかり教えていると。アイカとの間に子供がほしかったら、正直に子供がほしいとまた拝み倒すしかないでしょうね。この国の将来ために、是非頑張って拝んでください」
人間でありながら奇跡の力を持つ女神と結婚するとギルバート自身が決めたのだ。
それくらい頑張って貰わねば、アイカを男と偽って騎士団に紛れ込ませた苦労が報われない。
この日、ギルバートに手を取られ現れた美しい少女を前に
誰とも知れず呼び始める。
胸元のダイヤモンドにも劣らない輝くプラチナの髪。
黄金よりも濃い金の瞳。
白く透き通るようなシルクの肌。
まるで宝石のように美しい女性ー――
宝石姫、と。
その宴会の準備が整うまで、別室で談笑休憩したり、王宮の庭を散策したりして時間まで過ごすことになる。また女性は、髪をセットしなおしたり化粧直しをしたりするものだ。
だが、セルゲイが退出した際、我先にギルバートやアイカと一言だけでも会話をと取り囲もうと狙うなか、セルゲイを追って部屋を下がろうとした王女マリアの別室への誘いで2人には逃げられることになった。
「マリア、助かった」
「ギルバートお兄様からお礼を言われるなんて、前に社交パーティーから抜け出すのをお手伝いした時以来ですわね」
見事な金色の髪に青い瞳。上品な振る舞い。お姫様の見本のような美しい容姿。ギルバートをクスクス無邪気に笑う様は子供のようだ。
そんなマリアが、くるりとアイカに振り向き、ドレスの裾を両手の指先で摘み、腰を軽く下げお辞儀する。
「はじめまして、マリアと申します」
「あ、あのっ……はじめまして、アイカです………」
お姫様に声かけられちゃったどうしよう!
付け焼刃で簡単な挨拶の仕方などはギルバートが教えてくれたけれど、実戦がいきなりお姫様相手では教えてもらった挨拶など頭真っ白で思い出せない。
頭を下げるだけで精一杯だった。
「お2人のお部屋も用意してありますが、奥の庭を散策されるのもおすすめしますわ。今なら春の花々がとても綺麗ですの」
「では庭へ行こう。あそこは王族関係者しか入れないし、休憩室に間違えて乱入もない」
ギルバートの選択にマリアも頷く。アイカは王族ではないが、今日の祝賀パーティーでギルバートの正式なパートナーだ。庭に少し招きいれるくらいなら問題ないだろう。
奥へ行く廊下には警護兵たちが近づく3人に気づくも、アイカに見蕩れて敬礼が中腰で止まってしまったのを、ギルバートがひと睨みで背中を正させた。
奥の庭の入り口でマリアは礼をして戻って行ったが、
「やっぱり緊張したわ……足とか手とかずっと震えが止まらなかったし、ご挨拶もかえせなかった……」
「気にしなくても大丈夫だ。マリアはそれくらいで気分を害するような性格じゃない」
ギルバートに座るよう流されたベンチに腰を下ろした途端、ほっと溜息をつく。
グランディ邸でもドレスは着ていたけれど、普段着として着るドレスだったのでコルセットでウエストを締め上げられることも、履きなれない高いヒールの靴を履くこともなかった。
一歩歩いただけでぐらついて転びそうだし、お腹締め付けられて息は苦しいし、髪だってきつくアップされて頭痛までしてきたわ。食事まで時間があるって言ってたから、この髪下ろせないかな……。
もし誰かに声をかけられたら返事はせずに微笑んでおけばいいとギルバートは教えてくれた。しかし、せっかく時間をかけてセットしてくれたメイドたちには悪いけれど、慣れない衣装でとても笑顔なんて作れない。
何気に首にかけた大きなネックレスも重くて肩が凝ってしかたないなんて言ったら、ギルバートは苦笑するだろうか。
「でも、来てよかった」
先ほどの広間であった一幕を思い返すと、自然と頬が綻ぶ。
「どうして?」
「ギルバートのカッコイイところが見れたもの。勲章授与おめでとう」
王の前に膝まづき、賊討伐の功労を称えられ、その胸に真新しい勲章をつけたギルバートは本当にかっこよかった。広間に集まっている全員から拍手され、祝福を受ける姿は、それまでの緊張や息苦しさも忘れて目が離せなかった。
ふふふと思い出している自分に、隣に腰掛けるのではなく、ギルバートは目の前に片膝をつき見上げてきた。その目は真摯な眼差しそのもので、
「アイカ、俺はいずれこの国の王になる。そのとき俺の隣にいてくれないか?俺と結婚してほしい。この指輪を受け取ってくれ」
ギルバートがポケットから取り出したのはグランディ家に昔から伝わるサファイアの指輪だ。代々、当主夫人が身に付け、ギルバートの母親が亡くなったときから、それはギルバートがずっと宝石箱の中に保管していた。
いつ出会うとも知れない未来の伴侶のために。
これってプロポーズ?
アイカは指輪とギルバートを交互に見比べた。指輪を差し出すギルバートの手は僅かに震えている。ギルバートも緊張しているのだ。信じられない気持ちでいっぱいで、けれど胸の中は喜びと嬉しさで満たされていく。
「私でよければ」
プロポーズを受けてもらえたギルバートは顔をくしゃりとさせて微笑む。
そして指輪をアイカの指にはめようとしてきて、アイカはそっとその手を制した。
「でも、まだ結婚はしばらくしないわ。その指輪は受け取れない」
「……なぜ?」
ピタリとギルバートの手が止まり、微笑んでいた顔も固まってしまった。
「だってまだ私、この国のことも、世界のことも知らないもの。もっといろんなことを知りたいし遊びたいわ。結婚したら自由に出歩けなくなるでしょう?」
「別に結婚しても外に少し遊びに行くくらいなら……」
「じゃあ気軽に他の国へ旅行にだっていけるわよね?」
「他国へ旅行は……護衛とか事前準備に時間がかかるかもしれないね……」
他国へ外遊に出るとなれば、大勢の警護をつけなければいけないし、相手国との事前調整も必要になってくる。カーラ・トラヴィス国内だけでなく、国交がある他国もギルバートの結婚相手がどういう立場になる女性なのか知っており、相応のもてなしで受け入れようとする。アイカの言うように<気軽>に旅行というのは難しいかもしれない。
「それにギルバート、私を騙していたでしょう?」
これ以上ないほど満面の笑みのアイカにギルバートは背中に冷や汗が流れるのを感じる。
アイカの笑顔がこんなに怖いと思ったのは出会ってから初めてだった。
「俺がキミを騙すなんて……」
「………中に少しいれて出すだけなら、子供は生まれないって……奥までいれなければ大丈夫だって……全部嘘なの聞いたんだから!」
笑顔が一転して頬を膨らませて睨んできたアイカに、アレかと心当たりに思い当たって、ギルバートの目は所在無さげに宙を泳ぐ。
まだ性行為について覚え始めたばかりのアイカに、自分にとって都合の良いいい訳を教えた気がする。
「だ、だれにそれを?」
「お屋敷のメイドさんたちよ!最近やっと仲良くなってお話するようになって教えてくれたのよ……。私がどれだけ恥ずかしかったか……。私が何も知らないと思って嘘ついていたのね!」
祝賀パーティーへの出席を決めてからドレスの調整等をしてくれているメイドたちから、ギルバートのパートナーとして出席することはとても羨ましいことなのだという話から始まり、ギルバートの自分を大事にする様からゆくゆくは結婚するつもりなのかとか、ちょっと込み入った話まで進んだとき、それは……と言葉を濁し、顔を赤らめてメイドたちは教えてくれた。
最終的に2人が結婚するのであれば問題ないとメイドたちは話を終わらせたけれど、ギルバートとの行為を思い出し羞恥心で、勢い池に帰ってしまおうかとさえ思ったのだ。
「そ、それはだな、なんというか……」
「バツよ!しばらく結婚はしません!」
「そんなっ!」
「ギルバート。最初、池で私に言ったわよね?私の言うことなんでも聞いてくれるって。覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
「言うこと聞いてくれないなら池に帰るわ。別に場所をギルバートが教えてくれなくたって精霊さんたちに頼めば連れて行ってくれるもの」
冷たく言えば、途端にギルバートは顔色を変えて指輪をひっこめた。その手をアイカに使われたら、いくらギルバートでもどうしようもない。どんなに大勢の警護をアイカにつけようと、ギルバートでは手の届かない遠くへ行ってしまうだろう。
「それはダメだ。わかった結婚はまだ先ということで」
ギルバートの返事を聞いて満足そうにアイカは笑って立ち上がった。どこへ行くのかと追いすがれば「化粧室」と一言。さすがにそこへに男のギルバートは入れない。
アイカの姿を見送り、先ほどまでアイカが座っていたベンチにはぁと深い溜息を零し腰掛ける。
そこへ、自分達以外はいない筈の庭で見知った声がかけられた。
「自業自得ですね」
「どこから聞いていたグレン。というか何でお前がここにいる?」
ここは王族関係者でなけば入ることを許されない庭だ。
貴族であり副将軍であろうと、通常ならグレンは警備兵に立ち入りを止められる筈なのに、平然とした顔で歩み寄ってくる。
「最初からですよ。マリア様が何かあったらいけないからと自分だけ入れてくださいました。妹のクレアは別室で休んでます」
「……………」
「しかし結局は人間と女神なので、いくら中に出そうと子供は生まれないそうですよ。アイカの機嫌を損ねるだけの骨折り損でしたね」
聞き捨てならない言葉にギルバートの眉間がピクリと反応した。
「どういう意味だ?」
「女神が身篭るのは、女神自身が相手の子供がほしいと願った時だけなんだそうです」
「それを誰に聞いた?」
「ココです」
「ココ!?お前、ココと話をしているのか!?」
予想外の名前が出てきて視線だけでなく身体ごとギルバートはグレンに向けた。
情報源がアイカなら、騙して中出ししていたことをああも怒りはしないだろう。子供ができてしまわないかどうかをアイカは心配していたのだから。
それがまさかの猫の名前。けれど、その猫は人の言葉を話すことが出来る特別な猫だ。
「ええ、たまに自分の部屋にハムをせがみにやってくるので」
「俺とはアレ以来全然話してくれないのに……離れでハムじゃなくてチーズをやったからか……?」
真面目にギルバートはチーズとハムで悩みはじめる。
もちろんグレンも初めてココが喋ったときは驚いたものだが、逆になぜ賊の情報を何も掴めなかった時、怪我をしたココが戻ってきた途端、ギルバートがアイカの居場所がわかったのか納得した。
またあのときココが負っていた痛々しい傷も、助け出したアイカが手をかざし祈ると傷が跡形もなくきれいに癒えるのをグレンは見ていた。
「ココが言ってましたよ、ギルバート様がアイカに変なことばかり教えていると。アイカとの間に子供がほしかったら、正直に子供がほしいとまた拝み倒すしかないでしょうね。この国の将来ために、是非頑張って拝んでください」
人間でありながら奇跡の力を持つ女神と結婚するとギルバート自身が決めたのだ。
それくらい頑張って貰わねば、アイカを男と偽って騎士団に紛れ込ませた苦労が報われない。
この日、ギルバートに手を取られ現れた美しい少女を前に
誰とも知れず呼び始める。
胸元のダイヤモンドにも劣らない輝くプラチナの髪。
黄金よりも濃い金の瞳。
白く透き通るようなシルクの肌。
まるで宝石のように美しい女性ー――
宝石姫、と。
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