【R18】女神転生したのに将軍に言い寄られています。

ミチル

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女神と海の至宝

第五章 第三王子ディアーノ

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 グランディ家が本宅とは別に、客人用別邸が丘の方へ少し登ったところに建てられていた。ほどよく港や街からも離れ人々の喧騒がほとんど届かず、ラグナの港街も一望できる。
 そんな小高い丘の上の屋敷の窓辺に腰掛け、海洋国家イエニから外遊でラグナに訪れているディアーノは、遠くに見える騎馬隊の列と人々の歓迎する声を、微笑を浮かべて見下ろしていた。

 海洋国家イエニはラグナよりも海を隔て南に位置し、数々の島々が点在する。その温暖な気候と風土もあって、比較的ゆったりとした服は詰め衿の白シャツの上に、色鮮やかな刺繍が施されたベストが目を引く。同色のズボンもよく目を凝らせば織り方を変えてあるのか縦縞に見える上質な生地だ。
 少し朝黒の肌に、女性にも見える秀麗な顔立ち。南国の海の色を映したような深いエメラルドの瞳。胸に届く艶やかな黒髪は三つ編みにして前に流している。歳は今年で24歳だが、外見はそれよりも少し年下の20前後に見える。

 夜明け前から漁に出ていた漁師たちが帰ってくる朝でも、ここまで街の声が丘に立つこの屋敷にまで届くことは滅多にないのに、こうして絶え間なく歓声は届き、領主の戻りを街の者たちは喜んでいる。
 外遊前の話である程度聞いていたつもりだったが、実際こうして自分の目で見ても話に違わず大した人気だと他人事のように思う。

「ギルバート・エル・グランディ。あちらは国に唯一の王女に子が望めず、甥が次期国王候補。こちらは王子であっても庶子腹の第3王子で王位は遥か遠い。何事も思うように行かないものだねぇ」
「誰がどこで聞き耳を立てているか分かりません。そのような軽率なお言葉はお慎みください。相手は友好交易国の将軍閣下でいらっしゃいます」
「分かってるよ。けど相手は先の戦争で自国に勝利をもたらした英雄だろう?将軍でありながら外交の手腕も優れて、国民からの人気も絶大だっていうじゃないか。毎日遊んで暮らしている俺とは大違いだね」

 王子側付きのザムールが窘めても、ディアーノは反省した様子もなく、窓の外を眺めながら自嘲している。ザムルの方も5年もディアーノの側付きとして仕えていれば、ディアーノの性格は熟知している。いちいち目くじらを立てていてはやっていけない。
 ディアーノの外遊は3カ国を予定している。その中で2カ国目となるカーラ・トラヴィスは他国と同様に外交を兼ねた会食・会談だけではなく、別の意図がここに至って絡んできた。

「しかし、今回の外遊ではディアーノ様とマリア王女の婚姻の話が国王陛下から王子に下されております。くれぐれもあちらの神経を逆撫でるような態度はお慎みください」
「それねぇ、父上もよく考えたよね~。まさか婚約の相手候補がいなくなった王女を俺と結婚させようなんてさ」

 海を隔てた国に、どこでどう話が伝わったのか知らないが、次期国王候補であるギルバートに別の女性が出来たことで、王の娘であるマリア王女とギルバートの婚姻の可能性が無くなったならば、自分が王女と結婚しろと手紙を寄越してきたのだ。

 こちらは庶子腹の第三王子で王位継承の可能性はほとんどない。しかし相手の王女も体が弱く子は望めないのならば、両国ともイーブンだと考えたのだろう。
 目的は婚姻による国同士の結びつきの強化。イエニとカーラ・トラヴィスは長年交易関係を続けてきた友好国だ。こちらは海で取れる資源や遠く離れた海からもたらされた交易品を、カーラ・トラヴィスは肥沃な土地で栽培される小麦を。
 だが、5年前、カーラ・トラヴィスは内陸の武装国家リアナと戦争になり、今は停戦条約を結んでいるが、またいつ戦争が始まるかも分からない。
 
 国がそんな状況じゃあ周辺諸国と少しでも関係を深めておくのは国策として当然だし、リアナが台頭して外洋に出てくるのを抑制しておきたい父上の考えは分かるんだけど、だからって、俺は足元見すぎな気がするけどなぁ。
 よしんば結婚しても正妻に子ができないなら側室に産ませろっていう魂胆も見え透けてて、俺こういうの嫌なんだよね。人を道具みたいに扱うのって性に合わないから。だから政には関わらないようにしてるっていうのに。
あっちだってこっちの狙いくらいすぐに見抜いてくるだろうし、俺は無駄に欲を張って痛い目は見たくないんだけど。

 しかも、相手は敵国リアナを退け、外交にも秀でているという英雄だ。そう簡単には婚姻話は受け入れて貰えないだろう。
 国王の1人娘が他国に嫁いで、子が産めぬからという理由で蔑ろにされるかもしれないと分かっているなら尚更だ。

「会食・会談は4日後です。それまでは何卒大人しくお願いいたします。婚姻の話が通らなかろうと、国と国の友好関係にヒビが入るようなことだけは避けなければなりません」
「話がまとまれば儲けモノってやつだね、分かったよ」

 その返事を聞いて、ザムールは一礼し部屋を出て行くが、ディアーノの言葉はそれで終わりではなかった。誰もいない部屋でディアーノは無表情に話を続ける。

「せいぜい婚姻の話は無くなるように努力はするさ。俺はどこかの王女なんて要らないんで、一生楽して暮らしていければそれで十分」

 両国の面子を保ったまま、上手く話を無かったことにして、カーラ・トラヴィスの外遊を終えて次の国へ。そしてイエニに戻ったなら、自国の適当な貴族の娘と婚姻しそのまま悠々自適な生活が始まる。

 そんなディアーノの人生設計が狂うのは次の日のことだった。

 海に面した国で育ったせいか、外遊中の他国であっても潮風に誘われるようにして、つい足は海に向く。
 昨日のうちに会談相手のギルバートはラグナに到着しているが、すぐすぐ次の日に会談というわけにはいかない。お互い準備がある。そして会食・会談が無事に済めば、帰国前に周辺の貴族を招いてパーティーが催されるというのが通常の流れだ。

 国から護衛の者たちは当然ついてきていたが、慣れない街や屋敷で護衛の隙をつくのはディアーノにとって簡単だった。泊まっている屋敷自体は客人用の別宅で、食事や掃除などの仕事は領主であるギルバートが雇っている使用人たちが行っている。しかし、その者たちはディアーノの行動を止めるものはおらず、告げ口もしない。
 彼らがすることはあくまで客人への食事を作る事と屋敷の掃除が仕事なのだから。

 外遊でいいことは俺のことを誰も知らないってことだね。こうして1人で港町で歩いていても、店でモノを買って何も驚かれないし、騒ぎにもならない。
 特にラグナは海運都市でいろんな国の商人が出入りして、少し容姿や服装が違っていても目立たない。

 イエニに戻ればこんな自由に街を出歩くなんて出来なくなるだろう。ならば今のうちに1人を楽しむべきだ。

 ひとしきり街の散歩を楽しみ、海に面したい岩場に腰を下ろし、波が岩に打ち寄せる音と海鳥の鳴き声に耳を傾ける。浜辺の方なら波打ち際で海遊びをしているらしい者たちが何人か見受けられたが、自分のいる岩場まで足を伸ばしやって来るものはいないようだった。

 王子として生まれ、何不自由ない生活をしてきて、国のために結婚する。
 それが王子として生まれた自分の運命だと悟ったのはいつだったろう。10の頃には上の兄たちを見て、自分も同じような道を辿るのだろうという考えを持っていたのは確かだ。不満はない。

全てが用意された悠々自適な生活を失う危険を犯してまで、手に入れるものに何の価値があるっていうんだ。

 不満はないのに、ふとした拍子につい無いもの強請りをしてしまいそうになっては、ディアーノはそんな考えを嘲り打ち消す。
 そして自分が腰を下ろしていたすぐ近くの岩場のくぼみが不自然な光を放っているのが視界に入った。空の太陽の光を海が反射しているのではない、海の底から発せられる光。

「なんだ?え、あっ!!」

 立ち上がり光を確認しようとして、けれど、濡れた岩場に足が滑って背後の岩場のくぼみに落ちてしまった。海水を溜め込んだ岩場のくぼみは思ったよりも深く、顔を水面から出して呼吸をしながら、光っていた岩場の方を見やる。

そこに銀髪の女神がいた。

 ディアーノが落ちた岩場のくぼみのように海水が打ち寄せる岩の割れ目から海の上に立ち、後ろで結んだ長い銀髪をふわりと浮き上がらせ、細めた金の瞳は白い両手に大事そうに持った貝を見やり微笑んでいる。
 海の中から現れたというのに、髪はもちろん服ですら1滴も濡れておらず、海の上から岩場に立つと浜辺の方へと決して良くはない岩場を軽やかに駆けていく。

「待って!待ってくれ!」

 引きとめようにも此方はまだ服を着たまま海の中だ。急いで岩場に上がれそうな場所まで泳ぎ、海からあがり、女神が立ち去った白浜を見渡しても、その姿はもうどこに見つけられなかった。

「くそっ、どこに行った……。いや、俺は昼間から夢でも見てたのか?」

 海の中から光と共に美しい女神が現れ立ち去るなど、少女が読んで喜ぶ物語ではない。なのに、頭から銀髪の女神の微笑みが焼きついて離れない。
 夢物語のような美しさで自分の心は捕らわれてしまった。

「王子!?ずぶ濡れでどうされたのですか!?だから屋敷を抜け出して1人で出歩くのはおやめくださいと何度も言っているではありませんか!」

 屋敷にずぶ濡れで戻ってきたディアーノに見つけた護衛たちはもちろん、報告を受けて慌てて出迎えたザムールもあまりの姿に慌てて、風呂や着替えを使用人たちに命じる。

「ザムール。王女との婚姻は無しだ。俺はそんな話、聞いていなかったことにして打診は下げておけ」
「本気ですか?これは父王陛下からの」
「父上の命であっても、もう俺はその命に従う気は全くない。俺は俺の思う道を行く」
「何があったのですか?」

 突然のディアーノの豹変に、ザムールは努めて平静を装い、何があったのか訊ねる。父である王陛下の命令にディアーノはこれまで表立って異を唱えたことはなかった。
 しかし周囲に流されるようでいて、そうと気付かせず自分に都合のいいように話を持っていくのが病的に上手かった。
 そのディアーノが面と向って王命に背くと言ったのだ。

「海で逢ったんだよ」
「誰にですか?」
「光り輝くような銀糸の髪に、金の瞳の女神にさ」

 ずっと全てが用意された悠々自適な生活を失う危険を犯してまで、手に入れるものに価値などないと考えてきた。
 もしそんなものがあるとするなら、それは滅びの道であると。
けれどーー



 女神を手に入れることが出来るのなら、あの金の瞳に自分を映してもらえるなら、滅びの道も悪くない。



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