1 / 1
プロローグ
しおりを挟む桜の花びらが、髪をかすめながら落ちていった。いろんなものを写真に写してきたけどやっぱり桜が一番好きだ。
「桜に好かれてるんだな。華は」
そう言っていた恋人の笑顔を思い出す。
継一郎の笑顔を思い出すたび、目の前が歪む。写真を撮って誰かを笑顔にしたいなんて高尚な思いは無かった。でも、継一郎は私が写真を撮っているのを見て、穏やかに笑っていた。幸せだった。ただ隣にいてくれるだけでよかった。
飲酒運転の車にはねられて彼は死んだ。傍らにはぐちゃぐちゃに崩れたケーキの入った箱があったそうだ。私の誕生日をお祝いするためだったのだろう。彼の気持ちを思うとたまらない。忘れることのできぬまま、一年が過ぎた。
一番祝ってほしかった人はもういない。そばにあったベンチになんとなく腰を下ろしてそのまま私は眠ってしまった。
足元からくる肌寒さに目を覚ます。暖かくなってきたとはいっても、夜になるとまだ少し寒い。一人ならなおさらだ。寒さと眠気でふわふわした意識の中で、静まり返っている歩道を歩く。
一人でいると、本当に余計なことばかりを考えてしまう。あの時、私もいっしょに死んでいればよかったのか。いや、そんなこと考えたってわからない。継一郎は帰ってこない。
ふと、ブレーキ音が響き渡った。と同時にスピードをほぼそのままに保った一台のワゴン車がガードレールを突き破ってきた。反応が遅れた私は衝撃をまともに受けて意識を失った。
死ぬのだろうか。痛みより先にそんなことをのんきに考えて、視界は黒に染まった。
目が覚めて男性が顔を覗き込んできたので、私は思わず突き飛ばしてしまった。
「あなた、なんなんですか?」
眉間にしわを寄せて、不信感を露わにしながら尋ねる。ここがどこかもわからない以上、うかつに人を信じちゃいけない。
こちらの緊迫した胸の内を察したのか、相手は柔らかな語調で話しかけてきた。
「はじめまして。後藤勇樹と申します」
笑顔の見本といっても過言ではないほどの柔らかな笑顔だった。後藤と名乗った男性は私の反応を見ることなく勝手に話し始めた。
「この場所は死にかけの人間が集められているようなんです。とはいえ、それにしては人数が少なくて不思議なのですが……」
確かに、そう言われれば、ほかの人の気配が感じられない。
「この場所を僕たちは生と死の狭間と呼んでいます。ここにいるということは、現実世界での命はまだあると考えられますね」
ファンタジーな話になってきた。私は、頭を整理するためにふーっと長く息を吐いた。とりあえず、現実世界でまだ私は生きているようだ。
「……一つ聞きたいんですが。自分の意思で死ぬことはできるんですよね?」
後藤はぎょっとして、その後冷静にこくりとうなずいた。
「そっか。ありがとうございます。最後になると思うので名前は名乗らないでおきます。さよなら」
どうでもいい。どうでもいいんだ。
「ほう。いいだろう。私が直々に連れて行ってやる」
背後から声が聞こえ、見えない力に引きずられていく。これでつらい生活ともおさらばだ。あきらめにも似た感情で力に身を任せていた。
何とはなしに、周囲に目を張り巡らせていたその時だった。近くの壁際に、男性がいたのが見えた。違和感を感じてすぐに、もう一度男性を確認する。
「継一郎?なんでこんなところに!」
その男性は、一年前に事故で亡くなった私の恋人だった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
男の仕事に口を出すなと言ったのはあなたでしょうに、いまさら手伝えと言われましても。
kieiku
ファンタジー
旦那様、私の商会は渡しませんので、あなたはご自分の商会で、男の仕事とやらをなさってくださいね。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
予言姫は最後に微笑む
あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。
二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる