元悪の組織の怪人が異能力バトルなどに巻き込まれる話(旧題:世の中いろんなヤツがいる)

外套ぜろ

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第2章 狩って狩られて弱肉強食

第36話 ただの人間じゃない、と言ったら?

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 ——俺に、やらせてくれないか。

 しばらく、時が止まった。
 牙人が沈黙にごくりと唾を飲んだのと、灯真が「はあ?」と眉をひそめたのは、ほぼ同時だった。
「急に何を言い出す」
「……言葉通りだよ。あのドラゴンと戦うのは、俺にやらせてほしい」
「悪いが、冗談は……」
「本気だよ」
 灯真の目を見て、真剣に伝える。
 数秒牙人の目を見ていた灯真は、「ふむ……」と目を細めてからきっぱりと首を横に振った。
「無理だな。こちらの世界のただの人間が敵う存在ではない」
「——、と言ったら?」
「何?」

 牙人は、知らず知らずのうちに力の入っていた拳を、胸の前に持ってきた。
 できる限りこのことは話したくなかったのだが、背に腹は代えられない。
「……できれば、人に見られたくないんだが」
「ん」
 牙人の言葉に反応して、すてらが何かを呟く。一瞬、魔法陣が見えた気がした。
「うおっ!?」
 直後、牙人の体が強烈な浮遊感に襲われる。それはちょうど、英司の念動力に持ち上げられた時のようだった。
 同時に、テレビのチャンネルを切り替えたときみたいに、一瞬で周囲の景色が切り替わる。

 そこは、無機質な石造りの部屋だった。広さはそこそこある。薄暗くない程度に明かりが灯っていて、互いの顔はよく見えた。
「これは……?」
 周囲を見渡しながら、牙人は半ば勝手に口から出たように疑問を呟いた。
 先程まで聞こえていた街の音も、全く聞こえない。静かすぎるその空間は、どこか不気味な感じがした。
「魔法で作った空間に転送した。ここなら、誰かに見られることはない」
「あ、ああ。なるほど……。助かるよ」
 平然と凄いことを言ってのけるすてらに、牙人は苦笑を漏らした。それにしても魔法は便利なものだ。本当に何でもありで、恐ろしくもある。

 しかし、圧倒されている場合ではない。今度は、牙人の番だ。
「……まず、今からやるのは攻撃とかじゃないから安心してほしい」
「ん」
「承知した」
 何を考えているのかわからないすてらと、訝しげな様子の灯真が、それぞれうなずく。
 牙人は、深呼吸を一つ。
「そんじゃ——変身」
 牙人の体が、激しい光を放つ。
「っ!?」
「ぬおっ!?」
 一瞬の後、そこに立っていたのは異形の戦士。凶暴なデザインの頭部でぎらりと眼が光る。
 ドラゴンとの戦闘で大きく破損したはずの装甲は、もとの輝きを取り戻していた。粒子状態で“血核”内に保管される“ブラドアーマー”は、粒子化と復元を行うことで大抵の損傷は割と短時間で修復されるようになっているのだ。

 こほん、と小さく咳払い。
「——とまあ、こういうわけで」
 目を見開いて固まる二人に、牙人はばつが悪そうに頭を掻きながら話しかけた。
「もふもふ」
「驚いたな」
 さしもの異世界人も、怪人への変身には驚きを隠せない様子である。
 なんとなく変な感じだ。牙人からすれば異世界人の方が異常だが、向こうからは牙人が相当な珍しいものに見えているらしい。心なしか、目がきらきらしているような。
「……改めて聞くが、狼谷はこの世界の住人だな?」
「ああ。正真正銘、この世界生まれこの世界育ちだよ」
「確かに、今の現象に魔力の介入は感じられなかったが……。よもや、魔法以外でこんな芸当ができようとはな」
 顎に手を当てた灯真が、興味深そうに牙人を眺める。
 確かに、牙人自身もこの力を手にしたときにはまるで魔法のような力だと思ったこともあったものだ。ぶっちゃけ今でもその仕組みはよくわかっていないが。何度か博士が自慢げに説明していたのを聞いてはいるが、何を言っているのやらさっぱりだった。
 もっとも、牙人からすれば、異能力だとか魔法の方がよほど「よもや“Blood”関係者以外でこんな芸当ができようとはな」とでも言いたくなるというものだ。

 そんなことを考えながら、牙人は背中の方に顔を向けた。
「……あのー」
「ん」
「もふるのやめてもらっていいですか」
 いつの間にか牙人の後ろに回り込んで装甲の隙間から露出する毛皮をわさわさと撫でるすてら。その手を、そっと体から外す。どこか寂しそうな表情で空っぽになった自分の手を見つめるすてらに、牙人は何となく複雑な気持ちになった。
 千春といい、そんなに撫でまわしたくなるものだろうか。どうも、大型犬のように扱われている気がして、釈然としない。
 牙人は気を取り直して、自らの体を見せつけるように両手を大きく広げてみせた。
「見ての通り、俺はこの姿に変身できる。この状態なら……」
 言いながら、牙人は軽く後ろに跳んでからそのままバク転、バク宙、そして激しく錐もみ回転。両手を広げて着地した牙人は、少し離れた二人に親指を立ててみせた。
「こんな感じで、そこそこ動けるんだよな」
「ほう、魔道具の鎧にかけられた身体強化魔法のようなものか」
「あー……たぶんそんな感じ」
 その魔道具の鎧とやらの現物を知らないので何とも言えないが、なんとなくイメージは近そうな気がする。牙人は首を傾げながらもとりあえずうなずいておいた。

「ドラゴンから生き延びられたのも、これがあったからなんだよな」
「ん……ある程度戦える力があるのは理解した。けど、なんでわざわざ?」
「それは……」
 牙人は、少し考えてから眉を八の字にして、口の端を持ち上げた。
「——最近、自分が意外と根に持つタイプだってことがわかったんだよ」
「?」
 わからないといった様子で眉をひそめたすてらが再び口を開く前に、横から伸びた灯真の手がかざされた。
「よせ、“凍星”。の戦うわけを、むやみに暴くものではない」
「ん、わかった」
 すてらはむっとするでもなくあっさりうなずいて、口を閉じた。

「いや、別に話したくないわけじゃない。……まあ、ちょっと詳しいことは話せないんだけど」
 異能力の存在について部外者に情報を漏らしたとあっては、のちのち面倒くさいことになりそうだ。
「端的に言うなら、リベンジがしたいんだ。生き残りはしたけど、俺の……が酷い目に遭わされてさ」
「そうか……」
 灯真は静かに目を閉じると、そのまま数秒沈黙した。
「うむ、事情は分かった」
「じゃあ……」
 期待を込めた視線を送る牙人に、灯真は静かに首を振った。その紅い瞳が、牙人を貫くように見つめる。

「まだ……?」
 どこか含みのある灯真の口ぶりに、牙人は眉をひそめた。
 その疑問には答えず、灯真は牙人をまっすぐに指さした。

「——俺と戦え、狼谷」
「は?」
 困惑を露わにした牙人に、しかし灯真は平然とした様子で続ける。
「先ほどの身のこなしを見るに、かなりの実力があるとは思う。……だがな」
 言いながら、灯真は開いた右手を前に突き出した。
 その手のひらに、眩く、それでいてどこか荘厳な輝きが現れる。
 ——気づけば、その手には一振りの剣が握られていた。
「強いかどうかは、ぶつかり合ってみなければわからない」

「……なるほど。つまり、俺の力を試すってことか」
「まあ、そんなところだな」
 ふ、と笑った灯真が、剣を正面に構える。その目は、中学生の年齢とは思えない、修羅の鋭さを宿していた。

「——かかってこい。無論、本気でだ」
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