ランプの魔人ニケちゃん

くじぇ

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プロローグ

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「人は必ず何かをする為に生まれてきたのだ!!!!」

 教卓の前で、スーツを着た教授が学生に熱心に話している。相変わらず、あの教授は熱心だ。

 100人以上が入るこの大教室で、教授はマイクを使わず、地声で教室の端まで声を届かせる。
毎回、教室には空いている席を見つける方が難しいほど学生が出席している。だが、それは講義が面白いからではない。『自由』よりも『単位』を求め始める学生たちの間で、『出席さえしていれば、単位が貰える』そんな噂が広がり、いわば『ザル講義』として一役買っているのだ。そういう俺も『単位』を求める一人だ。

「先生! どのようにすればそれを見つけられるのでしょうか!」

 一番前に座る学生が声高らかに質問した。熱意のある学生もいたらしい。

 教授がアツければ、それを受ける学生もアツくなるってか。そう思いながら、スマホの画面をスクロールする。SNSを覗けば、高校の頃の同級生の女が、知人と思われる人間とピースをする写真とともに、
『ずっ友だよ~』と呟いている。写真の女友達が、半目になっているが、おそらくそういうことなのだろう。

「最近、気温異常じゃね? アイスくおーぜ、アイス!」

 全開に開いた窓から、他の講義を受けていた学生たちの声が聞こえる。

 季節は夏。京都に来て3年。夏は暑くて、冬は寒い。当たり前だと思うだろうが、盆地という地形ゆえに、気温の変化が激しい。そんな変化に3年目でも適応できない自分がいる。

 それにしても、暑い。最近の気温は異常だ。そんな中、熱心に講義を行う教授。この高い気温の中で、スーツのジャケットを着ている教授。

「なんでジャケット着てんねん」

 思わず、呟いてしまった。聞かれたかと思い、隣の学生に目をやる。こいつは、田中。身長180センチ、細身で、イケメン。外見も中身も正反対の俺は、入学式の日に隣に座ったコイツとなぜか意気投合し、講義なども一緒に受けている。そんな田中は机に伏して寝息を立てていた。そういえば、昨日は一晩中、他大学の奴らと飲み歩いたと言っていた。

「どんな人間にも生きる意味はあって、生きる意味のない人間なんていない!!!」

 教授が今日一番の声量で叫んだ。その大きさに、思わず顔を上げると、黒板には大きく「生きる意味」と書かれていた。

「生きる意味か……」

 吐き捨てるように、俺はつぶやいた。



「田中! 飯いこや!」

 4時限目が終わり、今の時間であれば、食堂は空いているはずだ。講義のあとは、大体、こうやってどちらかが食堂に誘い、たわいのない話をして、帰宅するのが恒例だ。

「ごめん! 今日、俺、これとデートなんだわ!」

 小指を立てながら、申し訳なさそうな顔をする。だが、その口元は二ヤつきを抑えるようにもごもごと動いている。

「はぁ~!? お前、この前、バイト先のゆりちゃんと別れたばっかやん! もう新しい子かよ」

 知ってはいたが、わざとらしく茶化す。

「俺くらいになると、女の子はほっとかねぇのさ! あ、今度さ、合コンあるんだけど行かね?」

 そう言いながら、スマホの『line』を見せてくる。

 そのスマホを手で避けながら、
「彼女がいるやつが言うセリフかよ! ばーか! 俺はそんなん興味ないの!」と叫ぶ。

 生まれてこの方、恋愛などしたこともないし、しようと思ったこともないのだ。自分のことも分からないのに、人のことなど考えられるはずもない。

「年頃の大学生が言うセリフじゃないわねぇ! そんなんじゃお母さん心配だわ!」

 少し高めの声で、おちょくる田中。

「余計なお世話や! はよいけ!」

 田中に向けて蹴りを入れようとするも、ヒョイっと避けられ、手を挙げ、田中は彼女とのデートに向かっていった。



 大学からアパートまでは、徒歩で30分ほどかかる。堀川通りを北上し、北山通りを西に進む。少し路地に入ったところにひっそりとある。大学からは遠いが、住み心地がよく気に入っている。
古い木造アパートであるが、住んでいる人間は多い。

 アパートのゴミ捨て場にゴミ袋が大量に置かれている。そういえば、今朝はゴミの日であった。だが、『回収されずに置かれている』ということは、回収時間の後に、こっそり誰かが置いたのだろう。大家さんが怒る様子が目に浮かぶ。

「ん?」

 ゴミ捨て場のゴミ袋の下に、何かが見えた。いつもであれば、そのまま気にもせず、部屋にむかっただろう。しかし、今日はなぜだか気になる。思わず、ゴミ袋をどかしてみると、茶色のランプが捨てられていた。

「魔法のランプ?」

 魔法など、ファンタジーなことを信じたことはこれっぽっちもないが、そのランプは、いかにも「私は、魔法のランプです」と言っているかのような存在感を放っていた。

「とりあえず、部屋に持っていこう」

 何かにとりつかれたかのように、思考はそれで覆いつくされ、俺は、魔法のランプを部屋に持ち帰った。

 部屋に帰ると、魔法のランプ…と思わしきモノをもう一度まじまじと観察してみる。金色で、本場のカレー屋で出てくるルーを注ぐ容器のような誰がどう見ても、アノ魔法のランプである。持ち上げてみると、なかなかの重量感である。蓋を開けようとする。

「開かない。くっついている様子はないが」

 とりあえず、汚さが目立っていたので、洗おう。そうだ、こういう時は、熱湯につけておくことで、開かない蓋が開くようになるということを聞いたことがある。事実かどうかは定かではない。

 湯を沸かし、バケツに注ぐ。その中に、ランプを浸す。

「よし、しばらく待つか」

『ブブッ』

 ポケットに入れていたスマホが震える。この振動は、『line』だ。

 送り主は『鶴太郎』さんだった。

 鶴太郎さんは、大学で『お助け部』などといういかにも怪しいサークル、いや、集団をまとめる部長である。徒歩10分ほどの近所に住む自称、大学生であるが、彼が何回生なのか分からず、知り合ってからずっと先輩として接している。そんな鶴太郎さんは、こうやって時々『line』をしてくる。こういう時は、『ご飯の誘い』か、『実家からのおすそ分け』のどちらかだ。

「実家から『尻』が届いて食いきれんから、やるわ。下に居ってくれ」

『ブブッ』

 その文面の後に、モアイの絵文字が送られてきた。絵文字については、おそらく何も関係がないのだろう。『尻』というのも鶴太郎さんなりのボケだと解釈した。



 アパートの下に向かうと、鶴太郎さんが段ボールを抱えてまっていた。

「遅いぞ! 少年!」

 『桃』と書かれた段ボールを静かに置きながら言う。首からタオルを巻き、半そで、短パンで、麦わら帽子をかぶる先輩は、田舎の小学生のようにキラキラしていた。

「すいません。それにしても、こんなにいいんですか?」

 そのキラキラを受け流しながら、冗談交じりに、全部もらおうとする。

「そうなのだ、全部受け取ってほしいのだ!」

 予想していた反応とは違い、そのまま渡してきた。

「実家が桃農家でな! 10箱も送ってきやがってな! 桃はすぐ傷むだろ? だからさ!」

 そう言い放つ先輩の手からは桃の匂いがする。少し前まで食べていたのだろう。

「桃、好きなんで嬉しいっす! ありがとうございます!」

感謝を述べて、いそいそと戻ろうとする。

「ところで……」

 先輩が話題を変えようと、かぶっていた帽子を取って、こちらをまっすぐに見つめてきた。

 また、『あの件』である。

「『尻』の件ですか?」

「……いや、おたす……」

「鶴太郎さん、サークルには入りませんよ」

 先輩が話し始める前に、核心をつく。

「なんとか頼むよ~! お助け部! 全然、人いないんだよ~」

 先ほどの真面目な態度とは変わり、クネクネと体を揺らしながら、手を合わせている。

 そんな先輩をスルーして、背中を向けると、諦めたかのように、先輩は
「ま、いつでも待ってるからな~。あと、『尻』はちょっとクスッと来ただろ~? はっはっは」
と言いながら、帰っていった。なんだか不思議な人である。どうにも、憎めない。

「そもそも、お助け部ってのが怪しいんだよな」

 ぶつぶつと言いながら、階段を上り、部屋の前に着く。

……なんだか胸騒ぎがする。角部屋の自分の部屋の前に着くと、中から何かの音が聞こえた。

 異変に気づき、扉を開けると、真っ白な煙が外に流れ出てきた。他人が見たら、火事かと思われるほどである。

「!?」

 思わず、部屋に入り、火災報知器の電源を切る。火の元は確認してある。たばこは吸わない。火事ではない。

「だとすると……まさか!」

 まるで予想していなかったことであったが、幼いころに読んだ物語と、そこに描かれていた挿絵が頭をよぎる。

「おい!」

 扉を開けると、目の前に飛び込んできたのは、

「うわーん、うわーん」

 子どものように泣く、小柄で黒髪の女の子だった。その傍には、バケツとランプが置かれていた。
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