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零章 『世界が分かれた日』

十九話 「RD事変 其の十八 『ロキというもの ①』」

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   ††† 

「ここでいいかな」
 志郎たちは六階にある一つの部屋に行き着いていた。

 入り口からやや離れた場所にあり、なおかつ少し入り組んだブロックにあった。同じような部屋もいくつかあったので、真っ先にここが狙われるという場所ではないだろう。

 部屋といっても小さな工場のような大きさで、内部ではベルトコンベアで運ばれたさまざまな物品、主に銃器などの武器類が自動で区分けされている。

 どうやらエレベーターで回収、または接収した武器などがここに集められているようだ。大半はナイフや短銃だが、なぜかロケットランチャーのようなものまである。

 部屋の端にはリグ・ギアスを外す装置もあった。両腕を入れる穴が空いた箱のような装置で、上部に使い方の説明が書かれたプレートが張ってある。もしデムサンダーが単独だったならば、この装置のお世話になっていただろう。

「お嬢様たちはどこに置く?」
「うーん、死角になるところがいいよね。あそこは?」
 志郎は部屋の隅、銃器類に囲まれて死角になっているスペースを見つける。隅々まで探されると見つかってしまうが、ぱっと見ればわからない場所である。

「起きたら文句言いそうだな」
 デムサンダーが抱えていた二人を降ろす。当然だがベッドやソファーはなく、そのまま硬い床に置いておくしかない。

 暖房は効いているので、少なくとも風邪は引かないだろうが、エリスの性格上、起きたら確実に文句は言いそうである。

「しょうがないよね。他に探している余裕がないし」
「ベルトコンベアに乗せてみるか? どう仕分けされるんだろうな?」
「えーと、生物なまもの用は…」

 ここに運ばれるのは銃器類であるが、異物が混入される場合もあるだろう。志郎がコンベアを目で追うと、異物用のコンベアは大きなダストシュートにつながっており、下の階で一時的に集められるようだ。

「たしかに安全ではありそうだけど…やめたほうがいいね」
 寝ている間にダストシュートに落とされたら、それこそ激怒は間違いない。爆弾で報復してくるかもしれないのでやめておく。

 結局二人は、コンベアで死角となっている隅に、そのままそっと寝かせておくことにする。

「結果的には良かったかもな。ここから先は、どう考えてもやばそうだ」
「そうだね。僕たちだけでは守れない可能性もある。ここにいたほうが安全だよ」
「まあ、その後のことはどうしようもないけどな。この様子じゃ、あとあと揉めそうだぜ」

 今後、エリスがどうなるのかはわからない。単純な暴力ならば志郎たちで対応はできるが、政治的、金融的な問題となれば何もすることはできないのだ。

「このお嬢さんは、もう普通の生活には戻れない。それだけは確実だ」
 デムサンダーは、少しだけ同情の視線をエリスに向ける。

 エリスが良質の電池だとわかった以上、その価値が失われるまで安息の日々はない。拒否しても拉致される恐れもあるし、今のような強硬な手段に出られるとエリスは身を守ることはできないのだ。

「エリス…」
 志郎は、エリスの寝顔を見つめる。気の強そうな眉と目元からは、寝ていても強い意思が感じられた。

 エリスは炎である。

 力強く、猛々しく、周囲を巻き込んで大きなことをやってのける炎だ。しかし、炎は燃料が尽きれば燃え尽きる。ふとしたことで威力が弱まれば、あっという間にくすぶってしまうものだ。

(まだ危うい)
 彼女は、まだ少女なのである。自らの炎が強すぎるがゆえに、自身すら燃やしてしまう。そのためには抑える役割の人間が必要だが、その役目はディズレーでは難しいようだ。

「もう少し一緒にいたかったけど…じゃあね、エリス。バイバイ」
 志郎は寝ているエリスに別れを告げる。

 一時とはいえ、こうして一緒にいられたことは素直に楽しかった。それだけ衝撃的な女性だったのは間違いない。少なくとも里にはいないタイプの女性であった。

「もともと住む世界が違う。気にするな」
 エルダー・パワーは、やはり常人とは相容れない存在である。どんなに親しくなっても、最後の一線だけは絶対に越えることができない。

 その境目は、人殺しとそうではない人間という、決定的な違いなのである。

 志郎の笑顔はあどけないものでも、その手は確実に人を殺した人間のものである。それはエリスが求める正規の力とは違うもの。そうした人間と一緒にいれば、いずれはエリスにとっても害悪となるだろう。

 だから、これでよかったのである。

「女は世界に一人だけじゃないさ。また出会いはある。今回はしょうがない」
「何のこと?」
 志郎はデムサンダーの言葉に首を傾げる。突然相棒が言い出した謎の言葉である。

(こいつ、気がついてないのか。なら、それでいいか)
 志郎は、恋愛に関しては顔以上に幼いところがある。自分がエリスに惹かれているとは思いもしないのだろう。

 そんな志郎に、黒くて太くて大きいものは少しだけ優しく笑う。

「まあ、拾った犬とは、ここらが別れ時ってことさ。これ以上いると情が移るからな」
「犬って…、きっと怒るよ」
「怒っても元気ならいいってことだよ」
「それもそうだね。元気なら、それでいいね」

 その言葉には志郎も頷いた。エリスがどんなに怒っても元気ならばいいのだ。そうであればいいと思った。


 そして、二人は部屋を出るや否や波動円はどうまどかを展開させて走り出す。

「で、どうするよ?」
「こうなったら、先に進むしかないよね」
 どのみち退路は断たれている。経緯はどうあれ、中に入ったからには異常を確かめねばならないだろう。

「そもそも俺たちは何と戦えばいいんだ?」
「うーん、たしかに」
 志郎たちは武人である。明確に【敵】と呼べる相手がいれば対応できる。仮に陸軍が苦戦していれば手助けすればよいだろう。

 しかし、今はそれを見極める術がない。状況もわからなければ、誰が味方で誰が敵なのかもわからないのだ。明らかに情報が少ない不利な状況であった。

 だが、つてはある。

「アズマさんと合流できればいいんだけど」
 先に内部に入っているはずのジン・アズマと合流できれば、少なくともこうした曖昧な状況は回避できるはずだ。また、何か知っているかもしれない。

 個人的にも志郎はアズマに会いたかった。実際に会えば、この胸にある不安も一発で解消されるのである。

「ジンは気に入らないが、それが妥当っぽいな。ただ、婆さんが来ているって聞いたぜ。あの婆さんなら何でも知っているっぽいけどな」
「あー、羽尾火さんか。でも、本当に入ったのかな? アズマさんのあとに入った人なんていなかったよね?」

 先行で派遣された志郎たちが実際に確認したのはアズマだけである。それ以後、少なくとも羽尾火がエレベーターを使って入塔したことはなかった。エレベーター自体、ほとんど動いていないのだから間違えようもない。

 先に入っていた可能性もあるが、志郎が里を出る時に見送っていたので、先に来ていたらそれはそれで怖い現象である。

「妖怪ババアだからな、何があっても驚かないぜ」
 術士の羽尾火は、エルダー・パワー内部でもやや異色の存在である。ずっと昔から老婆のままで、歳も取らねば若返りもしないという。

 聞いた話では、幼少期に里にやってきた師範がオッサンになっても羽尾火は昔と同じ姿のままらしい。そのため仙人やら妖怪やら、いろいろな言葉で表現されている謎の存在でもあるのだ。

 そんな羽尾火ならば、何かしらの超常的な方法で中に入っていてもおかしくないだろう。それだけ恐ろしい存在なのである。

「でもさ、ずっと不思議だったんだよ。師範まで出るなんておかしいと思わないか」
「たしかにな。あの婆さんが里から出るなんて初めて聞いたしな」
 志郎がずっと引っかかっていた疑問を口にすると、デムサンダーも同意する。

 マスター・パワーの赤虎を含めた師範たちは、まず表舞台に出ない。日々静かに暮らし、武を探求し続けている。その彼らが外に出る。それだけで異常な事態であるといえるのだ。

 つまり、このアピュラトリスが、それだけの【守護】が必要な状況に晒される可能性が高いことを意味している。加えて、エルダー・パワーが堕落とは縁遠い存在である以上、普通の崩壊程度でここまで関与はしないはずである。

 アピュラトリスに危険が迫り、なおかつそれによって多くの被害及び犠牲が出る。または危険な技術が外部に漏洩し、ダマスカスや他の国家、世界が揺らぐ可能性がある場合。

 彼らが出るとすれば、ここまで想定しなければならない。しかも、今回派遣されたのは羽尾火だけ。それもまた不思議なのだ。

「確信がないけど注意は必要って感じなのかな?」
 志郎が考えられるのはそれくらいである。もしくは大統領の顔を立てて師範を一人出した可能性もある。大統領は女性を出してほしいと要請したと聞いているからだ。

「アレが女性か? もうとっくに女を捨ててると思うけどな」
 アミカではなく羽尾火が護衛で来たら大統領は泣く。本気で泣く。その慟哭で、会議が止まるかもしれないほどに。

「マスター・パワーは、何か隠しているような気がするよ」
「上はもともと秘密主義だからな。席持ちの俺たちだって、たまに外されることもある。今回もそうなんだろうよ」
「そうだけど…。今回は特に嫌な予感がするんだ」
「またジンのことか? まあ、婆さんがどこにいるかわからねーし、そんなに心配ならあいつと合流するか。そうすればお前も安心するだろうしな」

 結局、どこにいるかわからない羽尾火よりも、地下に配置されたアズマとの合流を最優先とすることになる。

「ディム、油断はしないでおこうね」
 アピュラトリス内部の地理など知らない志郎たちは、ただ道に沿って走るしかない。ただでさえここは未知の空間なのだ。注意を払って払いすぎることはない。

「わかったよ。また閉じ込められるのは勘弁だしな」
 すでに危うい場面に遭遇しているので、デムサンダーも素直に頷く。

(嫌な予感…か。こういうときの志郎の勘は当たるんだよな)
 デムサンダーも内部に入ったことで、緊迫した雰囲気に気がついていた。胸騒ぎ、それも強い圧迫感を感じ始める。おそらく、これが志郎が感じていたものなのだろう。

 そうして走っていると、三つの分かれ道が現れた。二人がどうしようと迷う暇もなく、二つが隔壁で塞がれ一本道になる。

「おいおい、ずいぶんと露骨すぎるな」
 あからさまな光景に、デムサンダーは不快で顔を歪める。

「キリルさん…かな?」
「そうだとしてもアピュラトリスだぜ。そんな簡単にできるものかよ」
 アピュラトリスの制御は事務員程度が扱えるものではない。それは素人の二人でも容易に理解できることだ。ここは天下一のセキュリティを誇る富の塔なのだ。

 また、二人が知る由もないことだが、現在はマレンが大部分の制御を握っているので、仮に制御室にいたとしてもこのような操作は簡単にはできない。それほどこの現象は特異なものであった。

「あの女、やっぱり普通の職員ってわけじゃなさそうだぜ」
「直接会って訊いてみるしかないね」
「素直に話すような玉じゃないと思うがな」

 キリルが何者でどんな目的があるのか。ここまで巻き込まれたのだ。問いただすまでは戻れないだろう。それ以前に、志郎たちに選択肢はないのだが。

「気に入らないが、行くしかないな」
「そうだね。行けるところまで行ってみよう」

 【指示通り】にいくつかブロックを進んだ時、いつも以上に広げていた志郎の波動円のレーダーに明らかに異質なものが入り込んだ。志郎はデムサンダーよりも危機察知能力が高く、いち早くその存在に気がついたのだ。

 志郎がたびたび口にする「嫌な予感がする」という言葉であるが、探知能力の高い武人は総じて勘が鋭い傾向にある。彼らは無意識のうちに周囲の探知を行っており、全体の雰囲気として事象を捉えることができるのだ。

 それゆえにデムサンダーも、志郎が言うのならば何かあるかもしれないと思うわけである。そして、その勘は当たることになる。

「ディム、二つ! 速い!」
 その速度からゆっくり説明する暇がないと悟り、とっさに断片的な情報を伝える。コンビを組んでいるデムサンダーにはそれだけで十分だった。即座に戦闘態勢を整える。

 そして三秒後、角を曲がって目の前に現れたのは、奇妙な仮面を被った二人の黒衣の人物であった。制御から離れたブロックの調査に出向いていたロキN6とN7である。

 ここで両者に奇妙な状況が生まれた。
 互いに一瞬見合ってしまい、時間が止まる。

 ロキの二人も、志郎とデムサンダーの存在には気がついていた。しかし反応は非常に小さく、一般人だと想定していた。当然排除するつもりで視界に入ったのだが、いざ発見した瞬間に相手の力量がさらに上だと気がつき、慎重な対応を取ったのだ。

 一方の志郎とデムサンダーも、まさかこんな相手が現れるとは思っておらず、状況を理解するのに一秒ほど要してしまった。

 その両者の状況の差、温度差が、この不思議な空間を生み出すことになる。

 先に動いたのはロキ。
 もともと相手を排除するのが目的であったので対応が早かった。

 N6が剣を抜いて志郎に斬りかかる。

(速い!)
 志郎は敵の素早さに驚く。

 走る速さから動きの良さはわかっていたが、いざ戦闘となったときのロキの速さは異常なほどであった。剣を横薙ぎに払い志郎の胴を切断しようとする。

 相手の奇妙さもあって志郎の反応は遅れた。しかし、驚いて見開かれていたその目が一瞬で細くなり、高鳴っていた心拍のリズムが即座に穏やかなものとなる。そうなればもう身体は自然と動いていた。

 次の瞬間、不思議な現象が起こる。

 斬りかかったはずのN6の身体が、無防備で【宙に浮いていた】のだ。

「――――っ!?」
 ロキN6は、何が起こったのか理解できず周囲を見回す。

 下には平然と立っている志郎の姿がある。その身体に傷は存在しない。とっさではあったがN6は本気で斬りかかった。その攻撃を受けて無傷であることが理解できなかったのだ。

 ただ、それよりも直面しなければならない事実がある。無防備となったN6は反撃を受けねばならないのだ。

 志郎がN6を宙に浮かしたと同時に、デムサンダーは跳んでいた。謎の仮面剣士の顔は見えないが、困惑していることはすぐにわかった。志郎とコンビを組んでいるとよく見る光景なので、デムサンダーに驚きはない。

「うらぁあ!!」
 デムサンダーの蹴りが、N6の無防備な背中に直撃する。防御しようにも完全に崩されたあとなので、まさにクリーンヒットであった。

 直撃を受けたN6は吹き飛ばされ、肉が硬いものにぶつかる音とともに壁に衝突する。

「ディム、やりすぎだよ」
 そのあまりのクリーンヒットを見て志郎が苦言を呈する。

「ちっ、ついマジで反応しちまった。殺しちまったか?」
 相手の殺気に反応して、デムサンダーも本気で蹴ってしまった。常人なら衝撃で胴体が真っ二つ、あるいは粉々になっているところだ。

 そうなっていないことを見れば、相手が強い武人であることは一目瞭然である。それでも無事では済まないレベルの一撃であった。衝撃だけでも、一般人が遭遇するトラックとの交通事故に匹敵する。

 威力は見ての通り。倒れたN6が動く気配はない。

「できれば捕まえたいね」
 相手の素性も気になるし、いきなり斬りかかる状況も理解できない。当然、無意味な殺生もしたくないので、まずは志郎が捕獲を優先するのは妥当な判断である。

「あと一人いる。あっちは捕まえるか」
 デムサンダーはN7に視線を向ける。N7は剣を抜いたまま、こちらの様子をうかがっているようだ。さきほどN6の攻撃を防がれたことで警戒している様子である。

「やっこさん、相当やる気らしいな」
 デムサンダーは、N7から発せられる殺気が増大したのを感じた。

 肌に突き刺さるような殺気は、そこらの殺人鬼など足元にも及ばない。相手は仲間がやられたことなどまったく気にしていないようだ。それどころかますますやる気である。

 その様子が志郎には引っかかる。

 普通ならば、倒された仲間を一瞬でも見るはずだ。そういった視線は必ず生まれる。だが、N7は一度も吹き飛ばされたN6に視線を向けなかった。

 だからこそ気がつけたのだろう。

 気配を殺して起き上がったN6が、再度志郎に対して攻撃を仕掛けようとしていたことに。

 N6は最初の行動とは正反対の静かな動きで、滑るように志郎の死角から剣を突き立てようとする。

「っ!」
 迫る刃に志郎は無意識で対応。両手にまとった戦気を素早く回転させ、渦のような力場を生み出した。N6の刀は、その力場に触れると巻き込まれるように方向が逸れ、志郎から遠ざかる。

 渦の力場は、攻撃してきた相手の力に比例する。自身が放った渾身の一撃に引っ張られてN6は再び宙に投げ出された。

 覇王技【覇小無はしょうぶ渦舞うずまい】。相手の戦気の流れを利用する防御系覇王技である。戦気の流れを利用するので、生まれもった戦気の量が少なくても扱える技だが、流れを読む感性と相手の戦気に合わせる柔軟さが必要な高度な防御技である。

 かつて武人の頂点である覇王でありながら、攻撃ではなく防御を極めようとした変わり者の女性がいた。彼女は自らを覇小はしょうと称し、武をと呼び、こうした防御の型を積極的に編み出していった。

 ダマスカスで発展した合気道のような武術も、彼女が編み出した技を参考にしたものといわれている。初手でN6の攻撃を宙に弾いたのもこの技である。

 防御。たかが防御。
 されど防御である。

 それを極めた者は、あらゆる災厄から身を守ることができる。技を編み出した覇小は、何万という軍勢をたった一人で無傷で制圧したともいわれるほど強かった。

 彼女は何もしない。ただ流れるままに歩いただけ。そんな彼女に何もできなかった武人たちは戦意を喪失するしかなかった。守り勝つ。それもまた最強の称号である。

 志郎は「覇小無」という武を知った時、打ち震えた。生まれもって戦気の少ない彼は、一時期伸び悩んでいたのだ。戦気は、攻撃にも防御にも必須のものであり、武器の残弾と同じ意味を持つ重大な要素だからだ。

 しかし、覇小の技はその名が示す通り、非常に少ない戦気でも発動できる技ばかり。重要なのはタイミングと戦気の質である。技をひたすら磨くことで、志郎は一気に成長したのである。

 その技の冴えは、ロキの攻撃すら凌ぐほどである。

(危なかった)
 志郎は肝を冷やす。正直なところ防げたのは奇跡に近かった。

 N6の攻撃は完全に死角からであったし、志郎は直前まで気がついていなかった。それでも対応できたのは、エルダー・パワーとして日々鍛錬してきた結果である。

 師範の一人である剣士特別第二席、黄虎おうことの訓練においては殺気のない攻撃は当たり前である。殺気のない攻撃を防ぐには、自身もそうあらねばならない。

 もし志郎が相手に危害を与えることを目的に殺気を帯びていれば、おそらくロキの攻撃には対応できなかったに違いない。防御に専念し、相手を制圧することだけを考えていたからこそ反応できたのだ。そうでなければ確実に致命傷だったことだろう。

(相手は本気だ!)
 この瞬間、志郎は初めて死の予感を感じた。

 ロキは予告もしなければ、話し合いのそぶりもしない。ただただ相手を殺すためだけに行動している。志郎は今までの実戦経験から、ロキの危険な雰囲気を感じ取っていた。

「こいつ、まだ動けたのか!」
 デムサンダーは躍動し、再び宙に飛ばされたN6を追撃しようとする。が、すでにN7が風衝・十閃を放っていた。

 十にも及ぶ風の刃は、跳躍したデムサンダーの行動を封じるように全方位から迫ってくる。避けられないことを悟ったデムサンダーは、全身から防御の戦気を放出してすべてを受け止めるも、荒れ狂う暴虐の刃が肉を切り刻む。

「ディム!」
「大丈夫だ!」
 そうデムサンダーは言ったものの、肌には複数の切り傷が見受けられた。

(ディムの防御を貫くなんて!)
 デムサンダーの防御はけっして悪くなかった。もともと強靱な肉体を誇る彼は防御力が高い。それを切り裂くのは容易ではないのだ。志郎はその技の切れに驚愕する。

 N6は平然と着地すると再びN7と合流する。その動きに淀みはなく、違和感もない。

「ちっ、蹴りのダメージはないってか!? 志郎、こいつら普通の相手じゃねえぞ!」
 デムサンダーの蹴りを受けて動けるだけでも驚きだが、相手はまったくダメージを感じさせない動きをしている。これが普通の反応でないことは明白だ。

 同時に、このアピュラトリスでの異変が、想像を超えたものであることを悟る。

「どうやら、お嬢様が招待されたのは仮面舞踏会だったらしいな。仮面がないと入場お断りだってよ」
 デムサンダーが仮面のロキを見て皮肉を言う。

「でも、これじゃ武闘会だよ」
「ははっ、ちげぇねーな」
 さすがのエリスも、このような状況は想定していなかっただろう。

 仮にこんな相手を見つけたら、速攻で爆弾を投げつけそうで怖い。いなくてよかったと心底思う志郎たちであった。
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