十二英雄伝

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零章 『世界が分かれた日』

二十二話 「RD事変 其の二十一 『デムサンダーという男』」

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   ††† 

 デムサンダーという男がいる。

 この男にはもともと名前などなかったので、自分で勝手に付けた。特に気に入っている名前でもないが、かといって嫌いなわけでもない。ないと不便であったにすぎない。

 人種はわからない。おそらく西大陸の南部に密集する発展途上国家群のどこかだと思われるも、やはりはっきりしない。それもまた当人は気にしていない。

 八歳か九歳くらいの時、ダマスカスの寺院にホームレスとして生活していたところを、エルダー・パワーの人間に保護されて里にやってきた。

 最初は違う国にいたそうだが、密航した船がたまたまダマスカスに着き、その後もなんとなく寺院の境内に住み着きつつ、坊主と一緒に生活していたらしい。

 幼い頃から武人としての力を発揮していたが、里でも寺院でも不当な暴力行為を働くことはなかった。極めて普通で問題を起こすことなく生活し、静かに日々を過ごしていた。

 弟分の志郎が里にやってきた時も快く迎え入れた。ゴロツキのような年上のアズマがやってきた時も普通に接していた。里において彼が誰かに迷惑をかけたことはない。

 修行の際も、彼は何でもそつなくこなした。言われたことは何でもやるし、可もなく不可もなく課題をクリアしていく。

 そして気がつけば、戦士第五席の地位を与えられていた。当人は席を持ったからといって傲慢になることもなく自慢することもなく、普段使わないスーツをプレゼントされ、苦笑いするニートのような気分であったにすぎない。

 この男にとって、それらは価値がないものである。指導していた戦士特別第二席のダイモン師範も、デムサンダーという男について尋ねられると答えに窮し、「よくわからないが、いいやつだと思う」と返ってくるだろう。

 それは事実である。
 しかし、もう一つの事実も存在している。

 ある時、マスター・パワーが、デムサンダーについてこう語ったことがある。

「雨を降らせてはいけない。嵐を起こしてはいけない。雷が落ちれば火事が起きてしまう。人に雷は掴めないし、火事を止めることも難しい」

 その意味を理解した者がどれだけいただろう。雷が落ちたことなど今まで一度もなく、これからも落ちないであろうと思っていた。

 いや、誰もが雷を侮っていたのかもしれない。地震は起きてみて初めてその恐怖を知る。雷もまた、近くに落ちてみて初めてその威力を知るものなのだ。

(まったく、予想外のことばかり起きるものだ)
 ユニサンはここ一年、数えきれないほどの予想外の出来事に遭遇していた。アーズがラーバーンになったこと。バーンやメラキ、マレンのような天才たちと出会い、世界の広さを痛感したこと。

 今まで自分が見てきた世界は小さなもので視野が狭かったことを知った。この世には、まだまだ人が知るには大きな秘密がたくさん存在するのだ。その中で自分が果たす役割は小さなものであり、またそれでよいと思っていた。

 だからこそ、こうした予想外のことが起きることは嬉しいのだ。新しい世界が目の前で広がることは心躍るものである。

 それが自分に降りかかる災厄であったとしても。

 身体が軋む。賢人の遺産によって因子そのものが変質したユニサンの肉体は、通常の人間を凌駕する漆黒の筋肉をまとっている。

 それはまるで鋼鉄の塊。戦気なしでも銃弾すら弾き、名刀すら削り折り、強固な壁すら破壊する暴力の権化。ただ敵を倒すためだけに生まれ変わった武器そのものなのだ。

 それを目の前の男はあっけなく破壊していく。削る。抉る。ヒビを入れる。打突する。へし折る。幸か不幸か痛みは感じないので、冷静にその行為を見物する余裕はあった。もしこれが生前の肉体だったならば、当に意識を失っていたかもしれない。

 ユニサンは雨を降らせてしまった。
 嵐を起こしてしまった。
 嵐は雷を呼んでしまった。

 それは掴めないものであった。

 デムサンダーの蹴りがユニサンの頭部を襲う。それを右腕で防ぐ。すると折れる。へし折られる。何度見てもこの現象が信じられない。何度見ても飽きない。これだから予想外は楽しいのだ。

(すごい…)
 志郎はデムサンダーの動きに驚いていた。蹴りには力が入っているようには見えないが、触れたユニサンの身体は確実に破壊されていく。

 腕でガードすればへし折られ、肩にかすればヒビが入る。蹴圧だけでもユニサンの鋼鉄の肉体に傷が入っていく。なぜそうなるのか志郎にも理解できない。

 恐ろしいほど速いわけではない。かといって遅いわけでもない。まったく重そうに見えない蹴りなのに、なぜか当たるとユニサンがサンドバッグのように揺れる。

 攻撃の型は基本に忠実で控えめ。いつものトリッキーな動きはせず、まるで空手の型のように小さくコンパクトにまとめている。ただただ淡々と相手を蹴っていく様子は、真面目な練習生のようである。

 里では一度もこのような動きを見せたことはない。デムサンダーは文句なく強い武人であるが、模擬戦で戦っても志郎とさほど差があるようには思えなかった。

 だから自分と互角くらいだと思っていた。今後何があっても本気で戦うことなどなく、頼りになる相棒だとしか思っていなかった。

 ましてや彼が、自分を大幅に抜いているなどとは思わなかった。志郎がどんなに全力で攻撃しても、ユニサンには外傷一つつけられないだろう。少なくともそのパワー、出力は桁違いである。

 それでもユニサンは歴戦の勇士である。防戦一方ではない。デムサンダーの動きの隙を見つけて虎破を放つ。折れたはずの腕からの予想外の虎破。新しいユニサンの身体には修復能力があるのだ。それを利用してのフェイントである。

 折れた腕はまだ完全には修復されていないが、直撃すれば一撃で致命傷を与える自信はあった。それだけユニサンの肉体は凶器そのものである。

 不意に出た拳にデムサンダーは回避できない。胸に直撃。大砲の弾が無防備な胸に当たったのだ。骨が砕けるくらいで済むレベルではない。

(仕留めた)
 ユニサンも手応えを感じる。防戦に徹しながらもデムサンダーの動きを観察し、このタイミングを測っていたのだ。その観察眼は見事に的中した。

 ぐにゃり。

 しかし、次に聴こえた音は、骨が砕けた音ではなかった。骨が曲がった音でもない。それは筋肉が【弾んだ音】だったのかもしれない。

 虎破をもらったデムサンダーは、勢いそのままにバク宙しダメージを軽減。胸には赤い拳の筋が入っているものの、致命傷には程遠い。

(この男、筋肉が異様に柔らかい)
 ユニサンの拳が感じたのは、硬さではなく柔らかさ。

 デムサンダーの肉体はまるでゴムのようであった。しなやかで強く、伸びて縮む。だから衝撃に対しては非常に耐久性があり、虎破といえども威力が軽減されてしまうのだ。

 剣士のロキならば斬撃による裂傷が与えられるので、デムサンダーにも効率よく対応できたが、戦士のユニサンにとってはやりにくい相手であった。

 通常、武人の因子は三すくみの関係にあるわけではなく、剣士が戦士に強い、弱いという枠組みは存在しない。相性は人それぞれである。が、【同属】間においては、属性や相性が大きく関わることは案外多いものである。

 戦士は肉体を武器にする以上、打撃系に依存する傾向にある。修殺や蹴殺などの放出系の技も多いものの、技のキレで勝負する武人は少なく、戦気の量と質、生来の拳の重さで押す者が大半である。

 しかし、デムサンダーの肉体は衝撃そのものを吸収し、押し返す性質を持っている。これは実に戦士泣かせのもので、どんなに良いタイミングで当ててもダメージが半減してしまうのだ。生まれ持ったものなので、後天的に得ることは難しい天賦の資質である。

(打撃系は急所に当てねば効果は薄いな)
 顔面、関節、より筋肉の少ない骨の部分。そこに完全なタイミングで入れなければ致命傷は与えられないだろう。

 しかも今、離れ際に一本指を奪われた。バク宙でかわすと同時に、ユニサンの放った拳の小指に蹴りを入れていたのだ。小指は他の指とは明らかに違う角度に曲がっていた。

「ふっふっふっ…」
 ユニサンは目の前の男に対して、笑いの感情しか浮かばなかった。これだけの力、これだけの才を見れば嫉妬すら通り越してしまう。

 生まれもっての【芸術品】

 それがユニサンがデムサンダーに抱いた感想である。それそのものが美しい。存在するだけで価値がある。

「どうしたオッサン。蹴られすぎて頭がおかしくなっちまったか?」
「いや、つくづく人生は面白いと思ってな」
「オッサンのほうが面白いと思うぜ。それ、何度目だよ」

 バキッ、ゴキンという音とともに、ユニサンの折れた指や腕が修復を開始する。ヒビ割れた箇所も抉られた場所も即座に治ってしまうのだ。驚異の修復力、それも般若の面の力である。

「安心しろ。無限というわけではないさ。だが、憎しみの底はまだ見えない」
 アズマの無明人刃は憎しみを斬った。ユニサン自身、そしてザックル・ガーネットが放つ憎しみの波動は、根源から断ち切られてしまっている。

 しかし、このダマスカスやアピュラトリスに集まる人々の怒りと憎しみが消えたわけではない。それどころか、ますます膨れ上がっているのが、ガーネットと同化したユニサンにはよくわかった。

 その巨大な思念の中のわずかな邪気をガーネットは吸収している。たったそれだけの力でも、ここまでの物的な力に還元できるのだ。改めて憎しみとは実に恐るべき力であると知る。

「仲間の仇討ちか。その気持ちはよくわかるぞ」
 ユニサンも復讐のために戦っていた。家族を殺された恨み。ただ殺されたのではなく、強制連行されて苦しみの中で死んだ母親の仇を討つ。それが彼の存在意義だったのだ。

 怒り狂って滅ぼして、そして最後は自分も滅ぶ。そんな無意味な人生だけが待っているはずだった。

 そう、あの【英雄】と出会うまでは。

 ユニサンには目的があった。理想があった。だからこそ自我を保てた。最低限の人としての理性を保てた。

 だから気になる。

「なぜお前には憎しみがないのだ」
 デムサンダーから発せられる力は、たしかに怒りである。アズマという家族を殺された怒りによって、この力は発揮されている。

 ただし、激情ではない。錯乱や爆発的なものではなく、もっと別の怒りである。

「さぁな。俺に訊くなよ」
 デムサンダーの高速の前蹴り三連発。修復した両腕でガードするもユニサンの身体は圧される。

(ジン・アズマとは桁違いのパワーだ)
 生まれ変わった体躯は、二メートル半を超える巨体である。デムサンダーも背が高いが、今のユニサンからすれば二回りは小さい。

 だが、圧される。圧倒される。

 その迫力ある弾力、躍動するエネルギーは、アズマが持っていた切れ味とはまた別種のものであった。アズマが研ぎ澄まされた刃、カマイタチだとすれば、デムサンダーは暴風。

 そして雷!!

「ライジングサンダー!!」
 圧されて動きが封じられたユニサンに対し、ガードの両腕をすり抜けるように真下からライジングサンダーを放つ。

 雷が昇った!

 十分な距離を得た蹴足は、最高の位置でユニサンの顎を捉える。ロキの肉体を一撃で破壊した威力は、今のユニサンにとっても侮れないものである。首の骨が折れ、直後に襲いかかる雷撃で顔面が焼けた。般若の顔が無惨に破壊される。

 膝をついて倒れるユニサン。

「まったく、イラつくぜ」
 デムサンダーは苛立っていた。何に怒っていたのかも、今はあまり覚えていない。それもまた苛立つ要因ではあるが、なぜだかこの状況にも腹が立つのだ。

 一度も本気を出したことがなかった。鍛錬の時も模擬戦の時も実戦でさえも、彼が全力で戦うことはまずありえない。場合によっては、自分が殺されても全力にならないかもしれない。

 なぜか。
 彼自身もその理由がわからないでいる。
 だが、どうしてもそんな気分になれないだけなのだ。

「ディム、すごいや」
 志郎が立ち上がり、ユニサンを圧倒したデムサンダーに向かう。

「無理するな。けっこうやばいだろう?」
「もう大丈夫だよ」
 志郎も気を練って回復を図っており、すでに内部の出血は止まっている。【練気】という武人の戦気術で、肉体の自然治癒能力を加速させ、失われた活力を外部から取り入れる呼吸法である。

 戦気のエネルギーである生体磁気には限界があるが、外部の神の粒子は無限に存在するので、時間をかければ生体磁気の回復も可能である。

 志郎は特に練気が上手く、傷の治りが早い。だからこそ長期間の戦いにおいても、省エネで戦うことができる強みがある。とことん志郎は防御に向いているのだ。

「いつの間にこんなに強くなったんだい?」
 そんなに強いなら教えてくれてもいいと思うし、自分が前線に立たなくてもいいのではないかと疑問に思ったのだ。

 そんな恨みがましい志郎の視線に、デムサンダーは首を振る。

「勘弁してくれよ。そんな性分じゃねーさ」
「でも、普段は手抜きしているんだろう?」
「そんなんじゃねえよ。俺はそんな感じじゃねーんだ。上手く言えないけどよ」

 志郎には、デムサンダーの言葉はよく理解できなかった。彼が嘘を言っているようにも見えない。そこにはデムサンダーだけが感じている何かがあるのだろう。

 ただ、実際に技をくらったその男は、彼が言わんとしていることに気がついていた。

「…なるほどな。お前という男が、わずかばかり理解できた気がするよ」
 破壊された般若の面が修復していく。速度は少しずつ落ちているものの、その回復力に衰えは見られない。

 なぜならば、【何も変わっていない】からである。

 そう、なんら変わってはいないのだ。何も動いてはいないし、変化もしていない。物事の進みや計画には何の変更もなく、修正する必要もない。

 いくら強い攻撃を入れようと、ユニサンに必殺の一撃を入れなければ意味がないのだ。何度でも立ち上がってしまう。それはデムサンダーも理解していた。

「どうすりゃあんたを殺せるんだろうな」 
「待てばいい。あと二時間もしないうちに死ぬさ」
 強さの対価は寿命である。残された寿命は残りわずかである。否。それだけではない。これは血を沸騰させるより遙かに危険なことなのだ。

 この賢人の遺産は、肉体とその因子を造り替えてしまう。それがどれだけ危険なことだろうか。人間の因子は無限の可能性を秘めたもので、まさに種と呼べるもの。それは胚芽のように、少しずつ成長させていかねばならないものである。

 それに強引に光と栄養を与えて発芽させるのがオーバーロードである。冬眠中の虫に熱さと光を与えると間違って出てきてしまうように。

 一方、ザックル・ガーネットは【しゅを変異】させてしまうのだ。もはやユニサンが人間という種に戻ることはできない。それすなわち無限の可能性を捨てたことを意味するからだ。

 死後は、その魂が蓄えてしまった憎しみによってウロボロスの最下層の闇に沈み、自我すら奪われて長い年月眠ることになる。無限の進化を捨てることは、自我の放棄につながるのだ。生命は永遠ゆえに自我は消えない。されど自我を保てない闇に生き続ける。それは地獄の中の地獄である。

 女神の慈悲によって、いつかは人に戻れるかもしれない。ただ、それが何千年、何万年先になるかは誰にもわからない。現在の傷ついたウロボロスには数多くの負が溜まり、女神であっても即座には対応できないからだ。

 それが代償。ユニサンが手にした力の対価である。
 そして、地上人類が犯した過ちによる【借金】なのだ。

 神法は因果の法。自らが行ったことが自分に戻ってくる法。なればこそ、その痛みは人自らが負うべきものである。

(やっぱりこのオッサン、【背負って】やがるぜ。感じるんだよ、ひしひしとな。痛いくらいによ)
 ユニサンは【固い】。それは物理的な硬さもそうだし、防御の上手さという堅さを超えた、もっと大きなものである。

 ユニサンの般若の目は生命に燃えている。生きようとしている。半端じゃない。余裕じゃない。ただただ本気で戦っている人間の目であった。それはロキにも共通する、真の心の強さなのだ。

(ちくしょう。苦手なんだよ、そういうのはな!)
 何かが噛み合っていない。デムサンダーの中で歯車がしっくりきていない。それが彼を苛立たせる。なまじ本気のユニサンを相手にするがゆえに際立ってしまう。

「さあ、来い。少し揉んでやろうか」
 仮面が復活し、ユニサンは再び立ち上がる。まだ肉体の修復は途中であるが、悠然と構える。

「ボコられているやつの台詞じゃねーけどな」
 デムサンダーは距離を取ってユニサンと対峙。自ら仕掛けようとはしない。ユニサンから感じる気迫に呑まれているのだ。

「来ないのならば、こちらからいくぞ」
 ユニサンの巨躯が、デムサンダーに接近しようと動く。

「何度でも壊してやるよ!」
 デムサンダーは蹴りで迎撃。すでに幾度も折っているユニサンの腕。今回もへし折ればいいだけのことだ。

 上段への蹴りをユニサンは左腕でガード。ミシミシと筋肉と骨が軋む。しかし、折れない。蹴りはしっかりとガードされていた。

「んなっ!」
「力が乗った良い蹴りだ。だが、そう何度も折られるわけにはいかんな」
 接近に成功したユニサンは虎破を放つ。ように見せかけて、さらに接近し、右手でデムサンダーの左腕を掴む。完全なるフェイントに、デムサンダーは反応できない。

「やろう! 放せよ!」
 デムサンダーは、左腕を掴まれた状態から脱しようと膝蹴りを放つ。ユニサンは再び左腕でガード。今度は骨にまでしっかりとダメージが入った。

 だが、ユニサンにとって、そんなことはどうでもよいことである。ダメージにかまわず頭突きを見舞う。頭突きはデムサンダーの頭をかすめるが直撃は免れた。

「体勢が乱れたな」
 ただし、頭突きの狙いはそこではない。この攻撃はデムサンダーとの間合いと体勢を調整するための動きにすぎない。

 ユニサンは掴んでいるデムサンダーの左腕を力付くで引っ張り、ねじり上げる。そのすさまじい腕力に関節が悲鳴を上げる。ゴムといえど切れるのだ。その動きを抑制してしまえば、威力を逃がす状況にさえしなければ問題はない。

(やべえ! 折られる!)
 すでに逃げの体勢になっているデムサンダーは、あらがうことができない。関節の可動域を維持するために、ユニサンの力の流れに身を任せるしかなかった。

 デムサンダーは回転して関節を守る。そうして生まれた位置は、絶好のポイント。

「ぬんっ!」
 ユニサンはデムサンダーの腕を放すと同時に、再び虎破。すでに回転して着地しているデムサンダーは、完全に死に体。よけることはできない。

(狙うは一つ!)
 ユニサンの恐るべき一撃が顔面に直撃。デムサンダーは吹き飛ぶ。

(今のはまずい!)
 志郎の背筋が凍る。

 今の一撃はまずい。いくらデムサンダーとはいえ、完全に死に体で、あの剛腕から放たれる虎破は危険である。その一撃は、アピュラトリスの隔壁さえ破壊するもの。顔面に受ければ致命傷になる。

 志郎は最悪の事態も考えながら、デムサンダーのほうに視線を向ける。

(まさか…)
 この位置からでは顔が見えない。まさか顔ごと吹っ飛んでしまったのかと危惧していると、丸まっていた黒くて太くて大きいものは、もぞもぞと動き、立ち上がった。

「ったく、いい男が台無しになるところだったぜ」
 その顔には大きな内出血の跡が見られたものの、原形は留めていた。その代わり、右の手首から先がだらんと力なく垂れ下がっていた。

 虎破が入る直前、とっさに右手を防御に回したのだ。瞬間的に戦気を集中させて身代わりにした結果、虎破の威力を逃がすことに成功した。

 だが当然、受けた右手は虎破の威力をまともに受けて、代償を支払うことになった。骨が完全に砕け、筋肉と腱が断裂し、かろうじて皮膚だけでつながっている、という描写がより正確であろう。

「命拾いしたな。腕の修復が万全だったならば死んでいたぞ」
 ユニサンは、デムサンダーが立ち上がることを事前に知っていたため落ち着いている。その反射神経の良さも実に見事であったからだ。

 吹き飛んだのも、瞬時に受けに徹したからにほかならない。もし踏ん張っていれば、なまじ脚力で支えたぶん頭がなくなっていただろう。

「借りは返すぜ!」
 デムサンダーにとって、腕はなくてもかまわないもの。脚さえあればいいのだ。

 懐に飛び込んでのライジングサンダー!

「間合いが甘いな」
 胴体を狙ったライジングサンダーが発動しきる前に、ユニサンは間合いを詰めてガード。技を完全に封じる。

 デムサンダーは慌てて足を引っ込めようとするが、すでに遅い。その足に向かってユニサンが手刀を放つ。手には戦気を鋭く加工して生み出した刃があり、これを覇王技【戦刃せんじん】という。

 あらゆる敵と柔軟に戦えるのが戦士の最大の強みであるため、覇王技の中にはこうした加工戦気術が多く存在する。切らずに貫手ぬきてにすれば【羅刹らせつ】と呼ばれる技となる。

 戦刃は、デムサンダーの太股をざっくりと切り裂いた。ゴムは衝撃には強くても、斬撃に対しては特別な効果は発しない。ばっさりと斬られ、鮮血が舞う。

「―――つっ!!」
 なんとか再び間合いを取るデムサンダーであったが、身体には徐々に戦闘のダメージが蓄積していた。

「どうした。余裕がなくなってきたな」
「成長期はとっくに過ぎているんでね。寝てすぐ治るってわけにはいかねーんだよ」
 軽口を叩くデムサンダーの額に油汗が滲む。虎破のダメージで視界がまだ揺らぐうえに、右腕が破壊されてバランス感覚が狂い、最大の武器である足まで負傷した。

 いつの間にか立場は逆転していた。

 単純にユニサンの肉体が強化されていることもあるが、戦闘経験値に差がありすぎた。アズマでさえ手を焼くユニサンの経験値の前に、知らずのうちにデムサンダーは気圧されていく。じわじわと追い詰められていく。

 そんな経験豊かなユニサンは、デムサンダーが持つ違和感にも気がついていた。それはまるで、エンジンと車体が完全に食い違っているような感覚に似ていた。

「若いの、今お前が言ったことは逆だよ。お前はまだ自分の成長に対応しきれていないのだ。だから、自分の思い通りに身体が動かないことに違和感を覚えている」
 元から持っているエンジンの馬力、恐るべき潜在能力に、車体である肉体が追いついていない。

 だから自分でパワーを制御できないし、こうしてユニサンを圧倒するだけのパワーを出していても、技が単調になって動きを見切られる。それはつまり、車体が軽くてエンジンに振り回されているからである。

「は? どういうことだ?」
 そして、デムサンダー自身にその自覚がないことが一番の問題であった。彼自身が一度も本気で戦ったことがないと感じるのは、エンジンの出力の大きさに対する【恐怖】が、無意識にストップをかけていたためである。

 こうして全力を出す際、基本の技を使っていたのは、潜在意識が身体を守るためであった。基本の技は身体への負荷が少なく、コンパクトにまとめるために当たれば威力も出せるからだ。

 修行で教え込まれた技術が、知らずのうちに身体を守っていたのだ。そうでなければ、自分のパワーに身体のほうが負けてしまうだろう。

 この男は、まだ成長しきっていないのだ。
 持って生まれた力が大きすぎるために、それを扱える肉体が育ちきっていない未成熟な段階。
 それがデムサンダーという男であった。

「お前ほど才能に溺れている輩も珍しいということだ。もしお前が俺の身体を使えるのならば、それこそ恐ろしいことになろうがな」
 今の変質したユニサンの身体こそ、デムサンダーには相応しい身体に思える。この頑強な肉体、耐久力を彼のエンジンが使えば、まさに無敵と呼べる存在になるかもしれない。

 しかし、デムサンダーはまだ【子供】である。最初は圧倒されたが、パワーを制御できないがゆえに技そのものは単調であり、少し間合いをずらすだけで対応できてしまう。

 彼が本来の力を出せるようになるには、まだまだ時間が必要だろう。あるいはもっと別の修行が必要なのかもしれない。この男は、エルダー・パワーですら持て余す才能を持っているのだ。

「へっ、そんな講釈を聞きたいわけじゃねーよ。それより、なめた真似をしてくれるな、オッサンよ」
 デムサンダーは不満そうにユニサンを睨む。ユニサンの間合いであった今の攻撃。その気になれば、おそらく足を切断することもできた。少なくとも大腿骨を切ることはできたはずだ。だが、それをしなかった。

 ユニサンに殺気はなく、これではまるで模擬戦。まるで師範と戦っているような気にさえなる。

「言っただろう。揉んでやるとな」
 ユニサンは楽しんでいた。自分の責務を自覚しながらも、目の前の才能豊かな者たちとの戦いが楽しいのだ。こればかりは武人である以上、仕方がない心情である。

 湧き上がる鼓動、ぶつかる魂、互いの血がふつふつと煮えたぎっていくのがわかる。ユニサンやロキはオーバーロードといった禁断の力を使ったが、本来武人は戦いによって自然と血を沸騰させることができる生き物である。

 それは性分。本質。そもそもそういうもの。それを人為的にやるから無理が出るのであって、こうして互いに全力を尽くせば自然と血は強化されていくものなのだ。

 なぜならば武人とは、人の無限の可能性の一つであるからだ。絡みあい、反発しあい、螺旋を描きながら上昇していくのが進化なのだから。

「さて、今度は二人同時に来い。次は加減せんぞ」

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