十二英雄伝

ぷるっと企画

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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

四十四話 「RD事変 其の四十三 『雪狼の牙』」

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「何か来ます」

 最初にその気配に気がついたのはヘビ・ラテに乗るオロクカカであった。バーンの中でも探知能力の高い彼だから誰よりも先に気がついた異変である。その言葉を合図にラーバーンの機体は身構える。

 しかし、それは彼らの防衛範囲を超えた遙か頭上、アピュラトリスに命中。サカトマーク・フィールドによって弾き返され、衝撃で消滅してしまった。

 サカトマーク・フィールドは約八万七千個に及ぶジュエルモーターによって強力な電磁フィールドを展開させている。そのエネルギーは凄まじく、それだけで核融合を凌駕するエネルギーを秘めている。

 フィールドは二つ展開されており、表面には熱量を封じ込める皮膚の役割をするものがあり、それによって光や熱を外部に出さないようにしていた。さきほど飛んできたものは表面のフィールドを貫通はしたが、その内部にある強力なフィールドによって消し炭にされたのである。

 問題は、それが何かであった。

「海上のルシア艦隊より砲撃を確認。ご注意ください」
 マレンから警告が入るも、その声は実に淡々と事実のみを述べていた。だからこそ笑ってしまう。

「ご注意と言われてものぉ。こりゃ、どうにもできんわな」
 ホウサンオーも弾丸を斬るくらいのことはできるが、あくまで射線を読み、さらに質量がMGレベルのものである場合である。今発射されたものは明らかに大型戦艦クラスが持つ砲撃である。斬ることはできるが、さすがのホウサンオーでもそんなことは馬鹿馬鹿しくてやっていられない。

 続いて第二波砲撃。

 次の一撃もアピュラトリスに命中したが、今度はかなり近い距離に衝突。爆圧の余波がこちらにも感じられるほどの威力である。

「かなり修正してきています。散開しなければ」
 オロクカカは砲撃に明確な意思を感じ、即座に無人機の統御に力を入れる。この規模の砲撃が地面に着弾すればかなりの衝撃である。オロクカカは回避する自信はあるものの無人機、特に鈍重なリビアルは難しい。

 しかし、オロクカカが回避命令を出す前にすでにそれは発射されていた。

「ミサイル群、来ます」
 マレンが【群】と称した通り、ミサイルの嵐が会議場の方向から発射されてきた。その数はおよそ二百。ダマスカス軍が所有する地対艦ミサイル、DDMー3、通称ドライカップ。

 対駆逐艦などに使われるものでトラックなどから発射する車載化ミサイルである。駆逐艦の種類にもよるが威力はそこそこで、数発命中すれば航行不能に追い込める破壊力を持つ。当然、そこらの量産型MGに直撃すればほぼ木っ端微塵んになるだろう。

 ただし、MG戦闘においてドライカップが使われることはあまり前例がない。MG自体比較的新しい兵器で単価はまだ高いものが多いが、ミサイル一発の値段とは見合わないからだ。このドライカップ一発でおよそ三千万円である。それが二百発となればそこそこのお値段となる。

 そして、それが撃墜されればどうなるか。

「ほらどっこいしょ」
 ホウサンオーが剣硬気で最大級にまで剣気を伸ばし、遠距離仕様の剣衝を飛ばす。三日月状となった剣衝がおよそ三キロの付近でミサイルと衝突。それによって十二発が爆発。これで三億六千万円が消費された。

「ふん!」
 ガガーランドが拳を放つと恐るべき威力の広範囲の拳衝が発生。竜巻のような威力で反対側のミサイル群と衝突。これによってミサイル三十七発が爆発。ドラグ・オブ・ザ・バーンが規格外なので拳衝が展開される規模も大きいゆえの戦果である。

 同時にユニサンも拳衝を放ち、無人機からの砲撃もあっておよそ半数が消滅。だが、いまだ百発におよぶミサイルが迫っている。この爆撃を受けると無人機にかなりの損害が出るだろう。

「ミニラテ、行きなさい」
 オロクカカのヘビ・ラテの大きく広がった下腹部から、一匹約三十センチサイズの子蜘蛛が無数に這い出てきた。

 這い出た子蜘蛛は瞬時にロケット弾のように四方の空中に散らばると、そこからまたいくつもの光の玉が放出される。周囲には蛍の群れのような美しい光景が生まれ、それに引き寄せられるようにミサイルが誘導される。ミサイルは光の玉に当たり爆発。周囲は爆風に包まれるもラーバーン側に被害はなかった。

「この程度では花火にもなりませんね」
 オロクカカはすべてのミサイルを防ぎきり満足げである。爆風はすべてミニラテが吸収し、そのまま自壊。これはフレア機能を持つデコイの役割を果たすヘビ・ラテ専用の装備である。

 さらにヘビ・ラテにはジャミング機能があり、ミサイルを誤誘導させることができる。この攻撃はすでに想定されていること。ヘビ・ラテが配置されたのも特殊防御力に特化しているからである。

「ミサイル、全滅です」
 アルザリ・ナムは監査局の密偵部隊から送られてくる映像を確認しつつ、隣にいるハブシェンメッツに報告する。

 正直、アルザリ・ナムにとっては相手の対応は予想を超えていた。あれだけのミサイルを撃ち込んでまったくの損害ゼロとは信じがたい結果である。その動揺を出さないように努めはするものの、実際は震えた声になってしまったことが我ながらなさけないと思うのだが。

「うん、だろうね」
 一方、ハブシェンメッツは至って冷静である。この結果も彼の中では想定の範囲内であるようだ。

「続けて第二波。オマケ付きで」
 その命令を出しつつ、彼が頭の中で考えていたのは「ああ、税金の無駄遣いだな」というミサイルの値段についての心配であった。

 金満国家のダマスカスとはいえ誰もが金持ちではない。むしろ大多数が一般家庭の人間である。富む者は富み、富まざる者は磨耗し続けるこの社会では、苦しむ者はいつも後者である。

 と、そんなことをこの状況で考えているくらいなのだから彼の中の余裕はまったく失われていない。最終的には「まあ、どうせ誰かが金を出すのだろう」ということで落ち着いたので、実際はさして気にもしていないらしい。

 それも当然。ハブシェンメッツは世界を守ろうともしていないし、このシステムを変えようともしていないのだから。そして、そんな男が【駒】を手にすればこうなるのだ。

「ミサイル群が再接近。さきほどの二倍です」
 マレンから再びミサイル発射の報告。その数はさきほどの二倍、四百発である。

 これらのミサイルはダマスカス軍が事前に用意していたものであるが、あくまで武力を誇示するためのものであって実戦で使うためではない。いわば連盟会議を彩る【お飾り】であった。だが、その飾りも使わねば何の価値もないと思っている男からすればただの道具でしかない。

 ただ、政治家たちはその光景に冷や汗を掻いているのは事実なれど、ダマスカス軍の兵士たちからすれば胸がすく思いであったのは間違いないだろう。軍縮を強いられ自己の存在意義すら失いかけていた者たちが、今にしてようやく生きる場所を見つけたのである。

 このミサイルの発射はただの攻撃ではない。
 ダマスカスを鎖から解き放つものとなるだろう。

「やれやれ、またかい。背筋を伸ばすのも疲れるんじゃがな」
 背筋を伸ばす=剣を伸ばす、である。ホウサンオーは再び剣硬気で剣を伸ばす。ホウサンオーは軽々とやっているが、この剣硬気はB級剣王技の中でも上級技に指定されている高難度の技である。

 しかも放出する剣気の質と量によってはA級剣王技になることもあり、剣気を固定するだけでもかなり疲弊する。間合いを伸ばして戦うのは剣士の基本なれど、それを五百メートル伸ばす段階で消耗は尋常ではない。それを疲れるだの面倒だのと言うわりに簡単にやってのけるホウサンオーは、やはり桁違いの実力者である。

 が、彼が剣衝を放つ前に【オマケ】が出迎える。

 ミサイルよりも早くホウサンオーたちに向かって放たれたのは、数千にもおよぶ砲弾である。水平に放たれた砲弾の雨。そう称するのが一番適切だろうか。しかも狙いはめちゃくちゃである。一定範囲内のランダムオートで手当たり次第に砲撃を開始しているので射線を読むどころではない。

 その一発がドラグニア・バーンに直線で向かってきたのでユニサンはMGの拳で迎撃。まさに破砕と呼ぶに相応しい轟音とともに砲弾を撃破するも、腕には痺れた感覚が残る。

(ただの砲弾ではないな)
 ユニサンは即座に砲弾が通常のものでないことを察知する。明らかに威力と性質が異なるからだ。

 今のドラグニア・バーンの拳の威力は戦車十台を軽々吹き飛ばすだけの力がある。その拳にこれだけの重みが残るということは、砲弾側の威力も相当なものであるのは明白であった。

 一五五ミリ貫通カノン砲、KN10。
 使用している弾丸はG型徹甲貫通弾である。

 G型の特徴は弾体(矢)にあり、グランドニオ合金と呼ばれる非常に稀少な重金属を使っている。高密度と高強度を兼ね備えているのは当然なのだが、一定以上の強い衝撃を与えると(通常以上の硬い装甲に当たると)軟体化あるいは液状化しつつ再圧縮するという性質を持っている。

 つまり、当たった瞬間に貫通力を維持しつつ散弾のように炸裂するという性質も持っている。ドラグニア・バーンの場合は拳にまとわせた戦気の威力によって散弾も消し飛んでしまったが、通常のMGならば貫通して大穴があくか、あるいは【蜂の巣】であっただろう。

 直撃すれば大ダメージであるし、さらには周囲にも損害を与える。これが雨のように降り注ぐのだからたまったものではない。

「こりゃたまらん」
 ホウサンオーはとっさに剣を振り下ろし、放出した剣気を全面に展開して全長三百メートルはある巨大な壁を生み出す。

 名前はそのまま剣王技【剣気壁けんきへき】である。原理も実に単純で放出した剣気で壁を作るだけのこと。バードナーがやった戦気壁と同じものである。

 ただし、剣気とは戦気が剣の性質を帯びて鋭質が増したものなので、それは受け止めるものではなく【跳ね返す】ものとなる。剣気壁に衝突したG型徹甲貫通弾は貫通力を維持した散弾になりつつ反射、そのまま角度を変えて四方八方に跳ね返る。

 その跳ね返った散弾は向かってくる別の砲弾などにぶつかり、同士討ちをしながら次第にその数を減らしていく。ホウサンオーの洗練された美しい剣気から生まれた攻防一体の見事な壁である。

「ほっほっほ、軽い軽い」
 とジジイは調子に乗るが、調子に乗りすぎてしまい跳弾した砲弾が迎撃行動をしていたバイパーネッドに横から直撃。オロクカカの戦糸によって強化されていたので貫通はしなかったが、衝撃で思いきり吹っ飛んだところに向かってきた別の砲弾が数発直撃。さすがの殺戮マシンもあっけなく爆砕する。

「ホウサンオー、お前が邪魔をしてどうする」
「…だってのぉ、いきなりだったからの。急に砲弾が来たからのぉ」
 ガガーランドにツッコまれジジイ反省である。だが、急に砲弾が来たので仕方がないのだ。Qにボールが来たのだから。

 そして、そんな状況の中で二倍となったミサイル群が到達する。

 ホウサンオーは早々に剣での迎撃を諦め、ナイト・オブ・ザ・バーンは刀を使って宙高く跳躍。本気で跳躍したので二百メートルは上がっただろうか。できるだけミサイルが密集している箇所を狙って広域障壁を展開させ、いくつかのミサイルを爆砕させる。

 降りる際はしっかりと刀をクッションにして無傷で着地。刀の優れているところはその強靱な弾性である。名工十師が生み出した希代の業物は、いささかの欠損もなく見事にナイト・オブ・ザ・バーンの質量を受け止める。

 しかしながら、至る所から砲撃とミサイルがやってくるため、いくらホウサンオーが庇っても庇いきれるものではない。必死に迎撃をしていたバイパーネッドやリビアルも次第に被弾を始め、ミニラテも数を減らしていく隙にミサイルがいくつか網を抜けた。

 その直撃を受けて相当数のバイパーネッドとリビアルが撃墜。残った無人機は二十機となる。

「ふん! 軟弱な!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは戦気による防御だけですべてを防いでいたので無人機の脆さを嘆く。彼にとってはミサイルなど痛くも痒くもないのだ。

「無茶を言うでない。あれが普通じゃよ」
 だが、ホウサンオーの言葉通り普通のMGならばカノン砲の一撃で中破は必至。大型MGであるリビアルでさえ五発も直撃すれば行動不能になる威力である。さらにミサイルも来るのだからたまったものではない。

(これはきついな)
 ユニサンのドラグニア・バーンも回避しつつ向かってくる砲弾を拳で迎撃しなければならなかった。ロキのガヴァルは回避性能に優れているが装甲が薄いので一撃でも直撃すれば致命傷である。そのためドラグニア・バーンが適度にカバーしてやらねばならない。

 これこそユニサンがずっと危惧していた事態である。少数精鋭の彼らにとってもっとも怖ろしかったのがこの事態。逃げ場のない場所での高火力の砲弾による間断なき集中砲火である。

 実に明快。実に単純。だからこそ一番怖ろしい。
 ハブシェンメッツが打った最初の一手はまさに王道。
 強者がもちいる【圧倒的暴力】である。

 なぜテロ組織というものがこの世を席巻しないのか。その理由がここに凝縮されている。正規軍が所有する圧倒的な量の重火器が大義名分によってすべて軽々と使用されれば、裏で隠れて二級品以下の武器を集めねばならない彼らに勝ち目などないのだ。

 その量が違いすぎる。質と威力もまったく違う。当然ながら【数の違い】である。これは武器の数ではなく【人の数】の違いなのだ。

 一個のテロ組織の人数など、どんなに多くても数万、数十万にすぎない。それが数千万になってもあまり意味はない。なぜならばダマスカスだけでも三億の人間が生活している。もし彼らが必死になって戦いに力を集中したらどうなるだろうか。

 兵士などの単純な労働力だけではない。女性や子供を含めたすべてのマンパワーが武力となって相手に降り注ぐ。物的にも感情的にも精神的にも。これがそのまま破壊のエネルギーとなるのだから怖ろしいものである。

 つまりは国力とは人の数だけ強くなる可能性を秘めている。この結果も彼らが日々培っている国家の力がそのまま反映しているにすぎないのだ。さらに現在は五大国家が集まっている。世界の人口のほぼ半数が力になっているのだ。圧倒的であってしかるべきである。

「たしかに群衆の中には愚かな行動を取る者もいるさ。しかし、人の数を馬鹿にしてはいけない。この世界は人間が動かしているのだからね」
 そう断言したのはハブシェンメッツ。彼は国家というものをよく知っていた。

 周囲を見回してみるとよくわかる。今持っているものは何だろうか。それが鞄にせよ通信機器にせよ人が生み出したものである。資源そのものは大地から借り受けたものであるが、それを加工してきたのは絶え間ない人間の努力と叡智なのだ。

 たった一人の人間が生み出すもの、それが電化製品であれ絵画であれ、あるいは精神的な思想や思念であれ、すべては全体を構成する大切な力となるものだ。国家とは、その力をいかに一つにするかにかかっている。国民に未来を提示して目標に誠実に向かえばたいていのことは可能となるだろう。

 それが軍として表現されるとこうなるにすぎない。

「遠くから水鉄砲とは小賢しい!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは拳に戦気を集中させ、無造作に放つ。覇王技、修殺・旋。回転力を強めた遠距離仕様の拳衝である。巨大化した戦気は激流の拳圧となり一気に加速。そのまま幾多のビルを貫通破壊しながら、五キロ先にある第二防衛ラインギリギリに設置されていたカノン砲を薙ぎ払う。

 こちらもまた圧倒的な暴力。通常の格闘用MGが放つ拳衝とは比較にならない威力と射程であった。しかも拳衝の威力は十キロ以上離れていたハブシェンメッツが乗る指揮車の近くにまでおよび、風圧で車が揺れる。

 アルザリ・ナムは一瞬青ざめたが、ハブシェンメッツはまったく動じない。それどころか相手側のリアクションを観察していた。

「どうやら敵の有効射程距離はおよそ五キロ前後といったところのようだね」
 ハブシェンメッツはこの戦いによって一つの事実を確信する。

 【相手には遠距離用の攻撃方法がない】

 それも当然のこと。MGとは人間を大きくしたようなものである。すべての人間にいえることは誰もが遠距離からの攻撃に弱いこと。そのために人間は銃や砲台を生み出し、その数と威力によって世界を席巻してきたのだ。

 さすがのガガーランドも遠距離戦闘となると本領を発揮できない。戦士が得意とする距離は、やはり接近戦なのである。この情報はすでにゼルスセイバーズ戦によって取得済みなので、それを再確認した形となる。そもそもあんな化け物にまともに近寄る者など、そうはいないだろうが。

「カノン砲を下げさせますか?」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは再び戦気を溜めてさらにカノン砲を潰そうとしている。一度に叩ける量はそう多くはないものの、これを続けられるとこちらも消耗する。アルザリ・ナムは砲台を下げることを提案。

「そのままでいい。十分役目を果たしている」
 カノン砲台は三列によって構成され、最前列が敵の制圧範囲ギリギリの第二防衛ライン上に設置されている。オロクカカたちが一旦塔周辺にまで下がったので、その隙に配置を進めていたものだ。

 オロクカカの無人機は、範囲五キロに入ると迎撃を開始する命令が下されているので、それ以上は入れない。だが、その境目を越えなければ迎撃はされないのでカノン砲台は意外にもあっさり設置できた。ラーバーン側も無駄な消耗を避けるために過度な防衛行動はしてこないようだ。

「それより【本命】を叩き込もうか」
 カノン砲台は最初から破壊されても仕方ないと思って配置されているものだ。ハブシェンメッツにとっては相手を釘付けにするための道具でしかない。相手がそれに気を取られているのは好都合である。

 ハブシェンメッツの本命は別にある。

 ハブシェンメッツの策通り、ミサイルと砲弾の嵐に釘付けにされているところにそれはやってきた。それはミニラテの弾幕すら簡単に貫通し、アピュラトリスの大地に着弾。その近くにいた無人機のリビアルが着弾と同時に爆発した【火球】によって吹き飛ぶ。ただ吹き飛んだのではない。ほぼ消滅である。

「くっ、私の強化リビアルが…!」
 オロクカカは無人機が減った際に再強化を図っていた。数が多ければそれだけ戦気を分散する必要があり一機一機の出力は弱くなる。一方、少なければ個としてはさらに強くなる。

 その出力は分散時の三倍以上、設計ライン限界の出力にまで上げられている。いまやG型徹甲貫通弾の直撃にさえも耐えられるようになっていた。オロクカカの能力に隙はない。数の多い少ないは彼の力をいささかも弱めたりはしない。

 が、これはもっと単純な話である。

 オロクカカの能力を超えるだけの質量をぶつけてしまえば、いかに強化していようが関係ないのである。この攻撃はまさにその典型であった。

「【火焔砲弾】か。何のためらいもなく撃ち込んでくるとはな」

 ガガーランドもその威力に目を細める。これは着弾と同時に広範囲に衝撃と火焔を発生させる火焔砲弾と呼ばれるものである。ミサイル同様さまざまな種類があるが、今回撃ち込まれたのは非常に火力が高いもののようで、着弾した地面が溶解と同時に球状に大きく抉れてしまっていた。

 アピュラトリスから一キロ範囲の土壌は、すべて塔と同じ特殊合金によって固められている。ドリルなどによって地下から進入されないための措置で、より明確に言ってしまえば塔の半径一キロからすでに富の塔の一部となっている。

 その強度は知っての通りである。強化されたユニサンならば何とか破壊することもできるが、厚さ一キロともなれば途方もない労力と時間を使う。もし地下から進入しようとしても、その間に見つかって対処されてしまうだろう。

 それを広範囲に抉り取るだけの破壊力である。いくら強化されたとはいえリビアル程度では消し炭になるのも仕方がない。これは通常、大国同士の艦隊戦で使われる対大型戦艦用の特殊砲弾である。コンセプトは簡単。大型戦艦の障壁すら強引にぶち破り装甲ごと火だるまにするというもの。

 実際、大型戦艦に匹敵する障壁を持つオブザバーンの二機であっても直撃は非常にまずい。ドラグ・オブ・ザ・バーンでも小破か中破は確実。ナイト・オブ・ザ・バーンでも撃墜される可能性がある。

「ははは、戦場いくさばらしくなってきたではないか。面白い!」
「笑っている場合ではないぞ。こりゃまずいのぉ」
 闘争心を刺激されたガガーランドは笑うが、ホウサンオーは明らかに空気が変わったことを感じていた。

 相手は本気で潰しにきている。しかも兵士や騎士を投入せず淡々と砲撃を続けている。非常にクールで効率的な戦術である。敵を倒すにはどうすればよいのかを知っている人間が指揮している証拠だ。

 そこに武人の矜持も騎士の誇りもない。もっと言ってしまえば目的もない。ただ敵がいるから倒すだけ。ゴキブリが出たのであらゆる手段の中から確実な方法を実行するだけ。

 殺虫スプレーや瞬間冷凍スプレーなどを使えばわずかでも相手に反撃の隙を与える。ならば一番簡単なのは、相手の察知範囲外から強力エアガンなどで撃ち殺してしまうことである。ゴキブリは何もわからないままバラバラになる。

 それだけのこと。
 ただそれだけである。

 唯一面倒なのはその後の処理であるが、それは他人がやってくれるなら遠慮せず撃ち込めるというものだ。ハブシェンメッツがやっているのはそういうことである。より効率的で効果的な方法を取っているにすぎない。そして再び砲弾とミサイルが降り注ぐ。弾の在庫が尽きるまでこれを繰り返すだけ。

 相手が死ぬまで。

「敵戦力、防戦一方です」
 アルザリ・ナムが映像を確認しながら報告するが、ハブシェンメッツからは返答がない。ふと後ろを見るとハブシェンメッツは目を瞑っていた。

「風位、聞いてます? 勝機が見えたからといって寝ては駄目ですよ」
「信用ないな、僕は」
 ハブシェンメッツはアルザリ・ナムの言葉に心外だと言わんばかりに目を開ける。

「まあ、前科がありますから」
 この男は基本的にやる気がない。やる気のなさでは行政府でも指折りの猛者であるのは周知の事実。実際の任務でもいつの間にか勝手に帰宅することもあったので油断できない。

「陛下と天位の手前、そこまで大胆にはなれないさ。さすがにあとが怖い」
 アルメリアはこれでもアーマイガーとの関係上、かなりハブシェンメッツには甘くしている。ただの青風位ならば天帝への批判的発言をした段階で処刑である。それを見逃すのは戦術士としての価値があるからだ。

 しかし、天帝の天威がかかわるとなれば話は別である。この戦いに負ければハブシェンメッツとてただでは済まないだろう。好きでやっているわけではないが、それくらいは覚悟していた。ハブシェンメッツは薄目を開けて映像を少しだけ見つめる。映像は自分の中のイメージとほぼ同じであった。

(感覚は鈍っていない。でも実戦の臭いはまた違うな)
 ハブシェンメッツは感覚を研ぎ澄ましていた。自分が感じるイメージと現実のイメージを照らし合わせて誤差を修正していく。

 彼の頭の中では盤上に進められた【砲撃の駒】が見えていた。まずは一手、ハブシェンメッツが打ったのだ。現状、砲撃部隊はその能力を十二分に発揮している。それによって無人機ばかりであるが敵の駒を破壊することに成功した。

 ここまでは問題ない。
 しかし、相手が次の手を打たないままである。

(増援を送らないつもりか? このまま耐えられるとでも?)
 ハブシェンメッツが一番警戒しているのは【転移】である。相手は既存の技術にはない転送手段を持っているのは間違いない。どうやっているのかわからないが、カノン砲台にしても陸軍にやったように爆弾を転移させれば簡単に排除できるはずである。あるいは増援を出せばよい。

 だが、悪魔はそれをしない。何よりもそこが気になっていた。あえてしないのかできないのか、まだ判断するには材料が足りない。

(ならば引きずり出すだけのことさ。強引にでもね)
 相手がそうしなければいけないようにすればいい。ハブシェンメッツは海上で待機しているルシア艦隊に指示を出す。

「艦隊に伝令。火焔砲弾を三発追加だ」
「相手は現状でも防戦一方です。艦隊砲撃は周囲に必要以上のダメージがありませんか?」

 アルザリ・ナムから見ればすでに勝負は決したようにも感じられる。張りつけにしての集中砲火。こうなればもうどうにもできない。相手はただ削られて消耗していくだけである。

 それに艦隊攻撃は本来MGに対して使う攻撃方法ではない。戦艦対戦艦のために用意された砲弾はあまりにも威力が高い。仮に誤射で市街地に着弾すれば尋常ではない被害が出てしまうだろう。避難勧告は出ているものの、この時間でどれだけ避難しているかわからない。

 市街地に直撃すれば何万もの人間に被害が出る。それはルシア帝国としても避けたい事態である。いくらダマスカス政府の許可があっても市民感情は別のもの。反ルシア思想を加速させることにもなりかねない。当然、市街地への艦隊砲撃が危険なことはハブシェンメッツも承知の上である。

「すでにそのことは陛下にも伝えている。そのうえで許可をもらった」
 天帝およびカーシェルから許可は下りている。

 人を殺す許可、である。

 そのような権利は誰にもない。そう言うのは非常に簡単である。それは事実であるし、紛れもなく真実でもある。女神の愛によって現人類は生み出された。母親が子供を産む際、愛以外の感情があるだろうか。それは完全なる無償の愛である。

 しかし、現在の社会システムにおいて正しいことがいつも行われているわけではない。社会は不均衡の中に存在し、強者と弱者を明確に分けてしまった。今や強者には弱者に犠牲を強いる権利すらあるのだ。

 ハブシェンメッツはそれをもらった。
 ルシアを支配する天帝から。天威から。
 だから失敗を恐れる必要はない。それは必要な犠牲なのだ。

「これが今のシステムなのさ。人々がこのシステムでやると決めたんだよ」
 ハブシェンメッツは、たくさんのモニターの中の一つ、グライスタル・シティの街並みが映っている画面を見つめる。

 このシステムを作ったのはあそこに住む人々である。たとえ意識していなくても人間が作ったものなのだ。凡人や天才も関係ない。金持ちか貧乏かも関係ない。公務員か自営業か、はては無職かも関係ない。

 【世界は人が望んだ通りになった】、のである。

「上層部だけに責任を転嫁することはできない。それらを選んだのも人間だからね」
 強者とて好きでそうしているわけではない。より被害を少なくするためにわずかばかりの犠牲に目を瞑るしかないのである。

 不完全なシステムを維持するためには不完全なやり方しかない。ザフキエルもカーシェルも人々が望む自己の役割を果たしているだけである。もしそれが傲慢だというのならば、それこそ役割を強いられる彼らこそシステムの被害者だといえる。

「僕もまた駒の一つ。役割を演じなくては劇が終わらない。永遠にこのままというわけにもいかないだろうしね」
 ハブシェンメッツにも役割がある。まさに当人がまったく望んではいない指揮官という役目だ。自分が拒否することはできるが、その場合は青空位のイルビリコフが代わりにやるだけのことである。

 残念ながら駒の代わりはいくらでもいるのだ。演じることが避けられない以上、やれることをやり遂げるのが最低限の責任である。

「犠牲を払わないやり方はある。だが、多くの人間が他のシステムでは嫌というのだから仕方のないことさ。だから悪魔君、君はそれを皮肉ったのだろう?」

 悪魔の要求が皮肉にも犠牲を払わない最善の方法でもある。すべての人間が独占をやめて分け合って助け合って生きる。誰もが偉ぶる必要はなく、劣っていると落ち込む必要もない。各人が持ちうる能力を他者のために使うことができれば、おそらくこのようなことをしなくてもいい。

 だが、人はそれを拒否した。

 現在のシステムが変わることを怖れているのだ。その理由はさまざまである。恐怖や不安からそうする人もいれば、自尊心が邪魔をする場合もある。どちらにせよ【感情的な理由】である。

 人は実益よりも感情を優先することがある。いや、あまりにも多い。実生活の中で実感することは多々あるはずだ。客観的に見てこうすれば利口であることを知っているのに、いざ自分がそうなるとカッとなって破壊的な行動に出てしまう。

 そして、感情を正当化するために理屈をこねて自身すら偽り、それが続くといつの間にか【心の壁】となる。意識と同じく心の壁は目に見えないが実在する。精神的に実際にそうした壁をこしらえてしまい、固定化すると当人がどうやっても抜け出せないドグマに陥ってしまう。

 そうして今の社会が生まれた。

 所詮進化の途上で生まれた不完全なものである。が、多くの人々の負の壁で塗り固められたシステムはあまりにも頑強で、作った人間ですらどうしようもなくなっている。ハブシェンメッツはもちろん、天帝でさえどうにもできないのだ。

 だから悪魔が現れた。

 既存のシステムを破壊するために、その役割を演じる存在が出現したのだ。

(君も役割を演じている。僕と同じさ。だから絶対に退かないんだろう? だったらもっと見せてくれ)

 ハブシェンメッツは、おそらくこの場で誰よりも悪魔という存在の本質を見抜いていた。彼にエシェリータのような特別な力があるわけではない。少し先を見る眼はあるが、ただそれだけにすぎない。ならばなぜわかるか。

 同類だから。

 戦場で拡大していく意識の中、目の前にいる存在を強く感じる。ホウサンオーやガガーランドは駒にすぎない。それを操る存在、悪魔の波動がハブシェンメッツを押し潰そうとしてくる。それは連盟会議で見せた光景といささかも変わっていない。

 だからハブシェンメッツも使える手はすべて使う。自分が相手を押し込めば、それ以上の強さをもって抵抗してくるはずなのだから。それが悪魔なのだから。

「ゼターシェルを信用しよう。彼らは本物のプロだ」
 彼らが砲撃を誤ることはない。ハブシェンメッツは静かに、そして絶対的な信頼をもってそう確信する。

 なぜならば、ゼターシェルを率いるのは【彼】だからだ。


 その頃、首都グライスタル・シティから二百五十キロ離れた公海上に銀色に染まった艦隊があった。正確にはここはダマスカスの排他的経済水域内であるが、連盟会議中はダマスカス側が公海上と同じ権限を与えている。簡単にいえば、緊急時において【武装を使用する権利】である。

 大きな違いはダマスカスの許可を得ずとも自衛が可能である点。自国の派遣団が危機に窮した際、単独で救出する権利である。通常このようなことはありえないのだが、今回の連盟会議はその特異性から必ずしも安全ではないと判断。信用のある五大国家に限ってその権限が与えられている。

 そして、彼らはルシア帝国第七艦隊、【ゼダーシェル・ウォー〈雪原を駆る狼〉】。

 大型戦艦バサラ・イデモンを旗艦とし、三十の巡航艦と百に及ぶ駆逐艦を擁する【軍団】である。ルシアに十三存在する軍団の一つで、今回の連盟会議に派遣されたルシアの主力艦隊である。

 今回はルシア天帝の威厳を示すための派遣となり数も多いように見えるが、これでもゼターシェルの二割程度の戦力である。全世界に戦力を分割しているルシア帝国はシェイク同様、数を揃えるのが難しい状況にある。

 が、二割でこの戦力。たかだか十三ある軍団の一つにすぎない第七艦隊の二割でこれである。これが軍になれば軍団の四倍以上の戦力を有することになる。

 忘れてならないことはルシアにはこの十三の軍団に加えて軍が四つあるうえに、これはまだ【正規軍】に限った戦力でしかないことである。この戦力に各植民地の辺境艦隊が加わるのだ。加えてそのつど傭兵部隊を編成すれば数は何倍にも膨れ上がる。

 ただし、やはり軍団の艦隊は辺境軍と比べて武装や兵の質が段違いに良い。それが【名あり】の艦隊ならばさらに顕著になる。ゼターシェル・ウォーもその一つ。名誉ある雪の名を与えられた艦隊なのだ。

「指令伝達。火焔砲弾を指定座標に三発発射要請です」
 バサラ・イデモンのオペレーター、カリュカ・ミサキが指定座標をモニターに出す。

 カリュカ・ミサキ。二十八歳、独身女性。階級は准尉だが十八歳で入隊したためすでに十年のキャリアを持つベテランである。父親はルシア官僚で行政府に在籍。母親は移民の純血ハーフ。

「これもピンポイントで、ということでしょうな」
 口髭を生やした壮年の男が指定座標を確認する。アンドレイ・ミデリカン。四十九歳。階級は中佐。地方出身のルシアンクォーターであり、辺境艦隊で指揮を執っていた経歴がある。

「戦術士は若い青風位と聞いておりましたが、やはり大胆なものです。怖れを知らない」
 ミデリカンは正直、この距離からの艦隊砲撃には否定的な見解を持っていた。

 大型戦艦の砲撃はたしかに射程が長い。特にバサラ・イデモンは射撃が得意な戦艦で、前面砲火に関していえばルシア帝国随一である。おそらく伝統的に突撃を得意とする主力軍の第二艦隊を凌ぐ迫力を持っている。

 そのバサラ・イデモンの主砲最大射程は三百キロ。ガネリア新生帝国の旗艦ガーマックスのメガカノン砲と比べても遜色ないだけの威力と射程がある。副砲でさえも通常戦艦の主砲と同レベルの威力。イデモン級はルシアが誇る恐るべき高性能戦艦であった。

 しかし、それはあくまで仕様上のスペックである。通常の艦隊戦ではいくら主砲とはいっても、その距離で撃つことはまずありえない。威力も半減するうえに着弾そのものが難しいからだ。当たらねばどんな砲撃でも意味はない。

 それを要求してきた馬鹿者がいる。それがハブシェンメッツであり、しかも要請があったのはつい今さっきである。これも通常はありえないことだ。おかげで地形データの解析を急ピッチで行わねばならなかった。

 そしてついでにもっとありえないこと。

 ピンポイントで砲撃しろ。

 という、まさに世間知らずもよい命令である。まさに砲撃のホの字も知らない素人の発想としか思えなかった。砲撃に誤差は付き物。艦隊同士でさえ距離が六十キロになってようやく射程範囲と呼ばれるレベルになる。

 ここから目標まで二百五十キロある。この距離でピンポイント射撃は不可能に近い。ミデリカンが抗議をしようとしたのも至極当然の対応である。

 しかし結局ミデリカンは即座に黙るしかなかった。命令文には天帝のサインが入っていたからだ。軍人、特に騎士にとって天帝の命令は絶対である。天帝こそ騎士の頂点であり、自分自身を確立するものであるからだ。

 こうした命令は基本的に政策を練る行政府を通じて発せられる。今回でいえば青風位のハブシェンメッツは軍隊では少佐クラスなのだが、指揮官に命じられた以上は筆頭元帥とほぼ同じ権威を持つことになる。
 
 権威に従うことこそルシアの基盤。血の国を支えている絶対階級社会の根幹なのである。命令を否定すれば自身すら否定することになる。どのような無茶な命令でも天帝のサインがあれば従わねばならない。相手が若造であっても権威はまったく揺らがないのだ。

 そのため天帝の権威を借りた行政府と、それに従わねばならない軍との間に軋轢が生じることがよくある。ただ、天帝があえて行政府を通じて命令を発するのは、自らの絶対的権威を抑制するためでもある。

 天帝もまたシステムの一つなのだ。人が望んで生み出した管理システムなのである。天帝は天帝としての役割を演じ、軍もまた軍としての役割を演じなければならない。

「これはこれで面白い。あの小僧、こちらを試しておるのよ」
 ミデリカンの言葉を受け、司令官専用の玉座に座る老人が笑う。その軍の役割を演じる【雪狼】こと、ゼターシェル・ウォーの司令官マイランス・シェルビカッツ提督である。

 ルシア帝国軍の各軍団艦隊を預かる十三大将の一人で、今回ラーバーン側が指揮官候補として予測した人物である。齢七十二。すでに老人と呼ばれる年齢であるが、軍人としての能力にいささかの翳りは見られない。その冷静かつ無駄のない戦術から【ルシアの知将】と呼ばれるほどの数々の戦争を生き抜いた歴戦の勇将である。

 ミデリカンが文句を言ったのも優先順位ではハブシェンメッツよりシェルビカッツのほうが上であるからだ。大佐相当の青空位のイルビリコフでさえ、指揮官となってもシェルビカッツには敬意を払うべきである。命令権が行政府にあるといっても軍事大国のルシアでは騎士の価値は非常に高いのだ。

 そんな慣例を無視してハブシェンメッツは権威をまるで気にせず淡々と厳しい命令だけを出してくる。その態度に不快感を覚える者も多いだろう。なまじ天帝の名がある以上、虎の威を借る狐のようにも見えてしまう。

 しかしながら、シェルビカッツはハブシェンメッツをこう評する。

「あれは狐かもしれん。だが【銀狐】であろう」
 ルシアで雪を表現に加えることは最上級の美を示し、誉め言葉として使われる。銀狐は雪の象徴でもある。シェルビカッツはハブシェンメッツの中にただの狐ではない何かを見つけていた。

「あの一撃目でやつは我らを試しおった。なかなかできることではない」
 ハブシェンメッツから最初に指定された座標は、【アピュラトリスの中心部】であった。オロクカカが感じ取った最初の砲撃である。

 指定砲弾は通常弾。戦艦の砲撃なので威力は通常のカノン砲台と相当異なるが、仮に射撃がはずれて市街地に当たっても被害は最小限で済む。それを見越してハブシェンメッツは【大きな的】を用意したのだ。

 ほぼ山と同じ大きさであるアピュラトリスを的にしてゼターシェルの砲撃能力を測った。実際に作戦戦力として使えるか試すためである。これが大きく外れていれば使えないと判断し、違う戦術を取るつもりであった。

 結果、ゼターシェルの砲撃能力はハブシェンメッツの予想を超える高いレベルであった。初撃にもかかわらず、ほぼ指定座標と同じ場所に着弾したのである。それを見て改めて火焔砲弾を要求したのである。

 大先輩であるシェルビカッツに対し、ほとんど何の実績もない小僧が「まあまあ良い出来だから、続けて使ってやろう」と言ってきたのだ。その態度が妙に可笑しくて、シェルビカッツが思わず笑ってしまったほどであった。

「良い気概であろうよ。今のルシアにこれほどの小僧がいるかな?」
「ただの馬鹿か礼儀知らずの阿呆では?」
「それでも愉快なものではないか。久々に熱くさせてくれる」

 近年、ルシアにおいても天威が発動することは稀である。すでに最強大国となったルシアに緊急事態などそうそう発生しない。安定を求めてシェイクとの小競り合いが続く程度である。軍の中にも緩慢な空気が流れていたのは事実である。

 シェルビカッツはそれに不満であった。狼の名を冠する以上、牙は常に研いでおかねばならない。心の緩みは統制にも関わり、行き場を失った活力が暴発して不祥事が起きることもある。それが続けば国が蝕まれるのだ。

 ゆえに彼らは常に戦いを欲していた。過度ではなく適度な刺激。自身を鍛えるための闘争である。幸いなことに望むべくしてそれは訪れた。しかも適度どころか、いきなり超難易度の難題を突きつけて。それが天威の発動とともに命じられたのだから、まるで高純度のアルコールで喉が焼けたような感覚がシェルビカッツを襲っている。

 これがなんともたまらない。

「陛下の御前で雪狼が銀狐に負けるわけにはいかんよ!! みなも同じであろう!!」

 シェルビカッツの言葉は老人とは思えぬほど強く、司令室全体を揺るがすほど大きなものであった。空気が震え、身体が目覚め、血が激しく流れていく。彼の言葉はまるで狼の遠吠えのごとく、艦隊すべてに響き渡る。

「叫べ!! 心の炎を絶やすな!!! 我らは狼! 雪の獣だ!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」

 司令室のクルーは叫ぶ。カリュカのような女性ですら叫ぶ!!
 雪狼の名はただ与えられたものではない。自らの闘争によって実績で勝ち取ったものなのだ。

 最初から名誉が与えられる艦隊など存在しない!
 自ら名乗っても意味はない!
 力を示して他者から勝手に呼ばれるようになってこそ本物なのだ!

 その戦い方があまりに美しく、かつ勇猛であるために人々が雪狼と称えたのだ。そこに自負を感じない者はこの艦隊にはいない!!

「天威は下された!! 我ら騎士は命をもってこれに応える!! ルシアのため、陛下のため、すべての帝国民のため、世界の安寧のために牙を剥け!! 火焔砲弾、装填! 三発同時に発射!!」

「了解しました! 火焔砲弾、装填! 三発同時射撃用意!」

 シェルビカッツの命令をミデリカンが復唱。彼らが選択したのは、【与えられた命令以上のことをする】、という労働者の基本原理であった。ハブシェンメッツがこちらを信頼した以上、それ以上の結果をもって報いるのが軍人の責務である。

 そして、天威。天威とは、彼らにとって神の言葉に等しいもの。絶対に正しいもの。天威が揺らげば国が揺らぐ。それを支える騎士たちの自負と誇りは言葉では表現できないほど気高い。本気になったルシアは文字通り、狼になる!

(同時発射。また難しいことを選択されましたね)
 オペレーターのカリュカは砲管室に命令を伝えながら冷や汗を掻いていた。ベテランの彼女でも緊張するのだ。これはゼターシェルとしても非常に難しい砲撃である。初撃の一撃でさえこの艦隊だからこそできることであって、もともと無茶のある要求なのだ。

 万一に備えてグライスタル・シティのデータは解析していたが、あくまで緊急時に政府高官を救出するミッションにおいてのシミュレートである。アピュラトリス周辺のデータはさきほど解析したばかりであるし、気象環境データも更新したばかり。特に海の上は気象が変わりやすく砲撃にも影響を及ぼす。それがピンポイント射撃ならばなおさらである。

「機器に頼るな。感覚に頼れ。直感を意識しろ!」
 ミデリカンがおおよそ軍人らしからぬ言葉を発する。が、これにはゼターシェルが持つ【経験】という圧倒的なアドバンテージを知っているからこその発言である。

 訓練ならば嫌というほどやっている。だが、不思議なほど訓練通りにいかないのが実戦である。いくら練習をしても本番で良い結果が出せない人間はいくらでもいる。

 それは感覚が足りないからである。
 もっといえば経験が足りないのだ。

 この艦隊においてもっとも重視されるのは血筋ではない。厳しい環境にどれだけ耐えられるか、耐え続けながらいかに対応できるかで評価が変わる。その中で養われた直感こそ生死を分けることを知っているからである。いざという時の起死回生の一撃は経験という感覚の蓄積から生まれるのだ。

「砲管室から伝達。射撃用意、準備完了しました!」
 雪狼艦隊のすべての感覚が研ぎ澄まされていく。他のことはいっさい考えない。ただ目標一点にのみ集中する。

「撃て!!」

 そして、シェルビカッツの命令と同時に火焔砲弾が発射された。雪狼の牙が悪魔に剥かれたのである。

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