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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

五十二話 「RD事変 其の五十一 『青の兵士』」

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(ほぉ、こいつはなかなか)
 ホウサンオーはゾバークが放つ気配を楽しそうに受け止める。

 真っ赤に染まった戦場いくさばは独特な雰囲気を醸し出している。これだけの空間を生み出せる武人ならば当然手練れである。それが殺気や威圧などの気配をまとえば、場にいるだけで恐怖を覚えるだろう。

 がしかし、これはただの気配や雰囲気といったものではない。厳然で純真たる【力そのもの】である。

(【領域】一歩手前かの)
 人間の精神力が極限まで高まった時、独特の空間が周囲を包むことがある。ボールが止まって見えたり、他の音が消えてしまうなど、集中力が異様に高まる現象だ。

 ただ、それらは主に自分だけに作用するものである。意識が拡大して心霊サイキック能力や霊体が持つ霊的能力が引き出された状態である。

 一方、ホウサンオーが言う領域とは、そういった力が自分以外にも作用する空間を指す。こうした領域は、武人用語では精神フィールドとも呼ばれ、発した人間の気質を物的環境にまで反映させる作用を持つことが多い。

 たとえばザフキエルが発した王気もその一つ。まさに天威と呼ぶに相応しい威厳と、あらがいがたい圧力を宿す特殊な空間を生み出す。その領域の中では、悪魔のように王の前でも動じない本当の力がなければ、威厳なき者は立つことすら許されない。それはまさに物的な作用である。

 ゾバークが発した力はまだ領域と呼べる段階ではないが、彼が持つ気迫を存分に示しており、こうして中にいるだけで燃えるような恐ろしいほどの熱量を感じる。これが彼の気質。一見すれば雪とは相反するような、燃えるような力である。

 本来この領域を生み出せる者は、王や武人の中でもごくごく少数であることを考えれば、ゾバークもまた優れた武人であることがすぐにわかるだろう。

「ゾバさん、ちょっといいですか」
 そんな空間の中、いざ飛びかかろうとするゾバークにミタカが口を挟む。

「止めるなよ。三分で討ち取れば命令違反じゃない」
 あくまで足止めが命令。とはいえ、討ち取るなとは言われていない。結果的に倒してしまえば誰も文句はない。それがゾバークの考えであった。

 それは正しい。問題はない。問題は…

「もう二分半です」
「は?」
「最初にぐだぐだ話していたので、もう三十秒過ぎました」

 ミタカにより意外な失態が判明。命令である三分間の足止めは、ホウサンオーがまったく抵抗するそぶりがなかったため(空気を読んで待っていたため)、命令が出されてからすでに三十秒が経過していたのだ。

 その事実にゾバークが驚愕する。

「お前、なんで教えなかった!」
「時間が経つぶんにはいいかなと思いまして」

 足止めが命令なのでミタカとしては問題なかった。しかも、もともとはゾバークのサイン自慢が原因である。ミタカに非はない。

「それに三分以内で倒すとか、だいたい失敗しますよね。もしかしてフラグですか?」
「知らねーよ! なんだフラグって!」
「いやいや、かませ犬みたいな発言だったので心配しちゃって。だって漫画とかでも最初に出る筋肉系の人っていつも最初に戦死するし」
「だー、うるさい! お前は黙っていろ! 気が散る!」

 そんなゾバークにはさらに残念なお知らせがある。
 このやりとりで失った時間は十秒。残り二分二十秒である。

「ほっほっほ、ワシはかまわんよ。急ぐ旅でもないしの」
 そして、その様子を微笑ましく見守るホウサンオー。現在、ラーバーン側も微妙な時間との闘いを続けている。ルイセ・コノが成功するまではどうあっても塔を死守せねばならないのだ。時間を使うならば、それはそれでかまわない。

(ワシの側に戦力が集まれば、それだけ周りの負担が減るからの)
 それはメリット。唯一デメリットがあるとすれば、時間をかければかけるだけ連盟側は戦力を投じてくる可能性があることくらいだ。

 各国同士が牽制しているため公海上の艦隊こそ動いていないが、もしゼダーシェル・ウォーの主力艦隊まで総動員されたら敗北は必至である。シェルビカッツは前線騎士を引退したとはいえ、元雪騎将。雪狼率いる艦隊の牙が遠慮なく襲いかかれば、いくらホウサンオーとはいえこの状況下ではもう対応しきれないだろう。

 が、実際に彼らが出てくればグライスタル・シティのダメージは計り知れない。乱戦になって都市部壊滅の可能性もある。それを恐れて彼らがためらっている今のうちがラーバーン側の勝機であった。

「二分もあれば問題ない。さあ、いくぞ!」

 気を取り直してブルースカルドが背部からソードを取り出す。ソードの長さはおよそ四メートルとMGのソードとしては短く、どちらかといえば長めのダガーと呼んだほうがしっくりくるだろう。それを二本、左手に順手、右手に逆手に装備する。

 まさかの白兵戦。

 この圧倒的な攻撃力を誇るナイト・オブ・ザ・バーンに対して、もちうるのはたった二本のダガー。

(ふむ? 十五号機は一本だったはずじゃが…)
 ホウサンオーはブルーナイトのデータを思い出してみる。

 武人を志すたいていの男子は、幼少の頃にナイトシリーズの玩具を手にするものである。プラモデルであってもこれがなかなか忠実で、装備に関してはかなり細かいところまで作ってあるので、遊んでいるうちに子供はナイトシリーズに詳しくなる。ホウサンオーもこうしたフィギュアは好きなほうで、隠れて収集をしていたことがあるくらいだ。

 で、十五号機である。このブルースカルドは無骨な感じなので、スマートな騎士に憧れる子供に対しては人気は今一つだが、一方で玄人にはかなり評判が良い。

 それは装備に【偏り】がないことである。

 いかなる戦場にあっても安定した戦いができる、まさに兵士としての力を持つ。当然、中遠距離用の武装もあったと記憶している。それでもゾバークは白兵戦を望んで構えている。相手を惑わそうとする気質は感じない。なればあれが彼の戦い方なのだろうと判断できる。

(ワシと剣で勝負か? 面白いやつじゃ)
 いかなる相手でも倒す自信はあれど、やはり生粋の剣士。剣で勝負を挑まれるのは楽しいことである。

「指揮官殿は下がっていてください。少し派手にやりますから」
「では二百メートルほど下がろうか」

 ミタカの提言を受けてハブシェンメッツは装甲車を後方に下げる。

(たいした度胸です)
 ミタカとしてはもっと下がってほしかった。できれば戦場から出てほしかったのだが、ハブシェンメッツはあくまで身を晒すつもりのようである。

 度胸があるといえば間違いないが、指揮官があまり前に出すぎるのも危険である。ただ、この戦場の中にあってもハブシェンメッツはいささかも表情を変えていない。むしろギャンブルに臨むときと同じ意気揚々としたものであった。

(今までの指揮官とはだいぶ違いますね。なかなか愉快なお人だ)
 前線の兵士からすれば行政府の人間は、天帝の権威を借りた小賢しい狐どもである。騎士はあくまで天帝にのみ従うものであって、けっしてそれ以外に従っているわけではない。

 それゆえに軍部では、行政府から派遣されてくる人間に対して嫌悪感を抱く者が大半である。安全な後方で偉そうに命令を下す行政府の人間を何度か見てきたミタカにとっては、こうして前線に顔を出す指揮官は珍しく、同時に興味深く見えた。

(まあ、自己責任でお願いするとしましょう)
 あのレベルの敵を相手にするのだからハブシェンメッツも覚悟はできているだろう。一応ミタカも配慮するが、守れなくても致し方ないと割り切ることにする。その証拠にハブシェンメッツも手を振ってオーケーの合図をしていた。


「では、お手並み拝見といくかの」

 最初に仕掛けたのはナイト・オブ・ザ・バーン。正直、疼いていたのもある。これだけの戦場を創出されて燃えない武人はいない。しかも相手はブルーナイト。久々の上玉である。言ってみれば名門の志士が相手。昔を思い出してホウサンオーにも力が入る。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは自身の間合いのやや外側、およそ八十メートルの距離から刀を振るい剣衝を放つ。それと同時にブルースカルドも突進。剣衝に対して正面に立ち塞がる。

(まさか正面からぶつかるつもりなのか?)
 その様子を観察していたヨシュアは自分なりに対ナイト・オブ・ザ・バーン戦をシミュレートした結果、正面から戦うのはやはり厳しいと判断していた。

 長い刀の間合いが厄介なのは誰が見ても明白である。刀身の長さも異様であるが、それ以上に問題なのはあの剣衝だ。マゴノテの長い刀身は、剣衝を軸に戦うことが想定されたものだと考えられる。長いほうが当然ながら剣圧を生みやすいからである。

 野球でも長いバットのほうが遠心力があって当たれば大きな飛距離が出るのと同じだ。もちろん芯に当てるのが難しいので誰もがそうしないのだが、ホウサンオーは欠点を自身の技量で補っている。

 巧みな剣術、完璧な体重移動、攻撃予測能力、どれもが達人の中の達人である。これとまともに正面からやり合った場合、ヨシュアの腕力と技量ならばまず打ち負けるだろう。

(おじいさまクラスでなければ無理だ)
 祖父のジーガンが健在ならば剛腕をもって拮抗した勝負に持ち込める可能性は高い。ハイテッシモも長いハルバードを二本持つので、あれを自在に振り回せるのならば対抗は可能だろう。

 が、すでに右腕を失っているヨシュアにはそれができない。いや、あったとしても負けるだろう。そもそもあんな化け物と真正面から戦える騎士など、この世界にはそうそういないのだから。

 それでもゾバークは正面からの戦いを挑んだ。雪騎将という誇りを持っているからか。あるいは慢心か、それとも油断か。

 答えは、そのどれでもない。

「そこだ!」
 ブルースカルドは剣衝が触れる直前に、まるでリンボーダンスをするかのように後方に背筋を伸ばし、両手のダガーを使って下から剣衝を挟み込む。

 そして、そのまま【すり抜けた】。

(そんな! どうして!)
 ヨシュアの目にはすり抜けたように見えた。それだけスムーズに何の抵抗もなかったのだ。しかし、その映像の中心にはわずかながら乱れが生じていた。角度的によく見えなかったが、ヨシュアはそれが何であるかを感覚で察した。

(あれを受け流したのか。たしかに威力は軽減されているだろうが…無茶をする)
 放たれた剣衝は横一文字に広がっていった。そのぶんだけ威力は幅広に分散していくので、一点に力を集中すれば受け流すこともできなくはない。

 そう、できなくはない。

 だが、ブルースカルドはすり抜けた直後、さらに加速していた。剣衝に対して自分から向かっていくという実に危険な真似をしていたのである。後方に下がりながら防御の姿勢で受け流すならばわかるが、こうして前に加速しながら受け流すのは難しいことである。もし失敗して直撃すればナイトシリーズでも大打撃であるのだから。

(彼の一番恐ろしいところは、あの無謀さかもしれない)
 ヨシュアはゾバークの戦い方と戦場全体から感じられる気質から、彼が持つ怖さを感じ取った。

 恐れは人を殺すという。されど無謀さもまた人を殺すのだ。普通は少しでもリスクの低い選択をするだろう。だが、まったく恐れない。自分が傷つくことなど万に一つも怖がっていない。そうでなければあんな加速はできない。

 むしろ、そうした思いきりのよさがあればこそ防げたのだろう。あの鋭い一撃はゼルスセイバーズを屠った本気のもの。迷いがあって防げるほどホウサンオーの剣衝は甘くない。

 そして、防げたもう一つの要因がある。

 ホウサンオーには、ブルースカルドのダガーの表面が赤白く光って一回り大きくなっているのが見えた。それによってダガーの強度は飛躍的に高まり、剣衝の威力にも負けないものとなったのだ。

 これは戦気を凝縮して拳ないし武具をコーティングする基本的な戦気術である。武人が肉体を強化する際には誰もが使う技だ。がしかし、これをMGで行うことは非常に大変な作業である。

 ホウサンオーやガガーランドがMGでも普通に技を使っているので一般人は勘違いしやすいが、ダマスカス軍のハイカランにおいてこういう現象は一度たりとも発生していない。

 MGは戦気をメイン動力として活用しているので、乗る武人の戦気が強ければ強いほど強くなる性質を持っている。だが、逆にいえばそれだけ戦気を消耗するのである。機体内部の強化、各ジュエルモーターの駆動だけで普通は精一杯といえる。

 武装にしても多くの機体は戦気による強化をあまり行っていない。ジュエルモーターによる出力強化だけでもかなりの性能アップが見込めるし、マシンガンの弾丸全部にまで戦気を使っていれば、乗っている武人は数分でミイラである。

 そのため一般的なMGにおいては、戦気を外部にまで使う余裕がないので基本能力アップにとどめることが多い。兵器の性能が上がってきた昨今では、無理に戦気を使うより優れた武器を使ったほうが楽なのはMGに限らず生身でも同じである。

 弾丸を撃ち出す際には弾丸そのものではなく発射時の機構、火薬等に対して力を込める。すると通常以上の速度と威力を出すことが可能になる。もともと大型の武装であるため通常はそれで十分なのである。

 だからこそ。だからこそ逆に考えればよい。

 MGに乗りながら生身と同じように技を繰り出す者は【別格】なのである。武人の中でも本当の本物だけがそうした技を出せるだけの力を有する。MGの外部にまで溢れ出る戦気の量、それを制御する集中力、素早く発動させる技量、すべてがそろわなくてはならない。

 ナイトシリーズのようなオーバーギアは、もともと生身の武人技をMGでも繰り出すことを前提として造られている。これができなければオーバーギアに乗る意味がない。使いこなせない。ナイトシリーズがなぜ一部の優れた武人にしか与えられないのか。その理由がこれなのだ。

 だからブルーナイトに乗るゾバークがホウサンオーのように軽々と剣硬気を使ってもなんら不思議ではない。むしろ当然。オリンピック選手が参加標準記録を超えているのは当たり前のことなのだ。

 ようやくホウサンオーと同じ土俵に立てるだけの猛者が現れた。それだけにすぎない。

「よっしゃぁ! 反撃だ!」
 ブルースカルドが走りながらダガーを振り回し、同時にいくつもの閃光が走る。閃光は非常に小さい煌めきとなり、煌めきが伸びると同時に光線となってナイト・オブ・ザ・バーンに向かっていく。

 剣衝を放ったばかりで回避ができないナイト・オブ・ザ・バーンは戦気を放出して防御。が直後、ホウサンオーの胸に針に刺されたような小さな鋭い痛みが走る。

(いくつか貫通しおったか)
 その煌めきは、まるで細いレーザー光線のような戦気の塊。それがあの一瞬で十二発放たれた。そのうちの二つが戦気の防御を貫通し、装甲を抉った。

 カノンシステムを起動しているナイト・オブ・ザ・バーンとホウサンオーは物的にも精神的にも同化した状態にあるため、機体がダメージを負えば搭乗者も同じダメージを負うほどにシンクロしている。

 これは人間の肉体と霊体の関係に近い。肉体が負ったダメージは半物質体を通じて霊体、魂にも実際の痛みを与える。両者は相互作用によって物的生活を送っているわけである。当然、魂の影響は肉体にも反映される。

 実際、カノンシステムは神機と同じシステムを再現しているので、【幽体の糸】ともいうべきものが搭乗者から機体に伸びており、神経を同調させている。ホウサンオーの胸のあたりには、まるで生身で攻撃を受けたようにうっすらと内出血の跡が見られた。

 通常のMGの場合は、機体がいくら壊れようと搭乗者にダメージはない。ジュエルモーターの逆流で多少は似たようなショックが発生することがあるものの、あくまで損傷するのは機体のみである。

 これはカノンシステムの大きなデメリットだが、それに見合うだけの性能を引き出すことができるのも事実である。シンクロして機体の反応速度が劇的に向上すれば、攻撃力はもちろん戦気の流れも良くなって防御力を向上させることにもつながるからだ。当然、回避力も段違いである。

 そして、ナイトシリーズもハイリンク型と呼ばれるカノンシステムに準ずるシステムを使用している。そのシステムがあるからこそ武人技が発動できるのだ。となれば、こちらの攻撃を受ければゾバークもダメージを受けるのは自然な話である。

 互いに命をかけて戦っている。
 だからこその緊迫感が戦場には満ちていた。

 そして、もう一つの要素が戦場にさらなる激動を与えようとしていた。

(地響き?)
 その瞬間、ホウサンオーは地面が揺れた気がした。地震かとも思ったが違うようだ。

 それは振動。声の、魂の波動。

「「「「うおおおおお――――――!!」」」」

 この叫びはモニターで戦いを観戦しているルシア騎士たちのものである。雪騎将が出ると、ルシア騎士は声を上げ、手を叩き、勇者の出陣を祝い、鼓舞する。浮かれたものではない。ただ純粋に自国の象徴たる騎士を応援してのものである。

「声が聴こえる…! 俺の背中を押す声がな!!」

 ゾバークの背中をルシア騎士たちが押す。勇気を与えてくれる。それはまさに騎士を代表して戦う将の姿!!

 彼らは雪騎将に自らの願いを託す。
 想いを託す。ルシアの誇りを託す。

 かつて子供の頃、ゾバークが応援したルシア騎士の姿もこうだった。相手が誰であろうとけっして引かない、退かない。ルシアの旗を掲げた以上、天帝の命が下った以上、その者は世界でもっとも勇猛なる勇者となるのだから。

 精神的な大きな力の流れが戦場に流れ込み、実際の力となって顕現していくような感覚。これがゾバークの戦場の力。

 掲げよ、旗を! その志を!
 その旗はお前の存在そのものだ!!!

「うおおおおお! 一気にいくぞ!」
 愛馬を駆る将の背中にはルシアの旗が宿る。雪騎将という存在はけっして下げることができない旗を背負う存在。そこに何万、何百万といった兵士たちの誇りが宿っているのだ。

 だから強い!!

「ルシアの雪騎将、どうやら張り子の虎ではないようじゃな!」
 ホウサンオーの剣衝を防いだだけではなく反撃すらできる相手。わずかとはいえこの距離からでもダメージを与えられる相手なのである。ホウサンオーもまた気合いを入れ直す。

「こいつならばどうじゃ!」
 ブルースカルドの間合いに入るまで一瞬の間がある。この時間はまだホウサンオーのものであった。振った刀を戻し、円を描くように振り上げる返しの斬撃。今度は剣衝ではなく直接の刃が襲いかかる。

 しかし、ゾバークはその返しの斬撃にも恐れることなく突っ込む。

「シールドモード!」
 ゾバークの叫びと同時に、ブルースカルドの左腕のパーツが集まってシールドとなった。

 これがブルースカルドの特徴の一つ。機体の各部が非常にゴツゴツしているのは、それが【パーツ】だからである。状況に合わせてシールドになったり武器に変形することができる。このギミックは一部ではあるがプラモデルにも再現されており、マニアにとってはかなり嬉しい仕様となっていた。

 ブルースカルドは、そのまま滑るように身を屈めて刃の下に潜り込み、下からシールドで全重量をかけてかち上げる。刀との衝突でブルースカルドの左腕に激しい衝撃が走る。

(なんて重さだよ、おい!)
 さすがにこの長さの刀を受けるのは初めてである。速度、威力ともに想像以上のもの。危うく圧力に負けそうになる。がしかし、この男、見た目通りに強靱である。

「どりゃああああああああああ!」
 身体全体のバネを使って刃を跳ね上げ、マゴノテは何もない宙を斬る。それでもまるで大気が両断されたかのような衝撃が周囲に吹き荒れる。

(こりゃ、普通のやつが太刀打ちできないわけだぜ)
 その威力にゾバークにも冷や汗が滲んだ。ゼルスフォーの特殊シールドすら一撃で打ち破るほどの威力を持っているのだ。いくらナイトシリーズでも直撃だけはまずい。

 それでも乗り切った。最大の難関を突破したのだ。
 それは旗があったから。掲げた旗を穢すわけにはいかないからだ。

「うおおおおおお!!!」
 ゾバークの雄叫び。全身の毛が奮い立つ!! ブルースカルドはダガーを構えてナイト・オブ・ザ・バーンに飛びかかった。

「その首、もらう!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンの弱点は、やはり超接近戦。長い刀の懐に入り込めば振りにくいのは間違いない。ゼルスセイバーズもそれを理解していたから、メイクピークは超接近戦を挑んだのである。

 ただし、当然ながらホウサンオーも弱点は熟知している。彼が長い刀を使うのは短所を考えても長所のほうが勝るからである。そして、短所を補う技もある。

「ほっほ、そう簡単にはやれんな」
 それがこれ、止水である。ホウサンオーは接近されても攻撃をかわす自信がある。メイクピークほどの剣の使い手が必死になってもしがみつくのがやっとであった、あの止水である。

 常人には動いていないようにさえ見える超高速の足技と、相手を惑わす巧みな戦気術のブレンド。まさに至高技と呼ぶに相応しい美技である。

「止水、破れたり!」
 だが、ゾバークは意気揚々と打破を宣言する。それだけの自信があるのだ。

 至高技の止水ではあるが、破る方法はいくつかある。一つは同等の足技をもって対抗すること。相手が高速で移動するのならば自分もそうしてついていけばよい、という実に単純な理屈である。

 が、これはゾバークには無理である。

 止水の高速移動は単純な速さではない。【ステップ】である。達人が何十年という月日を鍛錬にあてて、ようやく体得できる極みなのだ。そこには見た目以上の奥深さがあり、到底並の武人が真似できるものではない。それはゾバークとて例外ではない。

(ならばこれだ!)
 ゾバークから、まるでこの戦場の戦気をすべて凝縮したような濃厚な圧力が生まれる。それは波動となってナイト・オブ・ザ・バーンを覆い尽くす。

 止水を破る方法その二、こちらを惑わす戦気術を破ること。相手の行動範囲全体に強い戦気をぶち当て、相殺または抑圧すること。そうなれば追いつけずとも、少なくとも目で追うことはできるようになる。

「なかなか濃厚じゃが、ちと暑苦しいわ」
 ゾバークの濃縮戦気によって止水の幻影戦気は幾分か弱まる。まだ多少ぼやけて見えるものの、止水の効果を半減させることには成功。

「いくぞ!」
 接近したブルースカルドはダブルダガーによる回転斬りを見舞う。力強く切れのある動きは鋭く重い。

「ほいっ」
 それをナイト・オブ・ザ・バーンは紙一重でかわす。続けて二度三度ダガーが舞うが、そのすべてをかわす。

「ダガーが駄目ならばこっちだ!」
 シールドが分割され再結合、そのままソードに変形する。間合いが一気に変化する。が、ナイト・オブ・ザ・バーンはのけぞりながらも回避。こちらも紙一重でよけている。

「おほほ! ワシもまだまだ若いのぉ」
 とっさの不意打ちにも対応してしまう反射神経は健在。ジジイ、まだまだ足腰は元気であることに喜ぶ。

(こいつ…! 刀を使いやがったな)
 が、裏では密かにこしゃくな手を使っていたりした。今の間合いはホウサンオーにとっても不意打ちであった。そのままでは危なかったのだが、足りないぶんは刀を杖にして間合いを広げたのだ。

 この長い刀はたしかにデメリットであるが、手首の返しで簡単に刃の先端を地面につけることができ、身体の軌道を即座に変更することが可能だ。その不規則な形から生み出される動きは、止水のステップと合わさってまさに千変万化。どんな攻撃でも瞬時に対応できてしまうのだ。

 それはホウサンオーが経験豊かだからである。そして慎重だから。ホウサンオー以上に行動予測能力に長けている武人は多いが、彼には状況に合わせて瞬時に行動を選択できる【余裕】がある。それはやはり場数によって生まれるもの。死線をいくつも越えたからこそ得てきたものなのだ。

(尋常じゃないレベルだ。隊長レベルだぜ)
 ゾバークはルシアの雪熊ことジャラガンと同じ臭いをホウサンオーから感じる。経験してきたものが普通ではない。明らかに常人とは異なる鍛錬を積んできているのだ。一筋縄ではいかないのも当然である。

「ゾバさーん、全然止水を破れてないですよー。早くしてくださーい」
「うるせー、ミタカ! 話しかけんな!!」

 こうして戦場を生み出してはいるが、相手がそれに呑まれていない。ゾバークの戦気ではホウサンオーに対して完全なる圧力にはならないのだ。普通の敵ならば気迫に圧されて動きが鈍るのだが、ナイト・オブ・ザ・バーンはまったく影響を受けていない。これもまたレベルが違うからである。

(技術の差は歴然。このままじゃ何度やっても当たらないな)
 ゾバークもゼルスセイバーズの戦いは見ていた。雪騎将から見ても彼らの腕は悪くなかったが、それでもまともに戦える状態にすらならないほど差があった。そして、ゾバークの技術でもホウサンオーには敵わないことも理解していた。

 実はゾバークは見かけに反してかなり器用な武人である。ブルースカルド自体が複雑な機構なため、使いこなすにはかなりの柔軟性と咄嗟の判断力が必要となるからだ。

 たとえばシールドとソードの使い分けにしても、一瞬で状況を判断して変形を行わねばならない。変形には多少なりとも時間がかかるので、少しでも判断を誤まれば戦場では命取りになる。

 こうしたことからゾバークは一瞬の判断力に優れた器用な武人であるといえる。小手先だけでかわす敵ならば、難なく喰らいついて喉笛を掻き切るくらいはたやすいものである。

 それでも届かないのならば、残るは手段は一つ。ブルースカルドは二本のダガーをナイト・オブ・ザ・バーンに向かって放り投げる。

「ほいっと」
 ナイト・オブ・ザ・バーンは回避。ダメージはない。それでもブルースカルドは突進を続ける。

 直後、閃光。

 さきほどブルースカルドが投げたダガーに仕込まれた閃光弾が爆発したのである。ナイト・オブ・ザ・バーンは背後から生じた光と衝撃に襲われて一瞬だけ動きが止まった。

(びっくりしたぞい。そういえばあれは仕込み刀じゃったか)
 正式名称はスタンダガー。スタングレネードと同じ効力を持ったブルースカルドの兵装の一つである。

 これは本来、相手に突き刺したあとに起爆させてダブルショックで無力化を狙うものであるが、ナイト・オブ・ザ・バーンには当てることができないので空中で起爆させたのである。しかし、完全に行動不能になったわけではない。背後からの激しい音にジジイがびっくりした、といった程度のことである。

「ほっほ、次は何をしてくれるのかの」
 この程度では止まらない。ホウサンオーにはまだまだ余裕があった。

「つくづく舐めてくれるな」
 ゾバークはホウサンオーが全力でないことがわかっていた。何より止水の使い方である。これがそもそもこちらを舐めている証拠なのだ。

 止水は紙一重でかわす技。達人であれば可能なことであるが、そもそも危険を伴う行為である。ではなぜそうするのか。

 答えは【カウンター】である。

 そう、止水はもともとカウンターの技につなげるための足運びなのだ。紙一重でかわし、瞬時に反撃して打ち倒す一撃必殺の返し技。しかし、ホウサンオーはそれを回避だけに使っている。これを舐めていないでなんと呼ぶのか。

「いいか、よく聞け! これから十秒以内にお前のつらをぶん殴る!」
 ゾバークはホウサンオーにそう宣言。あまりの舐めた態度に腹が立ったのだろう。

「それは楽しみじゃな」
 それを受けてもホウサンオーの余裕は変わらない。

 閃光で動きが止まったのはブルースカルドも同じ。そこに向かってナイト・オブ・ザ・バーンが斬撃。距離が近いので刀身の根本だが、それでも十分な威力がある。

「だから舐めてんだよ、お前は!!」
 ブルースカルドは再びシールドを形成して刃を受け止めるも、ナイト・オブ・ザ・バーンはそのまま押し切ろうする。

 が、押し切れない。
 刀はシールドと拮抗して先に進まない。

(…む?)
 この時、ホウサンオーは妙な違和感に襲われていた。どうにも技の【キレ】が悪い。自分の本来の感覚からすれば若干の狂いがあるように思える。

 今の一撃は威力も速度も十分だったはず。いつもの自分の感覚ならば完全に切り裂くには至らずとも、相手を弾き飛ばすくらいはできたはずである。それがほぼ完全な形で防がれた。相手が強いと言えばそれまでであるが、相手が誰であろうとホウサンオーには対応する自信がある。

 そうした自信は、自分を律することによって生まれるもの。完全に自己を制御することによって初めて可能な余裕である。それが崩れたとなれば何かしらの理由があるはず。一瞬、自分の老いに対しての疑いも浮かんだが、それとは別のものであると彼の経験が判断する。

(なんか変じゃな…っと!)
 しかしながら、そうした思考は予想外のことによって打ち破られる。刀を受け止めたブルースカルドのシールドが割れ、まるで動物の牙のようにがっしりとマゴノテの刀身を拘束する。

 とっさにホウサンオーは刀を引き上げるが、ブルースカルドのシールドが外れ、そのままシールドごと刀身から離れない。シールドには巻き取りワイヤーが付いており、およそ五メートル伸びたところで止まる。

「ようやく捕まえたぜ」
 ブルースカルドのスタンダガー、シールド、ソードに続く第四兵装、シザーハング。一度食らいついたら離さないので、ミタカにはスッポンと呼ばれている恐るべき兵装である。

 ブルーナイトシリーズは特殊兵装が多いことが特色であり、特にこのブルースカルドの兵装数はブルーナイト随一。あらゆる戦場のあらゆる局面に対応できる青の兵士は、まさに万能タイプの極みと呼べた。

 そして、その多様性はホウサンオーのタイプともよく噛み合う。

(しもうた。こんなのもあったの)
 油断していたわけではないが違和感のほうに気を取られたのは事実。それによって陥った状況はナイト・オブ・ザ・バーンにとって最悪。ブルースカルドのシザーハングは刀にがっちり固定されている。引き抜くにも長い刀なので間合いが必要であり、ここでも長さが弱点となってしまう。

「なかなかやる。じゃが、この黒神太姫をただのMGと思わぬことじゃな」
 ナイト・オブ・ザ・バーンは普通の機体ではない。刀なしでもハイカランの群れを一蹴するだけの力がある。この状態でも力付くで強引にねじ伏せることはできる。

 それを可能にするのが黒神太姫。彼女の存在はMGの意思そのものであり、機体の制御を任せることで単独でも恐るべき力を発揮することができる。

 ホウサンオーは独りで戦っているわけではない。肉体的には戦士に劣る剣士の弱点をカバーするために黒神太姫がいる。またはその逆。素の状態で怪力である化け物MGに、ホウサンオーが技と経験を与える。お互いの弱点を補い合った両者はまさに至高となるのだ。

「あらよっと! 一本釣りじゃ!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンが刀を思い切り振り上げる。その姿はまるで【釣り竿】。ブルースカルドごと宙に持ち上げて叩きつけるつもりである。

「悪いが青魚になるつもりはない!!」
 ブルースカルドはシザーハングを両手で引っ張り、ナイト・オブ・ザ・バーンの引き上げる力に抵抗する。黒機の腕力は凄まじかったが、ブルースカルドは大地に根を下ろしたように大地にとどまった。

(むむっ! この引きの強さはなんじゃ?)
 ホウサンオーは手加減しているわけではない。本気で釣り上げようとした。だが、刀は一向に上がる気配がない。

 力負けしている。

 ナイト・オブ・ザ・バーンがブルースカルドにパワーで負けているのである。しかし、その原因は機体性能にあるのではない。ナイト・オブ・ザ・バーンは現段階において最高峰の力を持つ特機である。ならば原因は違うところにあるのだ。

(ワシらの腕力の問題ではないの。相手と…【コレ】か)
 ホウサンオーの腕力そのものは変わっていない。ならば単純に相手が強靱なのと、そしてもう一つ。

 ここでホウサンオーはマゴノテの異変に気がつく。

 刀身は美しいままであるが剣気が十分に乗っていない。戦気を放出してもなぜか刃に乗らないのだ。それどころか戦気を放出するごとに少しずつ刀が重くなっていく。これは気のせいではない。

(こりゃ、一服盛られたかの)
 思い当たる節はあった。さきほど戦ったブルーゲリュオンである。

 彼らは武器破壊用のシールドで応戦した。結果はナイト・オブ・ザ・バーンの圧勝であったが、その引き際は実にあっさりしていた。ホウサンオーもそこは少し気になっていた点である。満を持して登場してきたわりにはあっけない。淡泊である。

 その異変に最初に気がついたのはブルースカルドに剣衝を放った時である。その時も剣衝の威力はかなり落ちていた。そうでなければいくらブルースカルドとて、あんな簡単にすり抜けることはできなかっただろう。

 そして異変は徐々に顔を見せ始め、今では戦気そのものが刀に乗らなくなってきた。ホウサンオーもMG戦闘においてこうした事例の経験はなかった。だからここまで状況が悪化したのである。

(盛ったのは、やはりあの男か)
 ホウサンオーは自分の間合いから遠ざかったハブシェンメッツを視界に入れる。


「経験則は素晴らしい財産だ。特にブラックワンのものは珠玉だね。しかし経験だけですべてが決するわけじゃないよね」
 ハブシェンメッツは双眼鏡で状況を確認しながら、盛った毒が効果を発揮したことを確信する。

 経験則が価値あることであるのは誰もが認めることだ。感覚だけで善悪の判断ができるし、その後の流れも予測できる素晴らしい力である。しかしながら、経験というのはあくまでそれまでに得た体験でしか判断できない。いまだ【未知のもの】には対応できないのである。

「風位、あれは何ですか? …雪?」
 アルザリ・ナムはナイト・オブ・ザ・バーンのマゴノテが少しずつ白くなっていくのを見た。まるで雪のような白い斑点が浮かんでいるのだ。

「特殊術式型D2装備。研究者は【雪刀喰せっとうくい】と呼んでいるそうだけどね」
 今、世界中で新しい技術が急速に普及しつつある。それは術式を素材に植え込み、特殊な能力を常時発動させるというものである。

 アピュラトリス内部のダンタン・ロームや、ラーバーンがアピュラトリス周辺に展開している火力術式を封印する特殊結界もこの一つである。結界術のように特殊な術式を最初から練り上げようとするとかなりの時間と労力が必要となるが、最初から術式を施した道具を用意すれば簡単に発動できる。

 この技術が開発されてから各国はさまざまな研究を行っていた。雪刀喰もその一つで、ルシア帝国が開発した【戦気遮断】効果を持つ粒子である。

 これは戦気に引き寄せられる性質があり、一番近くのより強力な戦気を選んで付着する。一度付着するとそのまま飽和状態になるまで戦気を吸収し続ける。ナイト・オブ・ザ・バーンの戦気は上質なので、雪刀喰も真っ先に食いついた、というわけである。

 親衛隊は他の軍ほど実戦が多くない部隊なので、こうした試作品が支給されやすい傾向にあった。今回も雪刀喰の粒子を込めた試作型シールドがいくつか提供されており、それを試してみたというわけである。

「といっても、まだ機体には張り付かないそうだけど、贅沢は言わないさ」
 今のところ雪刀喰が食いつくのは、その名前の通り刀などの刀剣類だけらしい。これが直接機体にまで張り付けばまた違った効果を得られるのだが、そこまでは贅沢というものである。

 ブルースカルドも刀の剣気が消えたことでパワー勝負でも負けていない。ただし、それはけっして雪刀喰の力だけではなかった。ゾバークが強いのだ。そして相性が良い。

「ジャラガン隊長の話によれば、ブラックワンは【正統派】らしいね」
 今回の人選はハブシェンメッツが行ったものではない。なにせ普段怠けている男が軍部の人材にまで精通しているわけがなかった。

 特にシェイブルズは情報も少ない組織なので青風位程度が知れる情報などわずかなものである。ゆえにこの人選は親衛隊長のジャラガンによるものである。まずジャラガンが行ったことは相手の分析であり、その答えが今の言葉であった。

「正統派ですか? 逆に見えますけれど…」
 アルザリ・ナムにはナイト・オブ・ザ・バーンが変則的に見える。少なくとも騎士という名前からは想像できないほど変わった動きをしているからだ。特にあの長い刀が異様。刀を使っての跳躍など異端でしかない。

「それは僕も同意見だけどね。達人が言うのだからそうなんだろう」
 ハブシェンメッツも最初はそう思った。しかし、武人の中の武人とも呼べるジャラガンの見立ては違う。

 いかに長い刀を使おうが変則的な動きをしようが、ホウサンオーの動きはまさに洗練された正統派の剣士の動きだという。表面や見た目ではなく、その本質が正統派。そうでなければ彼がこの域に達することはできなかったはずである。

 そして、そこが罠である。

 そんな彼に対して正統派の武人を当てても、上手くあしらわれるのが落ちである。同じ正統派同士ならば、どうやってもレベルの違うホウサンオーには勝てないのだから。そこでハブシェンメッツがナイト・オブ・ザ・バーンの足止めに適した人材を尋ねた際、ジャラガンはこの二人を推薦した。

「その中でも特にミルゲン上級大尉をね。専門家がそう言うのならば、あとは彼らに任せよう。それよりも準備を急がせようか」
「風位、何をするつもりなんですか?」
「まあ、師匠直伝の悪知恵ってやつさ」

 それはある意味で皮肉。アーマイガーがここにいたらどうするかを考えてみて、一つ思い至った策があったので試してみることにしたのである。

 ただ、それが発動しきるまでまだ幾ばくか時間がある。それまでは呑気に観戦するつもりであった。


「やれやれ、とんでもないやつに食いつかれたの!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンがいくら刀を引っ張ってもシザーハングは離れず相手も動かない。

 やはり戦気をまとってこその武人の武器。剣気をまとわなければ名刀の力も半減してしまう。幸いなのは雪刀喰がマゴノテだけに付着していることであろうか。それもまたこの技術がまだ発展途上であることを示している。

 しかし、それでも十分。ナイト・オブ・ザ・バーンの武器を封じられたのだから相手にしてみれば最高の成果である。

(剣士が刀を使えないとはの…。やはり置いてきたのが悪かったか)
 長くて邪魔だという理由でドラグ・オブ・ザ・バーンに引っかけて運ばせた罰が当たったのだろう。その時は快適だったが、今は困る状態である。

「無様じゃが、これしかないか! ええい、離せぇー」
 ナイト・オブ・ザ・バーンは右手のマゴノテは握ったまま、今度は左腕でブルースカルドを引き離そうとする。手のひらでブルースカルドの頭部を掴み、力付くで制圧しようとする。圧す。殴る。叩く。渾身の力を込めて押し潰そうとする。

 が、動かない!
 まるで岩にでもなったかのようにブルースカルドは動かない!!

「こいつ、どうなっておる!」
 ホウサンオーの戦気とナイト・オブ・ザ・バーンの性能があればブルーナイトでも押しのけられる。そうであるべきはずなのにブルースカルドはまったく動かないのだ。

「無理ですよ。一度スッポンになったあの人は離れません」
 ミタカはああなったゾバークの強さを知っている。模擬戦で自分もあの形に持ち込まれたことがあったが、どうやっても離れなかったのである。殴られても斬られても、ゾバークはけっして離さない。その気迫は鬼気迫るものがあり、ミタカは彼の目に恐怖を感じたほどであった。

(今もきっと怒っているんだろうな)
 ミタカは捕まえたまま攻撃もせず微動だにしないブルースカルドの内部を想像してみる。ゾバークという男は、なかなか理解しがたい男だ。ミタカもまだそのすべてを知っているわけではない。

(でも、あの人はすごく面白い)
 ミタカがゾバークと組んでいるのも実に興味深い存在だからだ。ゾバークには彼なりの矜持というものがあり、いかなるときも遵守する崇高な意思がある。それがミタカのものとはだいぶ違っていても、その心の純粋さには目を見張るものがある。

(だから私はついこうしてしまう)
 ミタカが操るブルー・シェリノがすすっと前に出て、静かに長刀を構える。ナイト・オブ・ザ・バーンのマゴノテには及ばないが、長さ十メートルはあろうかという長い刀がブルー・シェリノの【唯一の武器】である。

 だが、それで十分。次の瞬間には、戦場にはもう一つ巨大な意思が生まれた。ゾバークが荒々しい気迫だとすれば、正反対の静かで冷たい意思がナイト・オブ・ザ・バーンの背後に突き刺さる。

(やれやれ、こっちも大変じゃというのに)
 それによってホウサンオーの意識はどうしても二分される。背後から発せられた冷徹な殺気に近い波動は、今まで感じた誰よりも冷たく鋭い。

 この状況で挟み撃ちされると厳しい。できるかぎり素早くブルースカルドを離そうと力を込めるが、やはり岩のように動かない。ナイト・オブ・ザ・バーン、初のピンチである。

(気に入らねえ。気に入らないぜ)
 だが、ゾバークはこの状況が気に入らない。ミタカの想像通り、彼はコックピット内部で苛立っていた。

 たしかにナイト・オブ・ザ・バーンにシザーハングを食らいつかせて距離を詰めることができた。こうして【有利な状況】を得ている。だがそれは、けっして自分の力だけではない。

 この状況が、ハブシェンメッツによって作られたということ。雪刀喰という搦め手を使わねばならなかったこと。あまつさえミタカの援護すらもらうこと。それらを認めねばならないことが気に入らない。雪騎将としての誇りと命令遂行の間で彼の心は揺れ動く。

(だが文句は言わない! 今この瞬間、ここにいるのは何のためだ! 俺はこの旗のためならば!)

 ゾバーク・ミルゲン。彼が雪騎将になったのは、わずか三年ほど前にすぎない。同時期に当時二十歳のミタカが雪騎将になったことを思えば、才覚に恵まれていないことは明白である。

 彼が雪騎将になった経緯はまさに異端、特別、特例なのだ。

 ルシア帝国の最北端には万年氷山と呼ばれる山岳地帯がある。一年中降り続く雪でその山々は常に凍っており、それが何千年と続いたことで実際の標高の二倍の高さを氷で覆われる世界が生まれていた。

 五年前のある日、ジャラガンはその北の大地に足を運んだ。彼が雪熊と呼ばれるのはただ強いからだけではなく、そうした荒れ果てた大地に自ら赴いて修行に明け暮れることがあるからだ。

 シェイブルズの隊長になると真剣勝負が減り、腕が鈍ってしまうのを防ぐための修行である。長期休暇を取るとたいてい彼はこの氷山にやってきて修行するのである。稀にその光景を登山家が見つけた時、雪熊に遭遇したような恐怖を覚える様子から名付けられた名前でもある。

 そんなジャラガンは、万年氷山の小規模氷山の一つで【先客の男】と出会う。その男は頂上付近の洞窟で修練をすると言う。ジャラガンが見たところ、その男の力量は並である。男もまたそれを知っているから強くなりたいのだと言う。

 その意気込みにジャラガンの修行マニアの血が騒いだ。覇王ゼブラエスの下で数々の苦行にチャレンジしていた彼は、男に一つ課題を出す。

「一年間、戦気を放出し続け、その熱でこの雪山を一つ解かしてみろ。ただし、休むのは十日に一度だけだ」

 自分で言っておきながらこの男には無理だと思った。なにせこれは実際ジャラガンもゼブラエスにやらされた課題である。若きジャラガンはなんとか一つは解かしたが、それまでに何度か大きな休みを挟む必要があった。戦気を放出し続けるということは、肉体以上に精神力を保つことが難しいのである。

 ただ、この男が強くなりたいのであれば、そうした修行は価値があるだろう。たとえ完遂できずとも良い経験になると思った。その言葉に偽りはない。

 そして、それから一年、ジャラガンは自分の修行のためにさらに奥地に進み、男がいた氷山の五倍はあろうかという大氷山を一つ解かした。

 その帰りである。ジャラガンはふと男のことを思い出し、その氷山に立ち寄ってみることにした。ジャラガンの見立ての通り、氷山は解けていなかった。あったのは、男がこもったであろう洞窟だけ。

 やはり男には荷が重かったのだろうと思った。しかし、ジャラガンは洞窟の内部に違和感を感じた。

 長い。

 洞窟はどんどん奥深く続いていく。どんどん斜めになっていき、ついには直角、真下に垂直に延びる穴になっていた。それを下っていき、標高六千メートルの山の中腹付近でジャラガンは見つけた。非常に弱々しいながらも戦気を放出し続けている、一年前に出会った男を。

 男は半ば気を失っていた。戦気を放出することはそれだけ苦しいことである。しかし、気を失っていながらも男は放出を続けているのである。男が自らにかけた枷のような強い暗示、言ってみれば強い覚悟が肉体に乗り移ったように意識を失っても肉体は戦気を放出を続けている。

 見かねたジャラガンが止めようとしても男は動かなかった。あの雪熊ジャラガンが半ば本気になって動かそうとしても、男はまったく動かない!!

 その気迫に圧されたのだ。戦気が訴えている。誰にも邪魔はさせないのだと言っている!

 そのままでは命に関わると判断したジャラガンは氷山を破壊して男を救出する。それでもしばらくの間は戦気の放出が止まらなかったくらいである。男が目を覚ました際に聞いたところ、男は一年中戦気を放出し続けたという。

 一ヶ月眠らないで過ごせるかと問われれば、それは可能なことかもしれない。されど大いに危険なことだ。発狂してしまう可能性すらある。戦気の放出も同じである。休みなく続ければ細胞が破壊され、精神が壊れる可能性もあるのだ。

 しかし、男はそれをやった。強くなりたい一心で。

 この男、実力は並である。身体には恵まれているが、目立った才覚は感じられない。

 だがしかし、才覚とは何か。
 武人にとって一番大切なものは何か。

 それは意思!!!
 けっして揺るがぬ強く強靱なる意思!! 想い!!
 少なくとも男はそれを持っていた。

 ジャラガンはその後一年間、男を猛烈に鍛えた。氷山の修行など簡単に思えるような厳しい訓練を課した。男は何度も吐いた。何度も骨折した。何度も転んだ。何度も死にそうになった。だが耐えた。耐えられると知っていた。

 男には想いがあったから。夢があったから。

 ブルースカルドはナイト・オブ・ザ・バーンの拳を何度も受ける。痛くないわけではない。ハイリンク型のブルーナイトはカノンシステムほどではないが、優れた神経リンクシステムが搭載されている。その重み、痛み、苦しみを共有してこそオーバーギアなのである。優れた存在になれるのである。

「雪を馬鹿にするんじゃねえ。俺の雪を馬鹿にするんじゃねえ」
 殴られ続けながら、何度もゾバークはその言葉を呟き続ける。

「なんじゃ、こやつ! 変態か!?」
 ホウサンオーにも呟きがはっきりと聴こえていた。だからこそ【怖さ】がある。

 そして、その怖さが極限にまで高まった時!!
 ブルースカルドの拳は真っ赤に燃える!!!!

 氷山を解かす一撃となる!!



「だから舐めてんじゃねええええええええ――――――――――――!!」



 突如反撃に出たブルースカルドの右拳がナイト・オブ・ザ・バーンの顔面を捉える!! 左腕でシザーハングを引き絞りながら右拳で押し貫く!!

「ぐほっ!」
 拳はホウサンオーの防御の戦気を超えた。まさに直撃である。この男は殴ったのだ。まさに今、ナイト・オブ・ザ・バーンの顔面を殴ったのだ!!

 視界が揺らぐ激しい衝撃にナイト・オブ・ザ・バーンが宙に浮かぶ。一瞬、空が見えた。空は徐々に夕暮れの様相を見せていた。その中で太陽はいまだに輝きを失っていない。遠方で輝くアピュラトリスの偽物の太陽など、まったく及びもしないほどに美しい輝きである。

 それは生命の輝き。生命の謳歌!!
 ブルースカルドの拳に宿る力は、その片鱗!

「どうだい、ジイさんよ。宣言通りにぶん殴ってやったぜ」

 ゾバークは敵ながらナイト・オブ・ザ・バーンとその搭乗者を尊敬していた。高い機体性能は使いこなさなければ操者の負担になる。身の丈に合った道具を使うからこそ真価が発揮される。

 ナイト・オブ・ザ・バーンの強さは、すなわちホウサンオーの強さである。相手を甘く見ず、けっして油断せずに戦うホウサンオーをゾバークは尊敬していた。その強さを得るためにどれだけの修練が必要かを知っていたからである。

 だからこそ! そうだからこそ!

「ちゃんと目を見て話せ! ちゃんと俺を見て戦え! 俺が背負っている旗を見ろ!!」

 そのゾバークの言葉を受けて、ナイト・オブ・ザ・バーンの顔がゆっくりとブルースカルドの目を捉える。

「…なるほど。たしかに舐めておったようじゃな」

 ホウサンオーの口から血が一滴零れ、自慢の長い白髭に赤い染みを作った。拳が効いた証拠である。これが初めての直撃。身体の芯、脳髄の奥にまで響くような熱い衝撃に全身が熱くなる。

「おかげで目が覚めたわい。じゃが、十三秒かかったぞい」
「ふん、次は減らず口が叩けないようにしてやるよ」

 ホウサンオーはゾバークを強敵として認識した。ゾバークもまた惜しみなく全力を出すつもりでいた。

 そして、ゆっくりとステージは空に舞い上がっていく。
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