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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』
五十四話 「RD事変 其の五十三 『剣義の名のもとに』」
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「あなたをこう呼べばよろしいでしょうか。第六十一代目、剣王様と」
ラナーはホウサンオーを見る。いや、ラナーにとって彼はホウサンオーではない。彼の目に映っているのは、かつて剣王と呼ばれた男。全世界の剣士の頂点に立つ男、第六十一代剣王、その人である。
「どこかで会ったことがあったかの?」
ホウサンオーはラナーに覚えがなかった。白騎士のことは知っているがラナー当人に覚えがない。ラナーが自分に会ったという話も記憶になかった。
「無理もありません。私はただ見ていただけですからね。剣聖紅虎―――それが私の師の名です」
ラナーが出した名、剣聖紅虎。ラナーの師であるだけではなく剣士ならば誰もが知っている有名人である。そして、その名はホウサンオーにとっても特別なものだ。
ホウサンオーはしばし黙ってラナーを見つめたあと、記憶の中から面影を引っ張り出してくる。
「…なるほど、あの時の坊やか」
ホウサンオーは、懐かしさと空虚さを交えた複雑な眼差しで宙を見つめた。その記憶からは、たしかにラナーの残滓を見つけることができた。
かつてホウサンオーが剣王であった頃。その最後の瞬間。彼は紅虎と会っていた。その時に傍らにいた少年に面影が似ている。当時は今ほど精悍ではなく、まだ多くの未熟さとナイーブさがあったので、すぐにはつながらなかったのである。
「ほっほっほ。これは迂闊。まったく気にしておらんかった。ワシもまだまだ未熟じゃの」
ホウサンオーにとってその時のラナーは完全なる小物。物好きな紅虎の小姓なのだろうと思っただけで、剣士としては眼中にも入らない程度の存在であった。
事実、ラナーはただの小僧であった。剣の才覚はあれど、お世辞にも剣王であるホウサンオーの目に留まるような存在ではない、いわば小虫に等しいもの。印象に残っていなくて当然である。
それが今や、剣聖。
今こうして白騎士に乗って目の前に現れているのだから、人生とは不思議なものである。
「よもやこんなところから出てこようとはの。殺し損ねた者がまだいたのならば、それはすべてワシの因果じゃな」
「ではやはり、すべてはあなたの仕業ですか」
ある日を境にして、剣王評議会所属の有力な剣士が殺されるという事件が立て続けに起きた。武人の間では決闘という名の殺し合いが日常的に発生するため、最初は誰もがそうした類のものかと思って不思議には思わなかった。
しかし、名のある剣士、それも剣聖が三人殺されるという事件が起これば話も違う。これによって一時期、世界から剣聖がいなくなるという異常事態が発生する。これは剣聖という名が生まれてから初めてのことであった。
剣王評議会は調査委員会を発足し、事件の詳細を確認しようとした。だが、その調査に向かった人間の誰一人として戻った者はいなかった。その後も躍起になって調査を続けたが進展はなく、そしていつしか事件は迷宮入りし、人々の記憶から薄れていくことになった。
もし、ラナーという【目撃者】がいなければ、誰も【犯人】に気がつく者はいなかったに違いない。
「今ならばすべてが理解できます。あなたが殺したのですね。あなたを知る者すべてを」
当然名のある剣士である以上、殺された者たちに共通点は多かった。上級騎士であったり剣豪であったり、誰もがそれ相応に狙われる可能性のある者たちである。それが調査を難しくした一つの原因でもある。
だが、誰も注目しなかった共通点がある。
それは、犠牲者のすべてがホウサンオーの【声】を知っていた、ということである。
少し考えてみれば推測できない情報ではない。そうした可能性を見い出すことは難しくないはずだ。しかしながら、よもや剣士の頂点である剣王がそのようなことをするとは誰も思わない。
剣にすべてを捧げてきたラナーも最後の最後まで信じたくはなかったし、そのことを考えないようにしていた。されど、今こうして実際にホウサンオーを見て、すべてが事実であることを悟った。
だからこそ違和感がある。ありすぎる。
「お聞かせ願いたい! なぜ、あなたはここにいるのか! なぜ、このようなことをしておられるのか!」
ラナーがこうして二人きりになったのは、まずは真相を知るためである。剣王がこのようなことをするのは前代未聞。ラナーの言葉にも力が入るのは当然であった。
なぜ剣王たる者がここにいるのか。なぜラーバーンという組織に所属し、謎の黒機に乗って世界に反逆しているのか。なぜ彼は殺戮をしているのか。知りたいことは山ほどある。
「さて、どうしてじゃろうな。つーか、わざわざお前さんにそんなことを教える義理はないぞい」
だが、ホウサンオーは鼻くそをほじりながら証言を拒否。完全に舐めくさった態度である。もしも相手が剣聖ならば「品位に欠ける」と批判してもいいだろう。しかし、相手は剣王なのである。剣王に必要なのは品位ではないのも事実である。
「義理はなくとも責任はありましょう。あなたがこのようなことをしているとなれば、世界中の剣士に示しがつきません!」
ラナーは硬化した意思をもってホウサンオーに対する。その心を察するまでもない。強い怒りが滲んでいた。
今回の一件がただのテロリストの仕業ならば、言葉は悪いが問題はなかった。犠牲はあっても、ただ鎮圧してしまえば済む話である。しかし、そのテロリストが剣王であることが世間に知られれば、これは一大事である。
まがりなりにも剣王である。剣士の頂点である。その存在を畏怖し、崇め、憧れる者たちがいる。剣とは、武人にとっての心の支えでもあるのだ。戦う理念を体現し、その先の可能性を感じさせ、大義を与えるものである。
剣王とは、【象徴】なのである。
象徴が世界を混乱に陥れる一味に荷担したとなれば、世界が揺れるは必定。その影響力を考えれば被害を推し量ることはできない。どう少なく見積もっても人間社会に天変地異レベルの破壊的な結果が訪れる。物的にも、精神的にも、である。
「堕落した剣聖、ウネア・ミクをお忘れか。彼女の犯した罪は、いまだ多くの傷跡を残しております」
ラナーは同じ剣聖として、一つの戒めとしてウネア・ミクの名前を出す。彼女の名前を出すラナーにあったのは間違いなく軽蔑の感情であった。
剣聖ウネア・ミク。
その才能、その力、どれをとっても秀でた人物であった。性格においても特段の問題があるようには思えなかった。少し奔放なところはあったものの正義と平等を愛し、人々を守る立派な剣聖であったはずだ。
彼女の名が初めて表舞台に出たのは二十余年前、南西大陸の小国、アルグ・ヌ・サテ王国。当時、圧制を敷く政府軍と、それに対抗する反政府組織との間で激しい内乱が起こっていた時代である。
当時まだ二十四歳であったウネア・ミクは、反体制派の幹部格として政府軍と戦っていた。生まれもっての天賦の才を持ち、さらに優れた師に出会った彼女は剣士としての才覚を伸ばし、若くして剣豪と呼ばれる力を宿していた。
圧倒的な剣技に加え、敵に対する苛烈な戦い方と大衆を惹きつけるカリスマによって瞬く間に政府軍を押しのけていく。そして三年の激闘の末、ついに政府軍を打倒し、政権を奪取することに成功する。
当時の政権はすでに統治能力を失っており、反抗する民衆に対して激しい弾圧を繰り返していた。民間人の投獄は当然のこと、一部では化学兵器による殺戮も行っていたのである。
それを解放に導いた彼女はいつしか民衆のアイドル的存在となり、剣聖と呼ばれるようになっていく。剣王評議会もこれを追認。彼女は名実ともに民衆を助ける剣聖となったのだ。
【羽ばたける炎の剣聖】
人々はウネア・ミクをそう呼び称え、王国の解放者としてリーダーとなった。
ただし、彼女の出自には不明点も多い。詳細な生まれはいまだわからず、幼少の頃の記録は何も残っていない。こうした神秘性も民衆の興味を惹きつけ、彼女が神格化されていく要因にもなったと思われる。
あくまで噂の類であるが、ウネア・ミクはアルグ・ヌ・サテ王国の王族に連なる者ではないかという説もある。単純に受け止めれば与太話にすぎず、民衆が好みそうな俗的な話である。しかし、だからこそ噂はさらに盛り上がる。
腐敗した王国を追放された王族が粛正した。
こんなロマンチックでドラマチックな噂話に人々は酔いしれ、話はどんどん美化されていく。実にありきたりな展開である。がしかし、この話があながち噂であるとも言いきれない事情があった。
それは、彼女が王国の象徴機であった神機、カンタラ・ディナ〈炎の翼〉を動かした点にある。
カンタラ・ディナは精霊界の聖霊階級の神機であり、火の精霊の加護を得た強力な神機である。ケマラミアが火の精霊の暴走を危惧するように、精霊の中でもっとも強力な破壊の力を持つのが火である。攻撃力だけならば神機の中でも間違いなくトップクラスに入るだろう。
この強力な機体を操れたからこそ反政府組織は政府軍を打ち破り、彼女は炎の剣聖と呼ばれたのである。カンタラ・ディナは彼女自身でもあり、彼女の生き方に大きく関わっていた。炎の神機が求めるのは、すべてを燃やし尽くす強力な意思であるからだ。
しかもカンタラ・ディナは、王国を建国した初代王が使っていた機体として国家の象徴機とされていた。長らく使い手が存在せずに王城に御神体として祀られていたものを、内乱の混乱に乗じてウネア・ミクが奪取したといわれている。今までこの機体を動かせたのは王家の者だけ、というのがウネア・ミク王族説の論拠である。
王を含めた王族の大半は内乱の最中に政権側に謀殺されてしまっていたので、彼女は誰かが町で作った妾の子ともいわれている。結局、内乱によって国は大きく疲弊してしまい、数多くの文献も証言者も失われてしまったので真相は謎である。
それでもこうした噂が民衆に対して正統性をアピールすることになり、結果的に剣聖の名を得る要因にもなった。国を解放、再統治するうえでこれほど役に立つ大義名分はないだろう。
ここまではいい。これで終われば、言い方は変だが、彼女はただの剣聖である。
しかし、彼女の人生はここから大きく動く。
アルグ・ヌ・サテ王国を解放した彼女は二年後、隣国トル・アナ・ティータに侵攻を開始する。その理由はいまだ諸説あるが、一番有力な説が制裁説である。アルグ・ヌ・サテ王国の内乱にトル・アナ・ティータが関わっていたというものだ。
トル・アナ・ティータは宗主国であるアントマイカ帝国(現ルシア・アントマイカ)の指示によって、アルグ・ヌ・サテの内乱を主導。それを口実に南西大陸における力を増そうと考えていた。
彼らは王族をそそのかし政権を混乱させ、民衆の怒りを買わせて内乱を起こした。さらにその抵抗勢力として他の王族を擁立し、混乱に拍車をかけていく。
戦が広まれば広まるほど王族は減っていき、国力は衰退していく。そして、王国の軍事力が弱体化した頃合を見計らい軍事介入をする手筈であった。
幸いなことにウネア・ミクの強烈なカリスマ性によって国家は素早く再編成されたが、もし彼女という象徴がいなければアルグ・ヌ・サテ王国は滅亡していたかもしれないのである。
内乱終結後、政府軍の通信記録から陰謀の確証を得たウネア・ミクは当然ながら激怒。トル・アナ・ティータに対して武力制裁を開始することになったのだ。
剣聖と呼ばれる彼女には【義】があり、それによって数多くの義勇兵が集まった。それは海外にも波及し、戦いを糧とする傭兵から正義を重んじる流浪の騎士まで多様な人材を集めることに成功する。
剣聖の名で集まった力によって、トル・アナ・ティータ国はわずか一年で瓦解。アルグ・ヌ・サテがトル・アナ・ティータの半分以下の国力しかない小国であることを考えれば、この結果はまさに奇跡である。それだけ剣聖の権威が凄まじかったともいえた。
ただし、突然膨れ上がった力に対応できなかったのだろう。歴史において、この行動は進撃ではなく【蹂躙】と呼ばれている。
内乱が長く続いただけ、その苦痛は激しい。激しさは怒りとなってトル・アナ・ティータにぶつけられ、結果としてティータ国民の大虐殺が起こってしまう。惨状は相当なもので、女子供を含めて記録上は何十万人という犠牲者が出ていた。
歴史家の検証では、これは暴発ではなく【意図的】だとされている点も大きな汚点である。
まずアルグ・ヌ・サテ王国は、長年の内乱によって人も土地も疲弊していた。政府軍によって食料を奪われていた住人は日々飢えた生活を送っていたのである。政権を奪取しても土地は簡単には復活しない。慢性的な食糧不足であったこと。
そこに剣聖の名を聞いて離れていた民が戻ってきた。彼らも他国で難民として生活しており、蓄えなどはまったくない。さらに多くの傭兵が流れてきたことによって人口は一気に増加したことも痛手である。国際援助もあったが南西大陸は未開の土地も多く、開墾も到底間に合いそうもない。
そんな時に目をつけたのが隣国のトル・アナ・ティータである。真相を知ったウネア・ミクたちは単純に制裁を目的としていたのだろうが、絶対に土地や物資が目的でなかったとはいえない。現に略奪が起こっても、彼女が積極的に止めに入った記録は確認されていない。
これだけでも歴史の評価は分かれそうであるが、ウネア・ミクが堕落したといわれる決め手がアントマイカ帝国との戦争にある。トル・アナ・ティータを統治下に治めた半年後、すべての元凶であるアントマイカ帝国に対して宣戦を布告したのである。
アントマイカ帝国は、西大陸の南中部にある中小規模国家である。西側大陸で無視できないのが、強大な力を持つルシア帝国。そのため西側国家は、ルシア系列の国家か反ルシア国家、あるいは完全中立国のどれかに分かれている。その中でアントマイカは中立国に属する国家の一つであった。
だが中立とはいえ、時勢によってどうなるかはわからない。何か事が起きればアントマイカもどこかの国に吸収されてしまう恐れがあった。それを危惧した彼らは、より小さな国家を併合しようと今回の事件を起こしたのである。
彼らの誤算は、もっとも弱いと思われていたアルグ・ヌ・サテ王国にウネア・ミクがいたこと。彼女がカンタラ・ディナを動かし、政府軍に勝ってしまったこと。
そして一番の誤算は、彼女が恐るべき紅蓮の炎を心に宿す存在であったこと。
一度火がつけば、すべての敵を排除する激情を宿していたことである。それは彼女自身にも止められない炎であり、彼女を中心に周囲を巻き込むほど巨大なものであった。そんな彼女が元凶であるアントマイカを許すはずがないのだ。
それでも南西大陸の争いを西側大陸に持ち込む姿勢は、さすがに世界各国からの多くの反対意見を生んだ。剣王評議会も「剣聖は極力国家間の争いには荷担しない」という原則に照らして、ウネア・ミク側に譲歩を求めた。
が、ウネア・ミクはこう反論した。
「剣は常に正義であるべきだ。国家であっても、それが悪ならば斬らねばならない。強者による弱者への虐げがあれば、これを斬るは天の必定。これすなわち剣の義、【剣義】である」
こうしてウネア・ミクは国家の先頭に立って戦争を開始。彼女の言葉に同調する者も多く、本来ならば太刀打ちできないはずの帝国相手に善戦することになる。
彼女のカンタラ・ディナが、その名の通り稀少な【飛行タイプの神機】であったことも大きい。長距離を飛ぶようなものではないが、空を使った戦術は既存の戦い方では対応できない面も多く、不利な戦局も彼女一人で覆すことができた。
ただ、一度動き出した大きな流れは止められなかった。
勝利しても何かが狂っていく。巨大なうねりは、ただ憎悪と復讐心を駆り立て、人々の心を卑しめていく。たがが外れた人間が行う狂気はあまりに凄惨であった。
そもそも帝国への戦争も、トル・アナ・ティータでの蹂躙を覆い隠すためのものであった可能性がある。膨れ上がった人々の不満、怒りを抑えきれず、新たな捌け口が必要だったのだ。そうしなければ自壊していたのだろう。
だが、それがルシアへの口実を与えた。
ルシア帝国は、一般市民と近隣諸国の安全確保を理由に騎士団を派遣。通常ルシアが動けば他国が牽制するものであるが、あまりの被害の大きさに反ルシア連合も反論はできず、彼らも致し方なく国際連盟軍として派兵を決めることになる。
剣王評議会もウネア・ミクの剣聖資格を剥奪し、独自にソードマスターである剣聖二人を制裁人として送り込む。ウネア・ミクの下に大勢の武人が集まったのは、当時の剣王評議会が承認した影響力も大きかったのである。その批判を排除するために大々的に剣聖二名の派遣を喧伝していたものだ。
最後までウネア・ミクは抵抗した。それはもう彼女の人生を象徴するかのように苛烈に、燃えるように。しかし、国際連盟軍の数の力と剣聖二人の相手は、いかに希代の天才である彼女といえども不可能であった。最後まで激闘を繰り広げた末に撃墜され、その後は生死不明、消息不明となっている。
そして、これらの戦争で傷つき、家族を失った者たちは、憎しみと軽蔑の感情を宿してウネア・ミクをこう呼んだ。
【堕落した剣聖】
と。
「剣聖ウネア・ミク。我々にとっては忘れられぬ悪夢です」
ラナーは、彼女が剣聖の名を貶めたことに怒りを感じていた。剣聖とはその名の通り、聖なる存在である。人々を暴力から護る正義の使者であり、邪なるものを滅する剣であり、穏やかな生活の鐘を鳴らす祝福である。
この一件以来、戦場での数々の蛮行が露わにされるにつれて剣聖の名がさらに穢されていく。それによって剣王評議会の面子は潰れ、一時的にとはいえ権威が失墜したのは言うまでもない。
剣士にとって剣王評議会は権威の象徴である。彼らの失態は剣士全体の評価にもつながっていく。その後しばらくは剣士であるというだけで肩身の狭い思いをしたものである。それは若きラナーにとっても理想を穢された気分であった。
「ホウサンオー様、あなたはウネア・ミクの二の舞になるおつもりか! 剣王の堕落は剣聖の比ではありませんぞ」
ラナーは、ホウサンオーが再び災禍の引き金になることを憂いていた。その影響があまりに大きいからだ。
しかしホウサンオーは、堕落した剣聖に哀れみの目を向ける。
「一方的な物の見方じゃな。あの子にも曲げられぬ正義があったとは思わんか」
ウネア・ミク。ホウサンオーの記憶には、赤焦げた肌と煤けて色の抜けた髪の毛が強く脳裏に刻まれている。化粧などもせず、女らしい装飾も身につけない。少女時代からずっと戦場で一人の兵士として生きてきた彼女には、ただ戦うことしか自己を表現する方法がなかったのだ。
十年以上も続いた内戦がどれだけ人の心を疲弊させてしまうか。それだけ過酷な環境で生きてきたのである。そして、それ以上にあの眼光。非道に対しての怒りに燃える赤い瞳。ホウサンオーはどうしてもあの目が忘れられないでいた。
それは彼女が言った剣義。
剣をもって生まれたからには、剣を正しく使わねばならないという強い意思。
ウネア・ミクにとって剣義だけがすべてだった。それを曲げることは自己の存在を否定することと同じだったのだ。絶対の正義であり、唯一すがることができたものであった。
「すべてがあの子の思いのまま進んだわけではなかろう。止められなかったのじゃよ。自分の生き方も、他人の愚行もな」
ウネア・ミクは自らの炎で自らを焼いてしまった。苛烈な生き方を最後まで止められなかった。悪を許せなかったのだ。どうしても間違いを放っておけなかった。
その結果、多くの人間の勝手な行動も抑えることができなかった。自分自身を焦がし、その痛みに耐えるだけで必死で、他のことに意識を向けることができなかった。ただおのれの剣に正直であろうとした、哀れな女の悲劇である。
のちの検証で、多くの蛮行は彼女の指示ではないことが判明している。剣聖の威を借りた者たち、特に新参の人間の犯行であると。また、彼女の妥協のない性格が国家間の争いに利用された面もある。所詮、個人独りで何かが成せるわけではないのである。
彼女はアイドルだった。火種にすぎなかった。しかし、紙に移った火は瞬く間にすべてを燃やしていった。誰にも止められなかった。
「おぬしとて剣にすがっておるのじゃろう? 剣に正義を求めておる。ならば彼女と同じであろうよ。剣を持つ以上、いつ間違いを犯すかは誰にもわからぬ。みんな同じじゃ」
「だから許せとおっしゃるのか。被害が広まる前に、少なくとも剣聖の名を返上することはできました」
「そうすれば剣王評議会の面子は立ったか? はっ、アホらしいの。剣聖とは、そもそも生き方であろう。誰かに指図されるものではない。ましてや評議会が与えるものでもない!!」
ホウサンオーにしては珍しく語気を荒げて言い放った。剣聖は位ではない。人々から称されるものである。誰かが持つとか与えるとか、そういった類のものではないのだ。そこを履き違えている。
「剣王評議会は彼女を利用したのじゃ。都合の良い時だけ利用し、火種となれば切り捨てる。これが傲慢でなくて何というのか」
「では、今のあなたの行動もお許しになれと? 何人殺しましたか」
「殺した数など覚えておらんし、最初からお前さんの許しを請うてはおらんからの」
「あくまでも悪びれない、というわけですね」
「お前さん、やたら絡むのぉ。ちょっとウザいぞ」
ホウサンオーは、ラナーと話すこと自体が面倒くさいといった様子で、あからさまに嫌悪の態度を示す。それもそのはず。ホウサンオーは【嫌い】なのである。
「ワシはな、剣王評議会が嫌いなんじゃよ。だからその立場を持ち出すお前さんも嫌いじゃ。わかるか?」
ホウサンオーは剣王評議会を嫌っていた。その姿勢もやり方も全部嫌いであった。ウネア・ミクを擁護するのも半分はそれが理由である。
「私もあなたに好かれようとは思っておりません」
しかし、そこはラナーも負けてはいない。ラナーはラナーで自分に対して強い自負を持っている。誇り高き騎士であり、高潔な剣聖であるとの自覚である。そこに好き嫌いの感情を挟まないのである。言ってしまえば堅物である。
「かー、これだから若いもんは。年輩者を敬う気持ちが、これっぽっちもないからの! 嫌いじゃ!! あー、嫌いじゃ!」
ホウサンオーは思い出す。バーンの若い連中の、あまりの雑な対応を。倒置法を使いたくなるほど思い出す。ホウサンオーは大人なので怒ったりはしないが、最近の若いもんは礼儀を知らぬと嘆いている。
「のぅ、ゼッカー君。最近ワシ、いじめられているんじゃないかの。特に○○がワシをいじめるんじゃ。あーあ、これじゃやる気が出ないのー。もう帰ろうかのぉ」
と告げ口し、剣王を失いたくないゼッカーからフレイマンに話が通り、そこから相手側に説教がいく、という図式になるので、けっして復讐していないわけではないのだが。実にやり方が陰湿である。
「嫌われてもかまいません。ですが、放ってはおけません。あなたは剣王なのですから」
「前提が違かろうて。ワシはもう剣王ではない。ミクちゃんとは違う。その、なんじゃ、風の噂では若いやつが継いだとか聞いたぞい」
ホウサンオーは自身とウネア・ミクとの決定的な違いについて語る。今の彼は剣王ではない。これが最大の違いである。
事実、ホウサンオーはすでに死んだことになっている。そして現在は、第六十二代目の剣王が誕生していた。若干十五歳の若き剣王、その名も【聖剣王】。輝ける聖剣を手にした誰もが認める紛れもない天才である。
その剣技はすでに最強と名高く、人格も今のところ問題ない。ラナーから見ても間違いのない人選であるといえた。
その資質に何ら問題はないように見える。
あくまで部外者からすれば。
だが、ラナーは知っている。
「あなたもご存知のはず。現剣王は継承の儀を受けておりません。つまりは正統なる剣王ではないのです」
剣王になるためには剣王評議会の中核メンバー全員(紅虎を除く)の承認に加え、先代剣王との間で継承の儀式が必要となる。それを【血刃の儀】という。血刃の儀なくしては、けっして本物の剣王にはなれないのである。
ゆえに聖剣王は対外的には剣王であっても、剣王評議会からすれば代理人であった。
「ほっほっほ。それはあれか。お前さんたちが自分の面子を守るために偽者を仕立てたっちゅーことじゃろう? それこそ自己否定であり堕落じゃ」
ホウサンオーはよほど剣王評議会が嫌いらしく、侮蔑の意を含ませた口調で指摘する。
評議会は剣王不在を隠すために新たな剣王を祭り上げた。だがそれは、彼ら自身の存在意義を否定することにもなるのだ。偽りの剣王を仕立てて保身を図るなど、すでに組織としては瓦解しているといえる。
「偽者ではありません。剣王の第一候補であることには違いありません。私も彼の継承を支持しました」
「同じことじゃよ。それがわかっていて祭り上げるならば確信犯じゃろう。あそこは何も変わっておらん。自己の体面しか考えておらん」
「その口調はいい加減にしていただきたい! すべてはあなた様が逃げたからでありましょう!!」
ここでラナーの怒りが爆発。ホウサンオーの挑発するような口調は、生真面目なラナーにとって到底耐えきれるものではなかった。元凶が目の前にいるのだから。すべてはホウサンオーによって引き起こされたことなのだから。
「ほっほー。逃げた、か。ワシは逃げたつもりはないがの。ほれ、こうしてちゃんと生きておるしの」
「役目を放棄されたのならば逃げたと同じ。何が違いましょう。どれだけの混乱が起こったか、おわかりか!」
「ワシなど、いてもいなくても同じであろうに。所詮お飾りにすぎんからの」
まず、ホウサンオーという剣王について説明が必要だろう。ホウサンオーが剣王になったのは、およそ三十年前である。彼が姿をくらましていた期間が八年程度なので、約二十二年間剣王をやっていたことになる。
ここに彼がどんな剣王であったかを知る有名な言葉がある。
史上最弱の剣王。
それがホウサンオーの通り名であった。なぜ、こう呼ばれるようになったのか。それはホウサンオーがけっして表舞台で剣を振るわなかったからである。剣王を継いでからというもの、彼はいっさいの仕合いをしていない。
どんなにせがまれても、子供たちの前でも、どんな有名な相手が来ても、教えを請う者がいても、けっして剣を振るおうとはしなかったどころか、そもそも剣を携帯しなかった。それゆえに少なくとも剣王になってからは誰も彼の剣技を見たことがないのである。
そして、何より彼は無関心だった。無気力といってもいいだろう。剣王評議会に出席はしても発言はまったくしない。ただそこにいるだけ。愛想も振りまかないし慣れあおうともしない。敵対もしないし喧嘩もしないが、味方にも身内にもならない。ただの空気であった。
そういう人物であったからこそ、ホウサンオーという存在は非常に記憶に残らない。人々の間でも彼の名前をすぐに思い出せない人間がいるくらいである。だからこそ公式記録で彼の声紋は残っていないし、どこかに残っていたとしても、すでに死亡した人物としてデータの海に埋没しているはずである。
何よりホウサンオーをよく知る者は、彼自身によってすべて抹殺されている。ホウサンオーは過去を消したのだ。その徹底ぶりは狂気にさえ思えるほどに。
「ワシなど、いてもいなくても同じじゃろう」
「いいえ。剣王であるあなたは、それ自体に意味がある。あなたが世界の秩序を保っているのです」
「大げさなことを。ワシなどいなくても変わらぬよ。ゼブラエス公だって、ふらふらしているではないか」
「覇王と剣王は違います。剣王は、人類の剣なのです!!」
ここで、覇王と剣王の違いを明確にしなければならない。世界の三王とは、すなわち覇王、剣王、魔王。それぞれに戦士、剣士、術士の頂点に君臨する存在である。ただし、各々の役割は異なっている。
戦士の頂点である覇王は、人類の可能性を模索する存在。自己を高めるのが目的であり、王としての責任はあるが、どう生きるかにおいての行動に制限はない。極端な話、自己を高められるのならば何もしなくても問題ないのである。
もう一人の王である魔王。この存在も特殊である。理を制する魔王は、法則面で世界の秩序を守る責任がある。世界の中心に存在する魔王城において支配者たちを統括し、法則の監視者として万物の事象を見守るのである。
そして、最後に剣王。剣王の役割は、人類の剣になること。あらゆる害悪から人間という種を守る剣になることである。人間が絶滅しないように見守り、場合によっては力を行使して導くこともある。
剣王が覇王と魔王と決定的に異なるのは、剣とは人間自らが生み出したものであること。地上の人間が、自らの意思と創造力をもって生み出したものなのだ。そこには【自浄】という目的があり、積極的に人類を戒め、導く責任がある。
「あなたには剣王として最高の存在でなくてはならない責任がある。最低でも、人々の模範として努力をする義務があるはずです!」
「それは剣聖で十分じゃろう。剣王にとって重要なのは力。現にそれを基準に選んでおる」
ホウサンオーが言うように、剣王を選ぶ際に重要視されるのは剣士としての力量である。ただただ強いことが求められるのだ。人格や品性が重要な剣聖とは、まるで存在意義が違うのである。
「性格に関しては、剣王審査において調査されているはずです。力とは、その上で持つべきもの。私は剣王にこそ、何よりも品位と志が必要だと信じております」
だが、ラナーは認めない。剣王には人類を正しく導く責任があると説く。
「まったくもってそいつはお前さんの理屈じゃな。いや、【理想】か。理想を押し付けても事実は変わらぬぞ」
それに呆れるホウサンオー。ラナーの言葉は正しいかもしれないが、実際のところは彼の理想でしかなかった。そして、そんなラナーを【剣聖らしい】とも思う。剣王と剣聖の違いがここにきて表面化する。
「剣王であるワシが自分の判断でここにいる。お前さんの理屈でいうならば、こちらのほうが正しいことになろう」
ホウサンオーは白い髭を触りながら、ラナーに問う。ラナーが言うように剣王が人類を導く存在ならば、彼が所属するラーバーン側が正しいのではないか、と。
ラナーがホウサンオーを剣王と認める以上、その彼を人類の剣と認める以上、彼が組するラーバーン側には【義】があることになるからだ。
当然、ラナーもそれは承知している。
「むろん、そうした可能性もあります。ですが、あくまで剣王としての責務を果たしている御方ならば、という前提があります」
すでにホウサンオーは剣王としての責務を放棄している。そもそも剣王であった頃から正しく責務を遂行していたかどうかも怪しいが。
「お前さんの言う責務とは、正義の名の下に人を殺すことか? では、ウネア・ミクは正義ではないのか?」
剣王が秩序を維持する存在ならば正義が必要である。それすなわち剣義。ならば、ウネア・ミクはどうであったのか。剣の正義を主張し、腐敗と混乱を導いた根源を正そうとした彼女は、正義ではなかったのか。
「彼女は守るべき弱者を見捨てました。そこに正当性があろうはずがありません。それは、あなたも同じことです」
ラナーは、規律を守ることに対して異常に強い執着を抱いている。民間人を殺す者をけっして許しはしない強い正義感でもある。
今のところホウサンオーが殺したのは軍人のみ。されど剣王からすれば【弱者】である。実際に見てわかるように圧倒的な差が存在する。彼からすればゾバークやミタカですら、その弱者の範疇に入るのかもしれない。
そして、ホウサンオーが属しているラーバーンは、市街地において民間人を殺害している。暴力によって混乱を引き起こしている。少なくともラナーにとっては悪。罪なき人を殺す者は罪人なのだ。
「力なくして正義は果たせまい。力が行使されれば犠牲が出るのは当然のことじゃろう。それを否定すれば剣王自体を否定することになろうて」
ホウサンオーは反論。剣王が秩序を保つためには必ず力の行使が必要となるだろう。理想だけで人は動かないのである。いくら言い聞かせても聞かなければ力で動かすしかない。
「人を動かすのは、力だけではないはずです。剣王ならば、普段の行いから人々に影響力を与えることができるはず。そのための評議会ではないのですか」
ラナーは、剣王評議会の有用性を訴える。剣士たちで作る組合であるが、組合員の規模は世界に及び、全世界の剣士の半数が参加しているのである。いわば交通安全協会くらい有名で日常的な組織。それだけの数の力を侮ってはいけない。(各国騎士団は参加が半ば義務付けられているほど大きい)
「それは理想にすぎん。純粋な力があってこそ人々は従う。品位や権威に従うわけではない」
「あなたが真に求めていれば、それができたはずです。理念を捨て、力だけに頼って堕落すれば待ち受けるのは破滅だけです」
「なぜ自分にだけ正義があると思う。なぜウネア・ミクやワシに正義がないと思う。どうして悪だと決めつけるのじゃ」
ホウサンオーは、正義と悪の違いを問う。
誰かが何かを成すとき、多くは間違いを犯す。いや、人間ゆえに間違いを犯さない者はいない。聖人や偉人であっても偉業の途中には必ず過ちがあるものである。だからといって偉業が偉業でなくなることはない。
そこには必ず正義がある。
人それぞれに正義があるのだ。
それを認めないラナーの言い分は、ホウサンオーがもっとも嫌うものの一つであった。そこに【剣王評議会らしさ】がある。独善と欺瞞。肥大化した組織にはよく見られるものだ。
「一つ問うぞ。おぬしは今の世に正義があると思っておるのか? 連盟は正義か? 大国は正義か? あの富の塔は正義なのか?」
「残念ながら、今の世に正義はありません。秩序も、崇高さも、美しさもありません」
ホウサンオーの問いに、ラナーは即答する。
そして、この言葉すら吐き出す。
「宗教でさえ…人々の心を捉えることはできなくなっています」
苦々しく、胸が張り裂けんばかりに、歯を食いしばってカーリスを批判する。それは彼の信仰心が強いゆえの苦渋の自己批判である。
カーリスの在り方を見てもラナーには多くの不満があった。信仰心に欠け、実行力もなく、自己犠牲の精神も薄れている。信者は往々にして盲信性を持つので多少は致し方ない面がある。だが、神官職にある者はそうであってはならない。
カーリス一つとってもそう思えるのに、今の国際連盟の状態が正義であるなどと誰が言えようか。保身と利己主義が横行し、誰もが世辞と虚言で本音を隠している。まさに腹黒。まさに滑稽。嫌気が差さない者はいない。
「ふむ、さすがにそれを認めるだけの気概はあるようじゃな」
「あなただけを批判するつもりはありません。そのような資格は私にはありません」
ラナーは、けっして相手を非難するだけの小さい男ではない。自らの過ちを認め、自分自身そのものであるカーリスさえ批判する勇気がある。今はまだ態度で示しているにすぎないが、度を超えた時には立ち上がるつもりでいた。それがラナーの責任の取り方である。
「ならば【彼】の存在は自浄作用であろう。もし悪魔がいるとすれば、それは人自らが生み出したのじゃ。今までやってきたことの反作用にすぎぬ」
ホウサンオーは悪魔の存在を肯定する。悪魔は、人々が腐敗した社会を生み出し、世界を穢してきたことによる反作用。自然を侵せば天変地異として戻ってくるように、傲慢と欲望に汚染されて苦しんでいる人間が、自らを救うために生み出した【免疫抗体】である。
悪魔は、すでに人の手に負えなくなったガン細胞を破壊する。徹底的に破壊する。脳内に出来た一つのガン細胞でさえ、放っておけば人の命を奪ってしまうのだ。早急に取り除かねばならないだろう。
ここに二つの解決手段がある。
一つはガンを切除すること。
もう一つは生活を根本的に改めることである。
だが、人は後者を拒絶。愚かさゆえに暴飲暴食を続け、傲慢ゆえに自己を正当化し、弱さゆえに他者を蹂躙する。ならば残った解決策は一つ。
悪魔はガンを切除するために開頭手術が必要と判断。今はドリルで頭蓋骨を開こうとしているところ。麻酔をしなければ痛みがあるのは当然である。そしてその痛みは人類自身が求めたことである。
「私も一つお尋ねしたい。あなたは剣王としての責務を果たそうとしておられるのか? その行動は、剣王としての剣義によって成しているのですか?」
ラナーにとって重要なのは、そこである。
仮にホウサンオーが真の剣王として本気で社会改革を目指しているのならば、何人であっても邪魔することはできず、正体を誤魔化すことはできない。なぜならば剣義を掲げた剣王には、その権利と責務があるからである。
剣王が世の改革に乗り出すということは、人間という種の存続が危ぶまれる時である。剣王にはそれを判断する資格がある。少なくとも剣士たちの大半、おそらく最低でも全世界の四割の武人の積極的賛同が得られるのだ。
これが意味するところは、あまりに絶大である。
この連盟会議だけを見ても剣士の数は相当数に及ぶ。ラナーやアレクシート、サンタナキアは当然、ヨシュアやエルダー・パワーの剣士の面々、さらには雪騎将のミタカなども含まれる。剣士であるルシア天帝すらも例外ではない。
そう、剣王の恐ろしさは、国籍や立場を無視して強制的な影響力を発揮する点である。
各国騎士団における剣士の数は、およそ四割から五割。いかに剣士が多いかがわかるだろう。この理由は、武人の弱体化によって肉体能力が低下し、戦士の水準に達しない武人が多くなったことが挙げられる。
それに加えて武器の発達が拍車をかけている。つまりは本来ならば戦士タイプであっても、能力の未発達によって武器で補う必要が生まれ、結果として剣士扱いになる者も大勢いる、ということである。
彼らは自分の存在意義を確かにするために、むしろ純粋な剣士よりも剣士であることに誇りを感じている。その事実を指摘されることを常に怖れ、剣士以上に剣士たらんと努力し、振る舞っている。
そんな彼らに剣王の号令が下ればどうなるか。剣士であることを自認する彼らは、否が応にも賛同しなくてはならないのである。それが見栄や保身であっても、何がなんでも剣士としての立場を失うわけにはいかないからだ。
いわば剣王とは、【宗教と同じ】である。
すべての剣士の象徴たる存在なのである。
ラナーが危惧するのは当たり前なのだ。ラナーでなくてもこの事実を知った人間がいれば、まずは真意を問いただそうとするのが普通である。この後、何が起こるかを想像できるからである。
仮にカーリス法王であるエルファトファネスが(まずありえないが)全信者に対して国家転覆を指示したとしよう。そこに貧富の是正という大義名分を加えたらどうなるだろう。多くの信者は必ず賛同する。しなくてはならない。それが不発に終わっても、号令を下された信者は死ぬまで機会をうかがい続けるだろう。
このように大義名分を得た象徴が起こす混乱の大きさは、あまりに甚大なのだ。もしホウサンオーが何らかの大義名分を掲げ、剣士に号令をかければどうなるか。ラーバーンに組せよと言えばどうなるか。それは今まさにダマスカスで起こっていることが全世界で起こることを意味する。
だからラナーにはどうしても確認せねばならない。ホウサンオーが剣王としてここに来ているのかどうかを。その意思があるかどうかを。
「剣王として命ずれば、おぬしは従うのか?」
「あなたの主張が正義にもとづいたものであれば。怠慢な剣王であっても剣義には従いましょう」
ラナーは剣を立て、騎士が忠誠を尽くす際の仕草を取る。剣聖は剣義に従わねばならない。ただし、それが正義であれば、の話であるが。
「いちいちお前さんは嫌味ったらしいの。なんじゃ、欲求不満か? 若いうちは発散しないともたんぞい」
「どうぞお構いなく。私には果たさねばならない責務があるのです。俗事にかまう暇はありません」
ラナーの言葉には棘がある。潔癖性である彼は、物事が常に規律あるものでなくては気が済まない。組織であれば、いっさいの不純や矛盾を含まない、より健全なものであることを欲している。各々の役割に実直であり、透き通った場であることを求める。
まさに白騎士という名前の通り、彼は常に白であることを望んでいるのだ。
いうなれば【潔白性】。
白は、常に気高い。白は、常に正義である。白は、潔白でやましいことがない。白は、人々から常に尊敬されるために自己の行動を正していかねばならない。白は、白は、白は、常に白でなくてはならないのだ。
「極端な男じゃな。世とは常に混沌としたもの。正義も悪も入り交じるからこそ、そこには活力があるものじゃ」
「それは単なる未熟さにすぎません。光は常に光であります。闇を許すは人間の弱さにすぎないのです」
「なるほど。お前さんと反りが合わないことは、よーくわかったぞい」
議論をする前から彼らは対極の立場にいる。なぜならば、彼らは白と黒なのである。かたや、剣王の責務を放棄してテロリストになっている男。かたや、騎士の模範たろうとして厳格なまでに責務に忠実な男。この両者にどう接点が見いだせようか。
唯一見いだせるとすれば、剣の義においてのみ。
妥協点があるとすれば、この後に発せられるホウサンオーの言葉のみ。
であったのだが、当然ながら結果は変わらないのである。残念ながら、いやしかし、そうであったほうがよいのかもしれない。
「剣王として剣義を発するだけならば、ワシはべつにこんな真似はしておらんよ」
その通りである。ホウサンオーが剣王として事を成すのならば、わざわざラーバーンに属する必要はない。いくら怠慢な剣王とて、剣王は剣王であるだけで価値がある。やる気を見せれば賛同者も大勢出るだろう。彼は腐っても剣王なのだから。
しかし、ホウサンオーは明確に否定。自分がここにいるのは剣王としてではない。いち個人であると。
「やはり剣王としての責務は放棄なされるのですね」
ラナーにとって、この答えは予測できたものである。いまさらホウサンオーが剣王の立場を持ち出すとは思えなかったからだ。
ラナーはホウサンオーという人物を評価していた。あれだけの剣技を身につけるには、人生のほぼすべてを修練に費やす必要がある。ただの無気力な人間には絶対にできない。根気があっても簡単にはできない偉業である。
むしろ強靱な意思がなければ不可能。
強くなろうとする何かしらの理由がなければ、人は絶対に苦しみに耐えられないのである。稀にガガーランドのように生まれもっての強者がいるが、やはりそれは稀少な例外であるといえる。
多くの人間は困難や不条理に直面し、何かを悟り、それを原動力にして励むものである。ラナーはホウサンオーからもそうした人間的な底力を感じていた。だから尊敬に値するのである。
しかし、両者は敵である。
「ならば我々は敵同士ということになりますが、よろしいですか?」
「そのほうがおぬしにとってもよかったのではないのか? まったく、剣気くらい隠しておけ」
ホウサンオーには、抑えきれないと言わんばかりにシルバー・ザ・ホワイトナイトの白銀剣から剣気が溢れているのが見える。
彼には、ラナーが攻撃的な態度を取っている理由がわかっていた。
議論するつもりなど、最初からなかった。
正しく述べれば、できなかったのだ。すでにカーリスとの決定的な決別が生まれている以上、見過ごすわけにはいかない。いまさらエルファトファネスに「正体は剣王でした」などとは絶対に報告できない。
そんなことをしてしまえば、ラナーが危惧している以上の混乱が起こってしまう。今まで殺された人間はどうなるのか。剣王だったから受け入れろ、とでもいうのか。怒りと憎しみ、正義と道理による大混乱。これだけでも国際連盟はバラバラになる。
ホウサンオーという人物は、いくら当人は否定しても、たった一人でこれだけの影響力を持つ大人物なのである。もし連盟会議に出席していれば、紅虎やエルファトファネスのような特別な扱いを受けていただろう立場にある。
「たしかにそのほうがよい、と考えていました。もしあなたが剣義を持ち出せば私は迷っていたでしょう。殺すことにためらいが出てしまう」
「ほっほっほ、そういう正直さは案外好感が持てるものじゃな。やはり白黒のほうがわかりやすいか」
人が迷うのは、物事が灰色だからだ。正義と悪が混在し、非常に見えにくくなっていると人間は迷ってしまう。やはり人は正しいことをしたいと願うからである。それが女神マリスから与えられた光。正義と公正の輝きであるからだ。
一方、目的が明確に決まっている場合、どんな人間もある程度の実力を発揮することができる。迷わないで集中できるからである。余計なことを考える必要もなく、すべての力を実行力に変換できる。こうなったときの人間は非常に強い。
だからこそラナーも白黒はっきりすることを求めていた。彼の性分を考えれば、そうであってこそ実力を発揮するからだ。そうでなければ倒せないほどの強敵である。
「案ずることはない。ワシは個人の意思でここにおる。彼に手を貸しているのも紛れもなく自分個人の意思からじゃよ」
ホウサンオーに限らず、すべてのバーンは自分個人の意思によってラーバーンに参加している。
皮肉なことに、ラーバーンはラナーが目指すような完全なる統一の下に動いている。各人は自らの意思で組織に従い、悪魔に忠誠を誓う。誰かに命じられているのではない。おのれの目的が、理想が、悪魔に同調したからこそ自らの身を捧げてまで従っているのである。
それこそ自己犠牲の精神。大きな目的のために全員が死ぬ覚悟でいる。否。死すら喜んで受け入れるだろう。
「あなたが悪魔に従うのは、平等を求めているからなのですか?」
一つだけ、ラナーは気になっていることがあった。
悪魔の主張は、全人類の幸福と平等である。やり方は非常に破天荒であるが、会議場で主張した内容は宗教の廃絶以外はカーリスと大差ないものだ。ホウサンオーが平等の理念に賛同しているのならば、彼にも最低限の義があってしかるべきである。
それに対して、ホウサンオーはこう述べる。
「人間である以上、誰とて平等を目指すものじゃろう。ワシとて、それは常に願っておるよ」
ホウサンオーもゼッカーが目指す理想を知っている。人間として当たり前の生活をすべての人に分け与える。誰かが独占しなければ余剰分はしっかりと分け合うことができる。少なくとも食料で困ることはないだろう。誰かが豪華客船で世界一周旅行などしなければ。
質素な食事でも人は死なない。むしろ文明が便利すぎると弱くなるのである。昔の人間は強かった。何一つするにも不便だったが、その代わりに自分の身体を使っていたので必然的に強化されたのだ。
それとは逆に、今の人間は漂白された世界に住んでいる。すべてが清潔にされ、本来は茶色の米ですら白くされている。それによって免疫力は弱くなり、少しの傷で死んでしまうほどに衰退している。軟弱な世界で暮らしているので意思の力も弱くなっているのだ。
そして一番の弊害は、そうした人間たちによって多くの同胞が犠牲になっていることである。ダマスカスのような富んだ国は世界的に見ても少数である。常任理事国と一部の中堅国家以外は、すべてに余裕がなく、人々はつらい生活を送っている。
それもまた皮肉なことに、貧困という劣悪な環境がユニサンのような屈強な武人を生み出すことにもなる。ただし、憎悪を宿した社会の害悪として。
「ワシは剣王である前に一人の人間じゃ。お前さんのように大きな組織の中核にいるよりは、あのような者たちの味方をしてやりたいとは思っておるよ」
ユニサンは泣いた。剣王という最高の権威の一つが、自分たちのような者の力になってくれることを。
虐げられ、強者に対して恐怖を抱きながら戦っていた彼らにとって、剣王という存在がいかに大きな拠り所であるか、騎士団のような国家権力に属する者には理解できないだろう。嬉しかったのだ。頼もしかったのだ。初めて頼るものができたのだ。
ホウサンオーは、ゼッカーと同じくらい影響力のある大人物である。これもラーバーンの一つの拠り所であった。剣王が参加しているとなれば、もともと社会に居場所のなかったバーン候補たちは意気揚々と参加を決めるだろう。
「彼らの味方になることが正義であると思われたのですか? あくまで弱者のためなのですか?」
ラナーとて、相手の言い分をまったく理解しないほど苛烈ではない。
人間が何かを行う際には、必ず何かしらの理由がある。それが悪行であっても、悪人には悪の理由、建前が存在するものである。多少厳しい見方ではあるが、建前を許す社会にも問題はあるのである。完全な白の世界ならば建前そのものが成立しなくなるからだ。
ゆえに今回の一件にも、やり方や結果は認めないものの、彼らには彼らの言い分があってしかるべきだと考えている。それはホウサンオーが相手側にいることも大きい。仮にもソードマスターである。身内が敵になるのだから相当な理由がなければならない。
「…それは手段にすぎんよ。両者の目的が噛み合った結果、そうなったにすぎぬ」
しかしホウサンオーは、その点を明確に否定する。
ホウサンオーがゼッカーの理念に感じ入るところがあるのは事実。それどころか悪魔の理念を否定できる者はいない。やり方は否定できても、求めるところがあまりに万能すぎて否定できないのだ。なぜならば平等とは誰もが求めるものであるからだ。
それを踏まえてホウサンオーは、ゼッカーに傾倒したのではないと言っているのである。オロクカカのように悪魔を救世主として見てはいないのだ。あくまで同志。あくまで共通の目的を持つ仲間。その証拠にゼッカーもホウサンオーのことを食客として扱っている。
ただし、目的のためならば命すら捨てるという強烈な【契約】を果たした間柄である。ラーバーンが目的を見失わない限り、ホウサンオーは命を賭して全力で戦うだろう。
そして、ホウサンオーはゼッカーの中に【英雄の資質】を見ている。彼こそ世界を変えるに相応しい人物だと認めているのだ。その才も力も、自身を遙かに超える逸材であると。だからこそ一介の騎士として参加しているのだ。
「もうよかろう。おぬしがワシを斬る理由はある。遠慮することはあるまい」
ホウサンオーは、ラナーに免罪符を与える。
ここでホウサンオーを斬ることは剣義と呼んで差し支えない。ラナーが法王に誓った、人々のためになることであるのは間違いないのだ。大量殺人を犯している人間を止めることに反論する人間はいないだろう。
「ワシも一つ確認しておくが、この戦いはカーリスの守護者として臨むものか? それとも剣王評議会の一員としての戦いか? あるいはロイゼンの騎士としてか?」
「これは剣聖としての責務だと考えております」
ホウサンオーの問いに、はっきりとラナーが答える。
剣聖として。
それすなわち、民の代表として。
それすなわち、剣王評議会の一人として。
今この場にいる者はロイゼンの騎士ではなく、カーリスの守護者でもなく、あくまで剣義を守るための存在。つまりはソードマスターズの一人として、すべての剣士を代表して、汚名に沈んだ剣王を排除するための剣として。それを明言する。
「あなたをここで倒すこと。それが正しい選択だと考えています。今ならば名もなき亡霊として死んでいくことができるのです」
ラナーは、これが【介錯】であるとも考えていた。現在はまだ正体不明の黒機。謎の剣士。ここで倒しておけば剣王の名に傷はつかない。もちろん、歴史上のホウサンオーの名誉も保てる。
各国の諜報部は遅かれ早かれ真相にたどり着くだろう。それはかまわない。仮に民衆に流れたとしても根も葉もない噂である。それこそ各国が封じ込めてしまえば、あっという間に消えるもの。少なくとも連盟会議に出席している面々は誰も混乱を望んでいないのであるから、この要請には従うしかないという見通しもある。
ラナーにとってだけではなく、すべての人間にとってホウサンオーがここで死ぬことは利益になるのだ。だからこの結論は絶対に変わらない。
「愚かな忠言かもしれませぬが、自害していただく…という手もあります」
「ワシが自害か。それは面白い。初めて自害した剣王として名が残るかもしれんな! はっはっは!」
ホウサンオーは、ラナーの進言に愉快そうに笑う。あまりのことに大笑いである。
「それほど面白いですか?」
「ああ、面白いの―――」
「お前さんが、ワシに勝てると思っていることが一番面白いわ」
ラナーの言葉は、どう考えても上から目線である。名誉を守るために自害しろと、一人の剣聖でしかない男が剣王に言うのだ。テロリストに成り下がったとはいえ、剣士の頂点である男に。
それは、勝てると考えているから。
実力で排除できると思っているからだ。
「お前さん、紅虎様の弟子じゃったな。なるほど、それだけ自信があるのじゃな」
紅虎の弟子。それは一つのステータスである。同時に彼女の弟子であることは強者の証でもある。彼女の弟子になって成功しなかった者はいないのだから。
「私とて、分をわきまえております。万全のあなたに勝てるとは思っておりません。あなたの全力を知っていますからね」
ラナーはホウサンオーの剣技を見たことがあった。最後にホウサンオーが目撃された日。そこにラナーは居合わせていたのである。
その日、ホウサンオーは紅虎に勝負を挑んできた。その勝負がなぜ行われたのか紅虎に尋ねることはできなかった。彼女もまた、無言でやってきたホウサンオーの剣を何も言わずに受けた。
「今ならばわかります。あの時、あなたは師匠を殺そうとしていた」
今思えば、ホウサンオーは紅虎を殺しにきたのだ。自分のことを知る人間すべてを殺して回っていた彼にとって、最後の敵となった者が紅虎であった。
今になってそれを確信したラナーに戦慄が走る。直系の人間を殺そうと考える者が、この世界にいったいどれだけいるだろう。ラナーに限らず人類に対する罪とも呼べる愚行である。
ただし、勝負の結果は紅虎の勝ちであった。だからこそホウサンオーの目的に気がつかなかったのだが、やはり紅虎は強かったのである。
しかし、ラナーはもう一つの事実も知っているのだ。
「私が知っている中で師匠をあそこまで追い詰めた者はいない。あなたは強い!」
史上最弱と呼ばれていたホウサンオーであるが、ラナーが見た彼の本気は、今まで見た誰よりも強かったのである。
多くの者が、その事実を知らないだけである。そしてホウサンオーも見せびらかすことは絶対にしない。なぜならば、ホウサンオーの剣は【必殺の剣】なのである。まさに必ず殺す。目撃者を絶対に残さない恐るべき剣。ラナーが今回の戦いで正体を見破ったのも、あの時の剣が焼き付いていたからである。
全力のホウサンオーと戦ったあとの紅虎は、彼女の肉体を構成している半物質が半ば崩壊するまで追い詰められていた。その後しばらく、ラナーとの修行もできないほどに消耗していた。ラナーがそんな紅虎を見たのは初めてだったし、実際に初めてであった。
だからこそラナーは戦わねばならない。紅虎を追い詰めたホウサンオーに勝ってこそ、彼は彼自身の目的を遂げられるのだから。
「因果だとは思いませんか。あのときの続きがこうして行われるとは」
「そうじゃな。これもまさに剣の業と呼ぶものじゃな」
ホウサンオーは、ラナーを見逃したのも身から出た錆と知り、むしろ清々しい様相を見せる。すべて自分がやったこと。ならば受け入れられる。
そのうえで、彼はこう言うのである。
「紅虎様には申し訳ないが…、おぬし、ここで死んでくれるか? ほれ、やはり白騎士は目立つじゃろう? その首を晒せば良い見せしめになると思っての」
その言葉は、とても淡々としていた。だが、言葉の軽さに似合わず、滲み出るオーラは徐々に圧力を増していき、冷酷ともいえる冷たい殺気が生まれていく。これは相手を殺すことを決めた人間特有の気である。
人間、本気で殺す相手に対して、わざわざ殺すと宣言する必要性はない。ただ淡々と事を成せば相手は死ぬ。相手を怖がらせる気はなく、死ぬという事実だけが欲しいのだ。存在そのものが邪魔なのだ。
そして、そうと決めた時、人はとても静かになる。心に動揺がなくなり、とても平静になって気持ちが落ち着くのだ。あとはただ実行するだけ。今のホウサンオーは、そういった気分である。
「あくまで抵抗なさると?」
「みなまで言わせるな。ワシが酔狂でこんなことをしていると思うか? 本気なんじゃよ」
本気。
その言葉をきっかけに、ラナーは盾と剣を突き出し、こう宣言する!!
「今、剣義は我にあり!! 逆賊ホウサンオー、剣聖シャイン・ド・ラナーが天に代わってここで成敗する!!」
白と黒、互いに相交わらず。これは天が決めた必然であった。
「あなたをこう呼べばよろしいでしょうか。第六十一代目、剣王様と」
ラナーはホウサンオーを見る。いや、ラナーにとって彼はホウサンオーではない。彼の目に映っているのは、かつて剣王と呼ばれた男。全世界の剣士の頂点に立つ男、第六十一代剣王、その人である。
「どこかで会ったことがあったかの?」
ホウサンオーはラナーに覚えがなかった。白騎士のことは知っているがラナー当人に覚えがない。ラナーが自分に会ったという話も記憶になかった。
「無理もありません。私はただ見ていただけですからね。剣聖紅虎―――それが私の師の名です」
ラナーが出した名、剣聖紅虎。ラナーの師であるだけではなく剣士ならば誰もが知っている有名人である。そして、その名はホウサンオーにとっても特別なものだ。
ホウサンオーはしばし黙ってラナーを見つめたあと、記憶の中から面影を引っ張り出してくる。
「…なるほど、あの時の坊やか」
ホウサンオーは、懐かしさと空虚さを交えた複雑な眼差しで宙を見つめた。その記憶からは、たしかにラナーの残滓を見つけることができた。
かつてホウサンオーが剣王であった頃。その最後の瞬間。彼は紅虎と会っていた。その時に傍らにいた少年に面影が似ている。当時は今ほど精悍ではなく、まだ多くの未熟さとナイーブさがあったので、すぐにはつながらなかったのである。
「ほっほっほ。これは迂闊。まったく気にしておらんかった。ワシもまだまだ未熟じゃの」
ホウサンオーにとってその時のラナーは完全なる小物。物好きな紅虎の小姓なのだろうと思っただけで、剣士としては眼中にも入らない程度の存在であった。
事実、ラナーはただの小僧であった。剣の才覚はあれど、お世辞にも剣王であるホウサンオーの目に留まるような存在ではない、いわば小虫に等しいもの。印象に残っていなくて当然である。
それが今や、剣聖。
今こうして白騎士に乗って目の前に現れているのだから、人生とは不思議なものである。
「よもやこんなところから出てこようとはの。殺し損ねた者がまだいたのならば、それはすべてワシの因果じゃな」
「ではやはり、すべてはあなたの仕業ですか」
ある日を境にして、剣王評議会所属の有力な剣士が殺されるという事件が立て続けに起きた。武人の間では決闘という名の殺し合いが日常的に発生するため、最初は誰もがそうした類のものかと思って不思議には思わなかった。
しかし、名のある剣士、それも剣聖が三人殺されるという事件が起これば話も違う。これによって一時期、世界から剣聖がいなくなるという異常事態が発生する。これは剣聖という名が生まれてから初めてのことであった。
剣王評議会は調査委員会を発足し、事件の詳細を確認しようとした。だが、その調査に向かった人間の誰一人として戻った者はいなかった。その後も躍起になって調査を続けたが進展はなく、そしていつしか事件は迷宮入りし、人々の記憶から薄れていくことになった。
もし、ラナーという【目撃者】がいなければ、誰も【犯人】に気がつく者はいなかったに違いない。
「今ならばすべてが理解できます。あなたが殺したのですね。あなたを知る者すべてを」
当然名のある剣士である以上、殺された者たちに共通点は多かった。上級騎士であったり剣豪であったり、誰もがそれ相応に狙われる可能性のある者たちである。それが調査を難しくした一つの原因でもある。
だが、誰も注目しなかった共通点がある。
それは、犠牲者のすべてがホウサンオーの【声】を知っていた、ということである。
少し考えてみれば推測できない情報ではない。そうした可能性を見い出すことは難しくないはずだ。しかしながら、よもや剣士の頂点である剣王がそのようなことをするとは誰も思わない。
剣にすべてを捧げてきたラナーも最後の最後まで信じたくはなかったし、そのことを考えないようにしていた。されど、今こうして実際にホウサンオーを見て、すべてが事実であることを悟った。
だからこそ違和感がある。ありすぎる。
「お聞かせ願いたい! なぜ、あなたはここにいるのか! なぜ、このようなことをしておられるのか!」
ラナーがこうして二人きりになったのは、まずは真相を知るためである。剣王がこのようなことをするのは前代未聞。ラナーの言葉にも力が入るのは当然であった。
なぜ剣王たる者がここにいるのか。なぜラーバーンという組織に所属し、謎の黒機に乗って世界に反逆しているのか。なぜ彼は殺戮をしているのか。知りたいことは山ほどある。
「さて、どうしてじゃろうな。つーか、わざわざお前さんにそんなことを教える義理はないぞい」
だが、ホウサンオーは鼻くそをほじりながら証言を拒否。完全に舐めくさった態度である。もしも相手が剣聖ならば「品位に欠ける」と批判してもいいだろう。しかし、相手は剣王なのである。剣王に必要なのは品位ではないのも事実である。
「義理はなくとも責任はありましょう。あなたがこのようなことをしているとなれば、世界中の剣士に示しがつきません!」
ラナーは硬化した意思をもってホウサンオーに対する。その心を察するまでもない。強い怒りが滲んでいた。
今回の一件がただのテロリストの仕業ならば、言葉は悪いが問題はなかった。犠牲はあっても、ただ鎮圧してしまえば済む話である。しかし、そのテロリストが剣王であることが世間に知られれば、これは一大事である。
まがりなりにも剣王である。剣士の頂点である。その存在を畏怖し、崇め、憧れる者たちがいる。剣とは、武人にとっての心の支えでもあるのだ。戦う理念を体現し、その先の可能性を感じさせ、大義を与えるものである。
剣王とは、【象徴】なのである。
象徴が世界を混乱に陥れる一味に荷担したとなれば、世界が揺れるは必定。その影響力を考えれば被害を推し量ることはできない。どう少なく見積もっても人間社会に天変地異レベルの破壊的な結果が訪れる。物的にも、精神的にも、である。
「堕落した剣聖、ウネア・ミクをお忘れか。彼女の犯した罪は、いまだ多くの傷跡を残しております」
ラナーは同じ剣聖として、一つの戒めとしてウネア・ミクの名前を出す。彼女の名前を出すラナーにあったのは間違いなく軽蔑の感情であった。
剣聖ウネア・ミク。
その才能、その力、どれをとっても秀でた人物であった。性格においても特段の問題があるようには思えなかった。少し奔放なところはあったものの正義と平等を愛し、人々を守る立派な剣聖であったはずだ。
彼女の名が初めて表舞台に出たのは二十余年前、南西大陸の小国、アルグ・ヌ・サテ王国。当時、圧制を敷く政府軍と、それに対抗する反政府組織との間で激しい内乱が起こっていた時代である。
当時まだ二十四歳であったウネア・ミクは、反体制派の幹部格として政府軍と戦っていた。生まれもっての天賦の才を持ち、さらに優れた師に出会った彼女は剣士としての才覚を伸ばし、若くして剣豪と呼ばれる力を宿していた。
圧倒的な剣技に加え、敵に対する苛烈な戦い方と大衆を惹きつけるカリスマによって瞬く間に政府軍を押しのけていく。そして三年の激闘の末、ついに政府軍を打倒し、政権を奪取することに成功する。
当時の政権はすでに統治能力を失っており、反抗する民衆に対して激しい弾圧を繰り返していた。民間人の投獄は当然のこと、一部では化学兵器による殺戮も行っていたのである。
それを解放に導いた彼女はいつしか民衆のアイドル的存在となり、剣聖と呼ばれるようになっていく。剣王評議会もこれを追認。彼女は名実ともに民衆を助ける剣聖となったのだ。
【羽ばたける炎の剣聖】
人々はウネア・ミクをそう呼び称え、王国の解放者としてリーダーとなった。
ただし、彼女の出自には不明点も多い。詳細な生まれはいまだわからず、幼少の頃の記録は何も残っていない。こうした神秘性も民衆の興味を惹きつけ、彼女が神格化されていく要因にもなったと思われる。
あくまで噂の類であるが、ウネア・ミクはアルグ・ヌ・サテ王国の王族に連なる者ではないかという説もある。単純に受け止めれば与太話にすぎず、民衆が好みそうな俗的な話である。しかし、だからこそ噂はさらに盛り上がる。
腐敗した王国を追放された王族が粛正した。
こんなロマンチックでドラマチックな噂話に人々は酔いしれ、話はどんどん美化されていく。実にありきたりな展開である。がしかし、この話があながち噂であるとも言いきれない事情があった。
それは、彼女が王国の象徴機であった神機、カンタラ・ディナ〈炎の翼〉を動かした点にある。
カンタラ・ディナは精霊界の聖霊階級の神機であり、火の精霊の加護を得た強力な神機である。ケマラミアが火の精霊の暴走を危惧するように、精霊の中でもっとも強力な破壊の力を持つのが火である。攻撃力だけならば神機の中でも間違いなくトップクラスに入るだろう。
この強力な機体を操れたからこそ反政府組織は政府軍を打ち破り、彼女は炎の剣聖と呼ばれたのである。カンタラ・ディナは彼女自身でもあり、彼女の生き方に大きく関わっていた。炎の神機が求めるのは、すべてを燃やし尽くす強力な意思であるからだ。
しかもカンタラ・ディナは、王国を建国した初代王が使っていた機体として国家の象徴機とされていた。長らく使い手が存在せずに王城に御神体として祀られていたものを、内乱の混乱に乗じてウネア・ミクが奪取したといわれている。今までこの機体を動かせたのは王家の者だけ、というのがウネア・ミク王族説の論拠である。
王を含めた王族の大半は内乱の最中に政権側に謀殺されてしまっていたので、彼女は誰かが町で作った妾の子ともいわれている。結局、内乱によって国は大きく疲弊してしまい、数多くの文献も証言者も失われてしまったので真相は謎である。
それでもこうした噂が民衆に対して正統性をアピールすることになり、結果的に剣聖の名を得る要因にもなった。国を解放、再統治するうえでこれほど役に立つ大義名分はないだろう。
ここまではいい。これで終われば、言い方は変だが、彼女はただの剣聖である。
しかし、彼女の人生はここから大きく動く。
アルグ・ヌ・サテ王国を解放した彼女は二年後、隣国トル・アナ・ティータに侵攻を開始する。その理由はいまだ諸説あるが、一番有力な説が制裁説である。アルグ・ヌ・サテ王国の内乱にトル・アナ・ティータが関わっていたというものだ。
トル・アナ・ティータは宗主国であるアントマイカ帝国(現ルシア・アントマイカ)の指示によって、アルグ・ヌ・サテの内乱を主導。それを口実に南西大陸における力を増そうと考えていた。
彼らは王族をそそのかし政権を混乱させ、民衆の怒りを買わせて内乱を起こした。さらにその抵抗勢力として他の王族を擁立し、混乱に拍車をかけていく。
戦が広まれば広まるほど王族は減っていき、国力は衰退していく。そして、王国の軍事力が弱体化した頃合を見計らい軍事介入をする手筈であった。
幸いなことにウネア・ミクの強烈なカリスマ性によって国家は素早く再編成されたが、もし彼女という象徴がいなければアルグ・ヌ・サテ王国は滅亡していたかもしれないのである。
内乱終結後、政府軍の通信記録から陰謀の確証を得たウネア・ミクは当然ながら激怒。トル・アナ・ティータに対して武力制裁を開始することになったのだ。
剣聖と呼ばれる彼女には【義】があり、それによって数多くの義勇兵が集まった。それは海外にも波及し、戦いを糧とする傭兵から正義を重んじる流浪の騎士まで多様な人材を集めることに成功する。
剣聖の名で集まった力によって、トル・アナ・ティータ国はわずか一年で瓦解。アルグ・ヌ・サテがトル・アナ・ティータの半分以下の国力しかない小国であることを考えれば、この結果はまさに奇跡である。それだけ剣聖の権威が凄まじかったともいえた。
ただし、突然膨れ上がった力に対応できなかったのだろう。歴史において、この行動は進撃ではなく【蹂躙】と呼ばれている。
内乱が長く続いただけ、その苦痛は激しい。激しさは怒りとなってトル・アナ・ティータにぶつけられ、結果としてティータ国民の大虐殺が起こってしまう。惨状は相当なもので、女子供を含めて記録上は何十万人という犠牲者が出ていた。
歴史家の検証では、これは暴発ではなく【意図的】だとされている点も大きな汚点である。
まずアルグ・ヌ・サテ王国は、長年の内乱によって人も土地も疲弊していた。政府軍によって食料を奪われていた住人は日々飢えた生活を送っていたのである。政権を奪取しても土地は簡単には復活しない。慢性的な食糧不足であったこと。
そこに剣聖の名を聞いて離れていた民が戻ってきた。彼らも他国で難民として生活しており、蓄えなどはまったくない。さらに多くの傭兵が流れてきたことによって人口は一気に増加したことも痛手である。国際援助もあったが南西大陸は未開の土地も多く、開墾も到底間に合いそうもない。
そんな時に目をつけたのが隣国のトル・アナ・ティータである。真相を知ったウネア・ミクたちは単純に制裁を目的としていたのだろうが、絶対に土地や物資が目的でなかったとはいえない。現に略奪が起こっても、彼女が積極的に止めに入った記録は確認されていない。
これだけでも歴史の評価は分かれそうであるが、ウネア・ミクが堕落したといわれる決め手がアントマイカ帝国との戦争にある。トル・アナ・ティータを統治下に治めた半年後、すべての元凶であるアントマイカ帝国に対して宣戦を布告したのである。
アントマイカ帝国は、西大陸の南中部にある中小規模国家である。西側大陸で無視できないのが、強大な力を持つルシア帝国。そのため西側国家は、ルシア系列の国家か反ルシア国家、あるいは完全中立国のどれかに分かれている。その中でアントマイカは中立国に属する国家の一つであった。
だが中立とはいえ、時勢によってどうなるかはわからない。何か事が起きればアントマイカもどこかの国に吸収されてしまう恐れがあった。それを危惧した彼らは、より小さな国家を併合しようと今回の事件を起こしたのである。
彼らの誤算は、もっとも弱いと思われていたアルグ・ヌ・サテ王国にウネア・ミクがいたこと。彼女がカンタラ・ディナを動かし、政府軍に勝ってしまったこと。
そして一番の誤算は、彼女が恐るべき紅蓮の炎を心に宿す存在であったこと。
一度火がつけば、すべての敵を排除する激情を宿していたことである。それは彼女自身にも止められない炎であり、彼女を中心に周囲を巻き込むほど巨大なものであった。そんな彼女が元凶であるアントマイカを許すはずがないのだ。
それでも南西大陸の争いを西側大陸に持ち込む姿勢は、さすがに世界各国からの多くの反対意見を生んだ。剣王評議会も「剣聖は極力国家間の争いには荷担しない」という原則に照らして、ウネア・ミク側に譲歩を求めた。
が、ウネア・ミクはこう反論した。
「剣は常に正義であるべきだ。国家であっても、それが悪ならば斬らねばならない。強者による弱者への虐げがあれば、これを斬るは天の必定。これすなわち剣の義、【剣義】である」
こうしてウネア・ミクは国家の先頭に立って戦争を開始。彼女の言葉に同調する者も多く、本来ならば太刀打ちできないはずの帝国相手に善戦することになる。
彼女のカンタラ・ディナが、その名の通り稀少な【飛行タイプの神機】であったことも大きい。長距離を飛ぶようなものではないが、空を使った戦術は既存の戦い方では対応できない面も多く、不利な戦局も彼女一人で覆すことができた。
ただ、一度動き出した大きな流れは止められなかった。
勝利しても何かが狂っていく。巨大なうねりは、ただ憎悪と復讐心を駆り立て、人々の心を卑しめていく。たがが外れた人間が行う狂気はあまりに凄惨であった。
そもそも帝国への戦争も、トル・アナ・ティータでの蹂躙を覆い隠すためのものであった可能性がある。膨れ上がった人々の不満、怒りを抑えきれず、新たな捌け口が必要だったのだ。そうしなければ自壊していたのだろう。
だが、それがルシアへの口実を与えた。
ルシア帝国は、一般市民と近隣諸国の安全確保を理由に騎士団を派遣。通常ルシアが動けば他国が牽制するものであるが、あまりの被害の大きさに反ルシア連合も反論はできず、彼らも致し方なく国際連盟軍として派兵を決めることになる。
剣王評議会もウネア・ミクの剣聖資格を剥奪し、独自にソードマスターである剣聖二人を制裁人として送り込む。ウネア・ミクの下に大勢の武人が集まったのは、当時の剣王評議会が承認した影響力も大きかったのである。その批判を排除するために大々的に剣聖二名の派遣を喧伝していたものだ。
最後までウネア・ミクは抵抗した。それはもう彼女の人生を象徴するかのように苛烈に、燃えるように。しかし、国際連盟軍の数の力と剣聖二人の相手は、いかに希代の天才である彼女といえども不可能であった。最後まで激闘を繰り広げた末に撃墜され、その後は生死不明、消息不明となっている。
そして、これらの戦争で傷つき、家族を失った者たちは、憎しみと軽蔑の感情を宿してウネア・ミクをこう呼んだ。
【堕落した剣聖】
と。
「剣聖ウネア・ミク。我々にとっては忘れられぬ悪夢です」
ラナーは、彼女が剣聖の名を貶めたことに怒りを感じていた。剣聖とはその名の通り、聖なる存在である。人々を暴力から護る正義の使者であり、邪なるものを滅する剣であり、穏やかな生活の鐘を鳴らす祝福である。
この一件以来、戦場での数々の蛮行が露わにされるにつれて剣聖の名がさらに穢されていく。それによって剣王評議会の面子は潰れ、一時的にとはいえ権威が失墜したのは言うまでもない。
剣士にとって剣王評議会は権威の象徴である。彼らの失態は剣士全体の評価にもつながっていく。その後しばらくは剣士であるというだけで肩身の狭い思いをしたものである。それは若きラナーにとっても理想を穢された気分であった。
「ホウサンオー様、あなたはウネア・ミクの二の舞になるおつもりか! 剣王の堕落は剣聖の比ではありませんぞ」
ラナーは、ホウサンオーが再び災禍の引き金になることを憂いていた。その影響があまりに大きいからだ。
しかしホウサンオーは、堕落した剣聖に哀れみの目を向ける。
「一方的な物の見方じゃな。あの子にも曲げられぬ正義があったとは思わんか」
ウネア・ミク。ホウサンオーの記憶には、赤焦げた肌と煤けて色の抜けた髪の毛が強く脳裏に刻まれている。化粧などもせず、女らしい装飾も身につけない。少女時代からずっと戦場で一人の兵士として生きてきた彼女には、ただ戦うことしか自己を表現する方法がなかったのだ。
十年以上も続いた内戦がどれだけ人の心を疲弊させてしまうか。それだけ過酷な環境で生きてきたのである。そして、それ以上にあの眼光。非道に対しての怒りに燃える赤い瞳。ホウサンオーはどうしてもあの目が忘れられないでいた。
それは彼女が言った剣義。
剣をもって生まれたからには、剣を正しく使わねばならないという強い意思。
ウネア・ミクにとって剣義だけがすべてだった。それを曲げることは自己の存在を否定することと同じだったのだ。絶対の正義であり、唯一すがることができたものであった。
「すべてがあの子の思いのまま進んだわけではなかろう。止められなかったのじゃよ。自分の生き方も、他人の愚行もな」
ウネア・ミクは自らの炎で自らを焼いてしまった。苛烈な生き方を最後まで止められなかった。悪を許せなかったのだ。どうしても間違いを放っておけなかった。
その結果、多くの人間の勝手な行動も抑えることができなかった。自分自身を焦がし、その痛みに耐えるだけで必死で、他のことに意識を向けることができなかった。ただおのれの剣に正直であろうとした、哀れな女の悲劇である。
のちの検証で、多くの蛮行は彼女の指示ではないことが判明している。剣聖の威を借りた者たち、特に新参の人間の犯行であると。また、彼女の妥協のない性格が国家間の争いに利用された面もある。所詮、個人独りで何かが成せるわけではないのである。
彼女はアイドルだった。火種にすぎなかった。しかし、紙に移った火は瞬く間にすべてを燃やしていった。誰にも止められなかった。
「おぬしとて剣にすがっておるのじゃろう? 剣に正義を求めておる。ならば彼女と同じであろうよ。剣を持つ以上、いつ間違いを犯すかは誰にもわからぬ。みんな同じじゃ」
「だから許せとおっしゃるのか。被害が広まる前に、少なくとも剣聖の名を返上することはできました」
「そうすれば剣王評議会の面子は立ったか? はっ、アホらしいの。剣聖とは、そもそも生き方であろう。誰かに指図されるものではない。ましてや評議会が与えるものでもない!!」
ホウサンオーにしては珍しく語気を荒げて言い放った。剣聖は位ではない。人々から称されるものである。誰かが持つとか与えるとか、そういった類のものではないのだ。そこを履き違えている。
「剣王評議会は彼女を利用したのじゃ。都合の良い時だけ利用し、火種となれば切り捨てる。これが傲慢でなくて何というのか」
「では、今のあなたの行動もお許しになれと? 何人殺しましたか」
「殺した数など覚えておらんし、最初からお前さんの許しを請うてはおらんからの」
「あくまでも悪びれない、というわけですね」
「お前さん、やたら絡むのぉ。ちょっとウザいぞ」
ホウサンオーは、ラナーと話すこと自体が面倒くさいといった様子で、あからさまに嫌悪の態度を示す。それもそのはず。ホウサンオーは【嫌い】なのである。
「ワシはな、剣王評議会が嫌いなんじゃよ。だからその立場を持ち出すお前さんも嫌いじゃ。わかるか?」
ホウサンオーは剣王評議会を嫌っていた。その姿勢もやり方も全部嫌いであった。ウネア・ミクを擁護するのも半分はそれが理由である。
「私もあなたに好かれようとは思っておりません」
しかし、そこはラナーも負けてはいない。ラナーはラナーで自分に対して強い自負を持っている。誇り高き騎士であり、高潔な剣聖であるとの自覚である。そこに好き嫌いの感情を挟まないのである。言ってしまえば堅物である。
「かー、これだから若いもんは。年輩者を敬う気持ちが、これっぽっちもないからの! 嫌いじゃ!! あー、嫌いじゃ!」
ホウサンオーは思い出す。バーンの若い連中の、あまりの雑な対応を。倒置法を使いたくなるほど思い出す。ホウサンオーは大人なので怒ったりはしないが、最近の若いもんは礼儀を知らぬと嘆いている。
「のぅ、ゼッカー君。最近ワシ、いじめられているんじゃないかの。特に○○がワシをいじめるんじゃ。あーあ、これじゃやる気が出ないのー。もう帰ろうかのぉ」
と告げ口し、剣王を失いたくないゼッカーからフレイマンに話が通り、そこから相手側に説教がいく、という図式になるので、けっして復讐していないわけではないのだが。実にやり方が陰湿である。
「嫌われてもかまいません。ですが、放ってはおけません。あなたは剣王なのですから」
「前提が違かろうて。ワシはもう剣王ではない。ミクちゃんとは違う。その、なんじゃ、風の噂では若いやつが継いだとか聞いたぞい」
ホウサンオーは自身とウネア・ミクとの決定的な違いについて語る。今の彼は剣王ではない。これが最大の違いである。
事実、ホウサンオーはすでに死んだことになっている。そして現在は、第六十二代目の剣王が誕生していた。若干十五歳の若き剣王、その名も【聖剣王】。輝ける聖剣を手にした誰もが認める紛れもない天才である。
その剣技はすでに最強と名高く、人格も今のところ問題ない。ラナーから見ても間違いのない人選であるといえた。
その資質に何ら問題はないように見える。
あくまで部外者からすれば。
だが、ラナーは知っている。
「あなたもご存知のはず。現剣王は継承の儀を受けておりません。つまりは正統なる剣王ではないのです」
剣王になるためには剣王評議会の中核メンバー全員(紅虎を除く)の承認に加え、先代剣王との間で継承の儀式が必要となる。それを【血刃の儀】という。血刃の儀なくしては、けっして本物の剣王にはなれないのである。
ゆえに聖剣王は対外的には剣王であっても、剣王評議会からすれば代理人であった。
「ほっほっほ。それはあれか。お前さんたちが自分の面子を守るために偽者を仕立てたっちゅーことじゃろう? それこそ自己否定であり堕落じゃ」
ホウサンオーはよほど剣王評議会が嫌いらしく、侮蔑の意を含ませた口調で指摘する。
評議会は剣王不在を隠すために新たな剣王を祭り上げた。だがそれは、彼ら自身の存在意義を否定することにもなるのだ。偽りの剣王を仕立てて保身を図るなど、すでに組織としては瓦解しているといえる。
「偽者ではありません。剣王の第一候補であることには違いありません。私も彼の継承を支持しました」
「同じことじゃよ。それがわかっていて祭り上げるならば確信犯じゃろう。あそこは何も変わっておらん。自己の体面しか考えておらん」
「その口調はいい加減にしていただきたい! すべてはあなた様が逃げたからでありましょう!!」
ここでラナーの怒りが爆発。ホウサンオーの挑発するような口調は、生真面目なラナーにとって到底耐えきれるものではなかった。元凶が目の前にいるのだから。すべてはホウサンオーによって引き起こされたことなのだから。
「ほっほー。逃げた、か。ワシは逃げたつもりはないがの。ほれ、こうしてちゃんと生きておるしの」
「役目を放棄されたのならば逃げたと同じ。何が違いましょう。どれだけの混乱が起こったか、おわかりか!」
「ワシなど、いてもいなくても同じであろうに。所詮お飾りにすぎんからの」
まず、ホウサンオーという剣王について説明が必要だろう。ホウサンオーが剣王になったのは、およそ三十年前である。彼が姿をくらましていた期間が八年程度なので、約二十二年間剣王をやっていたことになる。
ここに彼がどんな剣王であったかを知る有名な言葉がある。
史上最弱の剣王。
それがホウサンオーの通り名であった。なぜ、こう呼ばれるようになったのか。それはホウサンオーがけっして表舞台で剣を振るわなかったからである。剣王を継いでからというもの、彼はいっさいの仕合いをしていない。
どんなにせがまれても、子供たちの前でも、どんな有名な相手が来ても、教えを請う者がいても、けっして剣を振るおうとはしなかったどころか、そもそも剣を携帯しなかった。それゆえに少なくとも剣王になってからは誰も彼の剣技を見たことがないのである。
そして、何より彼は無関心だった。無気力といってもいいだろう。剣王評議会に出席はしても発言はまったくしない。ただそこにいるだけ。愛想も振りまかないし慣れあおうともしない。敵対もしないし喧嘩もしないが、味方にも身内にもならない。ただの空気であった。
そういう人物であったからこそ、ホウサンオーという存在は非常に記憶に残らない。人々の間でも彼の名前をすぐに思い出せない人間がいるくらいである。だからこそ公式記録で彼の声紋は残っていないし、どこかに残っていたとしても、すでに死亡した人物としてデータの海に埋没しているはずである。
何よりホウサンオーをよく知る者は、彼自身によってすべて抹殺されている。ホウサンオーは過去を消したのだ。その徹底ぶりは狂気にさえ思えるほどに。
「ワシなど、いてもいなくても同じじゃろう」
「いいえ。剣王であるあなたは、それ自体に意味がある。あなたが世界の秩序を保っているのです」
「大げさなことを。ワシなどいなくても変わらぬよ。ゼブラエス公だって、ふらふらしているではないか」
「覇王と剣王は違います。剣王は、人類の剣なのです!!」
ここで、覇王と剣王の違いを明確にしなければならない。世界の三王とは、すなわち覇王、剣王、魔王。それぞれに戦士、剣士、術士の頂点に君臨する存在である。ただし、各々の役割は異なっている。
戦士の頂点である覇王は、人類の可能性を模索する存在。自己を高めるのが目的であり、王としての責任はあるが、どう生きるかにおいての行動に制限はない。極端な話、自己を高められるのならば何もしなくても問題ないのである。
もう一人の王である魔王。この存在も特殊である。理を制する魔王は、法則面で世界の秩序を守る責任がある。世界の中心に存在する魔王城において支配者たちを統括し、法則の監視者として万物の事象を見守るのである。
そして、最後に剣王。剣王の役割は、人類の剣になること。あらゆる害悪から人間という種を守る剣になることである。人間が絶滅しないように見守り、場合によっては力を行使して導くこともある。
剣王が覇王と魔王と決定的に異なるのは、剣とは人間自らが生み出したものであること。地上の人間が、自らの意思と創造力をもって生み出したものなのだ。そこには【自浄】という目的があり、積極的に人類を戒め、導く責任がある。
「あなたには剣王として最高の存在でなくてはならない責任がある。最低でも、人々の模範として努力をする義務があるはずです!」
「それは剣聖で十分じゃろう。剣王にとって重要なのは力。現にそれを基準に選んでおる」
ホウサンオーが言うように、剣王を選ぶ際に重要視されるのは剣士としての力量である。ただただ強いことが求められるのだ。人格や品性が重要な剣聖とは、まるで存在意義が違うのである。
「性格に関しては、剣王審査において調査されているはずです。力とは、その上で持つべきもの。私は剣王にこそ、何よりも品位と志が必要だと信じております」
だが、ラナーは認めない。剣王には人類を正しく導く責任があると説く。
「まったくもってそいつはお前さんの理屈じゃな。いや、【理想】か。理想を押し付けても事実は変わらぬぞ」
それに呆れるホウサンオー。ラナーの言葉は正しいかもしれないが、実際のところは彼の理想でしかなかった。そして、そんなラナーを【剣聖らしい】とも思う。剣王と剣聖の違いがここにきて表面化する。
「剣王であるワシが自分の判断でここにいる。お前さんの理屈でいうならば、こちらのほうが正しいことになろう」
ホウサンオーは白い髭を触りながら、ラナーに問う。ラナーが言うように剣王が人類を導く存在ならば、彼が所属するラーバーン側が正しいのではないか、と。
ラナーがホウサンオーを剣王と認める以上、その彼を人類の剣と認める以上、彼が組するラーバーン側には【義】があることになるからだ。
当然、ラナーもそれは承知している。
「むろん、そうした可能性もあります。ですが、あくまで剣王としての責務を果たしている御方ならば、という前提があります」
すでにホウサンオーは剣王としての責務を放棄している。そもそも剣王であった頃から正しく責務を遂行していたかどうかも怪しいが。
「お前さんの言う責務とは、正義の名の下に人を殺すことか? では、ウネア・ミクは正義ではないのか?」
剣王が秩序を維持する存在ならば正義が必要である。それすなわち剣義。ならば、ウネア・ミクはどうであったのか。剣の正義を主張し、腐敗と混乱を導いた根源を正そうとした彼女は、正義ではなかったのか。
「彼女は守るべき弱者を見捨てました。そこに正当性があろうはずがありません。それは、あなたも同じことです」
ラナーは、規律を守ることに対して異常に強い執着を抱いている。民間人を殺す者をけっして許しはしない強い正義感でもある。
今のところホウサンオーが殺したのは軍人のみ。されど剣王からすれば【弱者】である。実際に見てわかるように圧倒的な差が存在する。彼からすればゾバークやミタカですら、その弱者の範疇に入るのかもしれない。
そして、ホウサンオーが属しているラーバーンは、市街地において民間人を殺害している。暴力によって混乱を引き起こしている。少なくともラナーにとっては悪。罪なき人を殺す者は罪人なのだ。
「力なくして正義は果たせまい。力が行使されれば犠牲が出るのは当然のことじゃろう。それを否定すれば剣王自体を否定することになろうて」
ホウサンオーは反論。剣王が秩序を保つためには必ず力の行使が必要となるだろう。理想だけで人は動かないのである。いくら言い聞かせても聞かなければ力で動かすしかない。
「人を動かすのは、力だけではないはずです。剣王ならば、普段の行いから人々に影響力を与えることができるはず。そのための評議会ではないのですか」
ラナーは、剣王評議会の有用性を訴える。剣士たちで作る組合であるが、組合員の規模は世界に及び、全世界の剣士の半数が参加しているのである。いわば交通安全協会くらい有名で日常的な組織。それだけの数の力を侮ってはいけない。(各国騎士団は参加が半ば義務付けられているほど大きい)
「それは理想にすぎん。純粋な力があってこそ人々は従う。品位や権威に従うわけではない」
「あなたが真に求めていれば、それができたはずです。理念を捨て、力だけに頼って堕落すれば待ち受けるのは破滅だけです」
「なぜ自分にだけ正義があると思う。なぜウネア・ミクやワシに正義がないと思う。どうして悪だと決めつけるのじゃ」
ホウサンオーは、正義と悪の違いを問う。
誰かが何かを成すとき、多くは間違いを犯す。いや、人間ゆえに間違いを犯さない者はいない。聖人や偉人であっても偉業の途中には必ず過ちがあるものである。だからといって偉業が偉業でなくなることはない。
そこには必ず正義がある。
人それぞれに正義があるのだ。
それを認めないラナーの言い分は、ホウサンオーがもっとも嫌うものの一つであった。そこに【剣王評議会らしさ】がある。独善と欺瞞。肥大化した組織にはよく見られるものだ。
「一つ問うぞ。おぬしは今の世に正義があると思っておるのか? 連盟は正義か? 大国は正義か? あの富の塔は正義なのか?」
「残念ながら、今の世に正義はありません。秩序も、崇高さも、美しさもありません」
ホウサンオーの問いに、ラナーは即答する。
そして、この言葉すら吐き出す。
「宗教でさえ…人々の心を捉えることはできなくなっています」
苦々しく、胸が張り裂けんばかりに、歯を食いしばってカーリスを批判する。それは彼の信仰心が強いゆえの苦渋の自己批判である。
カーリスの在り方を見てもラナーには多くの不満があった。信仰心に欠け、実行力もなく、自己犠牲の精神も薄れている。信者は往々にして盲信性を持つので多少は致し方ない面がある。だが、神官職にある者はそうであってはならない。
カーリス一つとってもそう思えるのに、今の国際連盟の状態が正義であるなどと誰が言えようか。保身と利己主義が横行し、誰もが世辞と虚言で本音を隠している。まさに腹黒。まさに滑稽。嫌気が差さない者はいない。
「ふむ、さすがにそれを認めるだけの気概はあるようじゃな」
「あなただけを批判するつもりはありません。そのような資格は私にはありません」
ラナーは、けっして相手を非難するだけの小さい男ではない。自らの過ちを認め、自分自身そのものであるカーリスさえ批判する勇気がある。今はまだ態度で示しているにすぎないが、度を超えた時には立ち上がるつもりでいた。それがラナーの責任の取り方である。
「ならば【彼】の存在は自浄作用であろう。もし悪魔がいるとすれば、それは人自らが生み出したのじゃ。今までやってきたことの反作用にすぎぬ」
ホウサンオーは悪魔の存在を肯定する。悪魔は、人々が腐敗した社会を生み出し、世界を穢してきたことによる反作用。自然を侵せば天変地異として戻ってくるように、傲慢と欲望に汚染されて苦しんでいる人間が、自らを救うために生み出した【免疫抗体】である。
悪魔は、すでに人の手に負えなくなったガン細胞を破壊する。徹底的に破壊する。脳内に出来た一つのガン細胞でさえ、放っておけば人の命を奪ってしまうのだ。早急に取り除かねばならないだろう。
ここに二つの解決手段がある。
一つはガンを切除すること。
もう一つは生活を根本的に改めることである。
だが、人は後者を拒絶。愚かさゆえに暴飲暴食を続け、傲慢ゆえに自己を正当化し、弱さゆえに他者を蹂躙する。ならば残った解決策は一つ。
悪魔はガンを切除するために開頭手術が必要と判断。今はドリルで頭蓋骨を開こうとしているところ。麻酔をしなければ痛みがあるのは当然である。そしてその痛みは人類自身が求めたことである。
「私も一つお尋ねしたい。あなたは剣王としての責務を果たそうとしておられるのか? その行動は、剣王としての剣義によって成しているのですか?」
ラナーにとって重要なのは、そこである。
仮にホウサンオーが真の剣王として本気で社会改革を目指しているのならば、何人であっても邪魔することはできず、正体を誤魔化すことはできない。なぜならば剣義を掲げた剣王には、その権利と責務があるからである。
剣王が世の改革に乗り出すということは、人間という種の存続が危ぶまれる時である。剣王にはそれを判断する資格がある。少なくとも剣士たちの大半、おそらく最低でも全世界の四割の武人の積極的賛同が得られるのだ。
これが意味するところは、あまりに絶大である。
この連盟会議だけを見ても剣士の数は相当数に及ぶ。ラナーやアレクシート、サンタナキアは当然、ヨシュアやエルダー・パワーの剣士の面々、さらには雪騎将のミタカなども含まれる。剣士であるルシア天帝すらも例外ではない。
そう、剣王の恐ろしさは、国籍や立場を無視して強制的な影響力を発揮する点である。
各国騎士団における剣士の数は、およそ四割から五割。いかに剣士が多いかがわかるだろう。この理由は、武人の弱体化によって肉体能力が低下し、戦士の水準に達しない武人が多くなったことが挙げられる。
それに加えて武器の発達が拍車をかけている。つまりは本来ならば戦士タイプであっても、能力の未発達によって武器で補う必要が生まれ、結果として剣士扱いになる者も大勢いる、ということである。
彼らは自分の存在意義を確かにするために、むしろ純粋な剣士よりも剣士であることに誇りを感じている。その事実を指摘されることを常に怖れ、剣士以上に剣士たらんと努力し、振る舞っている。
そんな彼らに剣王の号令が下ればどうなるか。剣士であることを自認する彼らは、否が応にも賛同しなくてはならないのである。それが見栄や保身であっても、何がなんでも剣士としての立場を失うわけにはいかないからだ。
いわば剣王とは、【宗教と同じ】である。
すべての剣士の象徴たる存在なのである。
ラナーが危惧するのは当たり前なのだ。ラナーでなくてもこの事実を知った人間がいれば、まずは真意を問いただそうとするのが普通である。この後、何が起こるかを想像できるからである。
仮にカーリス法王であるエルファトファネスが(まずありえないが)全信者に対して国家転覆を指示したとしよう。そこに貧富の是正という大義名分を加えたらどうなるだろう。多くの信者は必ず賛同する。しなくてはならない。それが不発に終わっても、号令を下された信者は死ぬまで機会をうかがい続けるだろう。
このように大義名分を得た象徴が起こす混乱の大きさは、あまりに甚大なのだ。もしホウサンオーが何らかの大義名分を掲げ、剣士に号令をかければどうなるか。ラーバーンに組せよと言えばどうなるか。それは今まさにダマスカスで起こっていることが全世界で起こることを意味する。
だからラナーにはどうしても確認せねばならない。ホウサンオーが剣王としてここに来ているのかどうかを。その意思があるかどうかを。
「剣王として命ずれば、おぬしは従うのか?」
「あなたの主張が正義にもとづいたものであれば。怠慢な剣王であっても剣義には従いましょう」
ラナーは剣を立て、騎士が忠誠を尽くす際の仕草を取る。剣聖は剣義に従わねばならない。ただし、それが正義であれば、の話であるが。
「いちいちお前さんは嫌味ったらしいの。なんじゃ、欲求不満か? 若いうちは発散しないともたんぞい」
「どうぞお構いなく。私には果たさねばならない責務があるのです。俗事にかまう暇はありません」
ラナーの言葉には棘がある。潔癖性である彼は、物事が常に規律あるものでなくては気が済まない。組織であれば、いっさいの不純や矛盾を含まない、より健全なものであることを欲している。各々の役割に実直であり、透き通った場であることを求める。
まさに白騎士という名前の通り、彼は常に白であることを望んでいるのだ。
いうなれば【潔白性】。
白は、常に気高い。白は、常に正義である。白は、潔白でやましいことがない。白は、人々から常に尊敬されるために自己の行動を正していかねばならない。白は、白は、白は、常に白でなくてはならないのだ。
「極端な男じゃな。世とは常に混沌としたもの。正義も悪も入り交じるからこそ、そこには活力があるものじゃ」
「それは単なる未熟さにすぎません。光は常に光であります。闇を許すは人間の弱さにすぎないのです」
「なるほど。お前さんと反りが合わないことは、よーくわかったぞい」
議論をする前から彼らは対極の立場にいる。なぜならば、彼らは白と黒なのである。かたや、剣王の責務を放棄してテロリストになっている男。かたや、騎士の模範たろうとして厳格なまでに責務に忠実な男。この両者にどう接点が見いだせようか。
唯一見いだせるとすれば、剣の義においてのみ。
妥協点があるとすれば、この後に発せられるホウサンオーの言葉のみ。
であったのだが、当然ながら結果は変わらないのである。残念ながら、いやしかし、そうであったほうがよいのかもしれない。
「剣王として剣義を発するだけならば、ワシはべつにこんな真似はしておらんよ」
その通りである。ホウサンオーが剣王として事を成すのならば、わざわざラーバーンに属する必要はない。いくら怠慢な剣王とて、剣王は剣王であるだけで価値がある。やる気を見せれば賛同者も大勢出るだろう。彼は腐っても剣王なのだから。
しかし、ホウサンオーは明確に否定。自分がここにいるのは剣王としてではない。いち個人であると。
「やはり剣王としての責務は放棄なされるのですね」
ラナーにとって、この答えは予測できたものである。いまさらホウサンオーが剣王の立場を持ち出すとは思えなかったからだ。
ラナーはホウサンオーという人物を評価していた。あれだけの剣技を身につけるには、人生のほぼすべてを修練に費やす必要がある。ただの無気力な人間には絶対にできない。根気があっても簡単にはできない偉業である。
むしろ強靱な意思がなければ不可能。
強くなろうとする何かしらの理由がなければ、人は絶対に苦しみに耐えられないのである。稀にガガーランドのように生まれもっての強者がいるが、やはりそれは稀少な例外であるといえる。
多くの人間は困難や不条理に直面し、何かを悟り、それを原動力にして励むものである。ラナーはホウサンオーからもそうした人間的な底力を感じていた。だから尊敬に値するのである。
しかし、両者は敵である。
「ならば我々は敵同士ということになりますが、よろしいですか?」
「そのほうがおぬしにとってもよかったのではないのか? まったく、剣気くらい隠しておけ」
ホウサンオーには、抑えきれないと言わんばかりにシルバー・ザ・ホワイトナイトの白銀剣から剣気が溢れているのが見える。
彼には、ラナーが攻撃的な態度を取っている理由がわかっていた。
議論するつもりなど、最初からなかった。
正しく述べれば、できなかったのだ。すでにカーリスとの決定的な決別が生まれている以上、見過ごすわけにはいかない。いまさらエルファトファネスに「正体は剣王でした」などとは絶対に報告できない。
そんなことをしてしまえば、ラナーが危惧している以上の混乱が起こってしまう。今まで殺された人間はどうなるのか。剣王だったから受け入れろ、とでもいうのか。怒りと憎しみ、正義と道理による大混乱。これだけでも国際連盟はバラバラになる。
ホウサンオーという人物は、いくら当人は否定しても、たった一人でこれだけの影響力を持つ大人物なのである。もし連盟会議に出席していれば、紅虎やエルファトファネスのような特別な扱いを受けていただろう立場にある。
「たしかにそのほうがよい、と考えていました。もしあなたが剣義を持ち出せば私は迷っていたでしょう。殺すことにためらいが出てしまう」
「ほっほっほ、そういう正直さは案外好感が持てるものじゃな。やはり白黒のほうがわかりやすいか」
人が迷うのは、物事が灰色だからだ。正義と悪が混在し、非常に見えにくくなっていると人間は迷ってしまう。やはり人は正しいことをしたいと願うからである。それが女神マリスから与えられた光。正義と公正の輝きであるからだ。
一方、目的が明確に決まっている場合、どんな人間もある程度の実力を発揮することができる。迷わないで集中できるからである。余計なことを考える必要もなく、すべての力を実行力に変換できる。こうなったときの人間は非常に強い。
だからこそラナーも白黒はっきりすることを求めていた。彼の性分を考えれば、そうであってこそ実力を発揮するからだ。そうでなければ倒せないほどの強敵である。
「案ずることはない。ワシは個人の意思でここにおる。彼に手を貸しているのも紛れもなく自分個人の意思からじゃよ」
ホウサンオーに限らず、すべてのバーンは自分個人の意思によってラーバーンに参加している。
皮肉なことに、ラーバーンはラナーが目指すような完全なる統一の下に動いている。各人は自らの意思で組織に従い、悪魔に忠誠を誓う。誰かに命じられているのではない。おのれの目的が、理想が、悪魔に同調したからこそ自らの身を捧げてまで従っているのである。
それこそ自己犠牲の精神。大きな目的のために全員が死ぬ覚悟でいる。否。死すら喜んで受け入れるだろう。
「あなたが悪魔に従うのは、平等を求めているからなのですか?」
一つだけ、ラナーは気になっていることがあった。
悪魔の主張は、全人類の幸福と平等である。やり方は非常に破天荒であるが、会議場で主張した内容は宗教の廃絶以外はカーリスと大差ないものだ。ホウサンオーが平等の理念に賛同しているのならば、彼にも最低限の義があってしかるべきである。
それに対して、ホウサンオーはこう述べる。
「人間である以上、誰とて平等を目指すものじゃろう。ワシとて、それは常に願っておるよ」
ホウサンオーもゼッカーが目指す理想を知っている。人間として当たり前の生活をすべての人に分け与える。誰かが独占しなければ余剰分はしっかりと分け合うことができる。少なくとも食料で困ることはないだろう。誰かが豪華客船で世界一周旅行などしなければ。
質素な食事でも人は死なない。むしろ文明が便利すぎると弱くなるのである。昔の人間は強かった。何一つするにも不便だったが、その代わりに自分の身体を使っていたので必然的に強化されたのだ。
それとは逆に、今の人間は漂白された世界に住んでいる。すべてが清潔にされ、本来は茶色の米ですら白くされている。それによって免疫力は弱くなり、少しの傷で死んでしまうほどに衰退している。軟弱な世界で暮らしているので意思の力も弱くなっているのだ。
そして一番の弊害は、そうした人間たちによって多くの同胞が犠牲になっていることである。ダマスカスのような富んだ国は世界的に見ても少数である。常任理事国と一部の中堅国家以外は、すべてに余裕がなく、人々はつらい生活を送っている。
それもまた皮肉なことに、貧困という劣悪な環境がユニサンのような屈強な武人を生み出すことにもなる。ただし、憎悪を宿した社会の害悪として。
「ワシは剣王である前に一人の人間じゃ。お前さんのように大きな組織の中核にいるよりは、あのような者たちの味方をしてやりたいとは思っておるよ」
ユニサンは泣いた。剣王という最高の権威の一つが、自分たちのような者の力になってくれることを。
虐げられ、強者に対して恐怖を抱きながら戦っていた彼らにとって、剣王という存在がいかに大きな拠り所であるか、騎士団のような国家権力に属する者には理解できないだろう。嬉しかったのだ。頼もしかったのだ。初めて頼るものができたのだ。
ホウサンオーは、ゼッカーと同じくらい影響力のある大人物である。これもラーバーンの一つの拠り所であった。剣王が参加しているとなれば、もともと社会に居場所のなかったバーン候補たちは意気揚々と参加を決めるだろう。
「彼らの味方になることが正義であると思われたのですか? あくまで弱者のためなのですか?」
ラナーとて、相手の言い分をまったく理解しないほど苛烈ではない。
人間が何かを行う際には、必ず何かしらの理由がある。それが悪行であっても、悪人には悪の理由、建前が存在するものである。多少厳しい見方ではあるが、建前を許す社会にも問題はあるのである。完全な白の世界ならば建前そのものが成立しなくなるからだ。
ゆえに今回の一件にも、やり方や結果は認めないものの、彼らには彼らの言い分があってしかるべきだと考えている。それはホウサンオーが相手側にいることも大きい。仮にもソードマスターである。身内が敵になるのだから相当な理由がなければならない。
「…それは手段にすぎんよ。両者の目的が噛み合った結果、そうなったにすぎぬ」
しかしホウサンオーは、その点を明確に否定する。
ホウサンオーがゼッカーの理念に感じ入るところがあるのは事実。それどころか悪魔の理念を否定できる者はいない。やり方は否定できても、求めるところがあまりに万能すぎて否定できないのだ。なぜならば平等とは誰もが求めるものであるからだ。
それを踏まえてホウサンオーは、ゼッカーに傾倒したのではないと言っているのである。オロクカカのように悪魔を救世主として見てはいないのだ。あくまで同志。あくまで共通の目的を持つ仲間。その証拠にゼッカーもホウサンオーのことを食客として扱っている。
ただし、目的のためならば命すら捨てるという強烈な【契約】を果たした間柄である。ラーバーンが目的を見失わない限り、ホウサンオーは命を賭して全力で戦うだろう。
そして、ホウサンオーはゼッカーの中に【英雄の資質】を見ている。彼こそ世界を変えるに相応しい人物だと認めているのだ。その才も力も、自身を遙かに超える逸材であると。だからこそ一介の騎士として参加しているのだ。
「もうよかろう。おぬしがワシを斬る理由はある。遠慮することはあるまい」
ホウサンオーは、ラナーに免罪符を与える。
ここでホウサンオーを斬ることは剣義と呼んで差し支えない。ラナーが法王に誓った、人々のためになることであるのは間違いないのだ。大量殺人を犯している人間を止めることに反論する人間はいないだろう。
「ワシも一つ確認しておくが、この戦いはカーリスの守護者として臨むものか? それとも剣王評議会の一員としての戦いか? あるいはロイゼンの騎士としてか?」
「これは剣聖としての責務だと考えております」
ホウサンオーの問いに、はっきりとラナーが答える。
剣聖として。
それすなわち、民の代表として。
それすなわち、剣王評議会の一人として。
今この場にいる者はロイゼンの騎士ではなく、カーリスの守護者でもなく、あくまで剣義を守るための存在。つまりはソードマスターズの一人として、すべての剣士を代表して、汚名に沈んだ剣王を排除するための剣として。それを明言する。
「あなたをここで倒すこと。それが正しい選択だと考えています。今ならば名もなき亡霊として死んでいくことができるのです」
ラナーは、これが【介錯】であるとも考えていた。現在はまだ正体不明の黒機。謎の剣士。ここで倒しておけば剣王の名に傷はつかない。もちろん、歴史上のホウサンオーの名誉も保てる。
各国の諜報部は遅かれ早かれ真相にたどり着くだろう。それはかまわない。仮に民衆に流れたとしても根も葉もない噂である。それこそ各国が封じ込めてしまえば、あっという間に消えるもの。少なくとも連盟会議に出席している面々は誰も混乱を望んでいないのであるから、この要請には従うしかないという見通しもある。
ラナーにとってだけではなく、すべての人間にとってホウサンオーがここで死ぬことは利益になるのだ。だからこの結論は絶対に変わらない。
「愚かな忠言かもしれませぬが、自害していただく…という手もあります」
「ワシが自害か。それは面白い。初めて自害した剣王として名が残るかもしれんな! はっはっは!」
ホウサンオーは、ラナーの進言に愉快そうに笑う。あまりのことに大笑いである。
「それほど面白いですか?」
「ああ、面白いの―――」
「お前さんが、ワシに勝てると思っていることが一番面白いわ」
ラナーの言葉は、どう考えても上から目線である。名誉を守るために自害しろと、一人の剣聖でしかない男が剣王に言うのだ。テロリストに成り下がったとはいえ、剣士の頂点である男に。
それは、勝てると考えているから。
実力で排除できると思っているからだ。
「お前さん、紅虎様の弟子じゃったな。なるほど、それだけ自信があるのじゃな」
紅虎の弟子。それは一つのステータスである。同時に彼女の弟子であることは強者の証でもある。彼女の弟子になって成功しなかった者はいないのだから。
「私とて、分をわきまえております。万全のあなたに勝てるとは思っておりません。あなたの全力を知っていますからね」
ラナーはホウサンオーの剣技を見たことがあった。最後にホウサンオーが目撃された日。そこにラナーは居合わせていたのである。
その日、ホウサンオーは紅虎に勝負を挑んできた。その勝負がなぜ行われたのか紅虎に尋ねることはできなかった。彼女もまた、無言でやってきたホウサンオーの剣を何も言わずに受けた。
「今ならばわかります。あの時、あなたは師匠を殺そうとしていた」
今思えば、ホウサンオーは紅虎を殺しにきたのだ。自分のことを知る人間すべてを殺して回っていた彼にとって、最後の敵となった者が紅虎であった。
今になってそれを確信したラナーに戦慄が走る。直系の人間を殺そうと考える者が、この世界にいったいどれだけいるだろう。ラナーに限らず人類に対する罪とも呼べる愚行である。
ただし、勝負の結果は紅虎の勝ちであった。だからこそホウサンオーの目的に気がつかなかったのだが、やはり紅虎は強かったのである。
しかし、ラナーはもう一つの事実も知っているのだ。
「私が知っている中で師匠をあそこまで追い詰めた者はいない。あなたは強い!」
史上最弱と呼ばれていたホウサンオーであるが、ラナーが見た彼の本気は、今まで見た誰よりも強かったのである。
多くの者が、その事実を知らないだけである。そしてホウサンオーも見せびらかすことは絶対にしない。なぜならば、ホウサンオーの剣は【必殺の剣】なのである。まさに必ず殺す。目撃者を絶対に残さない恐るべき剣。ラナーが今回の戦いで正体を見破ったのも、あの時の剣が焼き付いていたからである。
全力のホウサンオーと戦ったあとの紅虎は、彼女の肉体を構成している半物質が半ば崩壊するまで追い詰められていた。その後しばらく、ラナーとの修行もできないほどに消耗していた。ラナーがそんな紅虎を見たのは初めてだったし、実際に初めてであった。
だからこそラナーは戦わねばならない。紅虎を追い詰めたホウサンオーに勝ってこそ、彼は彼自身の目的を遂げられるのだから。
「因果だとは思いませんか。あのときの続きがこうして行われるとは」
「そうじゃな。これもまさに剣の業と呼ぶものじゃな」
ホウサンオーは、ラナーを見逃したのも身から出た錆と知り、むしろ清々しい様相を見せる。すべて自分がやったこと。ならば受け入れられる。
そのうえで、彼はこう言うのである。
「紅虎様には申し訳ないが…、おぬし、ここで死んでくれるか? ほれ、やはり白騎士は目立つじゃろう? その首を晒せば良い見せしめになると思っての」
その言葉は、とても淡々としていた。だが、言葉の軽さに似合わず、滲み出るオーラは徐々に圧力を増していき、冷酷ともいえる冷たい殺気が生まれていく。これは相手を殺すことを決めた人間特有の気である。
人間、本気で殺す相手に対して、わざわざ殺すと宣言する必要性はない。ただ淡々と事を成せば相手は死ぬ。相手を怖がらせる気はなく、死ぬという事実だけが欲しいのだ。存在そのものが邪魔なのだ。
そして、そうと決めた時、人はとても静かになる。心に動揺がなくなり、とても平静になって気持ちが落ち着くのだ。あとはただ実行するだけ。今のホウサンオーは、そういった気分である。
「あくまで抵抗なさると?」
「みなまで言わせるな。ワシが酔狂でこんなことをしていると思うか? 本気なんじゃよ」
本気。
その言葉をきっかけに、ラナーは盾と剣を突き出し、こう宣言する!!
「今、剣義は我にあり!! 逆賊ホウサンオー、剣聖シャイン・ド・ラナーが天に代わってここで成敗する!!」
白と黒、互いに相交わらず。これは天が決めた必然であった。
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