ヅァルトラント

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5章ー名ー

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1

 あれから数日ののちに合否結果が郵送されてきた。シュラフトと二人同時に受け取り、緊張で震え気味の手で封筒に入っていた紙を広げた。シュラフトの方を向き彼の合否を探る。考えたことは同じらしく目が合う。右手でグッドサインを作ると彼も同じように返してきた。
「よっしゃーーー!!」
「早く父君に報告しに行こう!」
「そうだな!」

 報告に行ったら剣の命名をせよと仰せつかった。けどなぁ…。
「命名ったってどんな名前つけりゃいいんだ?デカブツとか?」
「いや君さ、真面目に考えてよね?」
「真面目に考えてるとも」
 シュラフトが、はぁ…と深いため息をつく。君の子供はさぞ苦労するだろうなとか言われてしまった。いや、彼にしては珍しく毒舌だ。何かあったに違いない。話を聞こうと思った俺は、ひとまず試験時に王都で見つけた酒屋へ連れて行った。



2

 この店で定番のビールが運ばれてきた。元の世界では二十歳からだが、こっちでは十六がちょうど成人年齢らしく密かに安心していた。
「なぁ、最近どうだ?」
「どうって?特になんもないけど」
 そんなわけあるか。本当になんともなければ、適当に返事して「お前は?」とか聞いてくるだろ。
「酒が進んでねーぞ」
「まぁな」
「少しくらいは力になれるかも知れねーぞ」
「うるせぇな」
「なっ…。しつこかったのは認めるけどその言い方はねぇだろ」
 悪い。そう言い残して彼はそのまま酒場を出て行った。
「あっ!おい!金!!」
 まったく…この分は後々なにか奢ってもらうかな。こういう時は少し放っておくのが正解だろう。
「剣の命名でもしに行くか」
 独り言にしては少し大きめな声でそう言って、職人の元へ行く予定を作ったのだった。酒場で、この辺りにいい武器職人がいるという話を小耳に挟んだのだ。それこそ、「隠れた名店」というやつらしい。
「どっかで聞いたことある気がするなぁ…」
 まぁ、気のせいだろう。何か大事なことを忘れている気もするが、それも考えるほど面倒になってきたので気のせいにしておいた。

 翌る日、武器屋に着いてまず真っ先に驚いたのは、そのお洒落さだった。
「オシャンティーにも程がある…」
 中世ヨーロッパ然とした幻想的な街並みの中でも、一際きれいだった。しかし、立地が迷路のように複雑なせいで外部からは一切人目につかない。
「なんでこんなとこを選んだんだ?」
 そう言いつつも中に入る。

ーチリンチリンっ

 扉の鈴の音が柔らかい。外装も綺麗だったが、内装にもこだわりを感じた。陳列棚の配置がよく考えられていて、開放感と品物の量がバランス良く保たれているので居心地がいい。
「いらっしゃいませ」
 不意に、向こうから低く落ち着いた声が聞こえてきた。おはようございす、と挨拶をすると気前よく返してくれた。その男はスラリとした高身長、かつ、爽やかイケメンだ。
「今日はどういったものをお探しですか?」
「あ、はい。剣の命名をしたくて、出来ますか?」
ーガタンッ
「ええ、可能ですよ。…少々お待ちください」
 彼はそう言い残して一度店の奥へ引っ込んでしまった。確かにさっきの音はちょっと気になる。聞き耳を立てていると、予想外の名前が聞こえてきた。
「おい!ハインしっかりしろ!お、お前な…朝っぱらから酒飲み過ぎだこのヤロー」
 ハインだと?ハイネケンか??だとしたら、いや、どの面下げて会えばいい…。そんな事は知ったことかというふうに、彼らは俺の見えないところで言い合いをしている。
「っるセぇナー。朝カらじャなイ、昨日のヨるからダぁ」
「はぁ…今お客様がいらしてるんだ。静かにしててくれ」
「はぁ!?先に言ってくれよ!」
 ん!?シラフに戻るの早くね?店主がとっとと帰った帰った、と追い立てると彼はそそくさと帰って行ったらしい。というのも、裏口から出て行ったようでそれ以上のことはよく分からなかった。本人かすらも…。
 少しして男が戻ってきた。若干お疲れのようだ。
「すみませんね朝から。」
「いえ。それより、ハインって…」
「あー、聞こえていましたか。彼はハイネケン・アドヴォガート。我々と同じBESTです」
「お知り合いなんですか?」
 冷静に聞くが、内心はとても嬉しかった。彼は死んでなどいなかったのだ。
「ええ。向こうの世界でも中学からの付き合いでしてね。あぁ、申し遅れました。私はジュニタ・イェネーファ。この武器屋の店主です」
 続いて俺も名乗ると彼は少し驚いていたが、同名さんか、と妙に納得しているようだった。そこで話を本題に戻したが、彼から聞いた話はシュラフトと聞いた話と同じものであった。代金を先払いして、早速作業に移ってもらった。
 何やら模様の彫られた大きめの金床に、剣が悠々と寝そべる。そこからいくつかの液体を、金床の模様の溝に流し込んでいく。染み渡るようにして広がり、やがて毛細血管の一つ一つが馴染むように剣に定着していった。ただ…
「すみません。あの…名前まだ伝えてないですよね?」
「カナタさんですよね?」
「あ、いやそうではなくて。剣の名前です」
「ああ、それは剣が自ら名乗ってくれますよ」
 いやおかしい。それでは命名ではないだろう。となると、名前は誰がつけるんだ?
「フフっ、名付けるのはあなたです」
 ん???ますます分からん。
「剣はあなたの深層心理を写しとるんです。言うなれば、もう一人の自分。"本能が剥き出しになった"…が付きますけどね」
 なるほど。ようやく話が見えてきた。要は、外界からの影響をシャットアウトした、自分の本心が剣として顕現するわけだ。推し量るに、剣友の教えはそこに起因しているのだろう。
「私がするのは、剣をその為の鏡へと変質させること。あとはグッドラックです!」


3

「ほぁあわぁ~ぁ。今朝も気持ちいーなー」
 シュラフトも今ごろ起きてるかなと考え、昨日のことがよぎる。彼が見つからないままに自分だけ命名を済ませるのはナンセンスだと思った。
「そろそろ探しにいってやるか」
 そんなふうに呟いて、早朝のひんやりとする青さを身に透き通らせた。
 ただ今朝の空気とは裏腹に、最近は小さなモヤモヤを抱えている。そう、あそこまで感情の機微を見せられて流石にNPCだとは思えなくなってきているのだ。彼は、あまりに感情があやふやで流動的すぎる。いや、彼だけではない。家族がいて、友がいて、それを取り巻く社会があって、多くの人々が存在する。もし、彼らがAI搭載のNPCだとしても、あんなどっちともつかずな《感情》と呼べるものを有することはできない。だが、彼らはそれが出来ていると言ってもいい。となると、この世界の住民は皆、この世界に生を持つ「人間」と言って間違い無いのではなかろうか。

 彼らの存在は、NPCという「名」で収まるのか。その疑問に対する答えは微かだが思いついていた。

ーふわふわと揺れる小さな仮説が、風船のように心の枝に引っかかっていた。
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