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―魔界へ―

28話 妙な手紙

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さくらが召喚術について教わっている頃、竜崎は王に謁見していた。

「竜崎清人、馳せ参じました」
膝をつき、敬意を示す竜崎。椅子に腰かけた王は彼を労う。

「うむ、楽にしてくれ。急な呼び出しですまないの」

当代アリシャバージル国王は御年80歳。未だ現役である。20年前に起きた戦いの際も彼が王であり、竜崎にとっても馴染み深い存在である。

「いえ、御命とあればいつでも。何か緊急の問題でも起きたのでしょうか?」

彼がそう思うのも無理はない。先程の手紙には呼び出しの命しか書いておらず、謁見の間には近辺守護の騎士すら置かれていない。控えているのは賢者、ミルスパール・ソールバルグだけだった。

王は手招きを行い、竜崎を近くに呼び寄せる。一体どんな命が下るのか、緊張が彼を包む。

王は声を潜める。しかし、その声はどこかワクワクしていた。まるで内緒話をする子供のように。

「リュウザキよ。ゴスタリアの一件について儂に教えてくれないかの。賢者からあらましは聞いたが気になっての。やはり当事者から聞くのに限る。勿論秘密にするぞ」

なるほど、それが目的か。隣国の珍事とあって王も気になっていたのだろう。竜崎は少し安心した。
「はい、ではゴスタリア騎士団長から聞きましたお話も併せて…」



「―なるほどのう。そういうことだったか。サラマンドを作り出すとは流石だの」

一連の話を聞き、王は褒めたたえる。竜崎は丁寧に頭を下げた。

「恐縮です。しかしさくらさんがいなければ成し遂げられなかったでしょう」

「ふむ、お主と同じ世界からやってきた少女がそこまで活躍するとは。報告を受けた際は驚いたの。予言者の奴も混乱しておったわい。元気でやっておるか?」

「えぇ、先程も召喚術を教わりたいと自ら申し出ました。実力もある聡明な子ですよ」

「そうかそうか、もうこちらの世界に慣れてくれたようでなによりじゃ。しかし、さくらちゃんといったか?まさか一枚噛んでいるとはの。そうと知ってれば直接聞きたかったのぅ」

残念がる王。本当は連れてきたかった竜崎も苦笑い。
「それはまた次の機会に。今度は大手を振って連れて来ましょう」




「さて、ここまでは世間話じゃ。秘密のな」

パンと手を打ち、声の大きさを戻す王。先程までの楽し気な声から一変、一国の主としての威厳を取り戻した。

「本題に移ろう。先程、このような手紙が届いた。魔界のとある村からなのだが、少々妙での」

竜崎は渡された手紙を見てみる。一件普通の報告書だが、村長の名前に加え『学園卒業生』とわざわざ記載して2人の名前が署名されていた。その名前には見覚えがある。

「確かに彼らは学園の卒業生、私の教え子達です」

内容は「精霊伝令の件、特段の反応なし」というもの。妙なのはそこである。普通は依頼主である竜崎に向け手紙が送られるはず。だが、何故か竜崎本人ではなく、無関係な王宮に届いている。

「何か嫌な予感がしますね」

「儂もそう思っての、わざわざ来てもらったんじゃ。調査に出向くならば特急竜を出す許可をやろう」

「ありがとうございます。直ぐに発たせていただきます」

「なんならさくらちゃんを連れて行っても構わんぞ」
茶化す王。しかし竜崎は冷静に対応する。

「危険度は不明ですし、今回は見送りましょう」
一礼し、部屋を出ようとする竜崎。それを王が呼び止めた。

「リュウザキ。もし元の世界に戻る方法が見つかったら帰ってしまうのか?」

寂し気に問う王。竜崎は数瞬沈黙を挟み、向き直り答えた。

「いえ。私はこちらの世界に残るつもりです」



王宮を後にする。すると、ニアロンが呆れたように体から出てきた。

―さくらを連れていってやればいいだろう―

「何があるかわからないから駄目だ」

―異常事態なら魔王の奴が報告なり救援要請なりしてくるだろう。そこまで大事ではないはず、なら何かあっても守りきれるだろう?―

説得するニアロン。だが竜崎は頑なに拒否する。

「彼女に危険な目に合わせたくない」

―いや?既に合ってるぞ。何せ昨日牛並みの魔猪に襲われたんだからな―

その言葉を聞き、竜崎は驚いた表情となる。

「その話聞いてないぞ?」

―言ったらお前、気に病むだろう―

ぐっと黙り込む竜崎。そう言われてしまえば返す言葉もない。



そんな事を話しながら、竜崎はとある菓子店に入る。メルティーソンへのお礼の菓子を包んでもらっている間、なんとはなしに飲食スペースのほうを見やると、そこには見慣れた子達がいた。

「おいひい~!」
ケーキを口に頬張り満面の笑みを浮かべるのはネリー。机の上には様々な菓子が幾つも並んでいる。一緒にいるモカとアイナも彼女ほどがっつきはしていないが、それぞれ舌鼓を打っていた。


―楽しそうだな―

「邪魔しちゃ悪いな。お礼を届けて早く調査に向かう用意しよう」

そんな時、カランカランと扉を開ける音が。誰かが店内に入ってきたようだ。

「あ、竜崎さん」

「リュウザキ先生もご休憩ですか?」

入ってきたのはさくらとメスト。聞くと、先日の魔猪討伐の報酬代わりに皆にケーキを奢っているらしい。さくらを連れてきたのはそれが理由という事。

―相変わらず律儀だなメストは―

「本当は報酬をそのまま渡したかったんですけど皆受け取ってくれなくて…。代わりにおやつを奢ることで話が纏まったんです」

―そうだ。メスト、お前の家はこの村の近くじゃなかったか?―

ニアロンは思いついたように、先程王から渡された手紙を彼女へ渡す。メストは差出住所を確認し、頷く。

「はい、近くとはいっても山1つ挟みますが」

―何か最近おかしな話を聞いたか?―

「いえ、特にこれといっては…。あ、そういえば水の高位精霊である『エナリアス』を崇める祭りがそろそろありますね」

―そういえば『万水の地』の近くか。一応水着持っていくべきだな―

ポンと肩を叩かれ、竜崎は渋い顔をする。
「お前泳ぐ気満々なのか…」


首をかしげるさくらとメストに、竜崎は先程までの話をする。それを聞いたメストは随伴に立候補した。

「なら、私も連れて行ってもらえませんか? ある程度の土地勘もありますのでお力になれるはずです。家族の目と鼻の先でのことなら見過ごせません」

「それは心強い。お願いするよ」

竜崎はその申し出を有難く受け入れた。と、おずおずと手を挙げる者が。

「私も行ってみたいです」
さくらである。魔界というところに興味はあったのだ。

「うーん。危険かもしれないから…」

やはり了承しかねる竜崎。呆れ果てたニアロンは彼の肩に肘をつきながら耳を引っ張る。

―連れて行ってやれ。さくらの度胸はもう一人前だぞ?お前だけ怖がってどうする―

メストもここぞとばかりに助勢する。
「あの村は確か良い人ばかりですし、さくらさんが行っても問題ないと。それに、怖がってばかりでは前には進めないと教えてくださったのは先生ですよ?」

さんざ責められ、竜崎は観念するしかなかった。

「わかったよ…。それじゃあ準備をしてね。夜には出立するよ」
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