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本編
01 あまいであい
その手に、触れられたら――
僕は、どうなってしまうんだろう。
*
「はじめまして。北村と申します。本日はよろしくお願いします」
そう挨拶して軽く会釈をしたのは、北村柊。
ラフにまとめたブロンドの髪に、意志の強さを感じさせるアーモンドアイが印象的な青年だ。
シンプルな黒いタートルネックとキャメルのコートが、彼の美しいブロンドと白い肌を際立たせていた。
ここは北海道・札幌の郊外にある餡子専門店「ando」
市が進める移住促進コンテンツとして、他県から札幌に移住してきた人々を特集する記事を担当している北村は、その取材で、京都出身の和菓子職人・南俊一を訪ねていた。
「どうも。南俊一です。こちらこそよろしくお願いします」
短く整えられた黒髪に、優しげな垂れ目。けれど、ただ優しいだけではない、凛とした気品が漂う。
小豆色の和装白衣を隙なく着こなし、すっと伸びた背筋。指先の隅々まで神経が行き届いたような美しい立ち姿に、柊は知らず胸をときめかせた。―まるで、物語に出てくる若君のようだ。
「北村さんってライター兼デザイナーさんなんですね。凄いです」
俊一は、渡した名刺を見て感心したような声を上げる。褒められる感じが少しくすぐったい。
「全然凄くありませんよ。小さい会社なので。何でも屋みたいになっています」
「でも、文章もデザインも両方って、なかなかできることではないですよ。私なんて菓子を作ることしかできなくて。ヒィヒィ言いながら経営勉強してましたよ」
「……そんな。たぶん、器用貧乏なんです」
控えめに笑いながら返すと、甘い香りが漂う空間に加えてふたりの間に穏やかな空気が流れる。
俊一の緊張が少しほぐれたのを感じて、柊はそっと取材の準備に取りかかる。
小さなテーブルに向かい合わせに座り、レコーダーのスイッチを押しながら、ひとつ深呼吸。
「では、改めて取材を始めさせていただきます」
「はい。お手柔らかに、よろしくお願いします」
「お店の名前はandoですよね。何か由来があるんですか?」
「よく聞かれます。3つの意味があって。一つは、もちろん「あんこ」ですね。二つ目は、「and」今後もっとあんことさまざまな素材を組み合わせて新しい挑戦していきたいという思いから。最後は「安堵する」僕のお菓子を食べてホッとするような存在でありたいなと思って込めました」
「……素敵ですね。私も、お店に入った瞬間に、なんだか安心したんです。空間のあちこちに、南さんのこだわりや優しさが感じられました」
そう言いながら柊は店内を見渡す。
お客さんを歓迎するようにはためく小豆色の暖簾。暖かな木の温もりを感じる内装にショーケース、厨房。全てが時間がゆっくり流れるような暖かい空間。どれをとっても俊一のこだわりが感じられた。
「北村さんにそう言っていただけて嬉しいです」
俊一がふふっと目を細めて笑った。口元を手の甲で隠して笑う仕草がとても上品だ。
(あ……南さんの手、素敵だ……)
目立つ関節に、ところどころ火傷のような痕。日々餡子を扱うことで厚みを帯びた、ゴツゴツと男らしい手。
日頃の鍛錬と努力が、指先にまで出ている。
働く人の手だ。
その手に、触れられたら――
どうなってしまうんだろう。
「……北村さん?」
はっと我に返ると、俊一が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「あ、すみません。大丈夫です!」
慌てて姿勢を正す柊に、俊一は恥ずかしそうに笑った。
「なんか長々と自分語りしてしまって……お恥ずかしいです」
申し訳なさそうにはにかむ俊一にあわてて訂正する。気を使わせてしまうなんて、インタビュアー失格だ。
「いえ、そんな……! 本当に素敵なお話で。あの、笑った南さんが王子様に見えて、つい見惚れて……あ、僕、今すごく変なこと……」
言いながら、自分で墓穴を掘っていることに気づいて真っ赤になる。
「え、私が王子様ですか?」
俊一は驚いたように目を丸くしたあと、ふっと吹き出した。
「北村さんこそ、王子様みたいにキラキラしてますやん。王子様に“王子様”言われたら敵いませんわ……あ、ごめんなさい。つい方言が出てしまいました」
「……い、いえそのままで大丈夫ですよ」
俊一の口から思わず出た京都弁に、柊の心臓はさらに跳ね上がった。
なんて上品で、色っぽい響きなんだろう……。
柊は気分を切り替え取材に再度挑んだ。
取材は終始、和やかに進んだ。
……ただ、一つの質問を除いては。
*
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。なんだか楽しかったです」
取材を終えたあと、店内の作業風景や外観、記事の扉に使う俊一の写真を撮影して、ひと通りの工程が終わった。
本来なら社内のカメラマンと同行して行うべき仕事だったけれど、柊はいつもひとりで動く。すべて自分のペースで進められるそのスタイルが、性に合っていた。
機材を手早く片付けていると、俊一がふいに声をかけてきた。
「北村さん。これ、良かったら食べて行きませんか?」
ふと顔を上げると、目の前に小さな小皿が差し出されていた。
艶のある粒あんをまとった、ころんと愛らしい姿のおはぎが、ひとつ。
派手な装いはない。けれど、そこに込められた丁寧な仕事ぶりと、確かな存在感が、皿の上からそっと語りかけてくるようだった。
「え、そんな……いいんですか?」
「はい。実際に食べてもらったほうが記事を書く際にも参考になるのではと思って。……もしかして甘いもの、お嫌いでしたか?」
「……好きですっ!」
思わず勢いよく返答してしまい、自分の声の大きさに気づいて顔がぱっと赤くなる。
そんな様子に、俊一は思わずくすりと笑った。
「あは、北村さんに告白されてもうた」
「も、もう……揶揄わないでください……!」
楽しげに笑う俊一の言葉に翻弄されて、ますます顔が熱くなる。
それでも気を取り直して椅子に座り直し、まじまじとおはぎを見つめる。
「関西では、こし餡が主流なんですけどね。小豆の粒感や香りを味わってほしくて、粒あんを看板商品にしてるんです」
そう言って、俊一は控えめに笑う。
その声の温度が、餡のやさしい甘さみたいにじんわり心に沁みた。
柊は、黒文字を手に取り、そっとおはぎを小さく切り分ける。
艶のある粒あんがふっくらと餅米を包んでいて、まるで宝石のようだった。
ひと口、口に運ぶ。
(……美味しい)
口に含んだ瞬間、柊の目が丸くなる。
噛むたびに小豆の香りがふわりと立ち、もち米の弾力も心地いい。
何より、このあたたかさ――やさしさのようなものが、喉の奥まで染みてくる。
「……なにこれ、めちゃくちゃ美味しい……」
思わずこぼれた声に、俊一が嬉しそうに目を細めた。
「よかった……北村さんに気に入ってもらえて、嬉しいです」
(あ……めちゃくちゃ好きだ)
胸の奥が、きゅっと小さく鳴る。
それは突然の雷でも、激しい波でもなく、
春風のように、そっと心に吹き込んでくる感情だった。
僕は、どうなってしまうんだろう。
*
「はじめまして。北村と申します。本日はよろしくお願いします」
そう挨拶して軽く会釈をしたのは、北村柊。
ラフにまとめたブロンドの髪に、意志の強さを感じさせるアーモンドアイが印象的な青年だ。
シンプルな黒いタートルネックとキャメルのコートが、彼の美しいブロンドと白い肌を際立たせていた。
ここは北海道・札幌の郊外にある餡子専門店「ando」
市が進める移住促進コンテンツとして、他県から札幌に移住してきた人々を特集する記事を担当している北村は、その取材で、京都出身の和菓子職人・南俊一を訪ねていた。
「どうも。南俊一です。こちらこそよろしくお願いします」
短く整えられた黒髪に、優しげな垂れ目。けれど、ただ優しいだけではない、凛とした気品が漂う。
小豆色の和装白衣を隙なく着こなし、すっと伸びた背筋。指先の隅々まで神経が行き届いたような美しい立ち姿に、柊は知らず胸をときめかせた。―まるで、物語に出てくる若君のようだ。
「北村さんってライター兼デザイナーさんなんですね。凄いです」
俊一は、渡した名刺を見て感心したような声を上げる。褒められる感じが少しくすぐったい。
「全然凄くありませんよ。小さい会社なので。何でも屋みたいになっています」
「でも、文章もデザインも両方って、なかなかできることではないですよ。私なんて菓子を作ることしかできなくて。ヒィヒィ言いながら経営勉強してましたよ」
「……そんな。たぶん、器用貧乏なんです」
控えめに笑いながら返すと、甘い香りが漂う空間に加えてふたりの間に穏やかな空気が流れる。
俊一の緊張が少しほぐれたのを感じて、柊はそっと取材の準備に取りかかる。
小さなテーブルに向かい合わせに座り、レコーダーのスイッチを押しながら、ひとつ深呼吸。
「では、改めて取材を始めさせていただきます」
「はい。お手柔らかに、よろしくお願いします」
「お店の名前はandoですよね。何か由来があるんですか?」
「よく聞かれます。3つの意味があって。一つは、もちろん「あんこ」ですね。二つ目は、「and」今後もっとあんことさまざまな素材を組み合わせて新しい挑戦していきたいという思いから。最後は「安堵する」僕のお菓子を食べてホッとするような存在でありたいなと思って込めました」
「……素敵ですね。私も、お店に入った瞬間に、なんだか安心したんです。空間のあちこちに、南さんのこだわりや優しさが感じられました」
そう言いながら柊は店内を見渡す。
お客さんを歓迎するようにはためく小豆色の暖簾。暖かな木の温もりを感じる内装にショーケース、厨房。全てが時間がゆっくり流れるような暖かい空間。どれをとっても俊一のこだわりが感じられた。
「北村さんにそう言っていただけて嬉しいです」
俊一がふふっと目を細めて笑った。口元を手の甲で隠して笑う仕草がとても上品だ。
(あ……南さんの手、素敵だ……)
目立つ関節に、ところどころ火傷のような痕。日々餡子を扱うことで厚みを帯びた、ゴツゴツと男らしい手。
日頃の鍛錬と努力が、指先にまで出ている。
働く人の手だ。
その手に、触れられたら――
どうなってしまうんだろう。
「……北村さん?」
はっと我に返ると、俊一が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「あ、すみません。大丈夫です!」
慌てて姿勢を正す柊に、俊一は恥ずかしそうに笑った。
「なんか長々と自分語りしてしまって……お恥ずかしいです」
申し訳なさそうにはにかむ俊一にあわてて訂正する。気を使わせてしまうなんて、インタビュアー失格だ。
「いえ、そんな……! 本当に素敵なお話で。あの、笑った南さんが王子様に見えて、つい見惚れて……あ、僕、今すごく変なこと……」
言いながら、自分で墓穴を掘っていることに気づいて真っ赤になる。
「え、私が王子様ですか?」
俊一は驚いたように目を丸くしたあと、ふっと吹き出した。
「北村さんこそ、王子様みたいにキラキラしてますやん。王子様に“王子様”言われたら敵いませんわ……あ、ごめんなさい。つい方言が出てしまいました」
「……い、いえそのままで大丈夫ですよ」
俊一の口から思わず出た京都弁に、柊の心臓はさらに跳ね上がった。
なんて上品で、色っぽい響きなんだろう……。
柊は気分を切り替え取材に再度挑んだ。
取材は終始、和やかに進んだ。
……ただ、一つの質問を除いては。
*
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。なんだか楽しかったです」
取材を終えたあと、店内の作業風景や外観、記事の扉に使う俊一の写真を撮影して、ひと通りの工程が終わった。
本来なら社内のカメラマンと同行して行うべき仕事だったけれど、柊はいつもひとりで動く。すべて自分のペースで進められるそのスタイルが、性に合っていた。
機材を手早く片付けていると、俊一がふいに声をかけてきた。
「北村さん。これ、良かったら食べて行きませんか?」
ふと顔を上げると、目の前に小さな小皿が差し出されていた。
艶のある粒あんをまとった、ころんと愛らしい姿のおはぎが、ひとつ。
派手な装いはない。けれど、そこに込められた丁寧な仕事ぶりと、確かな存在感が、皿の上からそっと語りかけてくるようだった。
「え、そんな……いいんですか?」
「はい。実際に食べてもらったほうが記事を書く際にも参考になるのではと思って。……もしかして甘いもの、お嫌いでしたか?」
「……好きですっ!」
思わず勢いよく返答してしまい、自分の声の大きさに気づいて顔がぱっと赤くなる。
そんな様子に、俊一は思わずくすりと笑った。
「あは、北村さんに告白されてもうた」
「も、もう……揶揄わないでください……!」
楽しげに笑う俊一の言葉に翻弄されて、ますます顔が熱くなる。
それでも気を取り直して椅子に座り直し、まじまじとおはぎを見つめる。
「関西では、こし餡が主流なんですけどね。小豆の粒感や香りを味わってほしくて、粒あんを看板商品にしてるんです」
そう言って、俊一は控えめに笑う。
その声の温度が、餡のやさしい甘さみたいにじんわり心に沁みた。
柊は、黒文字を手に取り、そっとおはぎを小さく切り分ける。
艶のある粒あんがふっくらと餅米を包んでいて、まるで宝石のようだった。
ひと口、口に運ぶ。
(……美味しい)
口に含んだ瞬間、柊の目が丸くなる。
噛むたびに小豆の香りがふわりと立ち、もち米の弾力も心地いい。
何より、このあたたかさ――やさしさのようなものが、喉の奥まで染みてくる。
「……なにこれ、めちゃくちゃ美味しい……」
思わずこぼれた声に、俊一が嬉しそうに目を細めた。
「よかった……北村さんに気に入ってもらえて、嬉しいです」
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それは突然の雷でも、激しい波でもなく、
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