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第一章
とある令嬢は夢を見る
しおりを挟む「今の夢は……?」
ベッドの上でそう彼女は呟いた。
少女が着用していたシルクのネグリジェは汗を大量に流したせいで肌に張り付き不快感を与えていた。顔は青褪めて色濃い隈が現れたほどだった。
それほど酷い夢だったのだ。
急いで少女はベッドから飛び降りて自室の夢日記を開けて羽ペンを取った。
忘れぬうちに、妙なリアリティのある、他人事とは思えない夢を書き起こす為に。
少女の名前はロベリア・タンジー。
アムネシア王国のタンジー公爵家の長女である。
「後は、これと、これがあって……」
タンジー公爵家には代々受け継がれてきた家訓があった。
"夢を侮るなかれ、それは汝への試練である"
その家訓は物心ついた頃から夢占いを始めとした、占術に基づいた物だ。
予知夢は勿論のこと雑夢等、16歳デビュタントまで教育される。
まだ齢10歳のロベリアであったが3年前からその教育は始まっており、ロベリア本人も夢の力を信じていた。否、恐れていた。
大人に近づく程、夢は不安夢、刺激夢、願望夢などの雑夢が多くなるとされている。
そして子供に近い者が見る夢は正夢、吉夢、警告夢、凶夢、逆夢など所謂「予知夢」に分類される物が殆どなのだ。
「忘れない内に全部書かないと……!!」
ロベリアは薄々感じ取っていた。
今までと同じく、今回も正夢だと。
そして数時間後、朝の目覚めと共にその時はやってきた。
アムネシア王国の王太子、エリック・ワン・アムネシアとの婚約締結の日だ。
「あの夢見た後にこれじゃあ……」
侍女のカミラに赤い薔薇の様に豪奢なドレスを着付けられながらロベリアはため息をつい見ちゃうわた。
「まぁまぁお嬢様、いくら夢見が悪かったからと落ち込んではいけませんよ」
「違うわ、お父様に対して幻滅しただけよ」
ロベリアの父であるクロード・タンジーはロベリアの書いた長い夢日記を見て顔を顰めた。
「要は王子の浮気による白い結婚と暗殺か……まぁこれは恐らく不安夢だ、お前も大きくなったからな。
環境から見て間違い無いだろう。それに王太子との結婚だぞ?向こうから願われては臣下として断る事すら出来ないのが現状だ、受け入れてくれ」
「そんな!あれば明らかに不安夢ではありませんわ!凶夢や正夢等の確実な予知夢です!」
「すまないロベリア、本当だとしても今回は回避出来ない。国内で他国と縁が遠いのは我がタンジー家しかおらんのだ、保守派や改革派にも属さない中立のタンジーしかこの婚約は締結出来ないと陛下にも言われておる」
「……っ、それなら他の中立派のご令嬢を」
「《支配者》スキルのような、稀有なスキル持ちは中立にいなかったからお前になったのだよ。断ればその希少な力が他国に渡るのを恐れて、こうだろうな」
そう言いながら首を切る仕草をした父親にふるりと身体を震わせるロベリア。
こうして婚約締結に際しての顔合わせは予定通り王宮で開催される事となったのだ。
タンジー公爵家の家紋が描かれた馬車で王宮へと向かう。ロベリアの気分はまるで出荷される羊のようであった。
「お前がロベリア・タンジーか」
「お初にお目にかかります。エリック・ワン・アムネシア殿下、タンジー公爵家長女ロベリア・タンジーでございます。これからよろしくお願いいたします」
ロベリアが幼いながらも完璧なカーテシーを行いながら拙い挨拶をするとそれを見たエリック殿下は怪訝な顔をした。
「……あぁ」
「エリック、もう少しキチンと挨拶せんか」
「エリックったら恥ずかしがってるのね!ロベリアちゃん、あまり気にしないでね」
不躾な態度かつ少ない言葉で挨拶を済ます王太子殿下。そんな息子の態度に慌てて干渉してくる国王と皇后。ロベリアは婚約に対して抱いていた危機感を確信に変えた。
エリック殿下の気持ちを代弁していたのは皇后陛下であるローズ・アムネシアである。
元々男爵令嬢から成り上がったお方だからか父母に比べて威厳も貴賓も何もないようにロベリアは見えた。嫌な予感しかしない。
不安を抱えたままのロベリアの気持ちは置きざりに、婚約の儀は進んでいった。
「お疲れ様、ロベリア。殿下と色々話して友好を深めて欲しいと陛下が言っておられるから、一緒に遊んでおいで」
「……わかりました」
一時的に休憩部屋で化粧直しをして父クロードと会話を終えたロベリアは淑女然とした顔で春のうららかな陽気に包まれた中庭に戻る。
垣根の影を歩く最中声が聞こえてくる。王太子殿下と皇后陛下、国王陛下まで何やら揉めているような声色だ。思わず立ち往生しているロベリアに様々な声が聞こえてくる。
「あんな特別美人でもない奴が未来の妻だと?母上!何故ロベリア・タンジーなのですか!?」
「エリック……!このような祝いの席でそんな物言いはしない様にとあれほど!」
「大国アムネシアの王太子にこの程度で満足せよと申すのですか!」
「エリック、貴方のお父様のように学園や社交で運命の相手を見つければ良いのよ。一時的な婚約だから、ね?」
「……わかりました。あと3年で学園入りですから、私の運命はそこで見つけます。見つかれば婚約は破棄です。父上」
「は、破棄はいかん。この婚約は宰相や騎士団長と勢力図を顧みて決めたものなのだ。タンジー嬢を正妃に据えて妾か側妃と愛を育めば良い」
「愛せない者を正妃に据える?その様な事私には出来ません。愛する人を日陰者にするなど!!」
「愛せなければ白い結婚を貫いて子を成さなければ良いのですよエリック。そうして石女として正妃との夜伽を無くし、側妃だけを愛すのです。子を成せれば側妃から正妃に成りますから。ねぇ、貴方」
「……そうだな」
これは恐ろしい事を聞いてしまったとロベリアは震えていた。
父親のクロードは素知らぬ顔で「何、殿下に愛されれば良いのだ。美人は3日で飽きると言うしな」等と言っている。
この場にいる大人も婚約者も、誰も信用出来ない。
暫しの間を置き何食わぬ顔で合流すると大人達が、後は2人で、と宣いながら無理矢理2人きりにさせられた。
エリック王太子はテーブルに置かれた紅茶を啜りながら何も喋ろうとはしなかった。
何とか会話をしようとエリックに話しかけるロベリアは言葉を紡いだ。
「殿下は普段どの様な事を学んでいらっしゃるのですか?」
「……タンジー嬢に教える事は無い。」
会話しているがほぼ無視と同義である。
その後も色々と声をかけてみるが会話の大部分をそう答えられてはこちらも婚約者として立つ背がない。
対話を諦めたロベリアはお茶会の残り時間、無言でひたすら紅茶と茶菓子をつまみ、お腹がタプタプになるまで摂取して解散となった。
気まずいまま帰路に着く。
お腹もいっぱいになってしまったロベリアは夕食を断りベッドに入る。
「……解決に導く正夢が見られますように」
いくら優秀といえど齢10歳の幼いロベリアにはそれぐらいしか解決方法がわからなかった。
その夜も、彼女は夢を見た。
夢に現れた一枚の地図には、ラムダの街と記されている。
たしか、1週間前にシュール・クリムエット公爵の葬儀が行われた街……。
地図に吸い込まれるようにして視界が暗点する。次に映し出されたのは白いスライムを連れた黒髪の男だ。
長いまつ毛、黒い瞳、黄色味のある白い肌。
エキゾチックで、カッコいい人だわ。
もっと見せて。どこへ行くの?
ラムダの街から遠ざかり、風車地帯と白い花畑が見えて来る。
ここは、魂の霊園……知らない土地ね。
……さっきの人は、何をして。
墓を掘り起こしてる……?
クリムエット公爵を食べてるわ!!
あ……頭蓋骨が窪んでる。表向きは病気で処理されたのね。誰に…?
この婦人はどなたかしら……。
……?!貴方は!!
あぁ、待って、夢よ、終わらないで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつものルーチンを始める。
「お嬢様、おはようございま…」
「ごめん、後で」
「かしこまりました」
必死に全てを書き込んで、夢日記を閉じる。
カミラがベストタイミングで淹れてくれた紅茶に蜂蜜をふわりと混ぜて口に含む。
「カミラ、今日も美味しいわ。早速なのだけれど、税務部のジェームズ・ドルト様宛に早馬を出すから、お願いね」
「承知しました、すぐに用意いたします」
カミラが早馬の手配をしてくれる間にジェームズ叔父様に手紙を書き上げる。
以前予知夢を伝えたお陰で間一髪助かった叔父様はそれ以来私の話を信じてくれるようになった。予知夢で死を回避させた事はお父様には内緒にしているのだ。
魂の霊園にいる黄色味のある肌で黒目黒髪の男はどのような人物であるか。どのような名前なのか。そしてクリムエット公爵の名前を出して反応を伺い、私にだけ教えてほしい、という旨の手紙を認める。
ロベリアはテーブルに置かれた短蝋燭に火をつけて封蝋箱から赤蝋をスプーンで掬い取り短蝋燭の上で溶かす。
探している男はアムネシア王国でも珍しい容姿をしている。
黒髪や黒目があっても両方揃う事は稀だ。
彼が存在していれば、この夢は予知夢に他ならない。例え食人を常態化させていようと、能力があるなら使える。
そう考えながらロベリアは手紙を封筒に入れて赤蝋を垂らしてスタンプを押した。
しばらくしてカミラが部屋に戻ってくる。
「お嬢様、手紙は書けましたか?」
「えぇ、この手紙をお願いね」
どうか、良い方向に転がりますように。
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