もしも、記憶力日本一の男が美少女中学生の弟子を持ったら

青キング

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世界四位の宣戦布告

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蟹江の所属しているメモリースポーツの団体について知りたい、というアブラヒムきっての希望で、蟹江は彼を刈谷メモリークラブを案内することにした。

 小牧は蟹江に付き添い、弥冨とは用があるからとショッピングモールで分かれた。

 刈谷メモリークラブの入り口を抜けた廊下で、アブラヒムが大仰に両手を広げる。



「オー、ヒロイネー」



 とは言うものの、アブラヒムの両腕の肘を折って掌が壁に密着している。

 蟹江も小牧も何と言って突っ込めばいいのか、わからなかった。

 廊下に複数の足音を聞いたか、SCCで使った部屋のドアが開き、刈谷健が廊下に顔を出す。



「どこかで聞いたことのある声だけど、誰?」

「オー、カリヤサン!」



 不意に片言の日本語で呼ばれ、刈谷は驚いた。

 アブラヒムは刈谷に歩み寄っていく。

 刈谷の方も声の主をアブラヒムと認めて、懐かし気な表情を浮かべた。

 蟹江の時と同様、アブラヒムは刈谷と抱き合う。



「アブラヒムくんがなんでここに?」



 身体を離して刈谷が問うと、アブラヒムは笑って答える。



「リュウガク」

「なるほど。それで日本に」

「トシノハンブン、イルツモリ」

「半年か。それはいい。思う存分、日本を楽しんでね」



 挨拶代わりに二人は言葉を交わした後、アブラヒムが刈谷に用件を切り出す。



「トコロデ、カリヤサン。タノミガアリマス」

「なんだい?」

「ココノナカヲ、イロイロヲミタイデス」

「そんなことか。アブラヒム君の頼みだ、断るどころか改善点を見つけて欲しいくらいだ」



 光栄至極という声音で、刈谷は承諾した。

 刈谷を先頭に五人の大所帯で、建物内を歩き回る。

 SCCの会場の控室に使われた部屋で刈谷が前回のSCCの結果を話すと、アブラヒムはふと気になった顔で蟹江の隣にいる小牧を振り向く。



「コマキ?」

「えっ、はい?」



 不意打ちのように話しかけられて、小牧は当惑する。



「キミハイツカラ、メモリースポーツハジメタ?」



 答えていいのか蟹江の方をちらりと窺って、蟹江が頷くのを見てから小牧は答える。



「大体、四か月前です」



 口を開けて、アブラヒムはあからさまに息を呑む。



「スゴイ」

「あ、ありがとうございます」

「スゴイ」



 日本語が稚拙になるほど、アブラヒムは驚嘆する。

 俄かに褒められた小牧は、謙遜のつもりで言葉を継ぐ。



「全部師匠のおかげですよ」

「シショウ、ダレ?」



 突然に飛び出た知り得ぬ存在に、アブラヒムは首を傾げる。

 俺だ、と蟹江は自らアブラヒムに明かした。



「俺が小牧の師匠だ」

「オー、ナットクダヨ」



 小牧の師匠が蟹江であることを知り、アブラヒムは腑に落ちて頷いた。

 そして、しばし何か考えるように部屋の中を見つめる。

 閃いた様子で眉を上げると、笑みを深めて小牧に向いた。



「コマキ」

「はい?」

「イマカラ、スピードカードでアラソワナイカ?」

「えっ、あ、争う。そ、それってどういうことですか?」



 突然の聞き慣れない申し出に、小牧は目をぱちくりさせて誰にともなく説明を求める。



「アブラヒムが言ってるのはな」



 日本語の流暢でないアブラヒムに代わって、蟹江が説明する。



「スピードカードでお前と勝負したい、という対戦の申し込みだ」

「スピードカードって個人競技じゃないんですか?」

「普通はそうだな。しかしな、時に勝負形式で行うことがあるんだ。人によっては勝負の方が好きな奴もいる」

「でもどうしてあたしと?」



 蟹江に尋ねながら、小牧はアブラヒムの顔を窺う。

 アブラヒムは淡い笑みを湛えたまま、返事を待っている。



「アブラヒムには何か考えがあるんだろ」

「考えって何ですか?」

「俺にもわからない。対決してみない限りはな」



 対決を受けろ、と遠回しに師匠に勧められているような気がして、小牧は不安を抑えつけて意を決した。

 小牧の返答を待つアブラヒムと視線を交錯させる。



「理由はわかりませんけど、私やります」



 小牧の応戦宣言に、アブラヒムは大きく頷いて刈谷の方を向く。



「カリヤサン、トランプヨウイデキマスカ?」

「いいよ。僕のでよければ」



 刈谷は了解して部屋の端にある抽斗の一つから、同じ銘柄のトランプケース四束を手に取ってアブラヒムに見せる。



「これでいいかな?」

「アリガトウ、カリヤサン」



 アブラヒムは礼を言うと、最前列の長机を二列目の長机と矩形になるように隣接させた。

 机を挟んで対面する形にパイプ椅子を配置すると、アブラヒムは小牧に視線を戻して目顔で向かいに座るように促す。



「ジュンビハデキタ、ハジメヨウ」



 小牧は緊張した面持ちで頷いて、アブラヒムが座る真向かいの椅子に腰掛けた。

 刈谷が両者に二束ずつのトランプケースを配る。

 小牧がトランプに手をつけようかつけまいか、迷いながら刈谷に訊く。



「えっと、ルールは?」

「基本は普通のスピードカードと変わらないよ。記憶用のトランプを手の空いた相方がシャッフルして、準備が出来たら合図とともにプレイヤーは記憶する。記憶が終わったら、トランプを伏せる」



 小牧は胸を撫で下ろす。経験ないスピードカードの対戦形式に、知らないルールがあるのじゃないかと不安だった。



「でも、大きく違うところがある」



 刈谷は小牧のほっとした気持ちを、再び不安にさせるように告げる。



「記憶時間、回答時間ともに短くなっている。記憶は一分、回答は三分」

「それじゃ、覚えた後にいつもより短いインターバルで回答に入るんですね」

「慣れないかもしれないけど、頑張って。僕はアブラヒム君の方の相方をやるから、あとのわからないことは蟹江君に訊いてね」



 刈谷はそう小牧を励ました後、アブラヒムの席の方に回った。

 彼女の相方を務めることになった蟹江が、心配そうに小牧に話しかける。



「他になんかわからないことあるか?」

「師匠、この勝負ってどうやって勝敗を決めるんですか?」

「覚えたタイムが速いかもしくは成功枚数が多い方が勝ち」

「何か、対策とかは?」

「ないな」



 蟹江は非情とも思えるぐらいに早く答えた。



「ないんですか?」



 師匠からのご助言を期待していた小牧は、心細い顔になる。



「大丈夫だ」



 蟹江は微笑んで言う。



「いつも通りやればいいさ」

「わ、わかりました」



 蟹江の助言とも言えない助言に、小牧は釈然としないが頷いておいた。

 いつも通り、ですか。上手くできるかな?

 小牧と蟹江の二人が話している間に、刈谷がスタックタイマを両者のトランプの傍に用意する。

 両プレイヤーの相方が念のためにトランプに不正がないことを確認して、スタックタイマのスタートのボタンに指を掛ける。

 刈谷と蟹江が同時に開始の合図をして、スタートボタンを押した。
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