もしも、記憶力日本一の男が美少女中学生の弟子を持ったら

青キング

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あんたが心配だから

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 夕刻に門限を気にした小牧が帰った後、蟹江は自宅の中で一人になると、テレビでも観ようかとテーブル上のリモコンを手にすると、不意に胸の内に悔恨が再来した。

 トニー・マイケルの名前に触発されて、15秒と発表された時の声がリフレインする。



「15秒か」



 蟹江は呟いた後、1から15のカウントを口の中で数えてみた。

 1、2、3、4、5。

 ぼんやりと、自分のスピードカードをしている姿を想像してみた。

 6,7、8、9、10。

 懸命にトランプのイメージを繋げて、プレイスを移動している。

 11、12、13、14、15。



 ダメだ――。



 15秒で五十二枚を覚えている自分の姿を想像できない。

 蟹江は長い溜息を吐いた。

 このままではトニーに勝つことはできない。



 どうすれば15秒なんて記録が出せるのだろうか?



 明確な答えがどこにあるのかも知らない疑問が、頭の中で湧き上がる。耳から入るテレビの音を外に押しやった。

 ――東京都の○○区の交差点で、今日昼頃、交差点を直進しようとした乗用車一台と、その車と交わる道を直進しようとした乗用車三台が接触する事故が発生しました――。



 男性ニュースキャスターが都内で起きた交差点事故の模様を、淡々と些末事のように説明している。

 リモコンの電源ボタンを押し、テレビから流れてくる音を消した。

 部屋の中に静寂が生まれる。

 蟹江は小牧が帰る時に畳んだパソコンを、再び開いて起動させた。

 答えは自分で見つけるしかない。

 15秒という記録が脳内でちらついていて、他の事を考える気が失せた。

 



 三日後、学校帰りの小牧が蟹江の自宅に訪れた。

 インターホンを鳴らしてしばらくすると、のそのそとした足摺りの音をさせてドアが開けられた。



「こんにちはです、師匠」

「……ああ、こんにちは」



 笑顔で挨拶した小牧に、億劫そうに蟹江はささくれ立った声を返した。

 三日の間に少しやつれたように見える師匠の様子に、小牧は首を傾げる。



「どうかしました? 元気ないように見えますけど」

「……そう見えるか?」



 若干遅れ気味の反応で訊き返す。



「はい……何かありました?」

「ちょっと、疲れてるだけだ」



 無駄な気遣いをしないでいい、とばかりに繕うように笑った。

 心配いらないとわかると、小牧は用件を切り出す。



「今日は師匠にアドバイスを貰いにきました。人の顔と名前を覚えるのに、良い方法ってありますか?」

「人の顔と名前か。俺の場合は顔の特徴と名前をイメージ化して、短いストーリーを造ってるだけだな。こんなんでアドバイスになるのか?」

「プレイスって使いますか?」

「プイレスの使う使わないは、個人の自由だ。やっているうちに最適な方法が見つかるよ。この答えで足りるか?」



 会話を終わらせたい気持ちの表れた口ぶり。

 小牧はもっと詳しい助言が欲しかったが、師匠は本当に疲れてるんだ、と自分に言い聞かせた。



「十分です。ありがとうございます。家に帰って早速師匠の言ったことをやってみます。それじゃ師匠、また」



 にこやかにお礼を口にすると、小牧はいそいそと踵を返した。

 



 そして、さらに三日後。

 蟹江は憑りつかれたように『MEMORY・GAME』の画面に目を吸い付け、流れていくトランプの札を息つく暇もなく記憶していた。

 五十二枚目のイメージを動かして、ストーリーの幕を下ろした。

 視線をタイム表示に移す。

 17秒47。



「クソっ!」



 抑えがきかない苛立ちを吐き捨てて、テーブルに拳を叩きつけた。

 拳の側方がひりひりしているのもあまり感じていない。

 画面ではすでに回答の時間が始まっているが、蟹江は画面の奥に敵がいるかのように憎々し気な目を向けている。



「何故だっ」



 何故、トニーの記録に届かないのか。

 蟹江の頭の中に、理解し難い疑問が膨れ上がる。

 トニーの出場を知ってから、他所事に一切手を着けずに、ひたすら『MEMORY・GAME』のスピードカードだけをやってきた。

 そうまでしても蟹江は、トニーに及ばないのだ。

 一体俺の何がいけないんだ、と蟹江は答えようのない問いを、答えを知らない自分に問いかけた。

 わからない。

 その言葉だけが、唯一の返答だった。



「どうれすればいいんだ」



 15秒を超えられる手立てを、誰かが教えてくれないだろうか?

 教えてくれるというのなら、教えてくれ。



 ピン――ポン。



 その時、苦悩する蟹江の耳に、小憩へ誘い入れるような不意なインターホンが聞こえた。

 苛立ちが持続したまま、ドアの外へ声をかける。



「誰だ!」



 たじろぐような間隙の後、ドアの外の人物は答えた。



「私よ」



 ドア越しに聞こえるよう、弥冨はいつもより声量を上げて答えた。



「バイトを無断で休んだから、様子を見に来たんだけど」

「病気も怪我もない。帰ってくれ」



 語調に怒りを孕んで、蟹江は言った。

 しかし蟹江の語調から異常なトゲトゲしさを感じ取った弥冨は、優しさを籠めて言葉を返す。



「そんな風に怒ってる陽太を放って帰れるはずないじゃない」

「そうか」



 中に入れるまでドアの前で居座り続けるつもりだ、と彼女との付き合いから察した蟹江は、渋々とドアに近づきチェーンを外してノブに手を伸ばした。

 蟹江がドアのチェーンを外したのが音でわかると、弥冨は先行してドアノブに手を掛けて引き開いた。



「あぶねぇな」



 思いも寄らず開けられたドアを片手でとどめて、隙間から半分顔が覗く弥冨に文句を吐いた。

 行動を悪いと全く思っていない、弥冨が伺いを立てる。



「中に入れて」

「何の用だよ?」



 弥冨の行動心理が理解できず、訝る。



「バイトを無断で休むから、心配で様子を見に来ただけ」

「そうか、そうだったな。今日バイトだったな」

「忘れてたの?」

「悪かったな。どこかで埋め合わせする」

「ほんとう?」

「ああ。それじゃ、帰ってくれ」



 スピードカードのことしか頭にない蟹江は、弥富との会話が煩わしくて、ドアを閉めようとノブごと引き寄せた。

 が、弥冨はハンドバッグをドアと壁の間に挟ませる。



「新手の嫌がらせか?」

「違うわよ」

「違うならバッグを挟ませるな」

「話はまだ終わってない」



 意固地な声を出して、帰らないと言外に告げた。

 話を聞かないと本当に帰ってくれないだろう、と弥冨の口調から蟹江は判断する。

 閉めるのをやめて、ドアから身を離す。

 弥富はドアを引き開けて、遠慮なく足を踏み入れた。



「それで、用があって来たのか?」



 露骨に歓迎していない顔つきで蟹江は尋ねた。

 蟹江に目を据えたまま、間を置いて弥冨は答える。



「おかしい」

「は?」

「あんたがおかしい。どうかしてるわ」



 はっきりと指摘をせずに、異常ということだけを告げた。



「俺がおかしい。どこが?」

「おおよそ、トニーの事でしょ?」



 蟹江の質問に推察で返す。

 図星の蟹江は無言で弥冨に先を促した。



「MGC本選の出場選手一覧表。私も見た」

「そうか」



 弥冨が探りなく言い当てた理由に、蟹江は合点がいく。



「去年の世界大会、私も同行してたのよ。あんたが何を考えたかなんて、わかるに決まってるじゃない」

「そうだな。確かにお前も一緒だったな。それで俺に何か言いに来たのか?」



 暗に忠告はいらないという強い語調で、弥冨に口を封じにかかる。

 弥冨は蟹江を刺激しない言葉を選んで継ぐ。



「どうしてトニーに勝ちたいの?」

「決まってんだろ、一位になるためだ」

「あんたが世界一位になりたいことは前から知ってるけど、怒りを覚えるほどまで自分を追い詰める必要はないわよ。それじゃ出したい記録も出ない」



 極力、口当たり柔らかに言ったつもりだった。

 弥冨の言葉を受け止め、蟹江は急に醒めた目になる。



「それじゃ、出したい記録を出すにはどうすればいいんだ。俺は自分を追い込む以外に方法を知らない。教えてくれ」



 教えてくれ、と請われたが、弥冨の口は沈黙していた。

 蟹江の言い分を否定できず、明解な答えを弥冨も知らない。



「そんなの知らない、とにかく……」



 故に問いかけから逃げた。

 今度はもっと厳しく忠告しようと言葉を発しかける。

 蟹江の目に鎮静しかけていた苛立ちが、答えることを逃げた弥冨に触発されたようにぶり返した。



「わからないなら、口出ししないでくれ」



 蟹江の口から突き放すように吐き出された。

 俄然、弥冨は言葉を受けて、目尻を弱々しく下げた表情になる。



「そんなこと言わないでよ、私はあんたを心配して……」

「帰ってくれ」



 冷然とした声で蟹江は言い放った。取り合う気がまともになかった。

 弥冨は何も助けになれず、意見をぶつけることしか出来ない自分の不甲斐なさに、胸が潰れるような気持ちになる。

 それでも不甲斐なさを抑え込んで気丈を装い、蟹江に背中を向けてドアノブを掴む。



「悪かったわよ、邪魔したわね」



 ノブを捻り、勢いよく押し開いて外に出る。



 私の気持ちも知らないで、バカ――。



 ドアを叩きつけるように閉めて、弥冨は足早に去っていった。
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