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そんなの知らない

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 刈谷メモリークラブを後にした小牧は、門限を一時間も過ぎて自宅に帰着した。



「ただいま」



 癇癪を起した母親が玄関に出迎えると予想がついていながら、恐る恐るドアを開けて家に上がった。

 しかし予想は外れて、母親の出迎えはなかった。



「ようやく帰って来たか」



 廊下に突っ立っていた小牧に、父がリビングの入り口から姿を現して深刻そうな声を出した。

 小牧が振り向くと、父は無表情で手招きする。

 異様な不安が突如として小牧の胸に湧いてくる。リビングに足を踏み入れるのが恐ろしく感じた。



「あたし、勉強しないと」

「勉強は後回しだ。こっちに来なさい」



 有無を言わせぬ命令口調で、父親は告げる。

 嫌な予感が伴いながらも逆らえず、小牧は恐々とリビングに入った。

 そしてダイニングテーブルに置かれた物を見て肝を冷やす。



「何か心当たりがあるな?」



 容疑者を尋問するような険しい口調で、父親は小牧を問い詰めた。

 驚愕が顔に出たことに気付き、慌てて何も知らぬふりで小牧は質問を返す。



「このパソコンが、どうかしたの?」

「正直に答えろ。梨華、父さんのパソコンを使っただろ?」

「そんなわけ……」

「嘘をついてもダメだ。履歴を見ればわかることなんだ」



 否定しようとする小牧の口を遮って、父親は言い逃れが出来ないことを婉曲に告げた。

 小牧は怯えた目で父親を見る。



「それに梨華、外に持ち出してもいるみたいだな」

「知らない」

「知らないはずがない。父さんと母さんが外出していた日に、どこかへ持ち出していただろう?」

「知らない」



 怯えを隠し切れない涙目ながらも、小牧は頑固に首を横に振った。

 冷淡な目で娘を見下ろし、父親は続ける。



「とぼけても無駄だぞ。父さんと母さんは梨華のやったことを把握してるんだ。理由はなんだ?」

「知らない」

「そうか、知らないと言い張るか。どうせ『MEMORY・GAME』とかいうサイトなんだろうけど」



 小牧の顔が弾けるように持ち上がり、目が大きく見開かれる。



「興味本位で触っただけなら、父さんも母さんもまだ注意だけで済ましただろう。でもよりによってパソコンゲームとは嘆かわしい」

「パソコンゲームじゃ……」

「言い訳はやめた方がいいわよ」



 廊下から母親が現れ、小牧を挟むようにして立った。

 もともとあったか知れない逃げ道を塞がれた小牧に、父親は言い渡す。



「パソコンには二度と触れるな。他人の物でもこっそり使っているのを見かけたら、没収する。わかったか?」

「……」



 小牧は頷くのを無理にでも避けるように俯いた。



「わかったか?」



 再度、父親は返事を強要する。



「わかりました、と言いなさい」



 母親が父親に加勢する。

 俯いたまま小さく口を開き、小牧は両親の威圧に耐えられず、相手に求められた返事を口から出す。



「わかりました……」

 返事を聞き、父親は表情を幾分か和らげる。



「わかればいい。それじゃ夕飯食べようか」

「今日はお父さん大好きな肉じゃがよ」

「それはいいな。お母さんの作る肉じゃがは本当に美味しいからな」



 暗鬱に沈み込む小牧を除いて、和気藹々と会話が始められる。

 両親の仲の良い会話が空虚に耳を通り抜け、小牧は自身の屈従に傾いてしまう意思の弱さが悔しくて憎かった。
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