もしも、記憶力日本一の男が美少女中学生の弟子を持ったら

青キング

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MGCにむけて

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 ついにMGC本選が明日に迫った前日の夕刻。

 蟹江は刈谷メモリークラブの練習室で、パソコンに向き合っていた。

 画面の中ではトランプ五十一枚が不規則な順に並び、カーソルは残り一枚の♡10に合わせられていた。



「ああ」



 蟹江は俄かに緊張した手つきで、カーソルで♡10を最後の一枠に移動させる。

 枠に入れてカーソルを離すと、回答終了のボタンをクリックした。



「よっしゃああああああ」



 溢れんばかりの歓喜で椅子から立ち上がり、両腕を突き上げてガッツポーズする。

 まるで名門大学の試験に合格した人のような喜び様だ。



「うっさいわね」



 と、少し離れた左隅の席からクレームが寄越された。

 蟹江は喜びが薄れてしまうと言いたげな顔を、苦情を入れた人の方に向ける。



「なんだよ弥冨。喜んじゃ悪いか?」



 弥冨は耳に入れていた耳栓を外して、蟹江に振り向く。



「喜ぶのは構わないけど、大声出されると耳栓してても聞こえてきちゃって、集中力を削がれるのよ」



 文句を聞かされて、蟹江はさてはという顔になる。



「弥冨。お前今、Namesやってるだろ」

「……なんでわかるのよ」



 言い当てられて不気味そうに蟹江を見返す。



「だってお前、顔と名前覚えるの苦手だろ。得意種目だったら機嫌悪くしないって」

「確かに顔と名前を覚える苦手だけど。得意種目だからって機嫌を悪くしない保証はないわよ」



 暗に他の事でも機嫌悪くするわよ、と言うように弥冨は前もって釘を刺す。



「それで、あんたの方は記録どうだったのよ?」



 弥冨はなんだかんだ気に掛けて質問を返す。

 蟹江は満面に喜色を浮かべて笑った。



「15秒台で五回連続ノーミス」

「へえ、凄いわね。トニーと遜色ないじゃない」



 自分の事でもあるかのように弥冨は、弾んだ声で言った。

 蟹江は不敵な笑みを返す。




「世界一位の座が見えてきたぞ。打倒トニー・マイケルだ」

「いいわね、明確な目標がいて」



 羨まし気に弥冨が呟く。



「その口ぶりだと、弥冨は目標がいないのか?」

「強いて挙げるなら、蟹江陽太かな?」



 蟹江の反応を伺うように視線を送る。



「俺?」

「そう。上ばっか見てると足元掬われるわよ」



 好戦的な笑みを浮かべた。

 その笑みに迎え撃つように、蟹江も口元を不遜に歪める。



「いってくれるじゃねーか。だが俺を倒す前に小牧と当たるんだろうな」

「そうね。あんたの弟子に勝たないと、あんたに勝てるはずもないわね。ちなみにあの子のレベルどれくらいなのよ?」



 頭に鼻持ちならない姿を思い浮かべたら急に気になって、弥冨は尋ねる。

 蟹江はニヤリと口の端を吊り上げた。



「Namesでいえばお前より上だ」



 本心ではどっちが上だろうか、と蟹江は判断がついていなかったが、わざと焚きつけるような言葉を選んだ。



「そう。それでも私、負ける気ないけどね」

「凄い自信だな。勝てる根拠でもあるのか?」

「ないわよ、そんなの。ただ負けたくないだけ」



 弥冨の中で対抗心が静かに燃え上がる。

 会話の間隙に、蟹江は携帯で時刻を確認する。

 この後予定が入ってるわけではないが、もう五分もすれば刈谷が施錠に来る。



「そろそろ施錠の時間だな」



 弥冨にスマホの時刻を見せる。



「もうそんな時間なのね。片づけないと」



 そう言うと、弥冨はパソコンを含む手荷物を整理し始めた。

 蟹江もノートパソコンの入る大ぶりの手提げバッグに、持ち込んだ物を片していく。

 帰り支度が整うと二人は手分けして部屋中の戸締りを点検し、練習室を後にした。

 外に出ると雨が降り出しそうな空模様だったが、降り出す前にと二人は並んで帰路に就く。

 車道に沿った道を歩き出して少しすると、弥冨が口を開く。



「明日ついに本選ね」



 話題を探るように言った。



「そうだな。トニーとの対決が楽しみだ」



 目の前にトニーと試合をする光景が映っているかのように、決意を固めた口調を返す。



「何か対策とかしてるの?」

「対策か。してないな」



 蟹江はあっさりと答えた。

 世界一位と戦うのに無策と答えられて、弥冨は目を見開く。



「策なし? 相手はトニーなのに」

「いいんだよ、それで。どうせ対策どうこうで勝てる相手じゃないからな」



 遠回しにトニーを賞賛した。

 弥冨は思い付いたように尋ねる。



「トニーは苦手な種目とかないの?」

「あると思ってたのか?」



 弥冨は押し黙る。

 彼女にもトニーに弱点がないことは公開されている限りの成績で知っていたが、蟹江の視点からはどうかなのかと微かにも期待していたのだ。

 蟹江本人からからもないと言われると、弥冨には返す言葉が無かった。

 弥冨の口が止まり静かになると、場の沈黙を避けるように蟹江が訊き返す。



「弥冨の方はどうだ。大会での対策はあるのか?」

「対策ねぇ。対策と言っていいのかわからないけど、Namesの腕を上げたつもりではあるわよ」



 答えるが、途端に肩を落とす。



「でも、二人しか記録更新できてないのよ。やっぱり私、人の顔と名前苦手」

「そうか……」



 蟹江は思案するような顔になる。



「なあ弥冨」

「何?」

「お前、詰め込みしてるか?」

「詰め込み?」



 なにそれ、という表情で蟹江に問う目を送る。



「その顔だとほんとに知らないんだな」



 知らなかったことが意外そうに、蟹江は微苦笑する。



「詰め込みっていうのは、俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけど、最後の二秒で二人分を頭に無理矢理叩き込む技だ」



 蟹江の説明を聞いて、弥冨は理解し難く眉を顰める。



「そんなことできるの。一人覚えるのに二秒以上かかるのに」

「俺はしてるぞ。ただし覚えるといっても名前を見るだけだけどな」

「それで回答に入るまでの三十秒間、記憶を持続できるの?」

「その三十秒間でイメージを作ってるんだよ。それに回答時は最後に覚えた二人を先に入力すればいい」



 人間が呼吸をすることのように、当然の顔で話した。

 弥冨も真面目な顔つきで頷く。



「参考になるわ」

「弥冨が今までこの方法を使っていなかったとはな。よほどお前は律義だな」



 感心した口調で蟹江が言う。



「律義、私が?」

「だってそうだろ。タイムのためだけに最後の追い込みをかけないだろ」

「しないわけじゃなくて、単純に知らなかっただけよ」



 感心するには値しない、というような謙虚な口ぶり。

 本人にそう言われては蟹江も強く、お前は律義だ、と主張できない。

 しばし蟹江は話題を探して、ぱっと思い付いた質問を投げる。



「それにしても、どうしてNamesなんだ。万一お前の得意な数字とか単語で落としたら、勝算がなくなりかねないぞ」

「心配してくれてありがたいけど、Namesも強くならないと、相手がNamesを選択したとき、相手に一勝を献上するのは嫌だから」



 不敵な笑みを口元に浮かべて、弥冨は訳を明かした。

 蟹江も弥冨の瞳に宿る闘志に気付かないほど鈍くはない。

 それに、と七面倒さを醸して弥冨は続ける。



「昨日、エミリーから対戦を申し込まれたの。それで私が負けたら、陽太を頂戴って言われたの」



 この前も聞いたなデジャビュかな、と蟹江は内心辟易する。



「それで、どうだったんだ?」



 小牧の時と同様、念のために蟹江は対戦結果を尋ねてみる。

 蟹江の問いに、弥冨は苦笑いする。



「期待させて悪いけど、対戦断ったわ」

「本人の知らない所で賭けの対象にされてたまるか」



 拒絶するように嘆じた。

 弥冨は苦笑いを引っ込める。



「本選で私とエミリーが対決する場合もあるでしょ。生憎エミリーは私の苦手種目を知ってるから、Namesで私が勝てれば勝負はもらったようなものだから」

「なんだかんだ深謀遠慮を巡らせて、抜かりないな」



 当たり前じゃない大会出るからには私だって勝ちたいわよ、とちょっと怒ったぽく言い返した。

 左手にマンション街に入る路地のある交差点に差し掛かって、対面する歩行者信号が赤点灯になり、蟹江は足を止めた。

 弥冨は左の横断歩道へ爪先を転じる。



「陽太の言った教え、大会で使わせてもらうからね」



 顔を向けずに話す弥冨に、蟹江も振り向かずに言葉を返す。



「そのために教えたんだぞ」

「ありがと。Namesで勝ったら、お礼に何か奢ってあげる」



 弥冨の対面の歩行者信号が青に切り替わる。



「礼なんてなくていいよ。たまに掃除を手伝ってもらってるだけでも、俺としてはお前への借りなんだからな」



 弥冨は横断歩道に足を踏み出す。



「私が奢りたいだけだから、断らなくていいのよ」



 そう言い残し、蟹江には見えない位置まで来てくすりと微笑む。

 二人だけで出掛けたいだけなんだけど、と弥冨は胸の内で呟いた。本当に抜かりがない。

 弾みそうな心で、いつもより少しだけ足早に横断歩道を渡った。
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