1 / 1
「ミステリー川柳」
しおりを挟む公園の芝生を撫でるように吹く風。
窓辺にて、ぼんやりと、アカシアの木を見ている私。
ゆっくりとスクロールしていく雲の流れは、止まることなく、
流れ、流れて…
いつしか時の彼方へと、
消えていくような休日の昼下がり。
今月から、広島県警捜査一課へと配属された、私こと三草五郎は、県警の寮で、今や腐れ縁となってきた、
警察の上の方と関係する探偵の白馬小路三世と、ワイングラスで乾杯した。
そう、今日は私の二十六回目の誕生日なのだ。
そのお祝いをしようと、白馬小路は、一冊の書物を片手に押しかけてきた。
しかし、七畳の洋室のテーブルで、男二人、こじんまりと向かい合う絵は、いいものではない。
それに、さっきから、意味もない会話を、ぽつりぽつりと続けているだけ。
だけど、まぁ、祝ってくれ、ワインも持参してくれたのだ、愚痴るのは、この辺にしよう。
彼のしゃべり、ほぼ自慢話が、落ち着き、何の本だろうか、
文庫本を読み始めたので、私も、ぼんやりと、窓の外を眺める。
だけど、なんで私は警察官などになったのだろう。
ここから見える公園で無邪気に遊ぶ子供たち。
振り返ると、神奈川県で書店とプラモデル店を営む両親の手で、それなりに育てられてきた私。
兄弟は、二つ年上に京子という姉が一人。
バリバリのキャリアウーマンの独り身だけど、最近は婚活中みたいだ。
そう、私の体格は、中肉中背。
あごのラインには、ちょっと丸みは出てきたけれど、輪郭そのものはどちらかというと細い方で、
目はやや垂れ目。
人からは「愛嬌のある顔」とは呼ばれるが、自分ではわからない。(それに、どんな顔やって、突っ込まれるかも? )
と、そんな私が警察官という職業に惹かれるようになったのは、
店にあったパトカーに興味を抱いたことが、きっかけだろうか。
あぁ、今、私は、強い郷愁に駈られているようだ……。
そうだ、今、目の前で読書をしているこの男のことにも触れよう。
私からは、理解できないところの多いが、彼の方は私のことを相棒と呼んでくれることもあり、
それでも油断は出来ない、本当に複雑な生命体のように、私には思われる。
そう、彼との出会いは衝撃的だった。
今も、本庁の本部長室で初めて顔を合わせた日のことが忘れられない。
「三草君、君に今日から特別任務を与える」
本庁捜査一課の堀田本部長の野太い声の響いた。
その時の緊張感。
その任務とは?
本部が、緊急と判断した場合、ある警察外の人間に同行して、その男と共に特別捜査に当たるというマル秘任務であった。
その男の名は、今目の前で本を読んでいる白馬小路三世であった。
黒コートに、赤ネクタイ。
後ろ髪が、やや肩に掛かるぐらいの黒髪に、少しブラウンがかった瞳。
色白でややとがり顎の背の高い男。
それが、白馬小路三世だ。三世とは、それ自体が名前であるらしい。
ちょっと理解し難いが。
この白馬小路三世。
昨年、世間を賑わせたアメリカ大統領暗殺未遂事件の犯人を逮捕した男だという!?
調度私は、東北の方に出張をしていて、本庁から離れていたのだが、
大統領と日本の法務大臣が、霞ヶ関の官庁街を歩行している際、
スナイパーが、大統領を狙い射撃。弾は大統領の足をかする程度で、大事には至らなかったのだが、
その逃走する犯人を、アメリカ留学から帰国した、この白馬小路三世が、偶然、通りがかっていて、
乗っていたバイクで、スナイパーを追いかけたそうなのだ。
スナイパーは、仲間の車に乗り込み、加速を始めたので、何とか追い付いたところで、バイクをウィリーさせてから、ジャンプ!
スナイパーの車を飛び越えて、バイクを寝かせながら、自分だけ、飛び降りたそうだ。
バイクは、スライドして、車へと激突。
彼はそのまま車の天井へと飛び移ったと。
何だ、この流れ。まるでハリウッド映画ではないか?
アメリカ帰りのこの男は何者だ?
そんな印象で私は、本部長の説明を聞いていた。そして、本部長は、こう続ける。
スナイパーの方も、破天荒なまでのこの男の行動に驚き、急ブレーキを踏んで、そのまま電柱へ激突したらしい。
彼はその男二人が窓を開けた瞬間、天井から指揮棒で男の頭部を叩き、そして、手に握っていたライフル銃を叩いて、地面に降り立ち、
運転していた男の側へ向かい、飛び蹴りをするつもりが、運転手は気絶していたらしい。
これにより、この男は、警視総監賞を授与されることになった。
そして、警察庁の方からも、警察官へならないかという、スカウトがあったというが、彼は、伝統組織に所属するのは、性に合わないと、
時々、警察に協力する程度でご勘弁をと、返答したそうだ。
同時に、彼が、警視総監の一人娘であり、警視庁のマドンナと呼ばれているアイドル警察官の岩崎奈留美警部補と幼馴染みであることが、
本庁内で広がり、警視総監殿から、この白馬小路を、警視庁認定の、特別捜査犯協力委員会か何だか、理屈を付けた名前で、
市民特殊協力者として、警察捜査に同行させて、その際に、同行する警察官として、私に、その役をやってくれと、
本部長は、そう、私へと、「どうだ、やってくれないか」と、話を振ってきたというのが経緯だ。
いや、その時は私が主導で動けると思ったら、今や、私は彼の付き人化してきている。情けない話ではあるが。
しかし、一番のメリットは、警部補へ昇格させてくれ、その上、ボーナスがUPするぞと、その言葉に私は揺れた。
まぁ、結局、それを受けることとなったのだが、
今度、岩崎警部補から、可愛い女性を紹介してくれるといういい言葉をもらったのだが、その約束はどこへいったことやら?
しかし、この男は、マドンナ岩崎警部補と、学生時代からクラスメイトであったらしいが、学生時代から、難事件を幾つか解決する経歴もあるらしく、
それなら、そのまま警察官になれば、エリートコースであっただろうに、
何が警察組織は馴染まないだ。
しかし、チェスは強いが、どうも、私は、一緒にいると、損な役回りをやらされることも多く、早めにこのペアで行動する任務を解いてもらいたいと、
最近は思い始めた。まぁ、となると、警部補の役職も消えてはしまうが……。
それに本部長は言ってくれたな。
ここ一年、君の勤務態度や、逮捕率もよく、君こそ適任だと、岩崎警視総監に、君を推薦したいと。
それと、これは白馬小路三世本人から聞いたことだが、私が選ばれた理由は、他にもあり、
彼自身が、自分と同じ年前後ぐらいの刑事がいいとも進言していたからだそうだ。
しかし、この男は、
いまだに謎だらけだ。
アメリカ時代のことをはじめ、余り私に過去を語ろうとはしない。
実は、どうも何か物凄い一族だそうで、しかし、彼の一族は、表立っては世間に顔を出さないために、知られてはいないのだが、
この日本史の根源と関わっているという、そんなことを、彼の口から少し聞いたことがある。
しかし、深いことは教えてはくれず、ほんの少し、かなりの旧家だという程度止まりではあるのだが。
「三草君、外も暮れてきたし、君も一人郷愁に浸りたいだろうし、そろそろ、お暇するよ」
「郷愁。いや、そんなんじゃないさ」
「本来は、岩崎警部補が、知り合いを君に紹介するのが間に合えば、今日は、その彼女と誕生会をやれていたかもしれないし、
それが、どうも、マッチングのタイミングが合わなくて、それは彼女に代わり、この僕が、謝るよ」
「いや、君が謝ることじゃあ。それに、その埋め合わせで今日、祝いにきてくれたのかい?」
「まぁまぁ、何かの理由を付けると、酒も不味くなる。それよりも、君の記念日を祝わせてもらえて、よかった。
あぁ、去り際に、もう一度、心を込めて、ハッピー・バースディー・ツゥー・ユー」
白馬小路は、メロディまで付けてくれて、囁いてくれた。
「ありがとう、何より君は、よく言う「時間に追われている男でね」
そう言う男が、僕のために、来てくれて、こちらこそ、感謝するよ」
「あぁ、そうだ。忘れていた。すまない」
「ワインなら頂いたし、まだ何か用意してくれていたのかい?」
「あ、あぁ、さぁ、受け取ってくれたまえ、これは、私からの友情の証だ」
んっ、これは?
さっき彼が、ソファーにて読んでいた、文庫本であった。
なに、その本を私にくれるのか?
「これはね、先日僕が出版した『推理川柳』という本だよ」
「推理川柳?」
「そうか、さほど関心はないというわけだね、しかし、まあ、そんな顔せずに、
まぁ、読んでくれ」
「あ、あぁ」
「それにね、今日は大サービスで、私のサインまでしておいたから」
「いや、サインまではよいよ」
「そのうち、高値が付いたら、その言葉、後悔するぜ」
「おおっ、その自信は、一体、どこから来るんだい」
「いや、自然な未来予測、展望には過ぎないものだが。まぁ、いずれにせよ、いい値が付くまで、
持っていてくれ。じゃあ、グッドバイ」
そう言うと、片手を上げた白馬小路は、この部屋を後にした。
「推理川柳か……川柳、そんな趣味もあるんだな。相変わらず、謎の多い男だ。いや、趣味が広いと言うべきか」
んっ、タイトルは「推理川柳・二十五歳のエチュード」とある。
私はページを開いてみた。
ユーロ硬貨 中に潜むは 暗号文
北風や メビウスの輪の如し 吹き
蜘蛛の巣や アルファベットのQのよう
破魔矢皆 ネットサーフィン 海泳ぐ
人体模型ガタリと動く実験室
ここまで読み、白馬小路三世が推理川柳という短詩という形式のなかで、表現したいこと。
それが何となくわかったような気がした。
川柳は、まだ続くが、とりあえず締まり悪いダラダラ文に成りかねないので、
ざっくりと途中は省き、後半部の句の紹介に移ろう。
途中、「アガサ忌やABC順に来る手紙」というような、推理小説マニアでなければわからないような川柳があったり、
笑える川柳もあったが、
先へ進めよう。
吸い殻を 隠して髪の毛 地にホロリ
事件発生 一キロ四方に ご用心
密室に 指無き娼婦と 濡れた薔薇
扉奥 黒衣の女の 影躍る
雪密室 冷たき裸体と 消えし足跡
焼死体 蓋を開ければ 撲死体
逮捕状 遺族の涙の代弁者
摩訶不思議 被告と裁判官と 瓜二つ
法廷に 笑い皺あり 解決す
最後まで読んで、不条理な作品も中にはあったが、一応理屈の通った川柳を多く集めた作品集ではないだろうか。
だけど、作品そのものよりも、ある一句が目に留まり、それは何を表しているんだろうと、私は考え込んでしまった。
それは、作品集に記載された一句ではなく、
この文庫本に挟まれていたしおりに書かれていた文句である。
どうも、しおり自体は「推理川柳」とロゴが入っているので、オプションとして付けられていることは間違いない品物。
だからか、余計にそこに記されている暗号めいた言葉が気になってしまう。
その言葉は、こんな文句であった。
M氏取る 三段目 右端の 薔薇の花
M氏とは、これは私のことを指しているのか?
三草のMを。
と考えると、三段目とは、もしかして。
私はとっさに本棚の前へ向かい、三段目を確認してみた。
「ああっ、薔薇の花!」
そうなのである。
そのタイトルの文庫本を私は所持していたのだ。そう、本棚の三段目に。
「侮れないやつ」
私は舌打ちをした。
そして、その本を取り出してみる。
すると、本の間に、ちょこっと飛び出していた青色の封筒が挟まれていた。
封の上部を破き、中身を取り出す。
ハッピー・バースディー・ツゥー・ユー
と記載されバースディーカードがあった。
いや、まだある。
こ、これは!
大ファンの海外アーティストの東京ドーム来日公演のチケットであった。
私も、抽選にチャレンジしたが、取れなかったことを、彼に話した記憶をふと、思い出した。
「あの男……」
待てよ。これって、来月二十六日の公演と、
私の誕生日26日と、さらに年齢まで符号させたお遊び?
誕生日ゲーム?
「ったく」
テーブルへと戻った私は、飲みさしのワインを手にし、玄関の方へ高く掲げた。
「白馬小路三世、サンキュー!
そして、君の好意に、乾杯」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の優しいお父さん
有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。
少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。
昔、私に何があったんだろう。
お母さんは、どうしちゃったんだろう。
お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。
いつか、思い出す日が来るのかな。
思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる