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第一章 新生活

認識

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 ノイズのことを話し終えた後の反応は様々だった。

「なるほど」

 納得した声を上げる部長さん。

「それは病気ではないのかい? 耳の病気では無さそうだけど……精神的なものとか」

 病気を疑う副部長さん。

「病気かどうかの検査なんかしているに決まっているじゃない」

 わたしが答える前に、部長さんが副部長さんに答える。
 わたしはノイズのことしか話していないのだけど、それによって今までの人生でなにがあったのかまで推測できたらしい。
 期待した通りだ。
 だから、これから先のことも話そうと思う。

「それで、ここからが本題なのですけど……」
「言ってごらん」
「本題?」

 部長さんが予想していたように、副部長さんが不思議そうに相槌を打つ。

「部長さんに愛称を呼ばれたとき、最初はノイズのせいで聞こえなかったんです」
「そうだったのか。それは悪いことをしたね」
「いえ。でも、次に呼ばれたときは、聞こえたんです」
「ほほう。それは興味深いな。なにか法則があるのかな」

 部長さんが楽しそうな顔になる。
 好奇心が刺激されたのだろう。
 早くも法則について考え始めている。
 そして、それこそが、わたしがお願いしたいことでもある。
 でも、だからこそ、わたしは言いづらいことも言わないといけない。
 法則を見つけるためには、なるべく多くの情報が必要になるはずなのだ。

「それだけじゃないんです。その後、また聞こえなかったんです」
「その後というと……ああ、なるほど」

 部長さんは、ちらりとイトウさんの方を見る。
 わたしも、イトウさんの方を見る。
 イトウさんは、寂しそうな顔をしていた。
 胸がずきりと痛む。
 出会ったばかりの人からの言葉が聞こえて、ずっと前から友達の人からの言葉が聞こえなかった。
 わたしは、そう言ったのだ。
 しかも失言したわけじゃない。
 自覚して言ったのだ。
 我ながら、ひどいことを言っていると思う。
 もちろん、そんな意図はないのだけど、それを説明しても言い訳にしか聞こえないだろう。

「じゃあ、イトウさんが呼んだ愛称を聞くことができるように、協力しないとね」

 だから、部長さんがそう言ってくれたことで、少しだけ救われた気持ちになった。
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