美味しくて切なくて優しい、ちいさな恋物語

かみゅG

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サマー・ベジタブル

ねむり(その4)

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「それは、あなたが、あんまり呑気だったから……」
「そうはいうがな。初対面なのに、ずいぶんと……」

 特別な話題があるわけではない。
 ごく平凡な日常会話だ。
 だが、話がつきることはない。
 そして、懐かしむように、昔の話が多かったように思う。
 その日は陽が暮れるまで語り合った。

「おお、見ろ。星が出ているぞ」
「もう! 夜更かしは健康に毒よ。でも、綺麗ね」

 あたりは真っ暗だ。
 夜空に星々が輝いている。
 陽は暮れたばかりだが、陽の光から養分とする吾輩たちにとっては、夜更かしだ。

「……ねえ」
「なんだ?」

 星を見ながら、小娘が話しかけてくる。

「……わたしね、幸せだったわ」
「そうか」

 それはなによりだ。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

 こちらが感謝を述べたいくらいだ。

「……ごめんなさい、あなたを一人にして」
「気にすることはない。しばらくしたら、吾輩も、そちらへ行く」

 だから悲しくは無い。

「……急がなくていいわよ」
「薄情だな」

 だというのに、小娘はそんなことを言う。
 一人が寂しくて泣くくらい寂しがり屋のくせに。

「……ゆっくりと……そうね、秋の話を聞かせてちょうだい」

 なるほど。
 ただ遅刻するのも小娘に悪いものな。
 それはいいかもしれない。

「土産話を期待していてくれ」
「……ええ」

 だんだんと小娘の声が小さくなっていく。

「……そろそろ、眠たくなってきたわ」
「そうか」

 夜更かしは身体に毒だ。

「……おやすみなさい」
「おやすみ、いい夢を」

 そうして小娘は眠りについた。
 その表情は穏やかだった。

☆★☆★☆★☆★☆★

「もう、秋か」

 あれから、長い時間が経過した。
 正確な日数を数えたわけではないが、彼女が眠りについてからは、一日を長く感じるようになった。
 陽射しは次第に和らいでいき、気温も下がってきたように感じる。

「赤や黄に色づいた木々は美しいが……秋とは、どこか寂しい季節だな」

 彼女が眠りについてから数日後、ニンゲンがやってきて、彼女を土に埋めていった。

『いっぱい実をつけてくれて、ありがとうね』

 吾輩は見ていることしかできなかったが、彼女の穏やかな最期を思い出すと、心は落ち着いていた。
 やがて、彼女は自然に帰っていくのだろう。
 できれば吾輩も、同じ場所で自然に帰りたいと思う。
 夫婦はいつでも一緒にいるべきだ。

 秋になっても吾輩は花を咲かせ、実をつけていた。
 だが、その数も少しずつ減ってきている。
 彼女が眠りにつく少し前の状態に似ている。
 彼女のもとへいく日も近いのだろう。

 彼女が見れなかった秋の風景を、できるだけ目に焼き付けていく。
 土産話は多い方がいいだろう。
 話すのが楽しみだ。

☆★☆★☆★☆★☆★

「……」

 色づいた葉が1枚2枚と地面へ舞い落ちるころになっても、吾輩はまだ実をつけていた。
 夏の間は毎日のように花を咲かせていたものだが、最近は花をつけたのは数日前だ。
 それ以来、花はつけていない。
 おそらくは、いまついている実が熟せば、吾輩の役目も終わるのだろう。
 長かった。

「……もう少しだ……」

 もう少しで、彼女のところへ行ける。

「……めっきり寒くなったな……」

 落ち葉が寒さを和らげてくれるおかげで、足元から凍えるということはないが、なにせ全身が冷えている。
 身体と思考の動きは鈍い。
 それに陽も短くなった。
 陽が昇ると目覚め、陽が沈むと眠りにつく吾輩は、必然的に一日の間に起きている時間も短くなる。
 ここしばらくは夢と現の間を漂っている。

「……親友は夢を叶えられただろうか?……」

 あいかわらず彼女のことを考える時間が長いが、親友のことも思い出すことが多くなった。
 それに、小さかった頃のことも思い出す。
 思えば、色んな人に世話になってきたものだ。

 精一杯、生きてきた。
 それが恩に報いることになるのかは分からないが、少なくとも後悔はない。
 吾輩の血を引く子孫は残らないかも知れないが、吾輩の種族は続いていくだろう。
 吾輩の生き様が、彼らの価値を高めることになっていればいいとは思う。
 だが、それは彼らに任せることにしよう。

『おばあちゃん!』

 ニンゲンの声が聞こえる。
 言葉は理解できないが、この声、そして姿は見覚えがある。
 親友の主人だ。

『あら、どうしたの? 冬休みは、まだよね』

 もしかして、親友に会えるだろうか。
 そう期待するが、かつてのような奇跡は起きなかった。
 現れたのはニンゲンだけだ。
 吾輩と親友は同じ種族だ。
 吾輩がこんな状態なのだから、親友も似たような状態なのだろう。

 バタバタバタッ!

 ニンゲンが吾輩の横を駆け抜けていく。

「……親友?……」

 ふと、気配を感じた気がした。
 あたりを見回すが、当然のように姿はない。
 親友のことを考えていたせいだろうか。
 それとも、親友の主人がやって来たせいだろうか。
 どうも感傷的になっているようだ。

『見て見て!』
『種が取れたから、おばあちゃんに見せるんだって言ってきかなくて』
『まあ、大変だったでしょう。頑張ってお世話したのね』
『うん!』

 ニンゲンたちが、なにやら騒いでいる。
 この寒い中で元気なことだ。
 以前なら、うるさいと感じたかも知れないが、今はそれも気にならない。

 もし、言葉が通じるなら、親友の近況を聞きたいとも思うが、それは叶わない。
 それに、じきに親友にも会えるだろう。
 そのときに聞くことにしよう。

 ふわり……

「……ん?……」

 なにやら白いものが舞っている。
 砂埃でもなさそうだが、なんだろう。
 まばらだったそれは、しだいに数を増やしていき、あっという間に視界を覆うまでになった。

「……冷たい?……」

 ゆっくりと、だが確実に足元が白いものに覆われていく。
 覆われているのは、吾輩の足元だけではない。
 目に見える全てのものが、覆われていく。

「……もしや、これは……」

 見たことはない。
 だが、話に聞いたことはある。
 彼女がいれば答え合わせができたかも知れない。
 それができないことを、そのことを残念に思う。
 土産話が増えたことでよしとしよう。

『あらあら、雪が降ってきたわね』
『わぁっ!』
『今年は早いですね』

 そういえば、彼女は言っていた。
 吾輩は冬を迎えるのは難しいだろうと。
 だが、雪が降ってきたということは、少なくとも冬の初めにはなっているのだろう。

「……どうだ、吾輩はここまで頑張ったぞ……」

 難しいと言われたことを覆した。
 気分がいい。
 せいぜい自慢してやることにしよう。

「……美しいな……」

 純白。
 ただ、それだけだが、それがなによりも美しい。
 彼女にも見せたかった。

「……まあ、土産話で許してくれ……」

 純白の世界は見飽きることがない。
 吾輩自身も雪に覆われていくのが分かる。
 吾輩もこの景色の一部になれるのだろうか。

「……羨ましがるだろうな……」

 きっと詳しく聞いてくるに違いない。
 それに答えるのは、吾輩の役目だ。
 この美しさを、しっかりと伝えるためにも、余さず見ておかねばなるまい。

「……」

 白い世界に溶けていくかのようだ。
 それを受け入れながら、吾輩は夢の世界に旅立っていった。
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