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ゴブリンを創ってみよう

052.行き過ぎた働き方改革

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「落ち着け、我が助手よ」

 襟元を掴んで揺さぶってくる我が助手を落ち着かせようと声をかける。
 しかし、一向に落ち着く様子がない。

「落ち着いていられませんよ! ゴブリンをすでに創ったって、どういうことですか!」

 逆に揺さぶりが激しくなった。
 段々、気持ち悪くなってきたので、そろそろ止めて欲しい。

「吾輩とて無計画に創ったわけではない。ちゃんと、理由があって創ったのだ」

 そう説明して、なんとか揺さぶるのを止めてもらう。
 まったく、我が助手は落ち着きがない。
 情報を入手して冷静に分析しなければ、物事を正しく把握することなどできないというのに。
 我が助手が誤解することのないように、最初から説明することにする。

「そもそもだな。ゴブリンは、ぼたんよりも先に創ったのだ。研究を手伝わせるためにな」
「……私、助手なんですけど」
「別に我が助手の代わりをさせていたわけではない」

 我が助手が少し拗ねたように言うのでフォローしておく。
 とはいえ、フォローのために嘘を言ったわけではない。
 事実を言っただけだ。
 遺伝子操作には高度な専門知識が必要だ。
 ゴブリンは手先が器用だが、さすがにそこまでのことはできない。

「ゴブリンたちには、単純作業を手伝わせていたのだ。実験によっては、二十四時間体制で観察が必要なものなどもあるからな。そういった作業は、我が助手一人ではできまい」
「そういうことなら、まあ……」

 吾輩の説明に、我が助手はひとまず納得する。
 しかし、納得した顔が訝しげに変わる。

「……ちょっと待ってください。ひょっとして、今、『たち』って言いましたか?」
「うむ、言ったぞ」
「創ったのは、一人だけじゃないんですか!?」
「それはそうだろう。一人で二十四時間体制が必要な作業ができないのは、ゴブリンも同じだ」

 なにをいまさら。
 吾輩はそう思ったのだが、我が助手はそうではなかったらしい。

「一人でも面倒なのに、なんで何人も創るんですか!?」
「今回は我が助手に世話をさせるつもりはない。というか、させていなかっただろう」

 また揺さぶられてはたまらないので、素早く説明する。
 ゴブリンたちは、吾輩の雑用係として創ったので、一般社会に出す予定も無かった。
 だから、ぼたんやエルと違い、我が助手に紹介もしていなかったのだ。
 もちろん、我が助手に世話をさせる予定も無かった。

「それなら、まあ、いいですけど」
「だが、問題が起こってな」
「やっぱり、面倒事なんじゃないですか!?」

 我が助手が驚くが、むしろ、ここからが本題だ。
 ここからの話が、吾輩が頭を悩ませていた内容となる。

「ゴブリンたちが労働条件の改善を求めてきてな」
「労働条件の改善!?」

 ある日、突然そんなことを言い出したのだ。
 それまで素直に言うことを聞いていたのだが、反抗してきたときは驚いた。
 とはいえ、ゴブリンたちの戦闘力は低い。
 器用で知能は高いが、身体能力はそれほど高くないのだ。
 罠を張って待ち構えれば、格上の相手とも戦えると思う。
 しかし、そもそも吾輩は罠が張られているようなところには行かない。
 吾輩は参考文献に登場する冒険者のような、ダンジョンに潜るような職業ではない。
 研究室にこもって研究する研究者だ。
 だから、吾輩にとってゴブリンは脅威ではない。
 ただし、研究を手伝ってもらえないという点では少し困る。
 それが、吾輩が頭を悩ませている内容なのだ。

「労働組合まで作って権利を主張してきたのだ」
「労働組合!?」

 新たにゴブリンを創って、そいつらに手伝わせるという方法はある。
 しかし、同じように反抗されたら、結局は同じ状況になってしまう。
 それに、今いるゴブリンたちと徒党を組まれでもしたら、より一層、面倒な状況になるだろう。
 それなら、少しくらい妥協してでもゴブリンの要求を飲んだ方がよいかも知れない。

「我が助手よ。どうすべきだと思う?」
「知りませんよ!?」

 せっかく意見を求めたというのに、我が助手は冷たい。
 何を悩んでいるか尋ねてきたから、相談したというのに。

「だいたい、どうしてゴブリンが労働条件の改善なんて求めてくるんですか。そんなにひどいことをしたんですか?」

 我が助手がそんなことを尋ねてくる。
 しかし、それは誤解だ。
 たとえ雑用係として創り出したとしても、吾輩は自分が創り出した種族を使い潰すようなことはしない。
 きちんと適切な量の仕事を与えていた。

「そんなことはしていないぞ。二十四時間体制とはいっても、ちゃんと三交代制にしていた。しかし、最近はブラック企業や働き方改革などが話題になっているだろう。そのせいではないか?」

 だが、適切な量だとしても、仕事をしている以上、不満は出てくるものだ。
 より楽に、より多く稼ぎたいというのは、誰もが持つ欲求だろう。
 より辛く、より少ない稼ぎで満足するのは、特殊な性癖の者くらいだ。

「なんでゴブリンが、そんな話題を知ってるんですか?」
「たぶん、新聞かテレビで情報を入手したのだろう」
「ゴブリンが新聞やテレビ……」

 我が助手が、呆れたような疲れたような顔をしている。
 吾輩の悩みを解決する意見は出てきそうにない。

「もう、この前みたいに普通にアルバイトを雇った方がいいんじゃないですか?」
「しかし、この前のようなグッズ販売ならともかく、研究は機密情報が多いのだ」

 さて、どうしたものか。
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