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 私は自力の血液集めを止めて彼に病院で輸血してもらうことにしました。
 そのためにはまずは出血してもらう必要があります。
 出血してもらう方法はよく考える必要がありました。
 難しいからではありません。

 彼ができるだけ痛い思いをしないように。
 彼ができるだけすぐに病院に行くように。
 彼にできるだけ後遺症が残らないように。
 彼ができるだけ死んでしまわないように。

 私はじっくり考えました。
 難しいからではありません。
 方法自体は簡単です。
 でも重要なのは結果です。

 彼に痛い思いをさせたら嫌われてしまうかも知れない。
 彼が病院に行くのが遅いと痛いのが長引いてしまう。
 彼に後遺症が残ったら一緒に遊べないかも知れない。
 彼が死んでしまったら私も後を追わなければいけない。

 死ぬのは怖くありません。
 もともと一緒に居られないと知ったときに死のうとしたのです。
 もし失敗したら私も彼と一緒に死ねばいいだけです。
 ただし嫌われるのはダメです。

 死後の世界というものを信じているわけではありません。
 死んだらそこで終わりです。
 死後の世界で彼に嫌われるのが嫌なわけではありません。
 たとえ死ぬ直前でも彼に嫌われるのが嫌なのです。

 だから私はしっかり考えました。
 そして決めました。
 学校で階段から落ちてもらおうと思います。
 それが一番安全に出血してもらえると思います。

 車に轢かれる方法は加減が難しいので止めました。
 複数の車に轢かれたら大怪我を負ってしまいます。
 屋上から落ちてもらう方法は頭が飛び散ってしまう可能性があるので止めました。
 人間は頭が重いので高いところから落ちると頭が下になってしまうらしいのです。

 それに対して階段からころころと転がってもらう方法はちょうどよいです。
 一番下まで転がってしまえばそれ以上落ちることはありません。
 頭が下になって頭を飛び散らせてしまうこともありません。
 ほどよく彼に出血してもらうことができるのです。

 私はさっそく実行することにしました。
 学校で彼に近寄り階段から突き落とす。
 やることはそれだけです。
 なにも難しいことはありません。

 でも実行できませんでした。
 彼の隣に常に邪魔者がいたのです。
 私の知らない女が彼の隣に常にいたのです。
 物凄く邪魔です。

 それにそこは私の場所です。
 私が彼と一緒に居るために頑張っていた間に頑張っていない女が彼の隣にいたのです。
 図々しいにもほどがあります。
 許されることではありません。

「邪魔だから、お兄ちゃんから離れて」

 私は女に文句を言いました。
 彼の隣は私の居場所です。
 彼の隣は女の居場所ではありません。
 だから当然の主張です。

「邪魔なのはあなたの方よ。私は彼と付き合っているの。妹だからって割り込まないで」

 それなのに女はそんなことを言ってきました。
 言っている意味が全くわかりません。
 割り込んだのは女の方です。
 邪魔なのは女の方です。

 用事に付き合ってもらっているからと図に乗っているのでしょうか。
 そんな一時的な権利を主張するなんて頭のおかしな女です。
 でも私は心が広いのです。
 そのときは私の方が引き下がりました。

 でも女が彼に付きまとうのはそれが終わりではありませんでした。
 毎日付きまとっているのです。
 いくら私の心が広いといっても限度があります。
 私は再び女に文句を言うことにしました。

「お兄ちゃんが優しいからって勘違いしないで。お兄ちゃんが迷惑しているのがわからないの?」

 女は毎日のように彼を用事に付き合わせているのです。
 彼は優しいので用事に付き合っているようですが迷惑しているのは明らかです。
 彼は優しいので文句を言えないのでしょう。
 私が代わりに言ってあげたのです。

「迷惑をかけているのはあなたの方よ。あなたがおかしなことを言うたびに彼がフォローしているのよ」

 それなのに女は言いがかりをつけてきました。
 どうやら話が通じないタイプの女のようです。
 私が彼に迷惑をかけるなんてあり得ないことです。
 だって私は彼のために頑張っているのです。

「それに私知っているのよ。あなたが不良に強姦されたことになっているけど、あなたの方から不良を誘っていたでしょう。私見ていたんだから」

 女はついに妄想を語り出しました。
 これはいけません。
 万が一彼が信じてしまったら私が彼に嫌われてしまうかも知れません。
 私は女を排除した方がよいと考えました。
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