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第一章 灰かぶり

014.カボチャ

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 先ほどから、香ばしい香りと甘い香りが漂ってくる。
 私は、ひさしぶりに自分のお腹が鳴る音を聞いた。

「ほれ、食え」

 ぶっきらぼうな言い方の割に、出された料理は丁寧な仕上がりだ。

「カボチャのパイに、カボチャのスープ・・・カボチャ尽くしね」

 素直に美味しそうだと思った。
 たまらず口に入れると、ねっとりとした甘みが身体に染み込んでいく。

「おいしい」

 空腹のせいもあるだろうが、これまでに食べた、どんなものよりも美味しく感じた。
 そして、それが甘いものであるためか、信じられないほどの幸福感を感じる。

「洞窟の前の畑をみたじゃろ?育てておるんじゃよ。カボチャは保存が効くし、長期間貯蔵すると甘くなる。さらには魔術の触媒にもなるしのう」
「日持ちがするのは知っていたけど・・・魔術の触媒?」
「ハロウィンに使うじゃろ」
「あれって、ただのお祭りの飾りでしょ?」
「まあ、飾りなのはその通りじゃが、ジャック・オー・ランタンは霊を引き寄せたり遠ざけたりする効果があるからのう。魔術の触媒でもある」
「ふぅん」

 そう言えば、私が呼び出した老紳士も、カボチャを生贄にして馬車を呼び出していた気がする。
 老婆の話も、あながち出鱈目ではないのだろう。
 今の私にとっては、美味しいだけの食材だけど。

「ごちそうさま」

 何日もの粗食で胃が小さくなっていたのか、普通の食事量で満腹になった。
 食べる前は、何人分でも食べることができそうだったのに不思議だ。

「それで?」

 魔女が食後のお茶を淹れながら、尋ねてくる。

「おぬしはなんでこんなところにいるのじゃ?」

 魔女の淹れてくれたお茶はハーブティーらしかった。
 良い香りだけど、少し不思議な香りがする。
 その香りを楽しみながら、魔女の言葉に答える。

「王子様にストーカーされて逃げてきた」

 色々あったが、一言でまとめると、そういうことになる。
 いや、これでは王子(弟)が悪者みたいに聞こえてしまう。
 私は別に王子(弟)が嫌いなわけではない。
 訂正しておこう。

「城にチャラ王子を見に行ったときに、ストーカー王子と知り合いになった。そのときにストーカー王子に惚れられたらしくて、一緒に暮らそうと言われたけど面倒そうだから断った。そしたら追いかけてきたから逃げたら、こんなところまで来た」

 うん。
 細部は少し違うかも知れないけど、だいたいこんなところだ。
 私は満足してお茶を口に含む。

「ふむ」

 魔女も私の説明を聞いて満足したのか、お茶を飲んでいる。
 そして、なにやら考えていたようだが、しばらくするとティーカップを置いて、再び口を開いた。

「三行にまとめてくれたのに悪いが、さっぱり分からん。おぬし、人に説明をするのが苦手じゃろう」
「あれ?」

 おかしい。
 余分なところを省いて上手く説明できたと思ったのに。
 でも、よく考えたら、私は普段から人とあまり話したことがない。
 多少、説明下手なところはあるかも知れない。
 魔女が興味ありそうな内容だけでも補足しておこう。

「そうそう。魔術書グリモワールを使ってみたわよ。執事っぽい、じいさんが出てきた」
「ぶっ!」
「わっ!汚いなぁ、もう」

 せっかく興味がありそうな話をしてあげたというのに、お茶を噴き出すとは失礼な。
 そんなに驚くことだろうか。
 魔術書グリモワールをくれたのは、この魔女だというのに。

「ごほごほっ・・・いきなり、人型の悪魔を呼び出すとか、なにをやっておるんじゃ、おぬしは!」
「あ、やっぱり、あの人って悪魔なんだ」
「そうじゃ。とはいえ、人型の悪魔なんぞ、滅多に出てこないがな。いったい、どれだけの生贄を捧げたんじゃ」
「えーっと・・・屋敷にいた使用人達をちょっと」

 ちょっとと言うか、義理の母親と姉妹に同行して舞踏会に行っていた者達以外は全員だ。

「若い生娘が多く無かったか?」
「メイド達がいたから、そうかも。生娘処女かどうかは知らないけど」

 屋敷に住み込みで働いていたら、出会いは少ないだろう。
 生娘処女の可能性はあると思う。
 もう、確かめようがないけど。

「それでか。じゃが、それにしては、おぬしは無事なのじゃな。よく悪魔に魂を奪われなかったものじゃ」
「なんか、お試し期間とか言って、タダで力を貸してくれたわよ」
「普通の悪魔はそんなことはせん。よっぽど奇特な悪魔を呼び出したようじゃな」
「私の前に呼び出した錬金術師にやりこめられてから、契約には誠実になったって言ってたわね」
「あの魔術書グリモワールで悪魔を呼び出した錬金術師・・・まさか、メフィストフェレスを呼び出したのじゃなかろうな」

 魔女は何かを考えているようだった。
 考え事を中断させるのも悪いかと思い、しばらくお茶を楽しむ。
 しかし、ティーカップが空になっても考え事から戻ってこないので、仕方なく声をかける。
 気になっていることがあったのを思い出したのだ。

「そう言えば、あのユニコーンはどうしたの?私が解放したユニコーンみたいなんだけど」
「ん?ああ、少し前に、ここに居着いてな。畑を荒らす害獣を追い払ってくれるから助かっておるよ」
「ふぅん。ユニコーンって、清らかな乙女処女にしか懐かないって聞いたことがあるけど」
「なにを言っておる。わしは清らかな乙女処女じゃぞ」
「・・・・・」
「なんじゃ、その顔は」
「うん、いや、まあ・・・そういうこともあるよね」

 別に物理的にあり得ないことじゃない。
 魔女のような歳になるまで、男性経験が無いこともあるだろう。
 普通は、あまり無いだろうけど。
 まあ、容姿とか性格とか、色々あるよね。

「かわいそうな者を見る目を向けるでない!わしは望んで『そういうこと』をしてこなかっただけじゃ!」
「大丈夫、分かってるから」
「絶対、分かってないじゃろ!その目を止めんか!」
「いや、本当、分かっているわよ」
「魔女にとって処女の血というのは重要な意味を持つ。それを自分で確保できることにはメリットがあってじゃな・・・」
「うんうん、そうだよね」
「そうじゃなくてじゃな!若い頃は軍の指揮官もしていたから、士気を高めるためにも特定の男性と付き合うわけにはいかなくて・・・」
「仕事に生きる女性って素敵だと思うわよ」
「違うと言っておるじゃろうが!」

 その後も魔女は色々と言っていたようだが、とりあえず言いたいことは理解した。
 何も勘違いはしていない。
 魔女が清らかな(?)乙女処女だということは、信じた。
 何も問題はない。

「はぁはぁはぁ・・・全く。かつては、オルレアンの乙女と呼ばれ、崇拝すらされていたわしを、なんだと思っておる」
「だから、清らかな乙女処女(笑)の魔女さんでしょ。痛々しい二つ名まであるんだ」
「うぬぅ!」

 別にいい歳して厨二病だとか、そんなことを言ったりはしない。
 こういうことは、あえて聞かなかったことにすることが、子育てのコツだと聞いたことがある。
 黒歴史をあんまり弄ると、子供がグレるそうだ。
 私は子供を育てたことは無いけど、なんとなく分かる。

「それで・・・」

 魔女はそれまでのやりとりが無かったかのように、平静を装って話題を変えてきた。
 別にさっきまでの話題を引っ張るつもりはないし、素直にそれに乗っかる。

「おぬしは、これからどうするつもりじゃ?」
「うーん、今晩、泊めてくれると助かるけど」
「それは別にかまわんが、そうじゃなくてじゃな。今後の身の振り方についてじゃ。さっきの話じゃ、町に戻るつもりはないんじゃろ?」
「・・・そうね」

 一生、森に隠れているつもりはないけど、今はまだ出ていくつもりはない。
 できれば、ここに置いて欲しいところだけど、さすがに図々しいだろうか。
 魔女とは、顔見知りといっても、そこまで深い仲じゃない。
 私がそんなことを考えていると、魔女の方から提案をしてきた。

「あぬしさえよければ、わしの弟子になるか?」
「え?」
「いきなり人型の悪魔を呼び出したこともそうじゃが、他人を生贄にしておいて動じない性格・・・おぬしは魔女に向いておるような気がするのじゃ」
「・・・別に動じてないわけじゃないわよ」

 ただ、受け入れているだけだ。
 自分がやったことの罪と、罰を受ける覚悟を。
 雑用だけの日々。
 私のこれまでの人生に意味はない。
 だから、生への未練はあるけど、生への執着が薄いのかも知れない。
 死刑になるのなら、火あぶりではなくギロチンの方がいいとは思う。
 苦しいのは嫌だ。
 考えるのは、その程度のことだ。

「いいわ。その話を受ける。私を弟子にしてちょうだい」
「契約成立じゃな」

 契約と言われて思い出した。

「そうだ。これ少ないけど」

 そう言って、ドレスを売ったときの残りのお金を差し出す。
 ここで暮らすということは、生活費がかかるのだ。
 弟子とはいえ、ただで置いてもらうわけにはいかない。
 足りないとは思うが、せめてもの礼儀だ。
 そう思ったのだが、魔女は受け取らない。

「ここで金など役に立たん。労働で返せ」
「それはいいけど。畑仕事や狩りだけじゃ、手に入らないものもあるでしょ」

 例えば、先ほどのティーカップも手作りというわけじゃなさそうだった。
 多少なりともお金は使っているはずだ。

「わしは町では腕の良い薬師で通っておってな。定期的に町に行って稼いでおるから、生活費には困っておらん。そうじゃな、おぬしには薬の使い方を覚えてもらって、作るのを手伝ってもらうとするか」

 なるほど。
 畑の野菜を売っている可能性も考えたけど、ここから町に持っていくのは大変だ。
 薬なら、かさばらずに野菜よりも高く売れるから、そっちの方が効率がいいか。
 魔女なら、薬には詳しそうだし。

「わかったわ。それじゃあ、これからよろしく」
「ああ。おぬしを一人前の魔女にしてやるわい」

 私は魔女と握手を交わす。
 魔女になることにこだわりはないけど、生きていくのに必要ならそれもいいだろう。
 なにはともあれ、これで当面は生活することができそうだ。
 こうして、私は魔女の弟子になった。
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