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第三章 赤ずきん
050.赤い娘
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荷を積んだ馬車を襲うのは初めてのことではなかった。
商人は荷を運ぶときに護衛を雇うが、人数には限りがある。
数は力だ。
たとえ、兵士や傭兵のように戦うことを生業とするものでなくとも、大人数で取り囲んでしまえば、荷を奪うことは難しくはない。
ときに犠牲者を出すこともあるが、その犠牲者が出ているうちに荷を奪うこともできる。
それに犠牲者が出ることは、ある意味、都合がいい。
分け前が増える。
もちろん、身内に犠牲者を出すことに思うところが無いわけではないが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそれを気遣う余裕はない。
ここのところ、毎年のように村で餓死者が出ている。
今年の作物の植え付けはこれからだが、劇的に豊作になることなどないだろう。
逆に毎年少しずつ収穫量が減っているようにも思う。
この国のお姫様は慈悲深く、若い娘を城で雇ってくれる。
実際、それで口減らしする老人や幼子を減らすことはできた。
だが、それでもゼロにはならない。
それに、城で雇ってもらえるのは若い娘だけだ。
男は雇ってもらえない。
だから、村の男達は結束して盗賊紛いのことをすることにした。
本当の盗賊がこんな貧しい村の近くに居つくわけがない。
だから、縄張りなどは気にする必要はなかった。
最初は食べるものが無くなった冬に。
それから次第に他の季節にも。
商人の荷馬車を襲うのは、村の仕事の一部になっていった。
他の村も似たような状況なのだろう。
商人達は迂回することもなく、ここを通って王都へ向かう。
王都には金をもっている人間がいるから、そこへ行くのが目的なのだろう。
最近では、自分達を襲うのが、村の人間だということにも気づいているのだろう。
荷の一部を置いて、無傷で通せと言ってくる商人も多い。
こちらとしても、それは望むところなので、その通りにする。
今回もそのつもりだった。
しかし、出てきたのは騎士だ。
どう考えても、商人じゃない。
結局、荷馬車を襲うことに慣れて、油断してしまったのだろう。
大して確認もせずに、馬車を取り囲んでしまった。
商人なら素直に荷の一部を渡してくるが、騎士達はそんなことをしないだろう。
襲い掛かった人間を捕縛するか、もしくは、斬り捨てるかするに違いない。
死を意識した。
そして、一か八かで騎士達に向かっていこうとしたところで、その女が姿を現した。
場違いな真紅のドレスを身にまとった女。
たとえ貴族だとしても、馬車の中であんなドレスは着ないだろう。
着るとしたら、城のパーティーくらいではないだろうか。
それほど場違いなドレスだった。
その異様な光景に全員が呆気に取られている中、その女が口を開いた。
「条件があります。私をあなた達の村まで連れて行ってください」
馬車から降りてきた女はそう言った。
荷を分ける条件として、村に連れていけと。
そんなことを言うということは、襲っているのが村の人間だということが分かっているということだ。
どうすべきか迷う。
自分達だけが殺されるならまだいい。
死にたくは無いが、こんなことをしているのだから、命の危険があることは分かっていた。
けど、村に連れていけば、村の人間まで殺される可能性がある。
そこには自分達の家族も含まれる。
それだけは避けたかった。
迷っているところに、再び女が話しかけてきた。
「あなた達は私達を歓迎するために、畑仕事の手を止めてまで出迎えてに来てくれたのでしょう?お礼をしますから、村に連れて行ってくれませんか?」
一瞬、何を言っているんだと思った。
世間知らずのお嬢様が状況を分かっていないのだろうか。
その可能性を考えるが、女の顔を見た瞬間に、その考えは捨てる。
その女はただ微笑んでいた。
自分達のことを見下すでもなく、憐れむでもなく、ただ微笑んでいた。
「わかった」
そう返事をしたのは反射的だった。
「お、おいっ!」
仲間達が動揺しているが、先ほどの返事を撤回するつもりはない。
「どっちみち、こんな連中に勝てるわけないだろ。抵抗したって、殺されるだけだ」
「けどよっ!」
村に連れて行くことに抵抗があるのだろう。
仲間達が反対の意志を示してくるが、それをなだめる。
「大丈夫だ。俺達はこの人達を歓迎するために来ただけなんだからな」
そう言いながら、女の方を見ると、女は変わらず微笑んでいた。
その微笑みがこちらに向けられている間に、抵抗の意志がないことを示さなければならない。
そんな強迫観念に囚われながら、仲間達をなんとか説得する。
「それじゃあ、行きましょうか」
女は美しく、その微笑みは、まるで慈悲深い女神のように見えた。
救いを求める者に、手を差し伸べる女神のように。
そう、『救いを求める者に』だ。
救いを拒絶すれば、その女神は手を引き戻すだろう。
女神は慈悲深いが、救いを押し付けてきたりはしない。
全ては自分達の選択次第だ。
なぜか、そう問われているように感じた。
*****
「ふう」
「お疲れ様です」
馬車に乗り込んで息を吐く私を、メフィが出迎えてくれる。
物陰に隠れて獲物を狩るのには慣れているけど、大勢の前に姿を現すのは緊張する。
けど、馬車を襲ってきた人間達は、私達を自分達の村に連れていくことを了承してくれた。
それは、この旅の目的の一つでもあるので、ほっとした。
複数の村を回る予定だから、別に一つくらい目的を果せない村があってもいいけど、なんとか上手くいって良かった。
村人達は馬車を脱輪から戻した後、馬車を先導してくれているようだ。
「シンデレラ様、それドレスはどうしたのですか?」
私と同じく馬車に乗り込んできたメイド達の一人が尋ねてくる。
まあ、直前まで男装していたのに、馬車から降りるときに、いきなり真紅のドレスなんか来ていたら気になるだろう。
「メフィが着せてくれたのよ」
私は素直に答えを告げる。
「そうなんですか。メフィくん、えらいねぇ」
「えへへ」
答えを聞いたメイドは、メフィの頭を撫でる。
普通に考えたら、こんな子供がドレスの着付けをしたということを疑問に思うだろうが、メイドは気にした様子もない。
不自然さに気づいていないのかとも思うけど、気付いていて何も言わないのかも知れない。
可愛いは正義というやつだろうか。
そして、メフィは頭を撫でられるがままにして、照れた表情を浮かべる。
変わり身の早いことだ。
その表情は愛らしい子供にしか見えない。
「さて、どんな状態なのかしらね」
歩く村人に先導されているからだろう。
少し遅くなった馬車に揺られながら、私はそんなことを考えていた。
*****
「やっぱり、連作障害か」
畑の様子を見ながら呟く。
村に着いてすぐに畑を見せてくれと言った私に対して、村長らしき人間は戸惑いながらも案内してくれた。
「この畑ですけど、昔は作物がよく取れたんじゃないですか」
「え、ええ、その通りです。ですが、年を追うごとに収穫量が減っていって、今では村の皆を食べさせるだけで、精一杯でして」
「毎年、同じものを育てているのですか?」
「はい。国から、どの村で何を育てるのかを決められております。なんでも、その土地に合った作物を育てた方が、収穫量が増えるからと」
予想通りか。
けど、ここまで酷くなるまで、放っておくものかな。
最初は順調だったから、収穫量が減っても気候のせいにしたとかだろうか。
どちらにしろ、このままでは状況は改善しないどころか、悪化する一方だろう。
現在畑に植えられているのは冬から春にかけて育てる作物だけど、春から冬にかけて植える作物でも同じ状況になるのは簡単に予想できる。
「ちょっと待っていてくださいね」
村長に断りを入れ、私はいったん馬車に戻る。
「これと・・・これと・・・これかな?」
師匠から教えられた組み合わせを参考に、この村に置いて行くものを選ぶ。
それを持って、村長のところに戻る。
「これは?」
私が渡した袋を受け取りながら、村長が尋ねてくる。
中身を見ているから何かは分かっているのだろうけど、何故それを渡してくるのかが分からないのだろう。
「作物の種です」
「はあ」
間の抜けた声を上げる村長。
「これから植え付けの季節ですよね。その種を蒔いて収穫の足しにしてください」
「ありがたいですが、先ほど説明したように、国から育てる作物を指示されているのです。勝手に別のものを植えたりしたら、罰せられてしまいます」
そう言って、返してこようとするのを、止める。
「畑の片隅や病気で作物が枯れてしまった畑などに蒔いてください。実を収穫するものではなく、繁殖力が強く、根や葉が食べられるものを選びましたから、何か聞かれたら雑草だとでも言ったら誤魔化せると思います」
もっとも、その分、味もいまいちなのだけど、飢えるよりはマシだろう。
「タダで差し上げますから、お試しだと思って植えてみてください。もしかしたら、夕食のおかずが一品増えるかも知れませんよ」
「・・・・・」
気軽な感じで茶化しながら言ってみたのだけど、村長が何やら考え込んでしまった。
疑われたかな、と思ったのだが、そういうわけでもないようだ。
こちらを警戒している様子でもない。
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙に耐えられなくなってきた。
用事も済んだし、そろそろ挨拶して立ち去ろうと思った頃、ようやく村長が口を開いた。
「・・・・・わかりました。ありがたく、この種を植えさせてもらいます」
そう言って、深く頭を下げてくる。
その態度から、こちらに対して感謝を伝えようとしていることが分かる。
でも、逆に心配になってくる。
突然現れた人間から渡されたものを、こんなに簡単に信用していいんだろうか。
そんなことを考えていると、村長が説明してくれる。
「実は薄々感じていたのです。収穫量が減ってきているのは、同じものばかり育てているのが原因ではないかと」
「へぇ」
私は素直に感心した。
私は師匠から教えられたから知っている。
本人には言わないけど、師匠の知識の豊富さは尊敬している。
今回のことも、どうしたら作物が良く育って、どうしたら作物が育たなくなるのを、原因だけじゃなくて理由も含めて教えてくれた。
けど、この村に暮らしている人達には、そんなことを教えてくれる師匠みたいな人はいないはずだ。
だから、理由までは知らないだろうけど、それでも原因の心当たりがあったようだ。
おそらくは、経験から推測したのだろう。
不幸だったのは、国からの指示で、心当たりがあっても、それを試すことができなかったことだけど。
そういうことだったら、もう少しだけサービスしていくことにしよう。
「その通りです。同じものを同じ畑で育てていると、連作障害といって作物が育ちづらくなります」
「やはり」
村長は悲痛な表情を見せる。
当たって欲しくない推測が当たったからだろう。
「作物によって、必要とする養分や、かかりやすい病気が異なるのです。同じものばかり育てていると、それが偏った畑になってしまいます。必要とする養分は減って、かかりやすい病気の原因は増えて、といった具合にです」
村長は真面目な顔で私の話を聞いている。
「国からの指示に合ったという土地にあった作物を育てるというのは、効果的なのは確かですけど限度があります。せめて、複数の作物を毎年植える場所を変えながら育てれば大丈夫なのですけど、一種類に絞るのはやりすぎです」
それがこの国の失敗だ。
まあ、それも肥料のやり方などを工夫すれば対策できる可能性はあるけど、それには専門的な知識もいるし、これだけ畑の状態が偏っていると回復させるにも時間がかかるだろう。
だから今回は、すぐに効果が出る方法を選んだ。
上手くすれば冬に村人から餓死者が出るのを防ぐことができるだろう。
「そうだったのですか」
私の説明を聞き終え、納得の表情を見せる村長。
でも、その表情は明るいものではない。
無理もないだろう。
理由は分かっても、国に逆らうことはできない。
気の毒だとは思うけど、そこはまあ、こっそり育てるとか上手くやってもらおう。
盗賊の真似事をするよりはマシだろうし、こっそり育てるためのヒントも与えた。
「私にできるのはここまでですけど、頑張ってくださいね」
狙い通りに事が進むように、とびっきりの笑顔を見せて、私は村を後にした。
商人は荷を運ぶときに護衛を雇うが、人数には限りがある。
数は力だ。
たとえ、兵士や傭兵のように戦うことを生業とするものでなくとも、大人数で取り囲んでしまえば、荷を奪うことは難しくはない。
ときに犠牲者を出すこともあるが、その犠牲者が出ているうちに荷を奪うこともできる。
それに犠牲者が出ることは、ある意味、都合がいい。
分け前が増える。
もちろん、身内に犠牲者を出すことに思うところが無いわけではないが、生きるか死ぬかの瀬戸際でそれを気遣う余裕はない。
ここのところ、毎年のように村で餓死者が出ている。
今年の作物の植え付けはこれからだが、劇的に豊作になることなどないだろう。
逆に毎年少しずつ収穫量が減っているようにも思う。
この国のお姫様は慈悲深く、若い娘を城で雇ってくれる。
実際、それで口減らしする老人や幼子を減らすことはできた。
だが、それでもゼロにはならない。
それに、城で雇ってもらえるのは若い娘だけだ。
男は雇ってもらえない。
だから、村の男達は結束して盗賊紛いのことをすることにした。
本当の盗賊がこんな貧しい村の近くに居つくわけがない。
だから、縄張りなどは気にする必要はなかった。
最初は食べるものが無くなった冬に。
それから次第に他の季節にも。
商人の荷馬車を襲うのは、村の仕事の一部になっていった。
他の村も似たような状況なのだろう。
商人達は迂回することもなく、ここを通って王都へ向かう。
王都には金をもっている人間がいるから、そこへ行くのが目的なのだろう。
最近では、自分達を襲うのが、村の人間だということにも気づいているのだろう。
荷の一部を置いて、無傷で通せと言ってくる商人も多い。
こちらとしても、それは望むところなので、その通りにする。
今回もそのつもりだった。
しかし、出てきたのは騎士だ。
どう考えても、商人じゃない。
結局、荷馬車を襲うことに慣れて、油断してしまったのだろう。
大して確認もせずに、馬車を取り囲んでしまった。
商人なら素直に荷の一部を渡してくるが、騎士達はそんなことをしないだろう。
襲い掛かった人間を捕縛するか、もしくは、斬り捨てるかするに違いない。
死を意識した。
そして、一か八かで騎士達に向かっていこうとしたところで、その女が姿を現した。
場違いな真紅のドレスを身にまとった女。
たとえ貴族だとしても、馬車の中であんなドレスは着ないだろう。
着るとしたら、城のパーティーくらいではないだろうか。
それほど場違いなドレスだった。
その異様な光景に全員が呆気に取られている中、その女が口を開いた。
「条件があります。私をあなた達の村まで連れて行ってください」
馬車から降りてきた女はそう言った。
荷を分ける条件として、村に連れていけと。
そんなことを言うということは、襲っているのが村の人間だということが分かっているということだ。
どうすべきか迷う。
自分達だけが殺されるならまだいい。
死にたくは無いが、こんなことをしているのだから、命の危険があることは分かっていた。
けど、村に連れていけば、村の人間まで殺される可能性がある。
そこには自分達の家族も含まれる。
それだけは避けたかった。
迷っているところに、再び女が話しかけてきた。
「あなた達は私達を歓迎するために、畑仕事の手を止めてまで出迎えてに来てくれたのでしょう?お礼をしますから、村に連れて行ってくれませんか?」
一瞬、何を言っているんだと思った。
世間知らずのお嬢様が状況を分かっていないのだろうか。
その可能性を考えるが、女の顔を見た瞬間に、その考えは捨てる。
その女はただ微笑んでいた。
自分達のことを見下すでもなく、憐れむでもなく、ただ微笑んでいた。
「わかった」
そう返事をしたのは反射的だった。
「お、おいっ!」
仲間達が動揺しているが、先ほどの返事を撤回するつもりはない。
「どっちみち、こんな連中に勝てるわけないだろ。抵抗したって、殺されるだけだ」
「けどよっ!」
村に連れて行くことに抵抗があるのだろう。
仲間達が反対の意志を示してくるが、それをなだめる。
「大丈夫だ。俺達はこの人達を歓迎するために来ただけなんだからな」
そう言いながら、女の方を見ると、女は変わらず微笑んでいた。
その微笑みがこちらに向けられている間に、抵抗の意志がないことを示さなければならない。
そんな強迫観念に囚われながら、仲間達をなんとか説得する。
「それじゃあ、行きましょうか」
女は美しく、その微笑みは、まるで慈悲深い女神のように見えた。
救いを求める者に、手を差し伸べる女神のように。
そう、『救いを求める者に』だ。
救いを拒絶すれば、その女神は手を引き戻すだろう。
女神は慈悲深いが、救いを押し付けてきたりはしない。
全ては自分達の選択次第だ。
なぜか、そう問われているように感じた。
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「ふう」
「お疲れ様です」
馬車に乗り込んで息を吐く私を、メフィが出迎えてくれる。
物陰に隠れて獲物を狩るのには慣れているけど、大勢の前に姿を現すのは緊張する。
けど、馬車を襲ってきた人間達は、私達を自分達の村に連れていくことを了承してくれた。
それは、この旅の目的の一つでもあるので、ほっとした。
複数の村を回る予定だから、別に一つくらい目的を果せない村があってもいいけど、なんとか上手くいって良かった。
村人達は馬車を脱輪から戻した後、馬車を先導してくれているようだ。
「シンデレラ様、それドレスはどうしたのですか?」
私と同じく馬車に乗り込んできたメイド達の一人が尋ねてくる。
まあ、直前まで男装していたのに、馬車から降りるときに、いきなり真紅のドレスなんか来ていたら気になるだろう。
「メフィが着せてくれたのよ」
私は素直に答えを告げる。
「そうなんですか。メフィくん、えらいねぇ」
「えへへ」
答えを聞いたメイドは、メフィの頭を撫でる。
普通に考えたら、こんな子供がドレスの着付けをしたということを疑問に思うだろうが、メイドは気にした様子もない。
不自然さに気づいていないのかとも思うけど、気付いていて何も言わないのかも知れない。
可愛いは正義というやつだろうか。
そして、メフィは頭を撫でられるがままにして、照れた表情を浮かべる。
変わり身の早いことだ。
その表情は愛らしい子供にしか見えない。
「さて、どんな状態なのかしらね」
歩く村人に先導されているからだろう。
少し遅くなった馬車に揺られながら、私はそんなことを考えていた。
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「やっぱり、連作障害か」
畑の様子を見ながら呟く。
村に着いてすぐに畑を見せてくれと言った私に対して、村長らしき人間は戸惑いながらも案内してくれた。
「この畑ですけど、昔は作物がよく取れたんじゃないですか」
「え、ええ、その通りです。ですが、年を追うごとに収穫量が減っていって、今では村の皆を食べさせるだけで、精一杯でして」
「毎年、同じものを育てているのですか?」
「はい。国から、どの村で何を育てるのかを決められております。なんでも、その土地に合った作物を育てた方が、収穫量が増えるからと」
予想通りか。
けど、ここまで酷くなるまで、放っておくものかな。
最初は順調だったから、収穫量が減っても気候のせいにしたとかだろうか。
どちらにしろ、このままでは状況は改善しないどころか、悪化する一方だろう。
現在畑に植えられているのは冬から春にかけて育てる作物だけど、春から冬にかけて植える作物でも同じ状況になるのは簡単に予想できる。
「ちょっと待っていてくださいね」
村長に断りを入れ、私はいったん馬車に戻る。
「これと・・・これと・・・これかな?」
師匠から教えられた組み合わせを参考に、この村に置いて行くものを選ぶ。
それを持って、村長のところに戻る。
「これは?」
私が渡した袋を受け取りながら、村長が尋ねてくる。
中身を見ているから何かは分かっているのだろうけど、何故それを渡してくるのかが分からないのだろう。
「作物の種です」
「はあ」
間の抜けた声を上げる村長。
「これから植え付けの季節ですよね。その種を蒔いて収穫の足しにしてください」
「ありがたいですが、先ほど説明したように、国から育てる作物を指示されているのです。勝手に別のものを植えたりしたら、罰せられてしまいます」
そう言って、返してこようとするのを、止める。
「畑の片隅や病気で作物が枯れてしまった畑などに蒔いてください。実を収穫するものではなく、繁殖力が強く、根や葉が食べられるものを選びましたから、何か聞かれたら雑草だとでも言ったら誤魔化せると思います」
もっとも、その分、味もいまいちなのだけど、飢えるよりはマシだろう。
「タダで差し上げますから、お試しだと思って植えてみてください。もしかしたら、夕食のおかずが一品増えるかも知れませんよ」
「・・・・・」
気軽な感じで茶化しながら言ってみたのだけど、村長が何やら考え込んでしまった。
疑われたかな、と思ったのだが、そういうわけでもないようだ。
こちらを警戒している様子でもない。
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙に耐えられなくなってきた。
用事も済んだし、そろそろ挨拶して立ち去ろうと思った頃、ようやく村長が口を開いた。
「・・・・・わかりました。ありがたく、この種を植えさせてもらいます」
そう言って、深く頭を下げてくる。
その態度から、こちらに対して感謝を伝えようとしていることが分かる。
でも、逆に心配になってくる。
突然現れた人間から渡されたものを、こんなに簡単に信用していいんだろうか。
そんなことを考えていると、村長が説明してくれる。
「実は薄々感じていたのです。収穫量が減ってきているのは、同じものばかり育てているのが原因ではないかと」
「へぇ」
私は素直に感心した。
私は師匠から教えられたから知っている。
本人には言わないけど、師匠の知識の豊富さは尊敬している。
今回のことも、どうしたら作物が良く育って、どうしたら作物が育たなくなるのを、原因だけじゃなくて理由も含めて教えてくれた。
けど、この村に暮らしている人達には、そんなことを教えてくれる師匠みたいな人はいないはずだ。
だから、理由までは知らないだろうけど、それでも原因の心当たりがあったようだ。
おそらくは、経験から推測したのだろう。
不幸だったのは、国からの指示で、心当たりがあっても、それを試すことができなかったことだけど。
そういうことだったら、もう少しだけサービスしていくことにしよう。
「その通りです。同じものを同じ畑で育てていると、連作障害といって作物が育ちづらくなります」
「やはり」
村長は悲痛な表情を見せる。
当たって欲しくない推測が当たったからだろう。
「作物によって、必要とする養分や、かかりやすい病気が異なるのです。同じものばかり育てていると、それが偏った畑になってしまいます。必要とする養分は減って、かかりやすい病気の原因は増えて、といった具合にです」
村長は真面目な顔で私の話を聞いている。
「国からの指示に合ったという土地にあった作物を育てるというのは、効果的なのは確かですけど限度があります。せめて、複数の作物を毎年植える場所を変えながら育てれば大丈夫なのですけど、一種類に絞るのはやりすぎです」
それがこの国の失敗だ。
まあ、それも肥料のやり方などを工夫すれば対策できる可能性はあるけど、それには専門的な知識もいるし、これだけ畑の状態が偏っていると回復させるにも時間がかかるだろう。
だから今回は、すぐに効果が出る方法を選んだ。
上手くすれば冬に村人から餓死者が出るのを防ぐことができるだろう。
「そうだったのですか」
私の説明を聞き終え、納得の表情を見せる村長。
でも、その表情は明るいものではない。
無理もないだろう。
理由は分かっても、国に逆らうことはできない。
気の毒だとは思うけど、そこはまあ、こっそり育てるとか上手くやってもらおう。
盗賊の真似事をするよりはマシだろうし、こっそり育てるためのヒントも与えた。
「私にできるのはここまでですけど、頑張ってくださいね」
狙い通りに事が進むように、とびっきりの笑顔を見せて、私は村を後にした。
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