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第四章 塔の上

060.お土産

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「おつかれさま、シンデレラ」

 アーサー王子の労いの言葉をかけてくる。

「馬車に乗っていたから体力は使わなかったけど、あの揺れはどうにかならないかしら。あ、これ、お土産のシルヴァニア饅頭。シルヴァニア煎餅とどっちにするか迷ったけど、そっちは馬車の揺れで割れそうだったから、こっちにしたわ」

 それに返事を返しつつ、お土産を渡す。

「ありがとう、みんなで食べようか。馬車の揺れは改善できないか考えてみるよ」

 お土産はそのまま給仕をしているメアリーの手に渡り、お茶会に参加している人間の前に配られていく。

「ほう、饅頭か。ひさしぶりじゃのう。これは、緑茶と合うんじゃ」

 師匠がお土産を前に顔をほころばせている。
 なんか、おつかいに行く前より肌がツヤツヤしているように見えるんだけど、どうなっているんだろう。
 城に来て、森に居た時より美味しいものを食べているからだろうか。

「緑茶ってなに?」
「茶葉を発酵させていないお茶のことじゃ。渋みや苦みがあるが、それが甘い饅頭と合うのじゃ。なんじゃ、そっちは無いのか?」
「無いわよ」
「気が利かないのう」

 そんなこと言われても知らない。
 そんなこだわりがあるなら、先に言っておいて欲しい。

「仕方ないのう。メアリーさんや、紅茶を濃いめに入れてくれんか」
「承知しました」

 師匠が我儘を言って、紅茶の淹れ方に注文を付けている。
 苦いお茶は苦手なんだけどな。
 別々に入れてもらうのは手間だろうから、別にいいけど。

「饅頭とは何だ?食べたことがないが」

 配られたお土産を怪訝な表情で見ているのはアダム王子だ。
 おつかいに行く前は義理の姉ドリゼラとしけ込んでいてお茶会に参加していなかったんだけど、今日は参加している。
 ヤり過ぎて空っぽにでもなったのだろうか。
 まあ、どうでもいいけど。

「豆を砂糖で煮てペースト状にしたものを、小麦の皮で包んだものですよ」

 メフィが饅頭について説明する。
 というか、そういうものだったんだ。
 試食したら美味しかったから買ってきたんだけど、そこまでは知らなかった。

「豆を砂糖で煮る?それは旨いのか?」

 アダム王子はどうやら馴染みのない料理方法を聞いて警戒しているようだ。
 この国では豆類は煮込み料理など塩味で食べるのが主流だからだろう。
 先入観を持たずに食べたら美味しかったんだけどな。

「嫌なら食べなくていいわよ」
「いや、他国の菓子にも興味があるから食ってみる」

 アダム王子がフォークで饅頭を一口サイズに切って口に運ぶ。
 手で持って噛り付くのも美味しいんだけど、さすがに王族だからかマナーを守っているようだ。

「旨いな。ドリゼラにも食べさせてやりたいから、後でいくつかもらえるか」
「かしこまりました」

 アダム王子の要求にメアリーが応える。
 疑っていたわりには気に入ったようだ。
 続けて二口目も食べている。

「あ、ホントだ。思ったより甘ったるくないし、美味しいね」
「うむうむ。旨いのう」

 アーサー王子と師匠も気に入ったようだ。
 お土産を買ってきた甲斐がある。
 それはいいけど、そろそろ本題に入ろうと思う。

「じゃあ、おつかいの報告を始めていい?」

 *****

 まずは表向きの任務の報告だ。

「王女様との婚約は無事に断ってくることができたわよ」
「そうか」

 アダム王子が頷く。

「病気だってことにして断ってきたんだから、引きこもれとは言わないけど、しばらく女遊びは控えてよ」
「わかっている」

 本当だろうか。
 まあ、義理の姉ドリゼラの部屋に通うくらいなら城の中だから目立たないだろうけど。

「何か代わりの要求はしてこなかった?」
「王様は、あなたと王女様を婚約させたかったみたいだけど、なんとか誤魔化してきたわ」
「助かるよ」

 アーサー王子の問いに答える。
 私という婚約者がいるということを断る理由にしてきたわけだけど、それは教えない。
 アーサー王子が調子に乗るといけないからだ。

「これで暗殺者が送られてくる理由はなくなったでしょ」
「全く面倒なことだな。嫁ぎに来るのが嫌なら、暗殺者など送り込まず、そう言えばいいだろうに」
「政略結婚だから、嫌だからっていう理由だけで断るわけにいかないのはわかるけどね。でも、これで父上も向こうの王様も、婚約させようとは思わないんじゃないかな」
「だといいがな」

 政略結婚で強めるはずだった国家間の繋がりをどうするかという問題は残っているけど、それは王子達に何とかしてもらおう。
 そこまでは面倒見切れない。
 王子達の子供を政略結婚させるとか、色々と方法はあるだろう。

「まあ、その辺りはどうとでもなるじゃろ。それで、本来の目的は達成できたのか?」

 師匠が尋ねてくる。
 次は裏の任務の報告だ。
 こっちが本命でもある。

「農作物が不作の原因は、師匠の言った通りみたいね。言われた通り、種を配って来たわよ」
「それは何よりじゃ。とはいえ、効果が出るのは早くとも今度の冬じゃろうな」
「口減らしをすることなく冬を越せたら、効果ありってことね」
「そういうことじゃ」

 王女は口減らしされた娘達を集めていた。
 その娘達の一部がアダム王子に差し向けられた暗殺者になっていたのだ。
 それを防ぎ王女の力を削ぐために、口減らしが必要なくなるように不作の原因を取り除いてきたのだ。
 回りくどいけど、気付かれずに力を削ぐには有効な方法だ。
 ただ、これは効果が出るまでに長期間かかるので、今回は短期間で効果が出る作戦も実行してきた。

「もう一つの作戦の方はどうだったの?」

 そちらの作戦についてアーサー王子が尋ねてくる。

「作戦自体は成功よ。王女が囲っていた娘達は全員奪ってきたわ。私達の仕業だと気付くかも知れないけど、『食糧』も『手駒』も無くなったから、しばらくはおとなしくなるでしょ」

 再び『食糧』も『手駒』を手に入れるかは、先ほどの作戦の効果が出るかどうかにかかっている。
 そちらは気長に待つとしよう。

「大勢連れ帰ってきても大丈夫なように準備しておいたんだけど、ずいぶん少なかったね」

 気の利くことだ。
 でも、連れ帰ってきたのは帰りの馬車で追いついてきた四人なので、準備を無駄にさせてしまったようだ。
 だけど、仕方がない。

「日常生活に戻れそうな人間が少なかったのよ。シェリーみたいに環境に耐えられた人間は、連れ帰った四人だけよ」
「・・・そうなんだ」

 その他の人間がどうなったのかは聞いてこなかった。
 けど、ちらっとメフィの方を見たから気づいてはいるのだと思う。
 そのメフィは、涼しい顔をしてお茶を飲んでいる。

「その四人はどうするの?最終的には解放してもいいと思うけど、すぐにはマズいよね?」
「それについては本人達の希望を聞いているわ。私の手足になってもらおうと思ってる」
「シンデレラの部下にってこと?」
「ええ。問題ある?」

 表向きはメイド、裏では今回みたいな仕事を手伝ってもらおうと思っている。
 一人でできることには限りがあるから、手伝いがいると助かるのは確かだ。
 ただ、私兵を持つことになるから、そこを問題視される可能性はある。

「どんなことをするか情報を共有してくれるなら問題はないけど・・・MMQに入れるんじゃダメなの?」
「あの娘達は、なぜか身体能力が高いけど、隠密行動には向かないと思う」

 まるで獣みたいな身体能力だったけど、あれはどうしてだろう。
 肉ばかり食べていたからだろうか。
 肉を食べると、筋力はつくし、性格も攻撃的になると聞く。
 はっきりした理由は分からないけど、どちらにしろ気付かれずに行動するのは苦手そうだ。

「だから、無理にそっちの技術を習得させるよりは、得意分野を活かした仕事をしてもらおうと思ってるのよ」
「そうか・・・わかったよ」

 どうやら、アーサー王子の許可は下りたようだ。
 まあ、反対したとしても扱いに困るだろうけど。

「しばらくはシェリーに面倒を見させて、メイドの仕事を覚えさせようと思っているけどね」

 さすがに裏の仕事ばかりを回すわけにもいかないので、普段はメイドとして働いてもらう。
 そのままメイドの仕事だけをしたいというなら、それでもいいと思っている。
 その辺りは、あの四人、シェリーを合わせると五人しだいだ。

「私からの報告は以上かな。城に残っていた方は何かあった?」

 私は自分の報告を終え、他の人に話を振る。
 お茶会の雰囲気からすると、大きな事件なんかは無かったみたいだけど、一応尋ねてみる。

「では、わしから報告しようかのう」

 師匠がそう言って真面目な表情になる。
 何かあったのだろうか。
 お茶を一口飲んで気持ちを落ち着けてから、聴く体勢になる。

「実はの・・・」

 もったいぶった言い方をしながら師匠が言葉を続ける。

「最近、騎士団長と良い雰囲気になれたのじゃ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ほう。それは、おめでとうございます」
「お茶のおかわりはいかがですか?」

 メフィとメアリーの言葉が耳に入ってくるが、右から左へ流れていく。
 それより前に理解すべきことがある。

「えっと・・・一応、訊くけど誰が?」
「むろん、わしじゃ」
「ああ・・・そう」

 なるほど。

 ・・・・・

 なるほど?

「・・・・・それで?」
「ほっぺに、ちゅーまでしたのじゃ。次は唇を狙う」
「うん、まあ・・・頑張って?」

 そんな報告いらない。
 好きにしたらいい。
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