シンデレラストーリーは悪魔の契約に基づいて

かみゅG

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第九章 お菓子の家

145.見逃した道標

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「もう一つ、気になったことがあるんだけど」

 アーサー王子が赤い顔を誤魔化すように、話を変えてくる。

「固定種と一代交配種って、アレのことだよね」

 と思ったら、割と真面目な話だった。

「ええ、アレのことよ」
「アレのことじゃな」

 どうやら、アーサー王子は知っていたようだ。
 そして、私はもちろん知っている。
 さらに、私に教えた師匠も知っている。

「アレじゃ、わからん」

 知らないのは、アダム王子だけのようだ。
 説明するのが面倒だな。
 私の表情からその考えを読み取ったのか、アーサー王子が率先して説明してくれる。

「簡単に言うと、固定種は父親と母親が同じ品種の種、交配種は父親と母親が異なる品種の種のことだよ。交配種の方が病気に強くて収穫量が多いけど、その特徴は次代に引き継がれないことが多いんだ。特徴が一代しか引き継がれない種のことを、一代交配種っていうんだよ」

 えらく、ざっくりした説明だな。
 間違ってはいないけど、それで理解してもらえるかな。

「さっぱり分からん」

 やっぱり。
 仕方ないので、補足することにする。

「たとえば、アダム王子が複数の女性を孕ませたとして・・・」
「なんだ、そのたとえは」

 アダム王子が文句を言ってくるけど、無視する。

「孕ませたとして、アダム王子と同じ髪の色の女性だったら、子供も同じ髪の色になるわよね」
「まあ、そうだろうな」

 アダム王子は頷くけど、実はそうとは限らない。
 隔世遺伝することもあるんだけど、そこまで説明すると話が長くなるから省略する。

「でも、アダム王子と違う髪の色の女性だったら、子供はどんな髪の色になると思う?」
「それは・・・父親か母親の、どちらかの髪の色になるんじゃないか?」
「そうなる可能性が高いでしょうね。そしてそれは、髪の色だけじゃなくて、目のよさだったり、手先の器用さだったり、足の速さだったり、そういうところでも同じことが言えるのよ」
「ほう。では、父親と母親のよいところばかりを引き継げば、優秀な子供が生まれるな」
「引き継げばね」
「そう上手くはいかないか。そのくらいは俺にもわかるぞ」

 アダム王子の言葉は正しい。
 そんな子供を産ませようとすれば、アダム王子は何十人、何百人と孕ませなければならないだろう。
 現実的じゃない。
 もしかしたら、アダム王子なら不可能じゃないかも知れないけど、一般的には現実的じゃないと思う。

「そうね。でも、作物に求める優秀さっていうのは数が少ないの。病気に強い。収穫量が多い。ついでに味が美味しければ言うことないわね。そのくらいじゃないかしら」
「そうだな」
「だから、作物の場合は、どの植物とどの植物をかけあわせれば優秀な種が取れるか、それがわかっているのよ。それが交配種」
「そこまではわかった。それで、アーサーが言っていた、特徴が一代しか引き継がれないというのは?」

 アーサー王子の説明を覚えていたか。
 その答えは簡単だ。

「両親が優秀だからといって、子供も優秀とは限らないでしょう」
「なるほど、納得した。優秀すぎる親は子供を甘やかすから、子供は愚かに育つことが多いからな」

 今の話は遺伝の話であって、環境による成長の話じゃないんだけど、まあいいか。
 説明するのが面倒だ。

「それで、今の話がなんなのだ?アーサーが気にしているようだが」
「たぶんだけど・・・」

 その問いにはアーサー王子が答えた。

「シンデレラがシルヴァニア王国で配ったのは、一代交配種なんじゃないかな」
「そうよ」
「やっぱり・・・」

 アーサー王子が頭を抱えた。
 他の国のことだというのに、人のいいことだ。

「この国は交配種が多く出回っておったからのう。そちらの方が集めやすかったのじゃ」

 配った種や苗は、師匠に集めてもらった。
 そのときに教えてもらったから、私も知っていたのだ。
 だから、ヒルダにも種や苗を購入する予算を確保させておいたんだけど、エリザベート王女のせいで種や苗が購入されることはなかった。
 シルヴァニア王国の人間は、予算に余裕ができて、エリザベート王女に感謝すらしているのかも知れない。
 実際には、その浮いた予算でも足りないくらいのお金が、後で必要になってくるんだけど。

「待て。あのシルヴァニア王国の使者は、お前が配った苗から取れた種を利用したと言っていなかったか?」
「言っていたわね」

 収穫量が多かった作物から取った種。
 だけど、収穫量が多いという特徴を引き継いでいない種。

「じゃあ、なにか。あの国が今年植え付けた作物は・・・」
「病気に強いけど収穫量が少ない作物。収穫量が多いけど病気に弱い作物。そんなところでしょうね」
「なんてこった・・・」

 アダム王子も頭を抱えた。
 兄弟そろって、人のいいことだ。

「私の指示・・・『聖女の加護』を蔑ろにしたんだから、自業自得よね」

 私の指示に従わなかったのはかまわないけど、従わなかったことによる結果は従わなかった者の責任だ。
 その責任は自分達で取ってもらおう。

「気になるなら、難民の受け入れ準備くらいはしてあげたら?」
「簡単に言ってくれるな」

 アダム王子が恨みがましい目を向けてくる。

「それから、アレの量産は進めておいた方がいいわよ。難民は受け入れても、暴徒は受け入れたくないでしょ」
「すでに進めてはいるけど、アレを民衆に使う気はないよ」

 私も積極的にそうしたいわけじゃない。
 けど、それは向こうの出方しだいだ。
 どちらにしろ、私にできることは、ほとんどない。

「冬には温泉に入りに行きたいわねぇ」

 私はそんなことを呟いた。

 *****

 夏。

「早く喋るようにならないかなぁ」

 ドリゼラの部屋に訪れて、ヘンゼルとグレーテルの成長を見守るのは、私の日課だ。

「もう少し時間がかかると思うわ」

 首がすわってきたこともあるので、最近は私も二人を抱っこさせてもらっている。
 そんなわけで、今はヘンゼルを抱っこしている。
 しっかりと重さは感じるんだけど、柔らかくて温かくて、なんていうか守ってあげたくなる。
 これが母性本能ってやつなのかな。
 私も赤ちゃんが欲しくなってくる。

「ごめんね。まだお乳は出ないのよ」

 ヘンゼルが私の胸を、ふにふにと触ってくるので、そう教えてあげる。
 けど、言葉の意味が理解できなかったのか、ふにふにと触り続けてくる。

「お乳が欲しいわけじゃないのかな?単純におっぱいが好きなのかな?」

 お腹が空いている訳じゃなさそうだ。
 ただ、ふにふにと触って、満足そうにしている。

「お父さんに似ちゃって、困ったものね」

 そう言いながらも、ドリゼラのヘンゼルを見る目は優しい。

「あー・・・うー・・・」

 一方のグレーテルの方は、ドリゼラに抱っこされている。
 腕をこちらに伸ばそうとしているけど、それが向く方向は残念ながら私じゃない。
 ヘンゼルの方を向いている。

「グレーテルはお兄ちゃんが大好きみたいね」
「どれだけ泣いていても、ヘンゼルの側に連れていくと泣き止むのよ」

 将来ブラコンにならないか、ちょっと心配だ。
 まあ、なったらなったで、他の国に嫁がないで、ずっとこの国にいてくれそうだから、それはそれでいいかな。
 そんな感じでヘンゼルとグレーテルをあやしていると、ドリゼラが少し真面目な声色になる。

「ねえ、シンデレラ。何度かシルヴァニア王国から使者が来ているみたいだけど、なにかあったの?」

 そして、そんなことを訊いてきた。
 こういう聞き方をしてくるってことは、詳しいことは知らないみたいだな。
 アダム王子が教えていないんだろう。
 私も教えるつもりはない。
 ドリゼラには関係がない話だし、そんなことに気を回すくらいなら、ヘンゼルとグレーテルの世話をしてくれていた方がいいからだ。

「シルヴァニア王国に滞在していたときに知り合った人から、私に遊びに来ないかってお誘いが来ているのよ」
「・・・シンデレラだけに?」

 ドリゼラが疑わしそうな顔をする。
 さすがに素直に信じてはくれないか。
 ドリゼラは、頭がお花畑だった母親や妹と違って、頭が悪いわけじゃないみたいだからな。

「私が温泉を気に入ったのを知っているからね。でも、夏は暑いでしょう。だから、断っているのよ」
「そうなの」

 ドリゼラが納得した顔になる。
 本当に納得したのかは分からないけど、少なくともこれ以上、訊いてくることは無さそうだ。
 だから私も、これ以上は説明しない。

「ヘンゼルとグレーテルが大きくなったら、温泉に連れていってあげようかなぁ」
「きっと喜ぶと思うわ」

 私はそれを想像してみる。
 ドリゼラを誤魔化すために口にした言葉だけど、想像してみると悪くない。
 それどころか、けっこう良いアイデアな気がしてきた。
 あの気持ちよさは、きっとヘンゼルとグレーテルも気に入ってくれるだろう。
 そうしたら、私に懐いてくれるかも知れない。

「・・・やっぱり、温泉のある村の領土だけでも手に入れるべきかな」
「シンデレラ?」
「なんでもないわ」

 いけないいけない。
 危うく、温泉が欲しいという理由で、戦争を吹っ掛けそうになってしまった。
 そんな私の願いが叶ったわけでもないだろうけど、アヴァロン王国に対して宣戦布告が届いたのは、秋が近づいた頃だった。
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