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第十一章 ハーメルンの笛

175.困った人々(その4)

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 雑談しているとお茶が届いたので、それを飲みながら、まったりとした時間を過ごす。
 MMQのメイド達は、私とアーサー王子の間に現れた恋のライバルの話題で盛り上がっていたみたいだけど、それに混ざる気にはならなかった。
 なんというか、あの王女様に関わると、とても疲れそうな気がする。
 巻き付く力も吸い付く力も強力で、引き剥がすだけでも苦労したのだ。
 そんな王女様の噂をしていて本人が来たりしたら、メンドクサイ。
 噂をすれば影がさす、という諺もあるくらいだ。

「シンデレラ様」

 私がまったりしていると、メイドの一人が声をかけてくる。
 見ると、部屋の扉の方に視線を促された。
 まさかと思って見るけど、そこにいたのは王女様では無かった。
 アーサー王子だ。
 そういえば、目が覚めたら来るように伝言していたのだった。

「起きたのね」
「う、うん」

 声をかけるけど、アーサー王子は入ってこようとしない。
 なんだか、おどおどしているようにも見える。

「入ってきたら?」
「そ、そうだね」

 入ってくるように言って、ようやく部屋に入ってくる。
 なんだろう。
 すごく気まずそうにしている。

「・・・・・」
「・・・・・」

 アーサー王子は、ちらちらとこちらを見てくるけど、声はかけてこない。
 観察されているようで、むずむずする。
 でも、目の前にいるのに見るなとも言えない。
 そのまま、むずむずに耐えていると、しばらくしてからアーサー王子が口を開く。

「あのね、シンデレラ。あのキスは、僕からしたわけじゃないっていうか・・・」
「見てたから知ってる」
「ああ、うん。そうだよね」

 それだけ言うと、アーサー王子は、ちらちらを再開する。
 正直、うっとうしい。
 けど、今の言葉でなんとなく分かった。
 これは、きっとアレだろう。
 浮気をした夫が、妻に言い訳している雰囲気だ。
 でも、私は現場にいて事情を知っているわけだから、言い訳なんかしてもらわなくてもいいんだけどな。
 逆に、ちらちら見られていると、むずむずで機嫌が悪くなりそうだ。

「それとね、シンデレラ。あそこで褒めたのは、鎧が技術的に凄かったからであって、着ていた人が美人だったからじゃないからね」
「確かに美人だったわね」
「ええと、その・・・」

 鎧が技術的に凄いということは私にはよく分からなかったけど、着ていた人が美人だったことは分かる。
 だから、そのことに対して相槌を打ったのだけど、アーサー王子はなんだか気まずそうにする。
 まるで私が嫉妬して、いびっているかのようだ。
 そんなつもりは無いのだけど。

「アーサー王子、すっかりシンデレラ様のお尻に敷かれているわね」
「謁見の間で、アーサー王子が別の女性にキスをしたそうよ」
「え?浮気?修羅場?」
「アーサー王子はそんなことしないと思っていたのにショックだわ」
「でも、妻を何人も娶って子供を残すのは、王族の勤めっていうし」

 私とアーサー王子が会話をしていると、部屋の中の少し離れた場所ではMMQのメイド達も会話を始める。
 あれは、ひそひそ話をしているつもりなのだろうか。
 それとも、あえて聞かせようとしているのだろうか。
 会話の内容が丸聞こえだ。
 メイド達の会話が聞こえてくるたびに、アーサー王子が見えない何かにチクチクと刺されているかのように身悶えする。
 でも、ここで私がアーサー王子を庇うのも何か違う気がするし、そのままにしておく。

 *****

 ぐてっとした感じで、アーサー王子が疲れた表情をしている。
 寝起きのはずなんだけど、ずいぶんと疲労しているようだ。
 あれは、体力的なものじゃなくて、精神的なものかな。

「温かいお茶でも淹れてあげて」
「かしこまりました」

 私の言葉を受けて、しれっとした表情で、メイドの一人がお茶を淹れに行く。
 自分達の会話が私達に、というかアーサー王子に聞こえていたことは分かっているだろうに、そのことはおくびにも出さない
 それだけ上司であるアーサー王子と部下であるMMQのメイド達の関係が、気安いものだということかな。
 そう思っておくことにする。

「お客様です」

 そんなことを考えながらお茶を待っていると、メイドがお茶とともにお客さんを連れてきた。

「入ってもらって」

 この国に私とアーサー王子の知り合いは一人しかいない。
 直接部屋を訪ねてくる人間の予想はつく。
 だから、誰かを確認することなく、お客さんを部屋に入れる許可を出す。

「ひさしぶりだな」

 そう言いながら、お客さんが部屋に入ってくる。
 姿を見せたのは予想通りの人物だった。

「フィドラー殿、おひさしぶりです」
「シルヴァニア王国に滞在していたとき以来ですね」

 フィドラーの挨拶に、アーサー王子と私も挨拶を返す。
 フィドラーは私達、というかアーサー王子を見ると、首を傾げる。

「何か疲れているようだが、どうした?浮気でも咎められたか?」
「うっ・・・」
「図星か。アーサー殿、うちの姉が迷惑をかけて、悪かったな」

 謁見の間でのことを言っているのだろう。
 フィドラーが謝罪をしてくる。
 でも、口では謝っているけど、表情は謝ってはいない。
 あれは、面白がっているな。

「別に浮気を咎めてなんていないわよ。その場で見ていたのに、浮気だなんて思うわけないでしょ」

 フィドラーを面白がらせるのも癪なので、訂正しておく。
 それに、事実として私は浮気を咎めてなんていない。
 アーサー王子が勝手に気にしているだけだ。

「なんだ、つまらん。聖女殿に愛想をつかされたら、アーサー殿が心置きなく我が国に来てくれると思ったのだがな」

 はっきり『つまらん』と言ったな。
 本人達を前に言うことじゃないだろう。
 まあ、それはいいや。
 けど、アーサー王子をハーメルン王国に引き入れると言ったのは、どの程度の本心なのだろうか。
 本気の可能性もあるように思う。
 シルヴァニア王国にいたときから、フィドラーはアーサー王子を気に入っているようだった。
 まさかとは思うけど、王女様がアーサー王子にキスをしたのも狙ってのことじゃないだろうな。

「それで、なんの用事?」

 フィドラーは知り合いだけど、そこまで親しいというわけじゃない。
 ましてや、ここは彼にとって自分の国だ。
 当然、シルヴァニア王国にいたときよりも、手駒は多いだろう。
 知り合いだとしても油断はできない。
 逆に、知り合いだからこそ、警戒が必要な可能性もある。
 私達がフィドラーを知っているように、フィドラーは私とアーサー王子のことを知っているのだ。

「それなんだがな・・・」

 私が用事を訪ねると、フィドラーが返事を言い淀む。
 本人達を前に『つまらん』と言うような人間が、何を気にしているのだろう。
 何だか厄介事の予感がする。

「おまえ達に紹介したい人間がいる」

 そう言ってフィドラーが場所を譲ると、後ろから別の人物が進み出てきた。
 私達に紹介したいという人物だろう。
 その人物は数歩前に出ると、流れるように美しいカーテシーをおこなう。
 私がするような、小さな子供の頃に習っただけの、形だけのカーテシーじゃない。
 日常生活の一部として身体に馴染んでいる、自然に出てきたようなカーテシーだ。
 立ち振る舞いから、彼女が本物であることが分かる。

「先ほどは失礼しました。改めてご挨拶に参りました」

 さらりと流れる金色の髪。
 すらりと美しい肢体。
 そして、晴天の空を思い起こさせる青い瞳。

 彼女のことは見たことがある。
 だけど、頭の中で結びつかなかった。

 無骨な金属の鎧ではなく、清楚なドレスに包まれている。
 だけど、そういう表面的なことではない。

 溢れ出ている雰囲気が違う。
 まるで別人のようだ。

「私は、ハーメルン王国、第一王女、グィネヴィアです。お見知りおきください」

 フィドラーが連れて来たのは、謁見の前でアーサー王子にキスをした女性だった。
 奇行の印象が強すぎて、今の姿と結びつかないけど、間違いないと思う。
 少なくとも、顔の形は謁見の間にいた女性と同じだ。
 双子でもいなければ、本人だと思う。

 ・・・・・

 いや、双子の可能性もあるかな。
 どうも、謁見の間での奇行の印象が頭から離れない。
 とはいえ、双子だったとしても、目の前の女性が第一王女であることに変わりは無い。
 相手が挨拶をしたからには、こちらも挨拶をする必要がある。
 こちらとしては、アヴァロン王国の第二王子であるアーサー王子が挨拶をして、次にその婚約者である私が挨拶をするのが筋だ。
 だから、アーサー王子が挨拶をするのを待つのだけど、いつまで経ってもそれが聞こえてこない。

「・・・・・」

 ちらりと見ると、アーサー王子が呆けた表情をして、グィネヴィアを見ていた。
 これは、アレだろうか。
 見惚れているというやつだろうか。
 確かに、謁見の間での奇行はともかく、グィネヴィアの容姿や立ち振る舞いは別人のように美しい。
 だから、見惚れてしまっても仕方が無いとは思う。
 けど、王族として礼儀くらいは忘れないで欲しい。
 アーサー王子が挨拶をしないことには、私が挨拶をすることもできないのだ。
 後ろから針でも刺して目を覚まさせてやろうかと思ったところで、グィネヴィアが先に動いた。
 流れるような足取りで、アーサー王子に近づいてくる。
 また、巻き付いたり、吸い付いたりするのだろうか。
 そう警戒するけど、とりあえず、その気配は無さそうだ。
 代わりに、グィネヴィアはアーサー王子の手を取ると、真正面から瞳を見詰めて口を開く。

「結婚してください」

 出てきたのは、キスよりも熱い、情熱的な求婚の言葉だった。
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