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第十一章 ハーメルンの笛

177.暗躍する鼠(その1)

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 今日。
 いや、もう昨日だろうか。
 昨日の昼間は、かなり疲れた。

 謁見の間での出来事。
 王女の訪問。

 怒涛の一日だったと言っていいだろう。
 王女が王子に一目惚れするというのは、物語に出てくるような場面だったに違いない。
 なにせ、少女が憧れる素敵な場面の代名詞のようなものだ。
 しかし、実際にその登場人物になってみると、素敵という感想からは程遠いものだった。

「ふぅ・・・」

 ベッドに横になりながら考える。
 この国での最低限の役目は、果たしたと言っていい。
 ハーメルン王国の切り札は、あの鎧だろう。
 その情報を得ることはできた。
 けど、及第点の役目は、果たしたとは言えないと思う。
 ハーメルン王国の真意。
 その情報を得なければならない。

 バビロン王国との同盟に賛成する派閥。
 アヴァロン王国との同盟に賛成する派閥。

 ハーメルン王国にその二つの派閥がある以上、単純に同盟を断ることはできない。
 アヴァロン王国が同盟を断った結果、ハーメルン王国がバビロン王国と同盟を組む可能性があるからだ。
 では、同盟に受ければいいかと言うと、そういうわけでもない。
 それが次の戦争の引き金になりかねないからだ。

「はぁ・・・」

 考えるべきことは多い。
 そのせいで、疲れているのに、深夜まで寝付けなかった。
 せめて身体だけでも休めようと、ベッドに横になりながら、心を沈める。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 かちゃ

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 ウトウトしかけたところで、意識が浮上する。
 何か物音が聞こえた気がした。
 けど、気のせいかも知れない。
 あるいは、風の音かも知れない。
 ウトウトしていたせいで、判断がつかない。
 でも、今は音が聞こえてこない。
 だから、気のせいだったと思うことにした。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ぎしっ

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・

 再び意識が浮上する。
 また物音が聞こえた気がした。
 今度は気のせいじゃない。
 先ほどよりも眠りが浅かったから分かる。
 間違いなく音がした。
 それも近くで。

 深夜の寝室。
 そこで発生した音。
 しかし、寝室で寝ている人間が寝返りを打った音ではない。
 それが意味するところは一つ。
 誰かがいる。
 自分以外の誰かだ。

「・・・・・」

 耳を澄ます。
 音を立てた人間が誰かは分からない。
 けど、深夜の寝室に無断で侵入する人間が、真っ当な客であるわけがない。
 下手に動くのは危険だ。
 慎重に相手の正体を探る必要がある。
 手がかりは相手が立てる音だけだ。

「・・・・・ゃん」

 微かな声が耳をくすぐる。
 心地よい声。
 でも、それだけじゃない。
 背筋がぞくぞくする。
 甘く絡みつくような声。

「・・・アーちゃん」

 ぎしっ

 間近に熱を感じる。
 手を伸ばせば触れることができる距離。
 自分の上に覆いかぶさるように、火傷しそうな熱の塊がいる。

「ん~~~・・・」

 息が顔を撫で、体臭が鼻腔をくすぐり、声が頭を蕩けさせる。
 近づいてくるものが唇に触れれば、きっと痺れるような甘さが口に広がるのだと思う。
 けど、その直前で目を開く。

「あうっ」

 ころん、と自分の上から塊が転げ落ちる。
 彼女は一度捕まったら逃げられないくらい力が強いけど、身体は華奢だ。
 体重は軽い。
 勢いよく押しのけると、簡単に転がっていった。

「縛って」
「かしこまりました」
「!?」

 潜んでいたメイド達によって、くるくると縛られていく。
 布団で巻いてから縄で巻いているのは、思いやりだ。

 痛くないように。
 寒くないように。

 そういった思いやりだ。
 
「む~~~!」

 猿ぐつわをしているのも思いやりだ。
 ただし、こちらは彼女ではなくて、周囲に対する思いやりだ。
 深夜に騒がれると、周囲に迷惑がかかる。
 うるさくて眠ることができない。

「やれやれ」

 メイド達に解散を命じて、ベッドに潜り込んだ。

 *****

 翌日。
 早朝から、なんだか騒がしい。

「フィドラー様、困ります!」

 部屋の外から、メイドが制止する声が聞こえてくる。
 制止されているのは、フィドラーだ。

「・・・・・眠い」

 昨日は夜遅くまで考え事をしていたから眠るのが遅かった。
 だから、まだ眠い。
 けど、客が来たのなら、起きなければならないだろう。
 早朝に尋ねてくる非常識な客だけど、用件は分かっている。
 部屋の中に転がっているものを引き取ってもらわないといけないから、追い返すわけにもいかない。

「アーサー殿、朝からすまない。こちらに姉さんが来ていないか?今朝から姿が見えなくて・・・」

 メイド達を押しのけて強引に通ったのだろう。
 フィドラーが謝罪をしながら部屋に入ってくる。

「そこに転がっているわよ」

 そんなフィドラーに、欠伸をしながら答える。
 人前で欠伸をするなんて礼儀には反するだろうけど、年頃の娘の部屋に強引に入ってきたのだから、気にすることはないだろう。

「・・・なぜ、聖女殿がアーサー殿の部屋にいる」

 私がいるのは予想外だったのだと思う。
 驚いた顔をした後、フィドラーが尋ねてくる。
 もしかしたら、下世話な想像でもしているのかも知れないけど、それは違う。

「ベッドの硬さが合わなかったから、部屋を変わってもらったのよ」

 そう答えておくけど、もちろんそれも違う。
 昼間の奇行から考えて、夜も行動を起こすかも知れないと予想して、私とアーサー王子の部屋を入れ替えておいたのだ。
 そもそも、王城の部屋に用意されているベッドの硬さが、部屋によって違うわけがない。
 安宿ならともかく、普通、王城にそんな質の悪い家具は置かない。
 そんなことは、フィドラーも分かっていると思う。
 けど、それについて、フィドラーは指摘してこなかった。
 ベッドの横で簀巻きになっているグィネヴィアを見て、何があったのか察したのだろう。

「グィネヴィア様は友好を深めるためにお泊りにきたんだけど、かなり寝相が悪いみたいね」
「・・・迷惑をかけたようだな」

 簀巻きにしたことについては何も言ってこなかった。
 『そういうことにする』ことに同意したと考えていいだろう。
 ならこれで用件は終わりだ。

「着替えたいから、グィネヴィア様を連れていってくれる?」
「わかった」

 私の要求に頷き、フィドラーが簀巻きを引きずっていく。
 さて、これで静かになった。
 二度寝をしたいところだけど、そういうわけにもいかないだろう。
 この国には遊びに来たわけじゃない。

「やれやれ」

 欠伸をしながら、着替えるためにベッドから降りた。
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