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第十三章 シンデレラ

209.シンデレラ(その5)

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「なるほど、状況はわかった。だが、厄介だな。略奪を目的としていないから交渉で争いを止めることはできないし、指示をしている人間もいないから全滅させるまで止まらないだろう」

 ファイファーの説明に、フィドラーが難しい顔をして唸る。

「じゃが、薬をばら撒いているのがエリザベートなら、彼女を倒せば、少なくともこれ以上吸血鬼が増えることはあるまい。放っておけば、王都に収まりきらず、国中に吸血鬼薬が広まるじゃろう」
「そうだな」

 師匠の言葉に、フィドラーは難しい顔を止めはしなかったけど、納得の意志を示す。
 彼女を倒してもすぐに事態が終結するわけではないけど、倒さなければ事態の終結までの時間が伸びるのは確実なのだ。
 しかも、国中の人間が吸血鬼になって攻めてくるとなれば、何年もの間、事態が終結しない可能性すらあるのだ。
 選択の余地はない。

「エリザベートは王城の奥にいるが、そこと繋がっている隠し通路についての情報を手に入れることができた。大きく迂回して王都の端から侵入すれば、エリザベートを暗殺することは可能だろう」

 続けてファイファーは次の情報について語る。
 その内容に全員が驚いた顔になる。

「それは、いざというときに王族が利用する通路ではないのか?よくそんな情報を手に入れられたのう」

 師匠が感心したように言う。
 普通はそんな情報は手に入らない。
 その国の王族からすれば、まさに生命線だからだ。
 重臣ですら知らない情報なんじゃないだろうか。
 よほど大物の情報源がいるらしい。
 その疑問に答えるようにファイファーが説明を続ける。

「我の部下がバビロン王国の貴族から情報を得た際に、交換条件として王族の一人の保護を持ち出された。その王族は当初は薬のせいで正常な判断ができない状態だったが、治療によって辛うじて自らの状態が判断できるようになった。隠し通路はそのとき手に入った情報だ」

 その貴族というのは、たぶんバビロン王国の重臣かなにかだろうな。
 身の危険を感じて、早い段階で避難したのだろう。
 逃げ出したともいえるけど、そのおかげで情報が手に入ったわけだ。

「その王族というのは誰だ?信用できるのか?」

 フィドラーは情報源を疑っているようだ。
 確かに普通は手に入らない情報だから無理はない。
 隠し通路が本物だとしたら、その存在は各国が知るところとなったのだ。
 今後は役に立たないだろう。
 責任感のある王族なら、拷問されても喋らない可能性すらある。
 ファイファーはフィドラーの質問に、貴重な情報源について隠すことなく答える。

「プラクティカルだ」
「なんだとっ!」

 その名前に激昂したのはフィドラーだ。
 プラクティカルは、エリザベートをシルヴァニア王国から連れ出し、バビロン王国へ連れていった張本人だ。
 彼がそんなことをしなければ、今の状況は発生していなかった。
 ある意味、元凶の一人だと言っていい。

「会わせろ!殴らないと気がすまん!」

 フィドラーは感情も露わに要求する。
 彼に怒りを感じるのは全員が同じだろう。
 だから、フィドラーのように感情的にならないけど、誰も止めようとはしない。
 けれど、その要求にファイファーは難しい顔をする。

「一応、連れてきてはいる。だが、見れば気分を害するかも知れないぞ?」
「気分ならすでに害している!」
「いいだろう」

 ファイファーはフィドラーの要求に応えるために、部下に指示を出す。
 この場に連れて来るつもりなのだろう。
 しばらくして、プラクティカルが運ばれてきたときに、、私達はファイファーが『気分を害する』と言った意味を理解した。
 プラクティカルはファイファーの部下に連れて来られたわけではなく、文字通り運ばれてきたのだ。

「モモにロースに・・・・・タンもか。エリザベートは美食家のようじゃのう」

 プラクティカルの姿を眺めて師匠が感想を口にする。
 その内容は今の彼の姿を端的に表していた。

「ーーー・・・ーーー・・・」

 プラクティカルの身体は、所々が欠けていた。
 あれでは、自分で歩くことも、喋ることもできないだろう。
 今も何かを喋ろうとしているようだが、言葉になっていない。
 口から空気が漏れる音だけが聞こえてくる。
 手も動かせないようだから筆談もできないと思うのだけど、よく情報を得ることができたな。

「薬で正気を失っている間に、この姿にされたようだ。そのことを恨んでいて、情報を提供してくれたよ。筆を口に咥えてだから時間はかかったがな。どうする?殴るか?」

 ファイファーがフィドラーに尋ねる。

「・・・・・ふんっ。弱者をいたぶる趣味はない。目障りだから、連れていけ」

 フィドラーは不満そうにしながらも、手を出すことは無かった。
 プラクティカルの姿を見て、その気が無くなったのだろう。

「待って」

 代わりに私が、プラクティカルに声をかけることにする。
 私はファイファーの部下がプラクティカルを連れて行こうとするのを止める。

「情報を提供してくれたそうね」

 プラクティカルは、濁った目を私に向けてくる。
 もともと彼は、私に好意的では無かった。
 けど、今は自分をこんな姿にしたエリザベートを恨んでいるのだろう。
 私に対する感情は感じない。

「お礼は言わないし、同情もしないわよ。あなたがエリザベートを止めていれば、あなたがこんな姿になることも無かったし、吸血鬼が溢れ返ることも無かったんだから」
「ーーー・・・!」

 私が告げると、初めてプラクティカルに感情が表れる。
 その感情は怒りだ。
 私に対する怒りか、エリザベートに対する怒りかは、喋れない彼からは判断できない。
 でに、エリザベートの名前が出たから感情が表れたことは間違いない。

「でも、情報を提供してくれた対価は払わなくちゃね。苦しいなら殺してあげるけど、どうする?」
「ーーー・・・!」

 親切で言ってあげたのだけど、プラクティカルは怒りを増して口から荒い息を吐く。
 どうやら、この対価は気に入らなかったようだ。

「じゃあ、あなたをこんな姿にしたエリザベートを殺してあげる。それでいい?」
「ーーーーーーーーーー・・・!」

 口を動かした後、プラクティカルは首を縦に動かす。
 こちらの対価はお気に召したようだ。

「もういいわ」

 私が言うと、ファイファーの部下がプラクティカルを連れて行く。
 唸り声を上げるプラクティカルがいなくなったことで、部屋が静かになる。

「あの子には見せられない姿です」

 ぽつりとヒルダが悲しそうな表情で呟く。
 あの子というのは、ヒルダが育てている子供のことだろう。
 その子供にとって、プラクティカルは父親にあたる。
 見せられないというのは、父親が酷い姿になったことを指しているのか、それとも父親が子供のことを全く気にしていなかったことを指しているのか、どちらだろうか。
 ヒルダの心の内は私には分からない。
 けど、どちらだとしても、子供にとって不幸なことであることは間違いない。
 唯一、子供によって幸福なことは、ヒルダが子供を心から気遣っていることだろう。
 子供のことはヒルダに任せようと思う。

「シンデレラ。彼がやったことは許されることじゃないけど、怪我人に鞭打つようなことをしなくても」

 そんなことを考えていると、アーサー王子が声をかけてきた。
 私がプラクティカルにキツイことを言ったからだろう。
 でも、私にも目的があったのだ。

「情報が信用できるか確認しただけよ」

 以前のプラクティカルは、笑顔の裏に野心を抱いているような人間だった。
 最初は私も彼の本質を見抜けなかった。
 けど、今はずいぶんと分かりやすくなったと思う。
 彼の感情はエリザベートに向いている。
 いや、以前からエリザベートに向いていたのだろう。
 なにせ、シルヴァニア王国から自分の国に連れ帰るくらいだ。
 根底に野心があったかも知れないけど、好意的な感情だったはずだ。
 でも、それは裏返った。

「それじゃあ、情報が正しいものとして作戦を立てましょうか」

 もし、プラクティカルがこんな姿にされてもエリザベートのために嘘をついているのだとしたら、私達は負ける。
 でも、私は彼が見せた感情を信じることにした。
 激しい怒りと、裏返る前の感情をだ。

 *****

 そんなわけで作戦を立てたわけだけど、実際のところ決めるべきことは少ない。
 細かいところを詰める必要はあるけど、やるべきことは決まっているからだ。

「作戦を整理するぞ」

 話し合いの後、師匠が最終確認をする。

「大きく迂回して、できるだけ吸血鬼を避けながら王都へ向かう。ファイファー殿の部下が接触した貴族がいる地域は比較的安全らしいので、そこを通過するルートを迂回ルートにする」
「今も安全かどうかは不明だが、他の地域よりはマシだろう」

 ファイファーが補足を入れる。

「王都についたら、隠し通路を通って、一気に王城まで侵入する。王都は吸血鬼が溢れ返っているせいで協力者は得られなかったので、完全に発見されないのは不可能じゃろう。強行突破するしかない」
「時間との勝負だな。それと隠し通路を使えるのは一度きりだろう。こちらが存在を知っていることを知られれば、対策されるだろうからな」

 今度はフィドラーが補足を入れる。

「隠し通路の地図では、王城の周りに張り巡らされた堀を通るようになっているから、王城に侵入するときは鎧を脱ぐことになるね。さすがに鎧を着て水中を通ることはできないだろうから」
「部分鎧なら可能かも知れんが、全身鎧は難しいじゃろうな」

 アーサー王子が課題を言い、それに師匠が補足を入れる。

「チャンスは1回で、装備も限られるなんて、難易度の高い任務ですね」
「まあ、失敗したとしても、致命的というわけではない。じゃが、失敗した場合は、吸血鬼を退治しきるまでに数年はかかるじゃろうな」

 ヒルダの懸念に師匠が答える。

「鎧は重量の関係で無理だけど、銃は持ち込めるように対策を考えてみるよ。火薬が湿らないすれば、何とかなると思う」

 みんな、各国の代表として来ているだけあって優秀だ。
 私が口を挟むまでもなく、色々と決まっていく。
 私はそれを眺めているだけでいい。

「・・・という作戦で行こうと思うがよいか?」

 だというのに、なんで最後に私に確認を取るのだろう。
 私に逃げるなということだろうか。
 直接言ってきたのは師匠だけど、全員が私の言葉を待っている。

「いいわ。その作戦で行きましょう」

 まあ、私も今回の件は逃げるつもりはない。
 だから、そう言って会議を締めくくった。
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