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第十四章 ヘンゼルとグレーテル

230.ヘンゼルとグレーテル(その11)

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 夕食の時間になりました。
 夕食はアリスやヒルダさんも一緒です。

『いただきます』

 そう言いながら、アリスとヒルダさんが手を合わせます。
 この動作は、この地方の文化だそうです。
 郷に入っては郷に従えと言います。
 わたしとお兄さまも手を合わせました。

「ヘンゼルとグレーテルの口に合うといいんだけど」

 ヒルダさんが話しかけてきます。

「とてもおいしそうです」
「いい香りがします」

 お兄さまとわたしが返事をします。
 社交辞令ではありません。
 本当においしそうです。

 ぱくっ

 食べてみたら、実際においしいです。
 見たことがない料理が多いですが、不思議と食べていて違和感がありません。

 ぱくぱくぱくっ

 おやつをたくさん食べたのですが、いくらでも食べられそうです。

「おかわり!」
「グレーテル、ちょっとは遠慮を・・・」
「いいのよ。ヘンゼルもどう?」
「あ、いただきます」

 ぱくぱくぱくっ

「おかわり!」
「ふふっ。口に合ったみたいでよかったわ」
「グレーテル、食べすぎじゃないかい?」
「グレーテルお姉ちゃん、すごいです」

 いくらでも食べられそうです。

 *****

 いくらでも食べられそうですが、いくらでもは食べられませんでした。

「もう、食べられません」
「食べすぎだよ」

 お兄さまに呆れられてしまいました。
 でも、仕方ありません。
 とてもおいしかったのです。
 それに、お兄さまだって何度もおかわりをしていました。
 わたしと同じです。

「あの、ヒルダ・・・さん。わたしも・・・」
「あら?小食のアリス様にはしては珍しいですね」
「ご、ごめんなさい」
「ふふっ。謝る必要はありませんよ。アリス様は食べる量が少なすぎるくらいですから、食欲があるのはいいことです」
「えっと・・・はい」

 アリスとヒルダさんは、楽しそうに食事を続けています。
 ゆっくりと食べているからか、まだ食べられるようです。
 わたしは、そんなアリスの様子を眺めます。

 小さな口をもぐもぐと動かして、かわいいです。
 でも、少しお行儀が悪いです。
 食事中なのに本を抱えています。
 おやつのときにも抱えていた本です。
 黒くて少し怖い感じのする本です。

「アリスはその本がお気に入りなの?」

 わたしは食事を続けるアリスに話しかけます。
 すると、アリスはその本をぎゅっと抱え込みます。
 まるで、取られるのを怖がっているようです。

「アリス様はその本を離さないんですよ。起きているときだけじゃなくて、寝ているときも持っているんですよ」

 ヒルダさんが困った表情で教えてくれました。
 どうも、アリスはヒルダさんの言うことも聞かないようです。
 どうりで、アリスが食事中に本を抱えていても、ヒルダさんが注意しないはずです。

「この本は・・・」

 わたしとヒルダさんが本を見ていると、アリスが本を隠すようにしながら、小さな声を出しました。

「・・・妖精さんからもらったものだから」

 妖精さん?

「だから、とても大切なものなの」

 アリスは妖精さんと言いました。
 どうやら、アリスは妖精さんと会ったことがあるようです。
 素敵です。
 わたしも会いたいです。

「そうなんだ。じゃあ、大切にしないといけないね」

 あ兄さまが微笑みながらアリスに話しかけます。

「・・・うん」

 むっ。
 アリスのあの目は恋する乙女の目です。
 でも、アリスは妹だから許してあげます。
 妹がお兄さまに恋をするのは当然のことです。
 わたしと一緒です。

 そうだ。
 いっそのこと、わたしとアリスで一緒にお兄さまのお嫁さんになるのはどうでしょうか。
 アーサーさまもお嫁さんが二人います。
 不可能ではないはずです。
 さっそく提案してみることにします。


「ねえ、アリス。あなた、わたしと一緒にお兄さまのお嫁さんにならない?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

 ・・・・・

「えぇ!?」
「あら?」
「グレーテル!?いきなり、何を言い出すのさ!?

 一瞬の静けさの後、アリス、ヒルダさん、お兄さまの驚きの声が上がりました。
 なぜでしょう。
 おかしなことは何も言っていないのに不思議です。

「わ、わたしがグレーテルお兄さまのお嫁さんに?」
「いいかも知れないわね」
「ヒルダおか・・・さん!?」

 ヒルダさんは乗り気なようです。
 これなら、アリスをお嫁さんにできるでしょうか。
 そう思ったのですが、ヒルダさんは条件を出してきます。

「でも、それにはヘンゼルにこの領地にお婿さんに来てもらう必要があるわね」
「この領地に?」
「アリス様には領主になってもらわないといけないの。だから、結婚するにはヘンゼルにこの領地に来てもらう必要があるのよ」

 なんだ。
 そんなことですか。

「わかりました。お兄さまとわたしは、この領地に来ます」
「あら、ほんと?これで、この領地も安泰だわ」

 簡単な条件でよかったです。
 これで安心と思っていたら、お兄さまが慌てて声をかけてきます。

「ちょ、ちょっと、グレーテル、ダメだよ」
「なぜですか?」
「なぜって・・・だって、ぼくはお家を継がないといけないし・・・」
「アリスのことがキライですか?」
「え!?い、いや、そんなことはないけど・・・」

 お兄さまがアリスの方を見ます。
 アリスがお兄さまの方を見ます。
 二人とも頬を赤らめて顔をそらしました。
 ちょっと、もやっとしましたが、アリスは妹で、わたしと一緒にお兄さまのお嫁さんになる予定なので、許してあげます。

「なら、いいじゃないですか」

 わたしとお兄さまがいなくなると、わたしたちのお家は跡取りがいなくなってしまいますが、わたしたちのお家は貧乏なので別にかまわないと思います。
 けれど、わたしの言葉を、なぜかヒルダさんが否定してきました。

「うーん、それは領民が困るんじゃないかな。ヘンゼルがシルヴァニア領に来るなら、グレーテルはアヴァロン領を継がないといけなくなると思うわよ」
「えー?」
「アーサー様かアダム様に子供ができれば、大丈夫かも知れないけどね」
「なら、頼んでみます」

 なぜアーサーさまかお父さまに子供ができれば大丈夫なのかはわかりませんが、どうやらそれが条件のようです。
 面倒ですけど、一度お家に帰って、頼んでみることにします。
 お父さまはヘタレなのでムリでしょうが、アーサーさまなら二、三日で作ってくれるはずです。

「待っていてね、アリス!すぐに、わたしと一緒にお嫁さんになれるようにしてあげるからね!」
「は、はい!?待っていま・・・す?」
「いいのかなぁ?」
「若いっていいわね。私も結婚したくなってきたわ」

 燃えてきました。
 とっととお父さまかアーサー様に子供を作ってもらって、さっさとアリスを迎えにきます。
 でも、

「ふあぁ」

 それは明日からにします。
 お腹いっぱい食べたからでしょうか。
 今日はもう眠くなってきました。

「眠くなっちゃったみたいね。寝床は用意できているわよ」
「ふあぁ・・・今日はアリスと一緒に寝ます」
「ふふっ。今日は三人で一緒に寝るといいわ」
「え!?も、もしかして、ヘンゼルお兄さまも一緒にですか?」
「そ、それは問題があるんじゃ?」
「あら?ヘンゼルはアリス様に問題があるようなことをする気?」
「い、いえ!そんなことはしません!」
「なら、いいじゃない」

 おやすみなさい。
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