昆虫採集セットの正しい使い方

かみゅG

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009.冬の目覚め

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 舐める、という行為は親愛の情を表す。
 親猫が子猫を舐めているところを見ると、微笑ましいと思う。
 たとえ、汚れた子猫を綺麗にするためだとしても、それは変わらない。
 そういう目的だったとしても、親猫が子猫を大切に想っていることは変わらないからだ。
 それに可愛がっている飼い犬は、飼い主を舐めてくる。
 飼い犬は、まさか飼い主が汚れているから舐めているわけではないだろう。
 そのことからも、舐めるという行為が親愛の情を表す手段であることがわかる。

「ちゅ……ぺろっ……」

 手を怪我した頃からだと思う。
 アンズは舐めるという行為を頻繁に行うようになった。

「んっ……ちゅ……」

 最初は傷痕が痛むのだと思った。
 古傷が痛む、という症状がある。
 怪我をしたときに運悪く神経が傷つくと、後々まで神経が脳へ刺激を与えるのだ。
 怪我をしたときほどの激しい痛みではないが、じくじくと心を蝕むように痛みが続く。
 そこまでの痛みではなくても、傷ついた皮膚や筋肉や欠陥が元通りにならず、引きつるような感覚が残ることがある。
 その感覚は違和感を与え、心にシコリとして残る。
 メスはアンズの手に傷痕を残した。
 それは薄っすらとした傷痕で、よく見なければ気付かないほどの傷痕だった。
 大人になったら肌の皺に隠れて、言われなければと傷痕だと気付かなくなっただろう。
 けれど、つるつるぷにぷにとした子供の肌には目立つ傷痕だった。
 自業自得と言ってしまえば、それまでだ。
 たとえ切れ味が悪くても、刃物を扱うのに注意を怠ったアンズが悪い。
 しかし、そうだとしても、友人が痛みを感じているのに気遣わない子供達ではなかった。
 だけど、子供達はアンズに痛みを気遣う言葉はかけなかった。
 痛みで苦しんでいるようには見えなかったからだ。

「ぺろっ……」

 艶めかしく舌が動き、唾液が肌を伝わり落ちても、アンズは舐めるという行為を止めない。
 その行為を繰り返すアンズは夢中で、どこか恍惚とした表情をしていた。
 だから子供達は、その行為には気づいていたが、声をかけられずにいた。
 アンズが行為を止めるのは、手をべたべたになるまで自分が満足するまで舐めた後だった。
 けれど、そんなアンズに満足した様子は無い。
 逆に不満そうな表情を浮かべるだけだ。
 一度だけ、その理由を訊いたことがある。

「お兄ちゃんに舐められたときみたいに、気持ちよくないの」

 舐める、という行為は親愛の情を表す。
 ではなぜ、舐めると親愛の情を表すことになるのか。
 それは舐めれば相手が喜ぶと思っているからだ。
 舐めることが肌に淡い刺激と潤いを与える。
 それが気持ちいいことを知っている。
 だから相手が喜ぶと思っている。
 ではアンズの行為もそれと同じだったのだろうか。
 思い返してみれば、それが違うことに気付く。
 当時は気付かなかったが、後になって気付いた。

 吊り橋効果というものがある。
 吊り橋のような恐怖でドキドキする場所で異性に優しくされる。
 すると、そのドキドキを異性に対する好意であると勘違いされるというものだ。
 アンズもそれだったのではないだろうか。
 手を怪我したときのアンズは、痛みでドキドキしていた。
 そこへアオイが舐めるという行為で応急処置をした。
 アンズはそれを好意と受け取り、舐められることに気持ちよさを感じた。
 そういうことではないのだろうか。

 赤ん坊は母親の乳房と想い、自分の指をしゃぶる。
 アンズの行為はそれと同じだ。
 気持ちよかったときを思い出して、代償行為に耽る。
 それはつまり自慰ということだ。
 赤ん坊は性的な快楽を求めて指をしゃぶるわけではない。
 腹を満たしたときの悦びを思い出して、自らを慰めるのだ。
 アンズはどちらだったのだろうか。
 当時のアンズは、初潮を迎えておらず、異性を意識した様子もなかった。
 だから、ただ気持ちよさを求めて、傷口を舐めていたのだと思う。
 けれど、アンズは腹を満たすことに悦びを感じていたわけではない。
 異性に舐められるということに悦びを感じていいた。
 それは、紛れもなく性的な快楽だ。
 ただし、アンズはそれを認識していなかった。
 アンズは、性的なことだと気付かず、性的な快楽に目覚めた。
 アンズは子供達の中で、一番最初に性に目覚めた。
 しかしそれは、歪な歪んだ目覚めだった。

「おにいちゃん♪」
「なんだ?」
「ちゅっ……ぺろっ!」

 自分で舐めても気持ちよくないことを知ったアンズは、アオイに舐めてもらうことを求めるようになった。
 前払いのお礼として、アオイの肌に唇を付けて舐める。
 アンズはおねだり上手だった。
 先にお礼を払ってしまえば、相手が断りづらいことを知っていた。

「お兄ちゃん、舐めて♪」
「えー?」

 アオイは妹に甘かった。
 仕方なさそうな顔をしながらも、いつも妹のおねだりに応えていた。

「ぺろっ」
「♪」

 アオイに舐められると、アンズはとても嬉しそうな顔をした。
 仲の良い姉弟。
 そんな兄妹が親愛の情を交わす様子を、サクラとカエデは微笑ましく眺めていた。
 サクラとカエデは、まだ性に目覚めていなかった。
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