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4:王子様とお姫様
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「今日から俺もこのクラスだから。よろしくね!」
2年C組。弓月の連絡先を見事ゲットしたオリバーは、今何故か、弓月の隣の席でにこにこと笑っていた。
「……なんで……」
「なんで?いやだな弓月、君言ったじゃないか!次に会ったら連絡先教えてくれるって!俺は目的のためなら手段は選ばないよ。俺は弓月に恋をした。好きな人の側に居たいと思うのは当然。でも生憎、その人は遠い遠い海の向こう。……と、なったらすることは1つじゃないか」
「……バカなの、ほんとに……」
弓月は朝からの騒動に疲れ果てて、2回目の「バカ」を発動した。
「恋をした男はみんな総じてバカになるものだろ?弓月はまだ誰かを好きになったことがないのかい?」
「……もういい」
何を言ってものらりくらりと、微妙にズレた回答が返ってくる。多分こいつは分かってやっている。それが弓月の神経を逆撫でし、同時にやるせなさを覚えさせる。
「まあ、今の弓月が俺を信じられないのはわかるよ。でもそれで構わない。時間ならたくさんあるからね。ゆっくり君と信頼関係を築いていくことにするよ」
「ええ……」
弓月は、ドン引き状態でオリバーを見た。
自分は男だ。外見は限りなく中性的で、時には女性にさえ見間違えられるがどうあっても男だ。
そんな人間をおいかけて、こんな島国にまで来て、あまつさえ学生、教師全員の前で口説くなんて!
硬い木の椅子に深く腰かけ、ゆうゆうと足を組む彼。この学園の制服は、白い学ラン。悔しいことに、金髪碧眼の彼が着るとどこぞの王子様のようだった。
「ところで……」
オリバーはその優雅な態度を崩さないまま、にっこり微笑んだ。
「なに」
「教科書見せてくれないかな?取り寄せに少し時間がかかるって言われたんだ。あと、漢字の知識がまだ足りてなくてね。分からないとこ、教えてくれる?」
「……」
もしやこいつの世話は自分がしなきゃならんのか。
弓月はどっと疲労感を感じ、天井を仰ぐのだった。
※※※
「そうだ。部活を決めろと言われたんだけど……弓月はどの部活に入っているの?やっぱり演劇?」
放課後。授業をなんの問題もなく受け終わったオリバーは、荷物を鞄にしまっている弓月に質問した。
「……剣道部」
「わお、りんとした君のイメージにぴったりだ!俺も見たいな!」
「……部活までついてくるわけ……」
オリバーは、周りが思う以上に日本語が堪能だった。教科書はほとんど読めていたし、会話の文法もほぼあっているし。
専門用語は多少頭を捻っていたけれど、弓月が電子辞書で検索した英単語を見せてやったら、すんなり理解していた。
多分この男、相当頭がいい。だから学生ながらに起業などできたのだろうけれど。
というか、忙しくないのだろうか。部活までやるとしたら遅い時間まで学校に拘束されるということになるのだけれど、それは大丈夫なのか。
弓月はいぶかしげな視線でオリバーを見た。
「君のこと、もっと知りたいからね。役を演じている君はとても素敵だった。でも、少しそっけない素の君もまた魅力的なんだ。仲良くなったら、もっと色んな君を知れるんだと思うと、今から楽しみだよ」
「……あ、そう……」
この男、びっくりするくらい前向きすぎる。これを拒否するのはなかなか骨が折れそうだ。というか、西の島国から東の島国まで長距離ストーキングしてくる男だ、並大抵のメンタルじゃないに違いない。
ならば、と弓月は思いついた。
軽く拒否してだめならば、向こうから拒絶してもらおう。こんな場所に居られないと思ってもらえば、万事解決じゃないか。
弓月は、そんな腹黒さを綺麗な笑顔で覆い隠し、その提案を口にした。
「じゃ、せっかくだから体験入部してく?ちなみに運動は得意?」
「まあ、一通りはね」
「そ。じゃあ特に遠慮することもないってわけね」
そして、こともあろうにいきなり剣道部のレギュラーメンバーと同じトレーニングに突っ込んだ。
しかし、その思惑は見事に裏切られることになる。
「……副主将……あいつなんなんですか……」
「……俺もわかんない……」
「えぇ~!?」
いつものトレーニング。終わる頃にはレギュラーすらヘトヘトになっているってのに。
「なるほど、確かに結構きついね」
当の本人は、汗こそかいているがわりとケロッとしている。
卸したばかりの体操着。特段代わり映えのない上下なのに、手足の長い彼が着ると、ブランド物のスポーツウェアに見えてしまうから不思議だ。
現に、女子部員達はちらちらとオリバーを見ては小さくはしゃいでいるし、男子部員達からは隠しきれない嫉妬の視線を感じる。
「もしかして何かやってた……?」
「向こうではフェンシングやってたけど……トレーナーに色々やらされててね。それにしても、この剣道部はハイクラスな大会にも出てるのかい?なかなかうまく組み立てられてるメニューだよね。うちの学校のスポーツクラブでも参考にさせようかな」
弓月は頭を抱えた。こいつスペックが高い。
一日一緒にいて思ったが、やることなすこと全てスマートすぎる。まるで前からここに居ましたという雰囲気さえ出しているこの男に、尊敬どころか苛立ちが募った。
「フェンシングね……うちにもフェンシング部あるから、入ってあげたら喜ばれるんじゃない」
「嫌だよ、弓月と過ごす時間が減るじゃないか」
「……」
そしてこれだ。
女子たちならば大喜びだろう。それこそ笑みを向けられただけでイチコロ、よりどりみどりだろうに。なぜわざわざ男の弓月を選ぶのか。
「……まあいいや。剣振ってみる?」
「是非!嬉しいね。俺もこれではれて武道家デビューかな?武道はイギリスやヨーロッパでも人気なんだよ。いつかやってみたいと思ってた」
「……そう甘くは無いと思うけど」
竹刀を手渡すと、物珍しげに眺めている。
礼、基本の握り、構え、教えれば教えるだけ、素直に覚えていく。
オリバーは学生社長だと言っていた。器用だから、人よりも二歩三歩と先に進めるのだろうか。
見よう見まねだったろうに、飲み込みが早いというべきか。何をするにもまずは真似からというけれど、その能力が特段高いのだろうか。
「……あの外人、剣道部入るのか?」
そっと寄ってきた主将、苅田が弓月にそう問いかける。
「さあ……」
「鍛えたら戦力になりそうだな」
「……」
くやしいが、その通りだった。一回目でこれだ。春期大会は無理だろうけれど、毎日鍛え抜いたら、もしかしたら秋期大会には間に合うんじゃないだろうか。
「……正直、身体が既に出来てるのはいいと思います。覚えも早いし、フェンシングやってたっていうから、多分試合の勘みたいなのもあると思いますし」
でも……
(許容出来ない……!!)
強い選手は大歓迎だ。選手を獲得するためにわざわざ各地の中学から強い選手を勧誘することだってやっているし、愁鶯学園中等部の剣道部から上がってくる子達を囲い込むこともしている。
でも、オリバーは目的が目的。稽古中にベタベタされたらたまったもんじゃない。
「これ、今日は俺も試合させてもらえるの?」
考え込んでいた弓月に、オリバーが声をかけてくる。
「え、あ……いや……予備の防具が無いから……」
「そう?じゃあ自分で買おうかな。この辺で剣道の道具を売ってるお店はある?」
「……まさかほんとに入部するつもり?」
「当たり前じゃないか」
あまりに即決即断。弓月は知っている。こういうタイプは長続きしない。大体、憧れと金に任せて一式揃えた頃に満足して辞めていくんだ。
まあ、それならそれでもいいか。目的は自分の側から去ってもらうことだ。せいぜいしごかれて音をあげればいい。
「……なら、試合を見てみたいな。この部の主力選手の」
「……いまからやるとこ」
「そう?じゃあ端によけてるよ」
主将の指示に従い防具をつける部員たち。
一番遅かったやつは罰ゲームの筋トレだから、防具の着脱ひとつに取っても必死だ。
コートは2面。
レギュラーとそれ以外で順に試合していくが、弓月の実力は圧倒的だった。
蝶のように舞い、蜂のように刺すとはまさにこのこと。重い防具をつけてさえコートの中を自由自在に動き回る弓月に、オリバーは見とれた。
何試合しても、疲れの色のひとつさえ見えない。地力があるといえばそうなんだろうが、これは確実に、弓月が積み上げてきた努力の賜物だ。
「……もう敵わないなあ。最後の一太刀はまったく見えなかった」
「まだ頑張ってください。主将にしっかりしていただかないとみんなついてこないんですから」
最近は、もう弓月が実力トップと言ってもいいほどだ。飲み込みの良さもあるけれど、きっともともと才能があったのだろう。
「安心して次の主将をまかせられそうだ」
「ま、そうなったら今まで以上にビシビシやりますけどね。次こそインハイ優勝……!」
「おいおい、手心はくわえてやれよ?!」
そう、三年は今年のインハイで引退だ。そのあとはほぼ確実に、弓月があとを引き継ぐ。
その為にも、強い選手は多い方がいい。
「オリバー」
「!」
碧の瞳が、弓月をとらえる。名前を呼ばれたことが余程嬉しかったらしく、キラキラと目を輝かせていた。
「帰り、武道用品店につれていってあげる。一式揃えるんでしょ」
「もちろん!じゃあ俺は入部していいってこと?」
「入部は自由だから。……あとで入部届け書いて」
「OKわかった!」
オリバーは表情が豊かだ。外人だからというのもあるのだろうけれど、多分彼の元々の性格もあるのかもしれない。
「今日の部活はこれで終わりだから。帰る準備するし、少し待ってて。オリバーも汗かいたでしょ。シャワー浴びるならシャワー室あるから」
「わかった」
人の少ないシャワー室。ぬるめに設定した湯で軽く汗を流して。滴る水滴をタオルで拭いていると、ふと視線を感じた。
……そうだった、この男は弓月を狙っているんだった。部活があまりにすんなり終わったので、ついそのことを忘れていた。
形のいいアーモンド・アイがゆるりと細められ、柔らかく微笑みかけられる。狙っているというわりに、こういうところは弁えているんだなと思う。
準備を終わらせて学校を出ると、校門のところに車が止まっているのが目に止まった。
白のベンツ。誰もが人目見てわかるほどの高級車。
多分、AランクとかBランクとか、頑張れば一般市民でも購入できるようなものではないだろう。
「……」
なんとなく、嫌な予感がする。
「オリバー……まさか……?」
「うん?ああ、迎えにこさせたんだ。なにせ弓月との二回目のデートだからね」
「デッ……!?」
だめだこいつは。やっぱりだめだ。
男の尻を追いかけてわざわざ日本くんだりまで来る恋愛バカだ。予想出来たことではないか。
「デートじゃないっ!」
「そう?でも俺にしたら好きな人と居られるんだから、デートだよ……さ、どうぞ。武道用品店の場所、教えてくれる?」
断りたかったが、周りの目が痛い。
生徒達がこそこそと、ささやきあう声が聞こえてきて弓月はいたたまれなかった。
「ね、あれ転校生の……」
「ほんとだ!王子様って噂だったけどあれほんとだったのかな?」
「香井先輩、隣にいても全然遜色ないよね~!素敵……!」
「並んでると、王子様とお姫様って感じ!付き合ってるってほんとなのかな」
付き合ってません!むしろ俺は逃げたいの!弓月は心の中でそう叫んだが、鍛えに鍛えた外面はそう簡単に崩れなかった。
にっこりと綺麗な「お姫様スマイル」を生徒達に向け、暗にだまれと威圧する。
これ以上、余計な詮索をされたくない。そのためにははやくこの状況を終わらせるべきだ。
弓月は腹を決めると、さっと車に乗り込んだ。
「道具買ったら、すぐ帰るから」
「もちろん。ちゃんと家まで送るよ」
「……」
このスカした男に腹が立つ。
頭が良くて、スポーツもできて、この年で仕事をしていて、自由で。弓月が冷たい態度をとっても、余裕で受け止めて、愛しげに見つめてくるのがムカつく。
……何も知らないくせに。
弓月は、窓の外を流れる夜景にぼんやりと視線を流した。
2年C組。弓月の連絡先を見事ゲットしたオリバーは、今何故か、弓月の隣の席でにこにこと笑っていた。
「……なんで……」
「なんで?いやだな弓月、君言ったじゃないか!次に会ったら連絡先教えてくれるって!俺は目的のためなら手段は選ばないよ。俺は弓月に恋をした。好きな人の側に居たいと思うのは当然。でも生憎、その人は遠い遠い海の向こう。……と、なったらすることは1つじゃないか」
「……バカなの、ほんとに……」
弓月は朝からの騒動に疲れ果てて、2回目の「バカ」を発動した。
「恋をした男はみんな総じてバカになるものだろ?弓月はまだ誰かを好きになったことがないのかい?」
「……もういい」
何を言ってものらりくらりと、微妙にズレた回答が返ってくる。多分こいつは分かってやっている。それが弓月の神経を逆撫でし、同時にやるせなさを覚えさせる。
「まあ、今の弓月が俺を信じられないのはわかるよ。でもそれで構わない。時間ならたくさんあるからね。ゆっくり君と信頼関係を築いていくことにするよ」
「ええ……」
弓月は、ドン引き状態でオリバーを見た。
自分は男だ。外見は限りなく中性的で、時には女性にさえ見間違えられるがどうあっても男だ。
そんな人間をおいかけて、こんな島国にまで来て、あまつさえ学生、教師全員の前で口説くなんて!
硬い木の椅子に深く腰かけ、ゆうゆうと足を組む彼。この学園の制服は、白い学ラン。悔しいことに、金髪碧眼の彼が着るとどこぞの王子様のようだった。
「ところで……」
オリバーはその優雅な態度を崩さないまま、にっこり微笑んだ。
「なに」
「教科書見せてくれないかな?取り寄せに少し時間がかかるって言われたんだ。あと、漢字の知識がまだ足りてなくてね。分からないとこ、教えてくれる?」
「……」
もしやこいつの世話は自分がしなきゃならんのか。
弓月はどっと疲労感を感じ、天井を仰ぐのだった。
※※※
「そうだ。部活を決めろと言われたんだけど……弓月はどの部活に入っているの?やっぱり演劇?」
放課後。授業をなんの問題もなく受け終わったオリバーは、荷物を鞄にしまっている弓月に質問した。
「……剣道部」
「わお、りんとした君のイメージにぴったりだ!俺も見たいな!」
「……部活までついてくるわけ……」
オリバーは、周りが思う以上に日本語が堪能だった。教科書はほとんど読めていたし、会話の文法もほぼあっているし。
専門用語は多少頭を捻っていたけれど、弓月が電子辞書で検索した英単語を見せてやったら、すんなり理解していた。
多分この男、相当頭がいい。だから学生ながらに起業などできたのだろうけれど。
というか、忙しくないのだろうか。部活までやるとしたら遅い時間まで学校に拘束されるということになるのだけれど、それは大丈夫なのか。
弓月はいぶかしげな視線でオリバーを見た。
「君のこと、もっと知りたいからね。役を演じている君はとても素敵だった。でも、少しそっけない素の君もまた魅力的なんだ。仲良くなったら、もっと色んな君を知れるんだと思うと、今から楽しみだよ」
「……あ、そう……」
この男、びっくりするくらい前向きすぎる。これを拒否するのはなかなか骨が折れそうだ。というか、西の島国から東の島国まで長距離ストーキングしてくる男だ、並大抵のメンタルじゃないに違いない。
ならば、と弓月は思いついた。
軽く拒否してだめならば、向こうから拒絶してもらおう。こんな場所に居られないと思ってもらえば、万事解決じゃないか。
弓月は、そんな腹黒さを綺麗な笑顔で覆い隠し、その提案を口にした。
「じゃ、せっかくだから体験入部してく?ちなみに運動は得意?」
「まあ、一通りはね」
「そ。じゃあ特に遠慮することもないってわけね」
そして、こともあろうにいきなり剣道部のレギュラーメンバーと同じトレーニングに突っ込んだ。
しかし、その思惑は見事に裏切られることになる。
「……副主将……あいつなんなんですか……」
「……俺もわかんない……」
「えぇ~!?」
いつものトレーニング。終わる頃にはレギュラーすらヘトヘトになっているってのに。
「なるほど、確かに結構きついね」
当の本人は、汗こそかいているがわりとケロッとしている。
卸したばかりの体操着。特段代わり映えのない上下なのに、手足の長い彼が着ると、ブランド物のスポーツウェアに見えてしまうから不思議だ。
現に、女子部員達はちらちらとオリバーを見ては小さくはしゃいでいるし、男子部員達からは隠しきれない嫉妬の視線を感じる。
「もしかして何かやってた……?」
「向こうではフェンシングやってたけど……トレーナーに色々やらされててね。それにしても、この剣道部はハイクラスな大会にも出てるのかい?なかなかうまく組み立てられてるメニューだよね。うちの学校のスポーツクラブでも参考にさせようかな」
弓月は頭を抱えた。こいつスペックが高い。
一日一緒にいて思ったが、やることなすこと全てスマートすぎる。まるで前からここに居ましたという雰囲気さえ出しているこの男に、尊敬どころか苛立ちが募った。
「フェンシングね……うちにもフェンシング部あるから、入ってあげたら喜ばれるんじゃない」
「嫌だよ、弓月と過ごす時間が減るじゃないか」
「……」
そしてこれだ。
女子たちならば大喜びだろう。それこそ笑みを向けられただけでイチコロ、よりどりみどりだろうに。なぜわざわざ男の弓月を選ぶのか。
「……まあいいや。剣振ってみる?」
「是非!嬉しいね。俺もこれではれて武道家デビューかな?武道はイギリスやヨーロッパでも人気なんだよ。いつかやってみたいと思ってた」
「……そう甘くは無いと思うけど」
竹刀を手渡すと、物珍しげに眺めている。
礼、基本の握り、構え、教えれば教えるだけ、素直に覚えていく。
オリバーは学生社長だと言っていた。器用だから、人よりも二歩三歩と先に進めるのだろうか。
見よう見まねだったろうに、飲み込みが早いというべきか。何をするにもまずは真似からというけれど、その能力が特段高いのだろうか。
「……あの外人、剣道部入るのか?」
そっと寄ってきた主将、苅田が弓月にそう問いかける。
「さあ……」
「鍛えたら戦力になりそうだな」
「……」
くやしいが、その通りだった。一回目でこれだ。春期大会は無理だろうけれど、毎日鍛え抜いたら、もしかしたら秋期大会には間に合うんじゃないだろうか。
「……正直、身体が既に出来てるのはいいと思います。覚えも早いし、フェンシングやってたっていうから、多分試合の勘みたいなのもあると思いますし」
でも……
(許容出来ない……!!)
強い選手は大歓迎だ。選手を獲得するためにわざわざ各地の中学から強い選手を勧誘することだってやっているし、愁鶯学園中等部の剣道部から上がってくる子達を囲い込むこともしている。
でも、オリバーは目的が目的。稽古中にベタベタされたらたまったもんじゃない。
「これ、今日は俺も試合させてもらえるの?」
考え込んでいた弓月に、オリバーが声をかけてくる。
「え、あ……いや……予備の防具が無いから……」
「そう?じゃあ自分で買おうかな。この辺で剣道の道具を売ってるお店はある?」
「……まさかほんとに入部するつもり?」
「当たり前じゃないか」
あまりに即決即断。弓月は知っている。こういうタイプは長続きしない。大体、憧れと金に任せて一式揃えた頃に満足して辞めていくんだ。
まあ、それならそれでもいいか。目的は自分の側から去ってもらうことだ。せいぜいしごかれて音をあげればいい。
「……なら、試合を見てみたいな。この部の主力選手の」
「……いまからやるとこ」
「そう?じゃあ端によけてるよ」
主将の指示に従い防具をつける部員たち。
一番遅かったやつは罰ゲームの筋トレだから、防具の着脱ひとつに取っても必死だ。
コートは2面。
レギュラーとそれ以外で順に試合していくが、弓月の実力は圧倒的だった。
蝶のように舞い、蜂のように刺すとはまさにこのこと。重い防具をつけてさえコートの中を自由自在に動き回る弓月に、オリバーは見とれた。
何試合しても、疲れの色のひとつさえ見えない。地力があるといえばそうなんだろうが、これは確実に、弓月が積み上げてきた努力の賜物だ。
「……もう敵わないなあ。最後の一太刀はまったく見えなかった」
「まだ頑張ってください。主将にしっかりしていただかないとみんなついてこないんですから」
最近は、もう弓月が実力トップと言ってもいいほどだ。飲み込みの良さもあるけれど、きっともともと才能があったのだろう。
「安心して次の主将をまかせられそうだ」
「ま、そうなったら今まで以上にビシビシやりますけどね。次こそインハイ優勝……!」
「おいおい、手心はくわえてやれよ?!」
そう、三年は今年のインハイで引退だ。そのあとはほぼ確実に、弓月があとを引き継ぐ。
その為にも、強い選手は多い方がいい。
「オリバー」
「!」
碧の瞳が、弓月をとらえる。名前を呼ばれたことが余程嬉しかったらしく、キラキラと目を輝かせていた。
「帰り、武道用品店につれていってあげる。一式揃えるんでしょ」
「もちろん!じゃあ俺は入部していいってこと?」
「入部は自由だから。……あとで入部届け書いて」
「OKわかった!」
オリバーは表情が豊かだ。外人だからというのもあるのだろうけれど、多分彼の元々の性格もあるのかもしれない。
「今日の部活はこれで終わりだから。帰る準備するし、少し待ってて。オリバーも汗かいたでしょ。シャワー浴びるならシャワー室あるから」
「わかった」
人の少ないシャワー室。ぬるめに設定した湯で軽く汗を流して。滴る水滴をタオルで拭いていると、ふと視線を感じた。
……そうだった、この男は弓月を狙っているんだった。部活があまりにすんなり終わったので、ついそのことを忘れていた。
形のいいアーモンド・アイがゆるりと細められ、柔らかく微笑みかけられる。狙っているというわりに、こういうところは弁えているんだなと思う。
準備を終わらせて学校を出ると、校門のところに車が止まっているのが目に止まった。
白のベンツ。誰もが人目見てわかるほどの高級車。
多分、AランクとかBランクとか、頑張れば一般市民でも購入できるようなものではないだろう。
「……」
なんとなく、嫌な予感がする。
「オリバー……まさか……?」
「うん?ああ、迎えにこさせたんだ。なにせ弓月との二回目のデートだからね」
「デッ……!?」
だめだこいつは。やっぱりだめだ。
男の尻を追いかけてわざわざ日本くんだりまで来る恋愛バカだ。予想出来たことではないか。
「デートじゃないっ!」
「そう?でも俺にしたら好きな人と居られるんだから、デートだよ……さ、どうぞ。武道用品店の場所、教えてくれる?」
断りたかったが、周りの目が痛い。
生徒達がこそこそと、ささやきあう声が聞こえてきて弓月はいたたまれなかった。
「ね、あれ転校生の……」
「ほんとだ!王子様って噂だったけどあれほんとだったのかな?」
「香井先輩、隣にいても全然遜色ないよね~!素敵……!」
「並んでると、王子様とお姫様って感じ!付き合ってるってほんとなのかな」
付き合ってません!むしろ俺は逃げたいの!弓月は心の中でそう叫んだが、鍛えに鍛えた外面はそう簡単に崩れなかった。
にっこりと綺麗な「お姫様スマイル」を生徒達に向け、暗にだまれと威圧する。
これ以上、余計な詮索をされたくない。そのためにははやくこの状況を終わらせるべきだ。
弓月は腹を決めると、さっと車に乗り込んだ。
「道具買ったら、すぐ帰るから」
「もちろん。ちゃんと家まで送るよ」
「……」
このスカした男に腹が立つ。
頭が良くて、スポーツもできて、この年で仕事をしていて、自由で。弓月が冷たい態度をとっても、余裕で受け止めて、愛しげに見つめてくるのがムカつく。
……何も知らないくせに。
弓月は、窓の外を流れる夜景にぼんやりと視線を流した。
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