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10.母性本能だったのですね
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昏睡状態で1年2か月、身体が完全に回復するのに3年、離宮に移ってから更に3年。事故に遭った時は18歳になる直前だった紗奈は、25歳になっていた。
リハビリに励んだり、この世界に慣れるために必死に学んだ頃と違い、離宮に移ってからはすることがなかった。生きる目的も気を紛らわすものもなければ、四六時中翔太のことを考えてしまう。
翔太の誕生日がくる度に、あの子はいくつになっただろうと指折り数え、美味しい料理やお菓子を味わうごとに、これを翔太にも食べさせたいと思ってしまう。なのになぜ、あの子はここにいないの?なぜ、自分だけがこの世界に飛ばされてきたの・・・
翔太を思い出す日々が辛くなり、やがて紗奈は考えることを止めた。離宮の庭園や部屋の窓辺で日がな1日ただボーッとするだけの毎日は紗奈の顔を無表情にしていく。スニシャとミルヤは、体が回復したのに紗奈が日々沈んでいく理由がわからず、途方にくれた。
そんな時、紗奈が「私は子供を生んだことがあるかしら。」と聞いた。あまりに久し振りに紗奈が質問してきたので、驚いたスニシャが、それを「私は子供を生むことができるかしら」と聞き間違え、そのまま皇后に報告した。
その報告から3週間が過ぎた、晩冬のある日。皇后に呼ばれた紗奈は、スニシャの先導で皇后の居室に向かった。皇后の居室は広くて続き部屋もいくつかある。紗奈が昏睡から覚めてから生れた第四皇女のオフィリアは、その続き部屋の1つに住んでいる。もうすぐ6歳になるだろうか。
紗奈が皇后の居間に入ると、オフィリアがすぐさま「お姉さま!」と声を上げて駆け寄ってきた。紗奈が表情をゆるめると、「早く早く、お母さまがあっちで待ってるの。リアのケーキもあるの。」と言いながら、紗奈の右手を掴んでテラスの方にぐいぐいと引っ張った。
紗奈を待つようにとお預けをくらったケーキを、食べたくて仕方がないようだ。そのままオフィリアに引っ張られるようにテラスに出ると、皇后がお菓子やケーキが彩りよく並べられたテーブルで紗奈を待っていた。晩冬なのに外のテラスは魔法で外気から遮断され、春のように暖かい。
紗奈がテラスに出てくると、皇后はすぐに立ち上がって紗奈を迎えた。「エドウィナ、また少し痩せたようね。ちゃんと食べてるの?」紗奈の体に腕をまわして愛おしそうに抱きしめながら、皇后が問いかけた。
「はい、お母さま。お気遣いありがとうございます。」紗奈は答えながら、目はオフィリアを追っている。感情を失くして反応が乏しくなった紗奈が、小さい子には表情を緩める様子に、エドウィナはやはり子が欲しいのね、と皇后は得心した。
オフィリアはテーブルの上のケーキに目を奪われて、早く食べたくて仕方がないようだ。「お母さま、早くお席について!お姉さまはここ、リアはここね。」急いで紗奈を席に着かせようとするオフィリアの魂胆が丸わかりで、そのかわいらしさに紗奈は本当に久し振りに微笑んだ。
「オフィリアはどのケーキが好きなの?」「ルシャのケーキ!」「ルシャ?」思わずスニシャの方を見上げた。スニシャは微笑みながら頷く。「エドウィナ様もお好きなルシャの実で作られたケーキございます。」続いてケーキをとり分けようと手を伸ばすのを、紗奈が遮った。
「よい。私がする。オフィリア、この一切れが大きいわ。これにしようか?」「うーん、こっち!こっちの方が大きい。」オフィリアが紗奈が示したのとは反対側の一切れを指さす。それを皿に取りわけて、オフィリアの前に置いた。
「お母さまとお姉さまは?」すぐに食べたいだろうに、皇后と紗奈がまだケーキを選んでいないので、オフィリアも手をつけない。まだ5、6歳だというのに、よくしつけられている。「私はいいわ。エドウィナは?」「わたしはオフィリアが食べたあとでいただきます。オフィリア、先にお食べ。」紗奈が妹の背中をやさしく撫でると、「はい!」と元気に返事をして、オフィリアがケーキを頬張った。
「美味しい?次はどのケーキにする?」甲斐がいしく妹の世話を焼く紗奈に、スニシャは軽い違和感を覚えた。事故に遭う前、エドウィナ皇女は弟妹たちにあまり関心がなかった。姉の代わりに妹や弟の世話を焼きたがったのは、第一皇子のルドウェルだ。
おかげで末っ子のオフィリアは兄のルドウェルにとても懐いている。そして同じくらいエドウィナにも懐いた。
スニシャが覚えている限り、エドウィナが弟妹を含めて小さい子供の世話をしたことはない。なのに事故から目覚めてからの皇女は、別人のように慣れた手つきでまだ幼かった第2皇子や、生まれたばかりの第4皇女に接した。
エドウィナ殿下は一体、どこで子供の世話の仕方を覚えたのかしら。
しかし、紗奈が子供を欲しがっていると誤解してからのスニシャは、『あれが子供を欲しがる女性特有の母性本能なのか』と得心した。
この世はつくづく、誤解で成り立っている。
リハビリに励んだり、この世界に慣れるために必死に学んだ頃と違い、離宮に移ってからはすることがなかった。生きる目的も気を紛らわすものもなければ、四六時中翔太のことを考えてしまう。
翔太の誕生日がくる度に、あの子はいくつになっただろうと指折り数え、美味しい料理やお菓子を味わうごとに、これを翔太にも食べさせたいと思ってしまう。なのになぜ、あの子はここにいないの?なぜ、自分だけがこの世界に飛ばされてきたの・・・
翔太を思い出す日々が辛くなり、やがて紗奈は考えることを止めた。離宮の庭園や部屋の窓辺で日がな1日ただボーッとするだけの毎日は紗奈の顔を無表情にしていく。スニシャとミルヤは、体が回復したのに紗奈が日々沈んでいく理由がわからず、途方にくれた。
そんな時、紗奈が「私は子供を生んだことがあるかしら。」と聞いた。あまりに久し振りに紗奈が質問してきたので、驚いたスニシャが、それを「私は子供を生むことができるかしら」と聞き間違え、そのまま皇后に報告した。
その報告から3週間が過ぎた、晩冬のある日。皇后に呼ばれた紗奈は、スニシャの先導で皇后の居室に向かった。皇后の居室は広くて続き部屋もいくつかある。紗奈が昏睡から覚めてから生れた第四皇女のオフィリアは、その続き部屋の1つに住んでいる。もうすぐ6歳になるだろうか。
紗奈が皇后の居間に入ると、オフィリアがすぐさま「お姉さま!」と声を上げて駆け寄ってきた。紗奈が表情をゆるめると、「早く早く、お母さまがあっちで待ってるの。リアのケーキもあるの。」と言いながら、紗奈の右手を掴んでテラスの方にぐいぐいと引っ張った。
紗奈を待つようにとお預けをくらったケーキを、食べたくて仕方がないようだ。そのままオフィリアに引っ張られるようにテラスに出ると、皇后がお菓子やケーキが彩りよく並べられたテーブルで紗奈を待っていた。晩冬なのに外のテラスは魔法で外気から遮断され、春のように暖かい。
紗奈がテラスに出てくると、皇后はすぐに立ち上がって紗奈を迎えた。「エドウィナ、また少し痩せたようね。ちゃんと食べてるの?」紗奈の体に腕をまわして愛おしそうに抱きしめながら、皇后が問いかけた。
「はい、お母さま。お気遣いありがとうございます。」紗奈は答えながら、目はオフィリアを追っている。感情を失くして反応が乏しくなった紗奈が、小さい子には表情を緩める様子に、エドウィナはやはり子が欲しいのね、と皇后は得心した。
オフィリアはテーブルの上のケーキに目を奪われて、早く食べたくて仕方がないようだ。「お母さま、早くお席について!お姉さまはここ、リアはここね。」急いで紗奈を席に着かせようとするオフィリアの魂胆が丸わかりで、そのかわいらしさに紗奈は本当に久し振りに微笑んだ。
「オフィリアはどのケーキが好きなの?」「ルシャのケーキ!」「ルシャ?」思わずスニシャの方を見上げた。スニシャは微笑みながら頷く。「エドウィナ様もお好きなルシャの実で作られたケーキございます。」続いてケーキをとり分けようと手を伸ばすのを、紗奈が遮った。
「よい。私がする。オフィリア、この一切れが大きいわ。これにしようか?」「うーん、こっち!こっちの方が大きい。」オフィリアが紗奈が示したのとは反対側の一切れを指さす。それを皿に取りわけて、オフィリアの前に置いた。
「お母さまとお姉さまは?」すぐに食べたいだろうに、皇后と紗奈がまだケーキを選んでいないので、オフィリアも手をつけない。まだ5、6歳だというのに、よくしつけられている。「私はいいわ。エドウィナは?」「わたしはオフィリアが食べたあとでいただきます。オフィリア、先にお食べ。」紗奈が妹の背中をやさしく撫でると、「はい!」と元気に返事をして、オフィリアがケーキを頬張った。
「美味しい?次はどのケーキにする?」甲斐がいしく妹の世話を焼く紗奈に、スニシャは軽い違和感を覚えた。事故に遭う前、エドウィナ皇女は弟妹たちにあまり関心がなかった。姉の代わりに妹や弟の世話を焼きたがったのは、第一皇子のルドウェルだ。
おかげで末っ子のオフィリアは兄のルドウェルにとても懐いている。そして同じくらいエドウィナにも懐いた。
スニシャが覚えている限り、エドウィナが弟妹を含めて小さい子供の世話をしたことはない。なのに事故から目覚めてからの皇女は、別人のように慣れた手つきでまだ幼かった第2皇子や、生まれたばかりの第4皇女に接した。
エドウィナ殿下は一体、どこで子供の世話の仕方を覚えたのかしら。
しかし、紗奈が子供を欲しがっていると誤解してからのスニシャは、『あれが子供を欲しがる女性特有の母性本能なのか』と得心した。
この世はつくづく、誤解で成り立っている。
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