僕らは、他人という地獄を、旅する。

レオスギ

文字の大きさ
2 / 5
電車のサラリーマン

2

しおりを挟む
 朝の七時過ぎに、俺は千代田線直通の常磐線各駅停車に乗った。まあ言わずもがなだが、相当な満員電車だった。乗車率は百を超えてたかもな。
 行き先は代々木上原、俺はその途中にある湯島駅で降りるんだが、まあ朝の満員電車ってのは、めちゃめちゃ精神衛生上良くねぇ。その日はたまたま運良く座れたから良かったものの、立ったままなら、押され、押し込まれ、肘が入ったり、足を踏まれたり……。背負ったリュックに手痛い一撃を、なんてこともある。
 まあ、そういうのを気にしない人はいいんだろうが、良く思わない人にとっては、かなりストレスになるってことだ。
 早朝からの出勤で、ただでさえ憂鬱でイライラしている。満員電車はそのストレスを加速させるんだ。
 もっとも、そういった『接触』のほとんどは仕方のないことだし、互いに配慮し合っていても容易に起こり得ることだ。
 昨今、時差出勤やらテレワークなど、様々な勤務形態がある。それらを利用すれば、満員電車を回避できるし、実際にそういう人が増えたからか、以前よりも混雑がマシになった気がする。――本当に気がする、だけだが……。
 とはいえ、職種によっては、今まで通り会社に行く必要があったり、そもそも会社が前時代的で(ディスってるわけじゃない)、時差なんてあり得ないし、テレワークなんてサボりの温床になるからもってのほかだ、みたいな状況の人もいるだろう。――だからこうして、未だ満員電車があるわけだし、みんなしんどい心持ちでも、互いに配慮し合っているわけだ。
 ただ、なかには例外もいる。――悪意を持ったやつだ。
 配慮がないならまだいい。人の価値観や感覚なんて十人十色だし、年齢や性差、時流によって千変万化する。配慮が至らなかったとしても、それは責めるべきではない(まあ、あまりに配慮がないやつはどうかと思うが……)。
 でも、悪意を持ったやつは別だ。積極的に人へ危害を加える輩は、何か、制裁を受けるべきだと俺は強く思う。
 というのも、まあそう。遭遇しちまったわけだ。そういう輩に。
 そいつは俺の最寄りの次駅で乗ってきた。サラリーマン(眼鏡男)で、年齢は四十代後半から五十代前半の間。身長は俺と同じ百九十くらいで、かなりの肥満体型。頭頂部はめちゃめちゃ寂しくて、なんか、脂っこいものが大好きそうな感じだった。
 身長はかなり高いが、そこらへんにいそうな、いかにもなサラリーマン。別に、普通なら気にもとめないのだが、そいつ――仮にS男としよう。S男は偶然にも俺の前に立った。
 俺はスマホから目線を上げて、やつを認識した。
 思わず二度見してしまった。――あまりにも、危なっかしい目つきだったからだ。
 マスクをしていて表情が見えないにもかかわらず、目だけで、やつが凄まじく苛立っていることが分かった。――目は口ほどに物を言うとは、このことだった。
 それで、まあ驚きはしたのだが、すぐに興味は失せて、俺はインスタのリールに戻った。
 事件が起きたのは、次の駅に停車したときだった。
 その駅は人が降りないが、たくさん乗ってくる駅だった。
 ドアが開き、人がドっと入ってきたとき、足の親指に激痛が走った。
「いって!」
 思わず口から出るほどだった。
 見ると、足を大きな革靴が踏みつけていた。それも、踵で。しかも、親指の爪を的確に踏み抜いていた。――踏みつけていたのはS男だった。
「痛いんですけど」
 俺は彼の目を見てハッキリと言った。
 だが、無視された。
『発車しまーす』
 アナウンスとともに、俺の親指は解放された。
 わざとではないんだろう。――このときはそう思った。
 人の波に押され、たまたま、足をついた先に、たまたま、俺の足があったのだろう。そう考えるのが自然だ。
 俺の抗議を無視したのも、咄嗟に非を認めたくなくて、そうしたのかもしれない。――気持ちは分からなくはない。俺も少し強く言い過ぎた。
 そうやって整理をつけ、俺は再びリールに戻る。――が、数分後。次の駅でまた、俺の足に激痛が走った。
 今度は小指だった。
 信じられねえ!
 俺は再度、S男を見た。今度は睨みつけてやった。――しかし、彼は何をするでもなく、ジッと瞳を覗いてきた。
 このとき俺は確信した。――こいつ、ワザとやってやがる。
 俺はあえて何も言わなかった。
 そして次の駅、俺はS男の足を注視していた。――踏んできたら避けてやる。そういう意気込みだった。
 けどその後、踏まれることはなかった。
 拍子抜けだった。あそこまであからさまに、悪意を持って行為に及んでいたのに、ひと睨みでやめてしまった。
 いや、まあ、それはそれでいいんだ。踏まれるより、踏まれない方がいいに決まっている。俺としてもトラブルは避けたい。
 しばらくして、『次は~湯島~。湯島~』と、アナウンスが聞こえ、電車が減速を始める。
 止まったのと同時に俺は立ち上がり、出ようとするが――困った。S男が全然退いてくれねぇ。
 横を通ろうにも、彼はビクともしない。まるで、ここは俺の領域であると主張するかのように、ガンとして動かなかった。
 まあ、なんだろう。ここまでくると、こっちが気を使うのもバカバカしいから、俺は無理やり、力ずくで、そいつの横を抜けようとした。
 幸い隣の高校生が配慮してくれたおかげで、何とか抜けることができたのだが……。
「おい舐めてんじゃねえぞ!! クソガキがぁっ!!」
 S男だった。
 あまりの怒声に、車内が騒然となった。
 まさか怒鳴られるとは微塵も思ってなかったから、ビックリして、その場で立ち止まって、S男へ振り返った。
 彼は全身を震わせて、怒り心頭って感じだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...