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第一章 黒翼の凶鳥王編

第十八話 魔導剣士ロイ、女将さんを助ける(後編)

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「バーシ、失礼だが、料理の腕前を教えて欲しい。誰が陣頭指揮を執るべきか、決めておきたい」

 エプロンを身に着けて、厨房で作戦会議を開く。厨房は俺とバーシ、接客はサンとフラン、洗濯と掃除とベッドメイクは、パティとナンシアの三班に別れ、各々の仕事をこなしていく。

 クコは、フレキシブルにどれかを担当しつつ、女将さんの看病をするという、アクロバティックで大変な役割だ。そのぶん、各部署でも比較的楽な仕事を回すという寸法。これを一人でこなしてたんだから、女将さんは控えめに言って、超人ではなかろうか。

 ちなみにこのチーム割も絶対ではなく、昼夕の食事どきには、清掃班が調理と接客に回ってもらう。現在厨房には、助っ人としてパティも加わっている。

「東のバーブル国で五年修行して、椀方……スープ担当のシェフですね、それを任されていました。ロイは?」

 ここで、バーブルの名が出てくるとは。意外な縁だな。

「俺も、師匠のもとで五年修行していた。まあ、飯炊きもやっていたけど、どっちかというと、剣と魔法の修行が主だな。ちなみに、得意料理はカレーだ」

「カレー? 聞き慣れない料理ですね。私も職業柄、色んな料理を研究してきたつもりですが」

「異界料理だからな。何でそんなもん知ってるのかという説明は、割愛する。料理に関しては、やはりバーシに分がありそうだな。指揮は任せる」

 バーシは了解し、てきぱきと準備に取り掛かる。

「それと」

 彼女が手を動かしつつ、話しかけてくる。

「何だろうか?」

「あなたたちの仕事が終わったら、みんなをお客様として、さん付けで呼ばせてもらいます。いいですね?」

「いや、呼び捨てでいいよ」

「そうもいきません。他のお客様の手前もありますから」

 むう、言われてみればもっともだ。

「わかった。そうしてくれ」

 そうこうしているうちに、フランが注文を取って戻ってきた。オーダーはずばり、シェフのおすすめ。

「いきなり手強いのが来たな。どう行く?」

「ルンドンベアではお米が手に入りませんから、主食は小麦を使った料理ですね。確か、スパゲッティの備蓄があったはず。これと、旬の鮭といくらを合わせれば、私の得意料理ができます!」

 下唇に親指を当て、熟考していた彼女が、顔を上げて料理を決定する。

「よし、早速取りかかろう!」

 三人がかりでバーシの思い描く料理を作っていく。スパゲッティが茹で揚がり、湯切りしたそれにクリームソースを和え、スモークサーモンといくら、茹でほうれん草を乗せていく。おお、こりゃ美味そうだ。

「注文入りました。三番テーブル、BLTサンドをひとつ、鮭の香草焼きをひとつ、お願いしますわ」

「了解です。これを六番テーブルのお客様に」

 フランが注文を取ってきたので、バーシが鮭といくらのスパゲッティを手渡す。それを、早速運んでいくフラン。

「いやはや、まるで戦場だな」

「そうですとも。厨房は戦場です!」

 汗を拭いながら、いい顔で応えるバーシ。時間はあっという間に過ぎていき、食堂を閉める時刻になった。


 ◆ ◆ ◆


「これをお客様にお出ししたのですね?」

 本日の成果を見てもらうため、バーシとともに寝室に赴き、女将さんに鮭といくらのスパゲッティを、食べてもらうことにした。彼女の前には、できたてのそれが、お膳に乗っている。

 麺を巻き取り、口に運ぶ女将さん。緊張の一瞬である。

「……とても優しい味で、美味しいです。すみません、バーシ。あなたのことを、もっと早く信用するべきでした。改めて、これからも店をお願いしますね」

「ありがとうございます! さらに精進を重ねますので、よろしくお願いします!」

 深々とお辞儀するバーシ。俺も我がことのように嬉しい。

 食事し終わった膳を下げ、バーシと笑顔で拳を突き合わせる。

「やったな、相棒!」

「やりましたとも、相棒!」

 明日も忙しい。これを片したら、ゆっくり休もう。


 ◆ ◆ ◆


 その数日後の夜、ちょっとした珍事が起きた。

「ロイさん! とんでもない方がいらしてますわ!」

 フランがずいぶん慌てているので、食堂を覗いてみれば、姿こそ平民の出で立ちだが、王城の謁見の間で、王のかたわらに立っていた、小太り髭スキンヘッドの、重臣と思しき御仁じゃないか!

「おいおい、何の冗談だよ。お忍びってやつか? いい趣味してるなあ」

「どうしました?」

 バーシが怪訝けげんな表情で訊いてくるので、かいつまんで説明する。さすがの台風娘も、超VIPの来訪に緊張が走ったようだ。

「彼の注文は?」

「シェフのおすすめを、とのことです」

 おごそかに確認を取る、バーシへのフランの返答も、声がずいぶん緊張している。

「どうする、バーシ。やはり、鮭といくらのスパゲッティでいくか?」

 下唇に親指を当て、考え込む彼女。

「相手が相手です。最上肉のステーキを出しては?」

 意見を呈するフラン。確かに、最高の肉でおもてなしするのが最善だろうか。しかし、バーシはなおも熟考をやめない。

「思うのですけど、わざわざお忍びで庶民的な店に来るということは、素朴な料理をお求めなのではないでしょうか。同時に、とても試されているとも考えます」

 真剣な面持ちで、言葉を紡ぐバーシ。

「コンソメスープをお出ししようと思います。それと、焼きたてのパンを」

「ええ!? そんな安っぽ……いえその、普通の料理を?」

 バーシの決定に、驚愕するフラン。

「スープとソースには、料理人のすべてが出ます。あのお方には、私のすべてをぶつけます!」

 ううむ、決意は固いようだ。指揮権はバーシにある。俺たちとしては、彼女を信頼するのみ。

「よし、何でも言ってくれ。君の指示通りに動く」

「ありがとうございます。では……」

 彼女の指示を守り、着実にスープとパンを作り上げ、それは完成した。薄茶色の澄んだコンソメスープだ。具はシンプルに、ベーコンと玉ねぎ。とても良い匂いがする。これに、焼きたてのロールパンがひとつ。皿も事前に、温めてある。

 一口すくい、味見するバーシ。うん、とうなずく。

「我ながら、会心の出来だと思います。できることはすべてやりました。フラン、お願いします」

 よそった皿を受け取り、届けに行くフラン。さいは投げられた。俺たちは、他の客も捌かなければいけないので、彼ばかり相手しているわけにもいかない。再び調理に戻る。

 体感三十分ほど経っただろうか。フランが緊張した面持ちで厨房に入ってきた。

「あのお客様が、シェフを呼んでほしいと仰っています」

 厨房に、再度緊張が走る。賛辞か、はたまたお叱りか。

 応対に出たバーシを、厨房の出入り口からそっと見守る。あの客が笑顔で彼女に語り、バーシが名物・九十度お辞儀をする。様子からすると、良い結果のようだ。

「どうだった?」

 戻ってきたバーシに、結果を尋ねる。

「とても美味しかった、と仰ってくださいました!」

 安堵の表情で、戦勝報告する彼女。拳を突き合わせ、勝利のポーズ!

 こうして、今日も夜が更けていった。明日もまた頑張ろう。
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