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第一章 黒翼の凶鳥王編

第二十六話 魔導剣士ロイ、一夜を共にする

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 ……はっ!

 あたり一面の、雪景色。雪に埋もれて、意識を失っていたようだ。寒い。何より力が出ない。ベルトポーチに砂糖水があったはずだ。まずはそれを飲んで、少しでも体力を回復させねば。

 水袋があった。横になったまま一気に飲み干し、人心地つく。

 体を起こし、状況を確認する。あたりは夕焼けに染まり、ロッジは埋もれたのか、見当たらない。

 仲間は無事だろうか。「おーい!」と呼びかけてみるが、返事はない。

 不安に押しつぶされそうになるが、少し周囲を探してみよう。

 防寒具を再度身にまとい、目印に長剣を突き立てる。この剣も、ぼろぼろになってしまったな。パティの槍があれば目立ってよかったのだが、彼女もろとも、どこへ行ったのやら。

 ざくざくと周囲を探していると、雪に埋もれている毛むくじゃらの何かを見つけた。近寄ってみると、犬の鼻と口だ。いや、これはひょっとすると……!

 急いで掘り起こすと、埋もれていたナンシアを発見した!

「ナンシア! 起きろ! 起きてくれ!」

 体を必死に揺すると、彼女がうっすら目を開けた。

「ロイさん……?」

「そうだ、俺だ! とりあえず起きよう。こんなところに、埋もれたままでいるものではない」

 力を合わせて助け起こすと、ぶるぶると犬のように体を震わせて、体毛の雪を払う。

「助かったんですね。ほかの皆さんは?」

「わからん。あそこに目印の剣を刺した。あれを見失わない範囲で捜索しよう。今、君の分の防寒具を出す」

 防寒具を手渡し、山頂に向かって左へ歩いて行く。

「俺はこっちをぐるっと探す。君は、反対側を頼む」

「はい!」

 着替え中の彼女を残し、再度雪面を眺め回して歩く。

 ……芳しくないな。我々が随分下の方に流されたのか、あるいはその逆か。

 そのまま、目印の剣から離れないように、右回りにぐるりと周回してみるが、やはり手がかりはない。

 そして何よりまずいのが、もう陽が沈みかかろうとしている。

「ナンシア!! 剣のところに戻ってくれ!!」

 剣のもとに戻りながら、近くを捜索しているはずの彼女に呼びかける。

「呼びましたか、ロイさん? あら、それは……」

 雪のブロックを作っているところに、彼女が戻ってきた。

「今日はここで。イグルーかまくらを作ってビバークする。手伝ってくれ」

「でも! まだみんなが……」

「俺だって、断腸の思いだ。だが、陽が沈んでから動くのはとても危険だ。そのような愚を犯すわけにはいかない。無念だろうが、無事だと信じよう」

 そう言うと、彼女は無言でブロック作りを手伝い始める。気持ちの整理は付かないが、俺の言葉が正論だと理解してくれたのだろう。

 こうして陽が沈み切る前に、なんとか二人入れるイグルーを作り上げた。

 中に入り、松明の束をベルトポーチから取り出し、燃やす部分を付き合わせて中心に火打ち石で点火する。

 火は程良く燃え、我々はやっと暖を取ることができた。

 二人で、人心地ついたため息をふうと漏らす。ナンシアは半獣状態のままだ。毛深い状態のほうが、多少暖かいのだろう。

 とにかく戦闘からの雪崩泳ぎ、そして捜索、イグルー作りと、昏倒しないのが不思議なぐらい力を使い果たしているので、まずは体力を回復させるために、干し肉を焼く。

 火が通ったので、ナンシアにポーチから取り出したフォークを渡す。しゃべるのも疲れるので、互いに無言で食む。

 干し肉など取り立てて美味いものでもないが、この極限状態で食うと、至上の美味に感じられる。ゆっくり咀嚼し、そのありがたみを、しかと味わう。

 鍋を取り出して、雪からお湯も作り、白湯で肉を流し込む。なんてことのない湯だが、疲労困憊の果てに飲むと、滋味深い。

「とりあえず、早めに休もう。俺たちは、体力を使いすぎた」

 さらに、ポーチから毛布を四枚取り出す。

「そうですね。あの、ロイさん。私と一緒に寝ませんか?」

「はァッ!?」

 唐突な発言に、思わず裏返った大声を上げてしまう。

「いえ、あの、そうした方が、暖かいと思うんです」

 むう……。低体温の回避には有効な手段だが。ううむ。だが、体力の回復に努めようと言い出したのは俺だな……。

「わかった。その、変なことはしないから安心してくれ」

「信頼してなかったら、提案しませんよ。さあ、どうぞ」

「……邪魔する」

 彼女の懐に潜り込む。俺よりも長身の彼女に抱きしめられていると、なんだか不思議な安堵感を覚える。

 ふかふかした毛の感触が心地良くて、うつらうつらしてきた。

「ふかふかしてていいな、毛……」

「人狼になります?」

「遠慮しておく。冗談が言えるなら、元気な証拠だな」

 うと、うと……。

「あの、もう一つ提案なんですけど……。今度から、『ロイくん』って呼んで、弟みたいに接しても良いでしょうか? ほんとに、ちょっとした思いつきなんですけど」

「好きにしてくれ……」

 睡魔に勝てず、適当に相槌を打つ。

 ナンシアが、頭を優しく撫でてくれたような気がした。なんだか懐かしいのぬくもりを感じながら、眠りの世界に落ちていく……。


 ◆ ◆ ◆


 ん……。

 目が覚める。

 ナンシアの懐から上体を起こすと、彼女も目を覚ましたようだ。

「おはよう……」

「すまん、起こしたか?」

「ううん、大丈夫」

 うん? どうもナンシアの口調が……。

「その、言葉遣い変じゃないか?」

「昨日約束したでしょう? 弟みたいに接していい? って」

 あー……。そんな約束を、交わした気もする。

「そうか。まあ、好きに呼んでくれ。もともと、君の方が年上だしな」

「うん!」

 ほんとに、がらりと態度が変わったもんだな。まあ、姉のように接せられるというのは、個人的事情から、悪い感じはしない。

 イグルーから外に出てみると、もう陽が随分高い。泥のように眠り込んでしまったようだ。おかげで、快調とは言い難いが、随分と体力が回復したように感じる。

「みんなを探しに行く?」

 ナンシアが、出入り口からひょっこり、首だけ出す。

「まずは食事だな。朝飯前とはいかないだろう」

 再度、松明を取り出して焚き火にし、焼き干し肉と白湯を作る。

 今朝も簡素な食事をとりながら、今日の方針を話し合う。

「主に二パターンがある。我々だけで捜索を続けるか、一度下山して捜索隊を結成するかだ」

「やっぱり、前者じゃない? サンちゃんたち心配だよ」

「俺は、断然後者を推す。やはり、二人だけでは捜索力に限界がある。それに、二次遭難でもしたら、それこそ目も当てられない。いやまあ、すでに遭難しているが」

 半獣状態を解いてないゆえ、表情を推し量ることはできないが、悩んでいるようだ。

「……ロイくんに従うよ。リーダーだもんね」

 狼の口で器用にコップのお湯を飲み干し、深く息を吐く彼女。

「でも、資金はどうするの? こういうの、すごくお金がかかるでしょう?」

「今回の報酬で賄うよ。幸い、高額案件だ。ただ、証拠が要るな」

 ナンシアと一緒にイグルーの外に出て、上にしばらく歩いていくと、見覚えのあるでかぶつを発見した。シャックスの死体だ。我々は、かなり下に流されたらしい。

これゴーグルを持っていこう。未知の化け物を、打倒した証拠になるだろう」

 巨大なゴーグルを外すと、黒いガラス玉のような目が姿を見せた。もっとも、片方は潰れているが。

 ともかくも、証拠をポーチにしまい、山口を目指すのであった。
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