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第十三話 重責と絆
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遅めの夕食も終わり、夜の帳が降りる中、館から二百メートルほど離れた城壁の物見塔で、望遠鏡片手にベルとともに東の空を監視していた。
「ルシフェル様、伺いたいことがあるのですが」
「申してみよ」
ベルの問いに、望遠鏡から視線を外さず応える。
「リリスですが、本当にあの子を戦力として使うおつもりですか?」
「基本的には彼女に頼らんよ。あの子にも我にも、どんな反動があるとも分からぬからな」
そうですか、とベルが応える。どこか、安心したような声色だった。前回は、俺がケルビエルの障壁を突破するのと、ベルたちの障壁が破壊されるのと、どちらが早いかという状態だった。ああいう事態でもなければ、無理にリリスに頼ることもない。
「私は、良い指導者になれるでしょうか」
少し間を置いて、ベルがそんなことを零した。望遠鏡から目を外し彼女を見ると、何とも悲痛な面持ちをしていた。
「チェルノブイリの呪いを真っ向から受け、体が不自由になった父に代わり前線で指揮を執ってきましたが、連戦連敗です。私はどんなに無能なのかと、自分を責めない日はありません。ルシフェル様が再臨されてからも、お力に頼るばかりで私は何もできていません。皇女失格です……」
今にも泣き出しそうな皇女。その細い肩にどれほどの重責を背負っているのだろう。
思わず彼女の頭を撫でた。皇女に対して無礼かな。でも俺は、伝説の救世主ってことになってるから構わないだろう。俺は小さい頃から親にこうして欲しかった。重圧をかけるのではなく、こうして優しくしてほしかった。そうすれば、俺の人生随分変わっていたかもしれない。今にも潰れてしまいそうなベルに、つい自分を重ねてしまう。
「お前はとても良くやってくれているよ。いくらでも我に頼って良いのだ。そのために我が居る」
心の中につっかえていた何かが取れたのだろう、ベルは泣き出してしまった。そんな彼女を優しく抱擁し、背中を優しく叩く。
月と星が、俺たちを優しく見守っていた。
どのぐらい、ベルを抱擁していただろうか。月が雲間に隠れるとふと我に返り、慌てて彼女から離れる。
「すまぬ! つい、だな……」
冷静になるとこっ恥ずしさがこみ上げてきて、右手で鼻頭を掻く。きっと今、俺の顔は真っ赤だ。ベルの柔らかな感触を、思わず反芻してしまう。
「いえ、有難うございます。ただ、誤解なさらないでいただきたいのは、父は良い人です。言葉にこそ出さないけれど、私に荷を背負わせていることを気に病んでいるはずです」
彼女が、指で涙の跡を拭う。二人の間には、絆があるのだな。だが、俺にはない。いや、なかった。しかし今ここに、ベルたちとの確かな絆がある。それがとても嬉しかった。
「ですが、初めて一緒に荷を背負う……むしろ、代わりに背負ってくださる方に出会えました。こんなに肩が軽いのは初めてです」
そして、太陽のような笑みを浮かべるのだった。上手く言い表せない、温かい感情が心から湧いてくる。
「そうだ、ベル。良いことを思いついたぞ。インフェルノに封じられし、聖数六六六を冠する獣よ。無間の闇から蘇り、四方を監視せよ!」
何とも照れくさいので、思いつきついでに話題を変えた。お馴染みの巨大な『獣』が、城外の地面に描かれた魔法陣から出現する。
「思えば、見張りはこいつにやらせればもっと話が早かったな。行軍のときは目立ちすぎて使えぬが、こういう防衛のときは丁度良い。館に戻って休むとしよう」
発明というのは、案外気付いてしまえばこんな簡単なことを誰も思い付かなかったのか、ということが往々にしてある。芋を薄くして揚げるだけのポテトチップスも、十九世紀の半ばで初めて作られたものだとネットで読んだことがある。
俺たちは、心地よい夜風を浴びながら、館へと戻った。
「ルシフェル様、伺いたいことがあるのですが」
「申してみよ」
ベルの問いに、望遠鏡から視線を外さず応える。
「リリスですが、本当にあの子を戦力として使うおつもりですか?」
「基本的には彼女に頼らんよ。あの子にも我にも、どんな反動があるとも分からぬからな」
そうですか、とベルが応える。どこか、安心したような声色だった。前回は、俺がケルビエルの障壁を突破するのと、ベルたちの障壁が破壊されるのと、どちらが早いかという状態だった。ああいう事態でもなければ、無理にリリスに頼ることもない。
「私は、良い指導者になれるでしょうか」
少し間を置いて、ベルがそんなことを零した。望遠鏡から目を外し彼女を見ると、何とも悲痛な面持ちをしていた。
「チェルノブイリの呪いを真っ向から受け、体が不自由になった父に代わり前線で指揮を執ってきましたが、連戦連敗です。私はどんなに無能なのかと、自分を責めない日はありません。ルシフェル様が再臨されてからも、お力に頼るばかりで私は何もできていません。皇女失格です……」
今にも泣き出しそうな皇女。その細い肩にどれほどの重責を背負っているのだろう。
思わず彼女の頭を撫でた。皇女に対して無礼かな。でも俺は、伝説の救世主ってことになってるから構わないだろう。俺は小さい頃から親にこうして欲しかった。重圧をかけるのではなく、こうして優しくしてほしかった。そうすれば、俺の人生随分変わっていたかもしれない。今にも潰れてしまいそうなベルに、つい自分を重ねてしまう。
「お前はとても良くやってくれているよ。いくらでも我に頼って良いのだ。そのために我が居る」
心の中につっかえていた何かが取れたのだろう、ベルは泣き出してしまった。そんな彼女を優しく抱擁し、背中を優しく叩く。
月と星が、俺たちを優しく見守っていた。
どのぐらい、ベルを抱擁していただろうか。月が雲間に隠れるとふと我に返り、慌てて彼女から離れる。
「すまぬ! つい、だな……」
冷静になるとこっ恥ずしさがこみ上げてきて、右手で鼻頭を掻く。きっと今、俺の顔は真っ赤だ。ベルの柔らかな感触を、思わず反芻してしまう。
「いえ、有難うございます。ただ、誤解なさらないでいただきたいのは、父は良い人です。言葉にこそ出さないけれど、私に荷を背負わせていることを気に病んでいるはずです」
彼女が、指で涙の跡を拭う。二人の間には、絆があるのだな。だが、俺にはない。いや、なかった。しかし今ここに、ベルたちとの確かな絆がある。それがとても嬉しかった。
「ですが、初めて一緒に荷を背負う……むしろ、代わりに背負ってくださる方に出会えました。こんなに肩が軽いのは初めてです」
そして、太陽のような笑みを浮かべるのだった。上手く言い表せない、温かい感情が心から湧いてくる。
「そうだ、ベル。良いことを思いついたぞ。インフェルノに封じられし、聖数六六六を冠する獣よ。無間の闇から蘇り、四方を監視せよ!」
何とも照れくさいので、思いつきついでに話題を変えた。お馴染みの巨大な『獣』が、城外の地面に描かれた魔法陣から出現する。
「思えば、見張りはこいつにやらせればもっと話が早かったな。行軍のときは目立ちすぎて使えぬが、こういう防衛のときは丁度良い。館に戻って休むとしよう」
発明というのは、案外気付いてしまえばこんな簡単なことを誰も思い付かなかったのか、ということが往々にしてある。芋を薄くして揚げるだけのポテトチップスも、十九世紀の半ばで初めて作られたものだとネットで読んだことがある。
俺たちは、心地よい夜風を浴びながら、館へと戻った。
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