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第三十五話 本物ではないが本物です

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「何を唐突に。我こそは、間違いなくルシフェル・アシュタロスである!」

 表情を読み取らせまいと、右手が口元を覆い、指の隙間から、目を覗かせるかっこいいポーズを取る。背筋に冷や汗が滲む。

「何故でしょう、私には分かってしまうのです。しかし、ルシフェル様。貴方様は本物ではないが、本物です」

 首を振り、真摯な瞳で見つめてくる。茶番は通じぬか。ならば、腹を割って話すまでよ。

「それはどういう意味だ? 悪いが禅問答は苦手でな」

 傍らにあった椅子を引き寄せて腰掛け、腕と足を組む。我ながら態度でけえな。

「大天使ウリエルを赤子の手をひねるように倒したのは間違いなく貴方様です。ですから、引き続き伝説の漆黒の堕天使ルシフェル・アシュタロスとして振る舞い、皆の希望になっていただきたいのです。貴方様はそれができるお方です」

 深々と頭を下げる皇帝。目を瞑って息を深く吐くと、召喚されたばかりの俺を、すがるような眼差しで見る群衆。天使たちとの戦い。そして、ここに来る前の熱狂的な英雄視が蘇ってくる。

 うちの家族仲は悪かった。独善的で高慢な父。そんなダメ人間と縁を切れない母は、俺を味方に引き込もうとした。それは、極めて打算的な関係だった。夫婦・親子の間には真に愛情と呼べるものはなく、俺はそんな中で、本物の愛情が欲しくて、親に気に入られようと「良い子」であろうとした。運動はあまり得意ではなかったが、勉学は得意だったから、成績は上位をキープしていた。

 だが、それに疲れてしまった。ある日、俺の中で何かが弾け、「漆黒の堕天使ルシフェル・アシュタロス」というキャラを作り上げ、演じるようになった。結果、学校ではいじめに遭い、転げ落ちるように引きこもりと化した。

 我が家にかなり問題があることを知ったのは、他にやることもなくネットの海で調べ物をよくするようになってからだった。しかし、それを知ったところで俺にはどうすることもできなかった。ただただ、陰鬱で無為な日々が過ぎていくだけに思われた。

 そんな俺を、皇帝ともあろう人や何万、何十万もの人が心の底から敬愛してくれるというのか。

 ならば――。

「ならば、応えねばなるまいよ!」

 肚は決まった。俺はこの世界の救世主となろう。例え人違いであろうと構わない。俺を慕ってくれる人々のために、それだけでいい。
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