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第三十七話 命!

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 昼過ぎ、ザイドハーマでのテント設営が進んでいた。いつも作業を手伝おうかとも思うのだが、必ず「畏れ多い」と拒否される。まあ、一言で言うと暇だ。

 そんな感じで皆の作業をぼーっと眺めていると、突然左手から物凄い悲鳴が上がった。いや、悲鳴というより悶絶に近い。驚いてそちらを見ると、ユコが木箱を地面に置いてうずくまり、何やらえらい痛そうに胸を押さえている。

「どうした!? 怪我でもしたのか!」

「いえ、箱が胸に当たったら痛くて……強打した訳じゃないんですけど」

 実に痛そうだ。むう、どうしたものだろうか。流石に医学まで心得はないぞ。そんな時、横合いから助け舟を出してくれたのが荷物運びをしていたフォル。

「ひょっとして、胸が膨らんできたんじゃない、ユコ? 膨らみかけって、何か当たると本当に痛いから……。あの馬の尿、本当に効果があったんですね。さすがですルシフェル様!」

「ほんとですか!? そう言えば、服を脱いだ時、ちょっと膨らんでる気がします。私、女の体に近づいてるんですね……! 嬉しくて死んでしまいそうです!」

 フォルのさすルシが飛び、ユコは相変わらず苦悶しつつ笑顔を浮かべるという、何とも表現し難い表情をする。そうか、膨らみかけの影響だったのか。俺もさすがにその辺詳しくないからな。今まで女と縁なんかなかったものよ、畜生! それはさておき、効果があったようで何よりだ。

 ◆ ◆ ◆

 テント設営も終わり、すっかり夜になった。明日は兵一万を割いて南方の遺都ヴェイヴァルに向かう手はずだ。オフィエルの話によればヴェイヴァルまでは片道一週間とのことで、ザイドハーマを抜かれると一気に形勢が悪化するため、守りにほとんどの兵力を残しておくというのがシェムの立てた案だ。俺抜きでセクンダディが出てくると厳しいため、『獣』、シャミール、モレク、ケモシを残していく。居ないよりは随分マシだろう。

 どうも気持ちがたかぶっているのか寝付けない。十四の若さで寝酒なんて習慣つけたくないし、誰かと話でもするか。

 ◆ ◆ ◆

「邪魔するぞ。堅苦しいので、それは公の場以外でやらんで良い」

 そういう訳で、将軍のテントにやってきた。何かと彼女は忙しいため話す機会がないので、親交を深めておこうと思った次第だ。衛兵に通されると、例によってひざまずいて出迎えるので、やめさせることにした。もう少し砕けてくれていいんだぞ。

「了解いたしました。今後の作戦についてのお話でしょうか?」

「いや、ただ他愛ない話でもしようかと思ってな」

 対面になって座ったはいいが、何を話したらいいものか。そうだな、とりあえず将軍の話題といえばあれだ。

「将軍。ちゅーちゅんには設定とかあったりするのか?」

「設定ですか。そうですね、パペット学園の人気者で、友達がたくさん居るとかあります。それでですね……」

 ◆ ◆ ◆

 シェム将軍のちゅーちゅんにかける思い入れは非常に深く、すでに小一時間ほど濃密な設定を聞かされ続けている。自分から振った話題だから途中で打ち切れないしどうしたもんか。そうだ、妙手を思いついたぞ。

「……あと、ぴんこちゃんというガールフレンドが居てですね」

「うむ、ときに将軍。ちゅーちゅんに命を与えてみたいと思うのだが、どうか?」

「命をですか!?」

 突拍子もない提案に、彼女は目を丸くする。以前、大天使ベツレヘムが土巨人を生み出したことがあった。あやつにできるなら俺にもきっとできるはずだ。

「……寿命が数年とかだと悲しいのですが」

「善処してみるつもりだ」

 将軍は逡巡の末、「お願いします」と頭を下げた。それを受け、彼女の抱えているちゅーちゅんに手をかざし、呪文を詠唱する。

「偽りの生命よ! 水の命脈姿かたちどりて、自律せよ!」

 動かない。うーむ、失敗か? ……と思ったら、いきなりちゅーちゅんが右手(というか右羽根)をしゅびっと挙手した。成功だ!

「おはよう! シェムちゃん!」

「「しゃべったああああああああ!?」」

 二人して驚いてしまった。いや、まさか知能を持ってあまつさえ喋るとは我ながら驚きである。

「ちゅーちゅ-ん! ちゅーちゅん、ちゅ-ちゅん!」

 喜びのあまり、ちゅーちゅんに頬ずりを始めてしまう将軍。いやー、喜んでもらえて嬉しいぞ。

「家族が増えたよ。やったねシェムちゃん!」

 ……すまん、ちょっと失敗したかも知れない。
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