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第四十三話 奇跡
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「よしきたルシくん! お姉ちゃんにまっかせなさーい!」
弾丸のようなスピードと蝶のような華麗な回避術で、短剣の天使とドッグファイトというべきか、キャットファイトというべきか表現に迷う熾烈な奪い合いを繰り広げるサタン。そんな彼女を残りの天使が妨害しようとするが、そこは俺が魔法で援護だ。ここまで必死に護るということは、やはりあの短剣がキーアイテムということだな!
「深淵の魔と堕天使の叡智の下、守護の障壁を賦与せり!」
サタンに追加の障壁を賦与する。何だか、今まで出てきた魔法の総決算という感じだ。
ついでに俺自身の障壁も重ねがけで強化しておく。サタンがあれを奪うまでは、じっと我慢の子である。
犬猫ファイトが繰り広げられること数分、ついにサタンが得物を叩き落とし、奪取することに成功した。
「やったよルシくん! お姉ちゃん頑張った……ひゃうっ!?」
歓喜の表情で短剣を振り回すサタンだったが、横合いから魔法だの武器だのを喰らい、ダメージこそないものの衝撃でぐらついてしまった。
「ちょっとルシくん、受け流しが発動しないよ! これ外れだったんじゃない!?」
「いいや、それで間違いないはずだ! コキュートスを流るる死の江流よ! 全てを凍てつかせるその無情を以て、我が敵を砕け!」
狙いを槍使い二人と鎌使いに絞り、凍結粉砕の魔法で一瞬にして死に至らしめる。やはり、短剣狙いは間違っていなかった!
「サンダルフォン、メタトロン、カマエル! くっ……六人がかりでもダメだっていうのかい、敵わないね……。なら、せめて最後に一太刀でも浴びせるさ! ガブリエル、ザドキエル! 最後の力を貸してくれ!! ルシフェル、最後に名乗っておこう! 僕の名はラファエル! ジュデッカの土産に持っていくといい!!」
優男天使が手を高く掲げると、二人の女天使も手を重ね合わせ、そこから眩い光が溢れ出す。既視感のある光景……これはまずい!
「ルシくん! あの状態になったら、魔法は効かないよ!」
「だろうな! サタン、オフィエル、我の後ろに入れ! 魔導師たちはすぐに距離を取れ! こいつらは自爆する気だ!!」
あらん限りの声を振り絞って周囲の魔導師たちに警告し、障壁魔法を幾重にも重ねがけする。大天使二人でサタンの翼がもがれるほどの威力だ。可能な限り障壁を張っておきたい。
「オフィエル、力を貸してくれ! 純粋な防御なら構わぬだろう?」
後ろに回り込んできた彼女に問うと、無言で手を差し伸べてくれた。その手を握ると、たちまち強い魔力がみなぎってくる。大天使たちの放つ光が限界を超えるその瞬間、最後となる十三枚目の特大障壁が間にあった。
しかしその時、視界の端に一人の魔導師が転倒する光景が映った。小柄な体に赤いツインテール。ベルだ! 助け起こすべく近づこうとする魔導師を手で制止している。
一瞬の出来事だったのだろうが、スローモーションのようにその光景が焼きつく。助けに行きたい。しかし、障壁は俺に付いて回る。ここを動けばサタンとオフィエルが助からないだろうし、恐らく間に合わない。ベル、無事であってくれ!
刹那、太陽を直視するかのような強烈な光とともに、鼓膜がやられそうなほどの爆音が響き渡る。
ややあって、爆風が収まった。どうやら無事なようだ。魔導師たちも逃げ切れているといいのだが。ゆっくり目を開けると、地面はえぐれクレーターと化し、残り一枚となった障壁にヒビが入っていた。九死に一生を得たというところか。オフィエルが力を貸してくれなかったら危ないところだった。
それよりベルだ! さっきベルが倒れていた所は……クレーターの範囲内だ! 血の気が引いていくのを感じる。
「ベル! ベル、ベル! サタン! 上からベルを探してくれ!」
無我夢中で走り出していた。見当たらない、見当たらない、ベルがどこにも見当たらない!
絶望と闘いながら探し回っていると、地面の中に何か黒いものが見えた。もしや、巻き上げられた土の中に埋もれてしまったのでは!? 慌てて駆け寄り掘り返すが、何やらよくわからない平たい六角形のガラクタだった。ええい、紛らわしい! 焦りと苛立ちで、それを乱雑に放り投げる。
「サタン! そっちはどうだ!」
上空のサタンに問うと、彼女は悲しい面持ちで首を横に振る。
嘘だ。認めない。こんなことがあっていいはずがない。虚ろに視界を巡らせれば、先ほどベルに制止されていた魔導師が半狂乱で泣きじゃくり、他の魔導師たちにも動揺が広がっている。
涙が溢れそうになるが、心に喝を入れるべく両手で己の頬を叩き、意を決する。
「生命の樹セフィロトよ! 漆黒の堕天使の名を以て汝を使役せん! 失われし生命を蘇らせよ!! 叶うならば、呪われても構わぬ!!」
「お兄ちゃん、オフィエルの力も使って!」
地に向けてかざした両手に、オフィエルが手を添えてくれる。俺は無から麦畑を作り出せる歩くチートだぞ! こんな結末捻じ曲げてやる! 代償が必要だというのなら、何でも支払う!! 失敗しようと百遍でも千遍でも試してやる! だから!
手の先に光の玉が生まれ、それが徐々に何らかの形を取っていく。人だ! 人の形だ! 光が収まると、そこにはベルが居た! 彼女の心臓に耳を当てる。動いている! 成功だ! 成功したぞ!! 俺は最大の奇跡を成し遂げた!!
「ルシフェル様……? 確か、私は……」
「いいんだ! お前は無事だ、それでいい!」
もう、二度と手放すまいという誓いを込めて皇女を力の限り抱きしめると、場は魔導師たちの黄色い歓声に包まれた。
「えーとルシくん、感動的なシーンで無粋な話なんだけどね」
「何だサタン、後にしてくれないか」
「……ベルちゃん素っ裸なんだけど」
何ですと!? 慌ててホールドを解くが、アフターフェスティバル。ベルの顔は耳まで真っ赤である。
「ルシフェル様、向こうを向いていただけると……」
「お、おう! そうだな! すまぬ! わざとではないのだ。嬉しさのあまりついだな……」
冷や汗垂らしながら後ろを向き、弁明タイムである。
「いえ、ルシフェル様には感謝の言葉しかありません。でも、だいぶ……恥ずかしいです」
ベルはベルで消え入りそうな声である。
そんな俺達を、サタンが笑っているのか呆れてるのか、何とも表現しがたい表情で見つめていた。
「おにーちゃん☆ いいお知らせが二つあるよっ」
「今度は何だ?」
横合いからオフィエルが話しかけてくるのでそちらを見れば、先ほど俺が退けたガラクタを抱えて満面の笑顔である。
「まず一つ目! じゃじゃーん。これがエテメンアンキだよっ☆」
何と! ポケットにしまっておいた再現図と見比べる。……似ても似つかないじゃないか。先ほど乱暴に放り捨ててしまったが、機能の方は大丈夫だろうか?
「そして二つ目ー! 先ほど二回も全力を出したお陰か、オフィエルちゃんに羽根が戻りつつあるようで~す♪」
今度はくるりと背を向けると、たしかに背中のあたりに盛り上がりが見える。
「あとはきっと早いよ。今日中に伸び切るんじゃないかな。背中の空いた服を用意してねっ☆」
再びこちらを向いてご満悦のにこにこ顔である。ここまで上機嫌なオフィエルを見るのは初めてだな。空を飛べなくなったことが大層不満だったようだからなあ。
「ルシフェル様、もうこちらを向かれて大丈夫です」
ベルの声に振り向けば、有り合わせの布で作ったキトンを身にまとっていた。
一件落着というところか。……そうだな、そろそろ頃合いだろう。
「神と戦いに行く前に、皆に伝えておきたいことがある――」
弾丸のようなスピードと蝶のような華麗な回避術で、短剣の天使とドッグファイトというべきか、キャットファイトというべきか表現に迷う熾烈な奪い合いを繰り広げるサタン。そんな彼女を残りの天使が妨害しようとするが、そこは俺が魔法で援護だ。ここまで必死に護るということは、やはりあの短剣がキーアイテムということだな!
「深淵の魔と堕天使の叡智の下、守護の障壁を賦与せり!」
サタンに追加の障壁を賦与する。何だか、今まで出てきた魔法の総決算という感じだ。
ついでに俺自身の障壁も重ねがけで強化しておく。サタンがあれを奪うまでは、じっと我慢の子である。
犬猫ファイトが繰り広げられること数分、ついにサタンが得物を叩き落とし、奪取することに成功した。
「やったよルシくん! お姉ちゃん頑張った……ひゃうっ!?」
歓喜の表情で短剣を振り回すサタンだったが、横合いから魔法だの武器だのを喰らい、ダメージこそないものの衝撃でぐらついてしまった。
「ちょっとルシくん、受け流しが発動しないよ! これ外れだったんじゃない!?」
「いいや、それで間違いないはずだ! コキュートスを流るる死の江流よ! 全てを凍てつかせるその無情を以て、我が敵を砕け!」
狙いを槍使い二人と鎌使いに絞り、凍結粉砕の魔法で一瞬にして死に至らしめる。やはり、短剣狙いは間違っていなかった!
「サンダルフォン、メタトロン、カマエル! くっ……六人がかりでもダメだっていうのかい、敵わないね……。なら、せめて最後に一太刀でも浴びせるさ! ガブリエル、ザドキエル! 最後の力を貸してくれ!! ルシフェル、最後に名乗っておこう! 僕の名はラファエル! ジュデッカの土産に持っていくといい!!」
優男天使が手を高く掲げると、二人の女天使も手を重ね合わせ、そこから眩い光が溢れ出す。既視感のある光景……これはまずい!
「ルシくん! あの状態になったら、魔法は効かないよ!」
「だろうな! サタン、オフィエル、我の後ろに入れ! 魔導師たちはすぐに距離を取れ! こいつらは自爆する気だ!!」
あらん限りの声を振り絞って周囲の魔導師たちに警告し、障壁魔法を幾重にも重ねがけする。大天使二人でサタンの翼がもがれるほどの威力だ。可能な限り障壁を張っておきたい。
「オフィエル、力を貸してくれ! 純粋な防御なら構わぬだろう?」
後ろに回り込んできた彼女に問うと、無言で手を差し伸べてくれた。その手を握ると、たちまち強い魔力がみなぎってくる。大天使たちの放つ光が限界を超えるその瞬間、最後となる十三枚目の特大障壁が間にあった。
しかしその時、視界の端に一人の魔導師が転倒する光景が映った。小柄な体に赤いツインテール。ベルだ! 助け起こすべく近づこうとする魔導師を手で制止している。
一瞬の出来事だったのだろうが、スローモーションのようにその光景が焼きつく。助けに行きたい。しかし、障壁は俺に付いて回る。ここを動けばサタンとオフィエルが助からないだろうし、恐らく間に合わない。ベル、無事であってくれ!
刹那、太陽を直視するかのような強烈な光とともに、鼓膜がやられそうなほどの爆音が響き渡る。
ややあって、爆風が収まった。どうやら無事なようだ。魔導師たちも逃げ切れているといいのだが。ゆっくり目を開けると、地面はえぐれクレーターと化し、残り一枚となった障壁にヒビが入っていた。九死に一生を得たというところか。オフィエルが力を貸してくれなかったら危ないところだった。
それよりベルだ! さっきベルが倒れていた所は……クレーターの範囲内だ! 血の気が引いていくのを感じる。
「ベル! ベル、ベル! サタン! 上からベルを探してくれ!」
無我夢中で走り出していた。見当たらない、見当たらない、ベルがどこにも見当たらない!
絶望と闘いながら探し回っていると、地面の中に何か黒いものが見えた。もしや、巻き上げられた土の中に埋もれてしまったのでは!? 慌てて駆け寄り掘り返すが、何やらよくわからない平たい六角形のガラクタだった。ええい、紛らわしい! 焦りと苛立ちで、それを乱雑に放り投げる。
「サタン! そっちはどうだ!」
上空のサタンに問うと、彼女は悲しい面持ちで首を横に振る。
嘘だ。認めない。こんなことがあっていいはずがない。虚ろに視界を巡らせれば、先ほどベルに制止されていた魔導師が半狂乱で泣きじゃくり、他の魔導師たちにも動揺が広がっている。
涙が溢れそうになるが、心に喝を入れるべく両手で己の頬を叩き、意を決する。
「生命の樹セフィロトよ! 漆黒の堕天使の名を以て汝を使役せん! 失われし生命を蘇らせよ!! 叶うならば、呪われても構わぬ!!」
「お兄ちゃん、オフィエルの力も使って!」
地に向けてかざした両手に、オフィエルが手を添えてくれる。俺は無から麦畑を作り出せる歩くチートだぞ! こんな結末捻じ曲げてやる! 代償が必要だというのなら、何でも支払う!! 失敗しようと百遍でも千遍でも試してやる! だから!
手の先に光の玉が生まれ、それが徐々に何らかの形を取っていく。人だ! 人の形だ! 光が収まると、そこにはベルが居た! 彼女の心臓に耳を当てる。動いている! 成功だ! 成功したぞ!! 俺は最大の奇跡を成し遂げた!!
「ルシフェル様……? 確か、私は……」
「いいんだ! お前は無事だ、それでいい!」
もう、二度と手放すまいという誓いを込めて皇女を力の限り抱きしめると、場は魔導師たちの黄色い歓声に包まれた。
「えーとルシくん、感動的なシーンで無粋な話なんだけどね」
「何だサタン、後にしてくれないか」
「……ベルちゃん素っ裸なんだけど」
何ですと!? 慌ててホールドを解くが、アフターフェスティバル。ベルの顔は耳まで真っ赤である。
「ルシフェル様、向こうを向いていただけると……」
「お、おう! そうだな! すまぬ! わざとではないのだ。嬉しさのあまりついだな……」
冷や汗垂らしながら後ろを向き、弁明タイムである。
「いえ、ルシフェル様には感謝の言葉しかありません。でも、だいぶ……恥ずかしいです」
ベルはベルで消え入りそうな声である。
そんな俺達を、サタンが笑っているのか呆れてるのか、何とも表現しがたい表情で見つめていた。
「おにーちゃん☆ いいお知らせが二つあるよっ」
「今度は何だ?」
横合いからオフィエルが話しかけてくるのでそちらを見れば、先ほど俺が退けたガラクタを抱えて満面の笑顔である。
「まず一つ目! じゃじゃーん。これがエテメンアンキだよっ☆」
何と! ポケットにしまっておいた再現図と見比べる。……似ても似つかないじゃないか。先ほど乱暴に放り捨ててしまったが、機能の方は大丈夫だろうか?
「そして二つ目ー! 先ほど二回も全力を出したお陰か、オフィエルちゃんに羽根が戻りつつあるようで~す♪」
今度はくるりと背を向けると、たしかに背中のあたりに盛り上がりが見える。
「あとはきっと早いよ。今日中に伸び切るんじゃないかな。背中の空いた服を用意してねっ☆」
再びこちらを向いてご満悦のにこにこ顔である。ここまで上機嫌なオフィエルを見るのは初めてだな。空を飛べなくなったことが大層不満だったようだからなあ。
「ルシフェル様、もうこちらを向かれて大丈夫です」
ベルの声に振り向けば、有り合わせの布で作ったキトンを身にまとっていた。
一件落着というところか。……そうだな、そろそろ頃合いだろう。
「神と戦いに行く前に、皆に伝えておきたいことがある――」
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