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第四十七話 天に一番近い空

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「それでは皆、ってくる」

 エテメンアンキ試運転の翌朝、オフィエルの翼が十分成長し飛行可能になったことを確認すると、出立のために皆に挨拶を行うことにした。

 サタンとオフィエルは俺の左右に立っており、魔導師と旗持ちたちが眼前にひざまずき、真摯な面持ちで俺を見つめている。本隊には早馬が昨日のうちに出ており、数日内に伝わるだろう。シェム将軍にもひと目会っておきたかったが、仕方ない。

「ルシフェル様、ご武運を」

 一同を代表して、キトン姿のベルが一言だけ述べた。もはや、互いに冗長な言葉は要らない。大きく頷くとサタン、オフィエルとともにそらへと飛び立った。

 眼下の魔導師たちがみるみる小さくなっていく。必ず平和を取り戻してみせよう。新約の堕天使の誓いを胸に、ただ天を目指す。

 ◆ ◆ ◆

「ルシくん。そろそろ天界への入り口だよ」

 サタンの言葉に前方をよく見れば、妙に空間が歪んでいる。ほほう、あれか。

「初めてゲート体験するお兄ちゃんにアドバイスしとくと、ちょーっとキモチワルイ思いするだろうけど、気をしっかりねー♪」

 脅すなよ。身構えてしまうだろう。まあ、この先何があろうと突き進むのみだが。

 空間のひずみに突入した瞬間、異様な感覚に襲われる。自分の体がどこまでも引き伸ばされ、同時に無限に圧縮されるような奇妙極まる感覚だ。左右のサタンとオフィエルが鏡合わせのように何重にも見える。

 なるほど、これはキツイ。天使たちは地上に来るたびこんな思いをしていたのか。意志を強く持ちただひたすらに前進すると、突然眼下に雲の広がるだだっ広い場所に出た。どうやら天界に着いたらしい。

「来たか、ルシフェル・アシュタロスの襲名者」

 上方から凛々しい男の声が響いてくる。そちらを見やれば、後光を背負う赤髪の六枚羽根の天使が、燃え盛る剣を両手に携えていた。

「我が名はミカエル。主のため、散っていった仲間たちのため、貴様を地の底に叩き堕とす」

 不意打ちのたぐいをしてこないというのは、正々堂々とした勝負を望んでいるのか、あるいはよほど自信があるのか。おそらくは、その両方だろうか。

「その名を聞くと、いよいよ大詰めという感じがするな。他の天使はいないのか?」

「……すべては我が中にある」

「そうか」

 これ以上、互いに交わす言葉はない。神の右腕との戦いは幕を開けた。
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