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第五十話 一九九九年七月

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「百聞は一見にしかずという。見たほうが早いだろうな」

 神が右指を鳴らすと、プラネタリウムのようにドーム状に映像が展開され、音声が響く。

「教祖様、世界はいつ滅ぶのですか! 一九九九年七月があと十分じゅっぷんで終わります……!」

 障子と畳が張られた、あきらかに日本の屋敷と思われる広い屋内で、黒スーツ姿の日本人と思しき男が正座して視点の主を問い詰めていた。この男以外にも、老若男女様々な人が数十人ほど正座していた。

 一九九九年七月。俺が生まれる四年前だ。確か、この時代は世界が滅ぶとかいうトンデモ説が世間を賑わせていたと聞いたことがある。

「案ずるな。神は必ず裁きを下される。我々は救済されるのだ。最後にワインを飲もう。ワインは神の血。我らに祝福をくださる。ただし、自分自身では飲まず、隣の者同士で飲ませ合わせなさい」

 映像の下方からワイングラスを持った手が突き出される。この声は……! 間違いない、目の前にいる神と同じ声だ。視点の主はこいつなのか!

「乾杯」

 一人の女性を除き一同が隣の者同士でグラスをあおり合わせたのを見届けると、『神』も残った女性とワインを飲ませ合う。間もなく眼前の人々がもがき苦しみだし、『神』の視界もうめきとともにブラックアウトした。

 ◆ ◆ ◆

 『神』の視界が再び開かれると、そこは街中だった。明らかに日本ではない。強いて言えば、ラドネスやパダールの歴史を遡ったらこんな街並みになるのではないか? という感じがする。人種も、黒髪以外に金髪や赤髪に混じって、猫耳や狼耳の人物が少数居た。ラドネス語で口々に、『神』の出現にたいそう驚いているようだ。

「どこだここは……? 何が起こった?」

 『神』が左右を見回す。一方目の前の神はというと、懐かしいホームビデオでも見てるかのようにジュース片手にくつろぎ、目を細めている。

 『神』がしばらく街を歩き回っていると、帯剣したガタイのいい三人組の男にぶつかり絡まれた。なんともコテコテな展開だ。男どもは詫びに金を出せと言っている。『神』は男どもが何を言っているのか分からないようだ。

 キレた三人組の一人が抜剣し、『神』に斬りかかる! しかし、障壁の魔法陣が現れ、『神』を切り裂くことはできなかった。

 俺と同郷だという神の言葉、日本家屋、集団自殺と思しき光景、そして古代のこの世界の街並み、魔法障壁のオートガード……。

 間違いない、神は俺と同じ転移者だ!! この気付きに、思わず前のめりになっている自分がいる。

「ここから先はトントン拍子だったな。日本語がこの世界に於いて魔法語であることを理解し、またたく間に民心を集めることができた。ワシは理解したのだ。新たな神の子としてこの世界を導く存在になるべきだと――」

 挑発的な表情で頬杖をつく神が手をかざすと場面は切り替わり、地を埋め尽くさんばかりの人々に平伏されている。視点が左右を見渡すと、サタン、ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエル、謎のマネキンのような奇妙な六枚羽根の天使、そして俺によく似た六枚羽根の天使――多分こいつが本物のルシフェル・アシュタロスなのだろう――といった、初期のセクンダディと思しき大天使の姿が視界に入る。ルシフェルとサタンの、憂いを帯びた表情が印象的だった。

 なんてことだ……。今まで神、すなわちこの世界の創造主だと思ってたこいつは、ただの僭称者せんしょうしゃだったのだ!!
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