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第五十三話 約束!
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「鈴木くーん!」
秋の心地よい日差しの中、銀杏の繁る市立公園の南口でスマホをいじっていると、正午ぴったりに鈴村の声が聞こえてきた。まめというか、本当にしっかりものだな……などと思ってそちらを見れば、飼い犬の丸子に半ば引きずられるようにして彼女が駆けてくる。
落ち着いたおしゃれという相反する要素をまとめ上げているところに、彼女の人柄がよく出ていた。赤いリュックが特に目を引く。何が入っているのだろうか?
丸子というのは鈴村家で飼われている、でかいシベリアンハスキーだ。そしてこいつがまた……。
「わっぷ、舐めるな、舐めるなって!」
異様に俺に懐いている。というか、以前思いっきり腰を振られたことがある。お前、雌だろうが。
しかし、デートと犬の散歩を兼ねるとか、鈴村はどこかずれている部分があるようだ。まあ、これをデートだと考えたのは、俺の一方的な思い込みではあるのだけれど。
……やはり妙だ。丸子とも何か大事な約束をしていた気がする。本当に、昨日から何なんだ?
「鈴村、どこか行きたいところとかあるの?」
妙な疑問を振り払うように、質問をする。
「落ち着いて話ができるところならどこでも!」
落ち着いて話がしたいのに丸子を連れてきたのか。やはりどこかずれてるな、彼女は。
◆ ◆ ◆
カルガモの親子が呑気そうに泳ぐ池の畔で、ベンチに腰掛けることにした。柵に繋がれた丸子が、リード一杯に俺に飛びつこうと頑張っている。本当に落ち着きが無いな、こいつ。
学校のこと、友人こと、教師のこと、将来のこと、新しいアプリ。そんな他愛もない平和な話をお喋りする。
「こんにちは、良お兄さん」
聞き覚えのある声に右手を向くと、優ちゃんが居た。可愛らしいフェミニンな子供服に、お下げが映える。彼女は、近所に住む小学生六年生の女の子だ。
ただ、彼女には公然の秘密がある。彼女は、生物学的には男なのだ。しかし、心は完全に女の子であるので、男性化を止める治療を受け、将来的に手術することを望んでいる。そのようなわけで、俺も含んだご近所さんは優ちゃんを女の子として扱っている。
「知り合い?」
鈴村が興味深げに訊いてくる。ああ、二人はまだ会ったことなかったっけ。
「近所に住んでる優ちゃんって子だよ。小学生だけどしっかりしてるんだ」
「はじめまして。私、鈴村あかり。よろしくね」
「こちらこそこそはじめまして。小白優といいます」
しっかり者同士、深く礼をして自己紹介する。
「……良お兄さん、ひょっとしてカノジョさんですか?」
優ちゃんが頬に手を当てひそひそと耳打ちしてくる。君、案外おませさんだね。
「いや、まあ。そういう関係になれたらいいなとは思うけどね」
こちらも思わず小声で返す。
「なーに、ひそひそ話なんかしちゃって?」
「いえ、なんでもないんです♪ 私、用事思い出したので行きますね!」
「あ、待った!」
気を使っていそいそと場を離れようとする優ちゃんを、思わず呼び止める。
「俺、何か優ちゃんと約束してなかったっけ?」
「……いえ? 特に何かした覚えないですよ?」
不思議そうに首をひねる彼女。またやってしまった。本当に何なんだろうか。
「ああ、それならいいんだ。またな」
ぎこちないであろう笑顔で優ちゃんを見送る。彼女はペコリと一礼すると、今度こそ去っていった。
「そうだ、鈴木くん! お昼まだだよね?」
「そりゃまあ、君と昼に会う約束してたからなあ。金は貰ってるから、ハンバーガーでも食いに行く?」
「実はねー……じゃじゃーん!」
彼女がリュックから取り出したのは保温式の弁当箱。
「これって……え? 俺に?」
照れくさそうに頷く鈴村。顔が赤いぞ。こっちまで真っ赤になりそうだ。
「すごいな。三段もあるじゃないか。作るの大変だっただろ?」
照れ隠しに、思わず段数と手間を話題にする。
「えへへ、まあね。頑張ったよ! サプライズしようと思って黙ってたから、もう何か食べてきてたらどうしようかと思った」
胸に手を当て『新』て、安堵する彼女。
「いやー、ほんとすごいな。開けるよ」
一段目を開けると、赤いタ『新約』コさんウィンナー二つにミートボール四つ。中サイズのエビフライとポテトサラダが目に入る。あとは、卵焼き二切れにベーコン巻きアスパラが三つという構成だ。
二段目はご飯エリア。保温ジャーに入っていたお『新約の』かげか、湯気が立つ。さすがにでんぶでハートを描いたりはして『新約の堕』ないが、そぼろのふりかけがまぶしてある。
ラストはスープ。これはクラムチャウ『新約の堕天』ダーだな。こちらも湯気が立つほど温かい。
「……新約の堕天使?」
俺は何を言ってるんだ? さっきから頭を変なノイズがかき乱してくる。
「どうしたの、鈴木くん? 冷めちゃうよ」
違う。本物の君は、俺をキモいと言っていた、いじめっ子の一人だ。
新約の堕天使。神を倒して異世界人を救う。それが、地上の皆としてきた約束。
「今、目の前にいる君はとても優しくて、素敵な女性だ」
鈴村の背後の空間に亀裂が走る。
「でも、ゴメンな。思い出しちゃったんだ」
丸子がハンマーで殴られたガラス細工のように崩れ去る。
「約束、守らないと」
鈴村が粉々に崩れ去り、偽りの世界が粉々に砕け散る。
優しい、とても優しい世界だった。できるなら、ここにずっと居たかった。でも、それじゃダメなんだよな。
頬を、涙が伝った。
秋の心地よい日差しの中、銀杏の繁る市立公園の南口でスマホをいじっていると、正午ぴったりに鈴村の声が聞こえてきた。まめというか、本当にしっかりものだな……などと思ってそちらを見れば、飼い犬の丸子に半ば引きずられるようにして彼女が駆けてくる。
落ち着いたおしゃれという相反する要素をまとめ上げているところに、彼女の人柄がよく出ていた。赤いリュックが特に目を引く。何が入っているのだろうか?
丸子というのは鈴村家で飼われている、でかいシベリアンハスキーだ。そしてこいつがまた……。
「わっぷ、舐めるな、舐めるなって!」
異様に俺に懐いている。というか、以前思いっきり腰を振られたことがある。お前、雌だろうが。
しかし、デートと犬の散歩を兼ねるとか、鈴村はどこかずれている部分があるようだ。まあ、これをデートだと考えたのは、俺の一方的な思い込みではあるのだけれど。
……やはり妙だ。丸子とも何か大事な約束をしていた気がする。本当に、昨日から何なんだ?
「鈴村、どこか行きたいところとかあるの?」
妙な疑問を振り払うように、質問をする。
「落ち着いて話ができるところならどこでも!」
落ち着いて話がしたいのに丸子を連れてきたのか。やはりどこかずれてるな、彼女は。
◆ ◆ ◆
カルガモの親子が呑気そうに泳ぐ池の畔で、ベンチに腰掛けることにした。柵に繋がれた丸子が、リード一杯に俺に飛びつこうと頑張っている。本当に落ち着きが無いな、こいつ。
学校のこと、友人こと、教師のこと、将来のこと、新しいアプリ。そんな他愛もない平和な話をお喋りする。
「こんにちは、良お兄さん」
聞き覚えのある声に右手を向くと、優ちゃんが居た。可愛らしいフェミニンな子供服に、お下げが映える。彼女は、近所に住む小学生六年生の女の子だ。
ただ、彼女には公然の秘密がある。彼女は、生物学的には男なのだ。しかし、心は完全に女の子であるので、男性化を止める治療を受け、将来的に手術することを望んでいる。そのようなわけで、俺も含んだご近所さんは優ちゃんを女の子として扱っている。
「知り合い?」
鈴村が興味深げに訊いてくる。ああ、二人はまだ会ったことなかったっけ。
「近所に住んでる優ちゃんって子だよ。小学生だけどしっかりしてるんだ」
「はじめまして。私、鈴村あかり。よろしくね」
「こちらこそこそはじめまして。小白優といいます」
しっかり者同士、深く礼をして自己紹介する。
「……良お兄さん、ひょっとしてカノジョさんですか?」
優ちゃんが頬に手を当てひそひそと耳打ちしてくる。君、案外おませさんだね。
「いや、まあ。そういう関係になれたらいいなとは思うけどね」
こちらも思わず小声で返す。
「なーに、ひそひそ話なんかしちゃって?」
「いえ、なんでもないんです♪ 私、用事思い出したので行きますね!」
「あ、待った!」
気を使っていそいそと場を離れようとする優ちゃんを、思わず呼び止める。
「俺、何か優ちゃんと約束してなかったっけ?」
「……いえ? 特に何かした覚えないですよ?」
不思議そうに首をひねる彼女。またやってしまった。本当に何なんだろうか。
「ああ、それならいいんだ。またな」
ぎこちないであろう笑顔で優ちゃんを見送る。彼女はペコリと一礼すると、今度こそ去っていった。
「そうだ、鈴木くん! お昼まだだよね?」
「そりゃまあ、君と昼に会う約束してたからなあ。金は貰ってるから、ハンバーガーでも食いに行く?」
「実はねー……じゃじゃーん!」
彼女がリュックから取り出したのは保温式の弁当箱。
「これって……え? 俺に?」
照れくさそうに頷く鈴村。顔が赤いぞ。こっちまで真っ赤になりそうだ。
「すごいな。三段もあるじゃないか。作るの大変だっただろ?」
照れ隠しに、思わず段数と手間を話題にする。
「えへへ、まあね。頑張ったよ! サプライズしようと思って黙ってたから、もう何か食べてきてたらどうしようかと思った」
胸に手を当て『新』て、安堵する彼女。
「いやー、ほんとすごいな。開けるよ」
一段目を開けると、赤いタ『新約』コさんウィンナー二つにミートボール四つ。中サイズのエビフライとポテトサラダが目に入る。あとは、卵焼き二切れにベーコン巻きアスパラが三つという構成だ。
二段目はご飯エリア。保温ジャーに入っていたお『新約の』かげか、湯気が立つ。さすがにでんぶでハートを描いたりはして『新約の堕』ないが、そぼろのふりかけがまぶしてある。
ラストはスープ。これはクラムチャウ『新約の堕天』ダーだな。こちらも湯気が立つほど温かい。
「……新約の堕天使?」
俺は何を言ってるんだ? さっきから頭を変なノイズがかき乱してくる。
「どうしたの、鈴木くん? 冷めちゃうよ」
違う。本物の君は、俺をキモいと言っていた、いじめっ子の一人だ。
新約の堕天使。神を倒して異世界人を救う。それが、地上の皆としてきた約束。
「今、目の前にいる君はとても優しくて、素敵な女性だ」
鈴村の背後の空間に亀裂が走る。
「でも、ゴメンな。思い出しちゃったんだ」
丸子がハンマーで殴られたガラス細工のように崩れ去る。
「約束、守らないと」
鈴村が粉々に崩れ去り、偽りの世界が粉々に砕け散る。
優しい、とても優しい世界だった。できるなら、ここにずっと居たかった。でも、それじゃダメなんだよな。
頬を、涙が伝った。
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