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本編
凋落の予兆
「ペドリーニ……枢機卿猊下?」
枢機卿があまりにもエレオニーと面影が似ているので、リリアーヌはひどく驚いた。
「主神フレイア神の御名の元に、平安あれ。お初にお目にかかります。聖女さまには、ぜひお会いしたいと思ってました」
「主神フレイアの御名の元に、栄光あれ。それは……どうしてでしょうか」
「もちろん、あなたが主神フレイアの、聖女さまだからです。どうぞお掛け下さい」
天鵞絨張りの長椅子にリリアーヌが再び腰掛け、枢機卿はテーブルを挟んで向かいの肘掛椅子に座った。
「ゆっくりお話を伺いたいのですが、残念ながら聖下の葬儀の時刻が迫っています。単刀直入に聞きますが」
枢機卿は興奮を抑えながら、やや身体を前に乗り出した。
「聖女さまが受けた神託は、次の教皇選出についてでしたか?」
「えっ? いいえ。フレイアさまは、私個人について言及されたように、思います」
「ほう。それは、どのような?」
「よくわからないのです。本当に、短い間の出来事で」
ふむ、と枢機卿は身を引き、考え込むような仕草をする。
「聖下が崩御されたこのタイミングで、聖地の礼拝堂で聖女のあなたが神託を受けた。
人々は、葬儀後に開始される教皇選出会議に対して、神から何かしらの啓示があったのでは、と紐づけて考えるでしょう」
「ですが、フレイアさまはそのことについては何も」
「聖女さまには、宣誓した後に一筆書いていただくことになります。
神託の言葉についても、然るべき様式に則って、一言一句記録しなければなりません」
「……わかりました」
柔和な表情で枢機卿は続けた。
「――先ほど修道女から、聖女さまは私から赦しの秘蹟を願ったと聞いております」
リリアーヌは、ぐ、と言葉に詰まる。
相手がおそらくエレオニーの縁者だろうと考えると、うかつなことは言えない。
「もちろん、直接主なる神と言葉を交わされたあとでは、ご不要でしょうが……。
ところでエレオニーは、私の姪に当たります」
やはり、とリリアーヌは思った。
聖地の高位聖職者に味方になってもらおうという考えが、脆くも崩れ去る。
(味方どころか、むしろ――彼はエレオニーの後ろ盾になっているのでは)
「聖女さまのお側で、姪が良い感化を受けるであろうことを期待しております。
彼女に課せられた責務についても、神の恩寵を頂いたと、私の元に知らせが届きました」
「……いったい、なんのことでしょうか?」
枢機卿の意味深な言葉に戸惑うリリアーヌ。
掌にじっとりと汗をかき、次第に鼓動が早まっていく。
「おめでとうございます――神はプロヴァリー王家に、新たな後継者を授けられました」
枢機卿は口をつぐむと、慈愛深い笑みを浮かべた。
その顔が、リリアーヌの記憶にあるエレオニーと重なり……。
(そんなっ……。ジェレミーは、私に何も言ってなかったのに!)
リリアーヌは衝撃で息が止まり、血の気が引いていく。
ぐらり、と身体が揺れると長椅子に突っ伏してしまった。
その時、ドンドン! と応接室の扉が乱暴に叩かれ、許可を待たずにバン、と大きく開かれた。
「リリィっ! しっかりしろ」
彼女を案じて探し回っていたニコラが、飛び込んで来た。
枢機卿を無視して、リリアーヌのもとへ駆けつける。
「てめぇ、リリアーヌに何をした!?」
「……聖女さまはお疲れになったのでしょう、騎士殿。
神託を受けるということは、人の子の身にとって、大変な負担となります。
プロヴァリーの賓客には知らせておきますので、聖女さまは客室でゆっくりお休みくださいますように」
睨みつけるニコラに全く動ぜず、枢機卿は淡々と話す。
そして葬儀の時刻だからと断ってから退出し、代わりに修道女を呼んで聖女の世話を命じた。
ニコラはリリアーヌを抱き上げ、修道女に案内された客室まで連れて行った。
「リリィ、何があったか話せるか?」
リリアーヌを寝椅子に横たえた後、ニコラが小声で話しかけた。
修道女が部屋の隅に控えているので、そちらを気にしながらリリアーヌは「ええ」と答えた。
おそらくあの修道女は、ここでニコラと話したことをペドリーニ枢機卿に報告するだろう。
そう思うと、リリアーヌは慎重にならざるを得ない。
言葉を選びながら、礼拝堂で主神からリリアーヌに神託があったこと、枢機卿がエレオニーの叔父だったこと、そしてエレオニーが懐妊したことを、かいつまんでニコラに話した。
「――そうか、分かった。今は少し休め」
ニコラは寝椅子の前に膝をつき、リリアーヌの手を握る。
リリアーヌはうなずいて、目を瞑った。
青ざめた白い頬に涙が一筋流れるのを、ニコラはじっと見つめていた。
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