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妖精の取り替え子1
しおりを挟む領主館の裏山の唐松林が黄金色に染まる頃、エステルがフェリシア姫の守護騎士に拝命することが正式に決まった。
そして、王都へ出立する時が近づいたある日のこと。
「王都に行く前に一度、乳母に会いに行こうと思う」
エステルは、一緒に荷物の整理をしているレオに話しかけた。
「いつ?」
床にしゃがんで、王都に持って行くものといらないものを分けていたレオは、エステルを見上げた。
「早い方が良い。今日の午後にも」
乳母のヒルデは、宿下がりをしたまま戻って来なかった。
嫁に行った上の娘が子を産んで里帰りしたとかで、その世話もあって忙しくしているようだ。
手紙のやり取りはしていたが、領地を離れれば当分会えなくなるかもしれない。
「初孫の祝いも持って行ってやりたいし」
昼食を済ませるとレオは厩舎へ行き、栗毛の馬に二人乗り用の鞍をつけて引いて来た。
エステルが手綱を取り、レオが後ろに乗って、領内の町にある乳母の家まで行く。
小ぢんまりとした木造の赤い煙突屋根の家で、手入れの良い庭に囲まれていた。
庭には家庭菜園や物干し竿があって、洗濯物が風に揺れていた。
家の中から赤ん坊の泣き声が、かすかに聞こえてくる。
二人は馬から降りて門扉から中に入り、庭木に馬をつなぐと顔を見合わせた。
明らかな異変を感じて。
二人は玄関の扉の前に立ち、ドアノッカーを叩いた。
すると玄関の内側から「どちら様でしょう」と問う乳母の声が聞こえた。
「ヒルデ、私だ。エステルだ」
ひゅっと息を飲む音がして、内側の閂がおろされると扉が開かれた。
「エステルさま! このようなところにわざわざお出で頂いて」
「ヒルデ、久しぶり。元気だったか?」
「はい。エステルさまも健やかになられて……」
エステルは、感極まって言葉を詰まらせるヒルデの肩を抱いた。
「ああ、心配をかけたな。ヒルデには王都に行く前に、挨拶をしたかったから。中に入っても?」
乳母は一瞬、奥を気にするようなそぶりをしてから「どうぞ、侘び住まいですが」と言って、エステルたちを中に通した。
「皆は息災か? 赤ちゃんを見せてくれるか?」
主の問いに、ヒルデは口籠った。
「ええ……あの、夫は仕事に出ていて留守にしていますが、元気にしております」
リビングに招き入れられると、窓際に乳母の上の娘と揺りかごに載せられた赤ん坊が居た。
娘は、立ち上がって深くお辞儀をした。
「スザンネ、久しいな。レオ、出産祝いを」
レオが金貨入りの小袋を渡すと、スザンネは中を見て「金貨! こんなに頂けません」と固辞する。
「いや、ヒルデの初孫の祝いだ。どうか受け取って欲しい。……可愛いな。抱っこしてもいいか?」
スザンネがヒルデを見ると、頷いた。金貨をありがたく受け取ってから「どうぞ抱いてやってください、お嬢さま」と頭を下げた。
乳母が揺りかごから赤ん坊を抱き上げ、エステルに渡す。まだ人見知りのしない幼子は、エステルに抱かれてにこっと笑った。
「名前は?」
「ハンナと名付けました。女の子です」
乳の香りのする、柔らかな布に包まれた小さな赤ん坊を抱いて、エステルは胸に小さな痛みを感じた。
――健康も取り戻し、やりがいのある仕事、それにレオもいるのに。
結婚して子を持ったスザンネを、羨望する気持ちがエステルの中にあることに戸惑う。
そんな心の揺れを振り払うように、ヒルデの方を向いて尋ねる。
「もう一人、赤ん坊が居るだろう? この家の地下に。妖精の取り替え子だ」
ひっ! とヒルデとその娘は声にならない叫びをあげて、手を口を当てた。
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