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魔道式機械人形1

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「畏れ多くも国王陛下は、過日のフェリシア姫の初陣において近衛騎士団所属エステル・コーレインの功労に報い、ムーレンハルト王家に伝承されてきた至宝、魔道式機械人形アーティファクト・ドールを貸与することを決定をされた。なおその件につき、エステル・コーレインは魔法誓約書を王家に差し入れるものとする」

 王の勅使の口上を、エステルは病床で出来る限り畏まり、頭を垂れた。

「一騎士である私に、陛下の格別のご高配を賜り、御礼申し上げます。国王陛下及び王家にこの命ある限り変わらぬ忠誠を誓い、職務に一日も早く復帰するべく尽力する所存です」


 エステルは子供の頃、絵本で読んだ英雄と人形ドールの童話を思い出していた。
 人形ドールが死にかけの英雄を蘇らせたというお伽噺だ。

 お伽噺は実話だったのだろうか?


 使者から渡された魔法誓約書に、エステルは目を通していく。

 この世界では、約束に強制力を持たせるための魔法が存在する。
 商人たちが商売でよく使う契約魔法や、今回のエステルのように王が貴族や騎士に使う誓約魔法などがある。 

 特殊な薬草を用いて作られたインクの壺に、エステルは指先から一滴血を落とすと羽ペンをインクに付け、サインした。
 隣に控えていた兄ヘルブラントが、吸い取り砂を撒いてインクを乾かしてから使者に誓約書を預ける。

 誓約書の内容は、以下の通り。

 一、魔道式機械人形アーティファクト・ドールの取り扱いには十分留意し破損しないよう最大限務めること。
 二、他者への貸出厳禁。
 三、貸出期間はエステルの病状が必要とする間または死亡するまで。
 四、王家からやむを得ない事情で返却請求があった場合は速やかに応じること。
 五、経過観察のため定期的に王家主治医による診察及び錬金術師のドール検査を受けること。
 六、誓約不履行のペナルティは貴種の力の封印とする。

 サインが済むと、その場にいた人々の緊張が解れた。

 錬金術師がその従者と共に長櫃を開けて、綿を敷き詰められた櫃の中から、慎重に人形ドールを取り出す。

 医師は、エステルに説明した。

「これは、100年戦争を終結させた伝説の英雄にも貸し出された古代遺物アーティファクトです。当時のカルテにもエステル殿と同様、魔力障害の症状に苦しむ英雄が、この魔道式機械人形の施術によって快方に向かった、と記録されています」

 精巧な等身大の人を模した人形ドールは、不思議な材質で出来ていた。
 滑らかな白い肌は、木でも磁器でも金属でもなく。
 真っ白なショートボブの髪はサラサラと流れ、瞼は閉じられている。
 王城の従者のお着せ――白シャツの上に黒ウエストコート、下も黒ズボン――姿は、遠目には人とほとんど変わらない。

 人形ドールをベッドのエステルの横に寝かせると、錬金術師が「準備は整いました」と告げた。

「エステル殿、これから人形ドールに魔力を送っていただきます。辛いかもしれませんが、魔力切れ限界まで、すべて出し切ってください」

 エステルは頷き、人形ドールの手を取ると、目を閉じて魔力を送り続けた。

 事故の前までは、血液のように体内を循環していた魔力。それが今は、エステルの身体のあちこちでオリのように滞っている。
 途中、苦痛に思わず顔を歪ませたりもしたが中断させたりはしなかった。やがて魔力切れ特有の脱力感と頭痛の症状があらわれ、意識が霞みだす。


 人々が固唾を飲んで見守る中、人形ドールの身体が淡く発光し始め、閉じられていた瞼が開かれる。
 すると、人形ドールの輝く虹のようなクリスタルの瞳が現われた。
 
 人形ドールは、ごく自然な動作でゆっくりと上半身を起こす。

「――人族・女・貴種・身体能力強化に特化型の魔力供給を確認、再起動終了――」

 中性的な外見と同様に、男とも女ともつかない美声を発する人形ドール


「おお、成功だ。六十年ぶりに起動することが出来た……っ」

 四十代半ばの錬金術師は、人形ドールの動く姿を初めて目にして、感極まった様子だ。

「錬金術師殿、さっそく人形ドールにエステル殿の治療を始めてもらいたのだが」

「うむ、医師殿。ええと、エステル殿、わしの言う通りに復唱して頂きたい。魔力供給者の命令に従うよう術式が組まれとるでの」

 言われた通りエステルが復唱すると人形ドールの煌めく虹色の瞳が光彩を放ち、部屋の中に様々な色の光がミラーボールのように散った。

 そして隣に寝ているエステルに視線を落とすと、クリスタルの瞳がエステルの空色と重なり合う。

 つとエステルの手を取り、両手で包み込むようにすると、人形ドールは『魔力循環を開始』と告げる。
 たった今、己の中の魔力核に供給された魔力を、エステルの中に流し始めた。

 滞っていた魔力が、人形ドールによって新しく活性化されてエステルの体内を巡り始める。
 まるで清流の中を泳ぐ魚のように、エステルは人形ドールから流れる魔力の奔流に身を委ねた。


「――終了」

 やがて握っていた手を離されると、エステルの青白い顔に赤みが差し、苦し気な呼吸は落ち着き、汗は引いていた。

「エステル殿、身体の調子はどうだろうか?」

「はい、身体が先ほどと比べ、楽になりました」

 ほうっと、そこに居る一同の感嘆のため息が零れた。

 兄のヘルブラントは、安堵と同時に、羨望と嫉妬の入り混じったような複雑な感情を味わっている。


「よし、これでフェリシア姫もお喜びになるだろう!」

 良い知らせを城に持って帰れるとほころんだ医師の顔を見て、エステルはハッとした。

「もしかして、この古代遺物アーティファクトの貸与は姫様が?」

「その通り。姫が陛下に懇願されました」

「そうでしたか。どうか姫様によしなにお伝えください」

 フェリシア姫がエステルを心配して王を動かしたと知り、嬉しさと同時に主君の姫に心配を掛けたことを申し訳なく思う。

 そしてここ最近、貴種の力と健康を失った自分が、誰も顧みてくれないなどと、うらぶれた気持ちを抱いたことを恥じた。

 ――そうだ、私は誇り高き、王家の近衛騎士なのだ。一刻も早く身体を治し、職務に戻らなければ。

 ぎゅっと掌を握り、心の中で誓うエステル。


 その後、医師と錬金術師から人形ドールの使い方の説明が一通りあった。

 特にエステルの心に響いたのは、魔力供給者を人形ドール自身の所持者と認識して保護しようとする、という話だった。


 人形ドールは裏切らない。

 心身ともに傷ついていたエステルには、人形ドールを貸し与えられたことが天の采配、希望の光に思えた。



 
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